⑫八方美人の優等生と小さな巫女との小さな火種

 翌日の昼休み。


 真萌の元へやってきた多菜美は、いつものオーバーオールではなく嵩都高校の制服姿だった。


「えへへ。ちょっとは、ボクも女の子らしくしようと思ってね。でも、女の子っぽい服はあんまり持ってないから、先ずは女子の制服だよ!」


 朗らかに、多菜美は言う。

 少年っぽい格好は、辞めるのだという。


 そんな多菜美を眩しそうに見詰める真萌。


「前に、進んでおるのじゃな……」

「うん! あ、でも、まほっちの場合は、うん、無理しなくていいと思うよ?」


 昨日の胸元を思い出しているのか、しみじみという多菜美。


「まぁ、無理はせぬつもりじゃが……女の子っぽい服と言えば、心当たりはあるぞ?」


 言って、翼の元へとやってくる。


「倉主君。君を委員長と見込んで頼みたいのじゃが……高瀬さんを呼んで貰えんじゃろう……」

「うわ、うわ、うわ! ちっちゃい子が増えてる! 本当に、多菜美ちゃんもいる!」


 真萌の願いは、頼む前に叶ってしまう。


 シンプルながら派手にならない程度にレースで飾られた愛らしいピンクのワンピースに身を包んだ長身の少女が、教室に入ってきたからだ。


「真萌ちゃんのところに、多菜美ちゃんが来てるって聞いて、飛んで来たんだよ!」

「あ、ののちゃんだ!」


 多菜美のF組と野々花のE組は幾つか合同授業で一緒になる。だから、既に面識があるようだ。


 因みに、野々花は身長は高いがスレンダーな体型なので、元々多菜美は敵愾心てきがいしんを持ってはいなかったらしい。


「ねぇねぇ? そろそろ服を作らせて貰いたいんだけど……サイズは、この感触でどうにかするからさ?」


 そういえば、以前、サイズを測られるのを断っていた。


 今なら理由は解る。胸のサイズを知られたくなかったからだろう。


 だからこそ触った感触でどうにかしようという野々花は、キチンと真萌の意志を尊重していて好感が持てる。


 ただ、それだと恐らく相当に胸のキツイ服ができあがり、晒が破れると大変なことになるのだろうが。


「いや、いい。ちゃんと、サイズを測ってくれ」

「い、いいの! うん、その方が確実だから」

「なのでの、その、多菜美ちゃんの分の服も、作ってはくれんか?」


 どうやら、翼に野々花を呼びにいかせようとしたのは、それが目的だったらしい。最初はあんなに多菜美との関係に緊張していた真萌が、気がつくようになったものである。


「勿論! 多菜美ちゃん、とびきり可愛いの作ってあげるよ!」

「ありがとう! へぇ、ののちゃん、服とか作れるんだ! 是非是非、お願いするね! 楽しみにしてるよ!」


 こうしてクラスでは孤立気味だった真萌の傍に、多菜美と野々花がいる。

 奇しくも、巫女魔法少女めがねっ娘としてぶつかった少女達だ。


 これが偶然なのか必然なのか?


 ここは神社ではないので答えてくれる物語の神は、いなかった。


 だからだろうか? この場は、まだ少し続くのだ。


「うんうん、多菜美ちゃん、倉主さんに紹介してよかったねぇ」


 副委員長として、透子にも思うところがあるようだった。


「でも、高瀬さんまで加わって、孤立気味だった倉主さんの周りに人が増えていくのはいいことだよね?」

「ああ、本当に」


 完全に保護者の顔で答える翼。

 その顔を意味ありげに見詰めて、透子は問う。


「ねえ、ずっと気になってたんだけど、翼君と倉主さんってどういう関係なの?」


 親友であることは、おおっぴらにしていない。巫女魔法少女めがねっ娘の秘密に直結するからだ。だから。


「大切な一クラスメートだよ」


 ギリギリ嘘は言っていない、それでいて、誰に対しても通用する曖昧な言葉で凌ぐ。


「ふぅん。そうなんだ。まぁ、そう答えるだろうって思ってたけどね」


 透子があっさり納得してくれたので、ほっとする。


 だが、翼は油断していた。

 裏表なく、思ったことは全て口にしてしまうのが透子の真骨頂だ。

 それで終わるはずがない。


「納得したフリはするけど、土曜に倉主さんと翼君が駅前を一緒に歩いてるの見かけたから、隠れてつき合ってるって思いっきり疑ってるけどね!」


 そう、はっきりと口にする。

 周囲に聞こえるには十分な音量で。


 一瞬で、教室の空気が変わった。


 片や、堅物の委員長。

 片や、近寄りがたい巫女。


 その二人が、こっそりつき合っているというのは、学生生活を盛り上げるゴシップとして申し分なかった。


 翼は絶句する。脇が甘かった。

 真萌と出掛けたところを、よりによって透子に見られていたとは。


 更には、神社で共に居るところを見られている野々花と多菜美がいる。


「あ、やっぱり、そうだったの?」

「へぇ……でもまぁ、お似合いだと思うよ!」


 幸い、神社で共に居たことには言及されなかったが、真萌と特に仲のいい二人がさもありなんという態度を取っているのは、透子の言の補強材料となってしまう。


「おいおい、隅におけないねぇ……」


 傍にいた岬が言ってくる。

 それを皮切りに、


「どうなんだ? 本当なのか?」

「ねぇ、本当のところ教えてよ?」


 教室のそこここから言葉が上がり、翼の周りにどんどん人が集まってくる。


 真萌より翼の方が接しやすいからだろう、口々に真萌との関係を詮索される。


 最も翼が怖れていたことが、起こってしまった。


 集まってきた奴らの顔が歪む。

 無責任で下世話な言葉は、異国の言葉に聞こえてくる。


 我慢ならない。


「ふざけるな!」


 気がつけば立ち上がり、叫んでいた。


「俺と倉主さんは、一クラスメートだ! それ以上でもそれ以下でもない! 変な誤解をするな! 下世話な詮索をするな! これは副委員長の単なる勘違いだ!」


 人当たりの良さに定評のある翼が、激高しながら否定した。

 それだけで、この言葉は教室中に重く響いた。


「そ、そうよね……」

「委員長がそう言うなら、違うんだろうね」

「うん、近沢さん、思いつきを後先考えずに口にしちゃうところあるもんね」


 日頃築いた翼の信頼と、透子の裏表なくいらないことをいう性格。


 ここでは、翼の信頼が勝った。


 お陰で、教室の熱はすぐに冷めていく。

 どうやら、誤解は解けたようだ。


 真萌は複雑な表情を浮かべていたが、やがて、溜息を一つ吐き。


「まぁ、そういうことじゃよ」


 と多菜美と野々花に告げて場を収める。


 未だ立ち上がって教室を睥睨していた翼は、ここでようやく腰を下ろした。

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