⑤巫女めがねっ娘は眼鏡に救われる

 放課後の嵩都たかつ稲荷神社。


「事実は、事実じゃよ」


 そう前置いて、たすくの疑問に真萌まほは答える。


「確かに、中学時代、暴力沙汰を起こしてしまったことがある」

「いや、だから、どうしてそんなことに……」

「もっと早く話すべきだったのじゃろうの」


 真萌は、語り始める。


「われはの、小さい頃からよく誰かを泣かせておった。特に何をするでもない。ちょっと怒った顔を見せれば、相手が泣き出すのじゃ」


 その、原点を。


「原因は、目じゃ」


 翼は、桜色のフレームの奥の瞳を見る。

 目力がある、翼はそう感じたのだが、言われてみれば。


「黒目が小さい、いわゆる三白眼じゃの。油断すると目つきが悪く見えてしまうのじゃ」


 そういうことだ。


「成長しても背丈は伸びずに、胸だけが大きくなっての。それだけでも十分目立つ外見になっておったのじゃ。その上で目つきが悪いとなるとの、何かと柄の悪い連中に因縁をつけられることになったのじゃ」


 目が合ったとかで喧嘩をふっかける血の気の多い人間は一定数存在する。


「それで大人しくしておればよかったのじゃが、たまたまわれは武術に長けておった。降りかかる火の粉の一つや二つ、払えるだけの力は十分あったのじゃ」


 巫女魔法少女めがねっ娘の眼鏡としてではあるが、真萌の身体能力の高さはその視界を通して体感している。


「その内の一つが、三年次の所属しておった弓道部の大会へ向かう道中だった、というだけじゃ。因縁を付けてきてしつこい輩どもを一網打尽にして病院送りにしたのじゃ。その結果、名門だった弓道部は出場停止処分。学校の伝統に泥を塗ったとして、謹慎処分を受けた。そのまま居場所を失い教室へ帰ることなく、卒業まで保健室登校じゃったよ。今噂になっておる暴力沙汰とは、このことじゃろうよ」

「いや、それは理不尽だろう? 学校として対面もあるだろうから、そういう処分になるのは解らないでもないけど、事実としては倉主さんが能動的に喧嘩を売ったわけじゃないんだろう? だったら、事情を話せばみんなも……」

「能動も受動もないわい。人を傷つけたら罰を受けて当然じゃ」


 翼のフォローは切り捨てて、真萌は断言する。


「それにの、問題になったのはそれだけじゃが、降りかかる火の粉を払ったのは一度や二度ではないのじゃ。この目のせいで、それは頻繁に絡まれておったからの」


 フォローの言葉が浮かばない己が、翼には不甲斐ない。


「そんな状況では高校進学も厳しいのでな。実家の神社を離れて叔母夫婦と祖父母が暮らすこの神社へやってきた。中学時代を知る者のいない、この嵩都高校へ入るためにの」


 真萌のことを何も知らなかったことを、思い知らされる。


「そうだったのか……でも、そうなるとまさか、こちらに来てからも、降りかかる火の粉を払ったりは……」


 その可能性は、もはや否定できない。なら、キチンと確認して置きたい。


「いや、それは大丈夫じゃ。それもこれも、この眼鏡のお陰じゃ」


 桜色の丸い眼鏡のフレームを示す。


「全ての元凶になった目つきをどうにかせねば、土地を移っても同じ事の繰り返しじゃからの。引っ越しを機に、目つきどうにかできないか色々試したのじゃ。そうして、目つきを絶妙に緩和してくれる最終的にこの眼鏡に辿り着いた。お陰で、こちらに来てからは絡まれることはなくなったよ」


 そうして、愛おしそうに桜色のフレームに触れる。


「眼鏡はわれの救いじゃ。じゃから、めがねっ娘であることに拘るのじゃ」


 そういえば、真萌は翼のワトソン役への憧れを話したときに「中学の頃の自分と決別して変わりたい」と言っていた。


 眼鏡を掛けて降りかかる火の粉を払わなくて済むような、そんな風に変わりたいと願っていたのだろう。ゆえに、彼女の変身願望を具現化した結果は単純な魔法少女ではなく、巫女魔法少女『めがねっ娘』でなければならなかったのだ。


 こうしてまた一つ、真萌のことを知ることができた。それは嬉しかった。


 だが、今は喜んでいる場合ではない。


「でも、それだったらもう過去のことじゃないか。好きで暴力を振るっていたわけでもないんだろう?」


 どうにか真萌に対して立った噂の火消しの端緒を掴もうとする。


 昔から、優等生としてこういう火消しには幾度も奔走した経験がある。真萌が材料さえ与えてくれれば、後はどうにでもできる。そんな自負もある。


「じゃがまぁ、それでも過去は変わらん。どころか、今でも絡まれたなら、降りかかる火の粉を払うのにやぶさかかではないぞ?」


 殊更に桜色フレームの奥の目つきを鋭くして、翼の言葉は撥ね除けられる。


「じゃからもう、われのような暴れん坊巫女に愛想を尽かすというのなら、構わん。主は、信頼厚い委員長であろう? その足をわれが引っ張るのは、親友として、辛い」


 やはり、どこか無理しているようにも感じられるが、紡がれたのは真萌の誠意であり、


「ふざけるな!」


 翼には受け入れ難い、言葉だった。


「ふざけては、おらんよ。主には、まだまだ沢山の仲間ができよう。なら、その中に新しいホームズもおるかも……」

「いない! 俺のホームズは、お前だけだ!」


 翼は、自分でも驚くぐらいの勢いで否定する。


「それぐらいで、俺の気持ちは揺るがない」

「ふふ……それが、親友に向ける言葉かのぉ」


 嬉しそうな、だが、辛そうな。

 複雑な表情を浮かべる真萌。


「親友だからこそ、だ」


 飽くまでそれを主張する翼。

 こうして、親友としての絆を確かめ合い、そこから真萌の問題を解決していこう。


 そう、翼は心に誓った……のだが。


「あ~あ、なんか、雨降って地固まりそうな感じになっちゃってるねぇ。もっとドロドロすると思ったんだけど、当てが外れちゃったなぁ」


 唐突に、二人に割り込む声があった。

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