③真名井《まない》多菜美《たなみ》は俎板《まないた》並
翌日の放課後。
それはさておき、旧校舎は使っていない教室が幾つかあり物置のような状態だった。
壊れた机や椅子は、旧校舎一階の入り口に一番近い教室に集められ、ある程度溜まったところで廃棄業者にまとめて出すようになっている。都度都度廃棄よりもまとめて廃棄の方が予算が云々、という話である。
そうして、件の教室へとやってきたのだが。
「あれ、戸が開かない?」
教師から預かってきた鍵で確かに解錠したのだが、わずかにしか開かない。
「何かつっかえてるみたいねぇ」
透子が、引き戸と壁の小さな隙間から中を覗いて言う。
「前に誰かが持ってきた折れた机の脚かな? それが、ドアレールに乗ってつっかえ棒みたいになっちゃってる」
適当に置いてあったモノが、何かの拍子に崩れるなりしてそうなったのだろう。
仕方なく、辛うじて開く隙間から入ろうとするが、狭くて入れない。
透子なら通れるかと交代して試してみるが、
「あはは、そんなにおっきくはないんだけど、それでも胸がつっかえちゃうね、これは」
そういうことで、通れない。
「困ったな……」
どうしたものか、思案していると、
「お困りみたいだね!」
突如、背後から声が掛かる。
見れば、旧校舎の入り口に、オーバーオールにピンクのボーダーシャツ、足下はスニーカーという少年のような出で立ちの女子が立っていた。
「旧校舎で何かしてるなぁ、っていうのが見えたから来てみたんだよ」
言いながら、教室の前にやって来る。
扉の状況を見ると、一つ頷く。
「ボクなら、通れると思うよ」
透子よりも小柄であり、凹凸もない。彼女なら、確かに通れそうだ。
「えっと、それじゃぁ、中に入って、この戸につっかえてる机の脚か何かをどけて欲しいんだけど、お願いできるかな?」
「お安い御用!」
言うと、するりと教室へ入り、あっさりと任務完了。
「これで、大丈夫だよ!」
中から声が掛かったので戸をスライドさせると、つっかえることなくスムーズに開いた。
「助かったよ」
「うん、ありがとね!」
翼と透子それぞれに礼を言う。
「お安い御用さ! ボクもこの薄型の身を役立てられて嬉しいから!」
元気よく応じながら、薄型女子が役目を終えて教室から出てくる。その口ぶりから、己の胸がないことに誇りさえ抱いているらしいことが感じ取れる。
入れ替わりに翼が教室へ壊れた机を運び込む。後は、戸を施錠して職員室へ鍵を返せば雑用完了である。
翼が教室から出てくると、件の女子が話しかけてくる。
「ねぇねぇ、君、一年B組の
「あ、あぁ、そうだけど」
「やっぱり! 見れば解る委員長がB組にいるって評判だよ!」
「え、そうなのか?」
思わず、透子に確認するが、
「あはは、事実だよ。そりゃ、詰め襟学ラン銀縁眼鏡に七三分けとか、ステロタイプな委員長だもん」
「そうか……でもまぁ、俺が自分の性分に合わせて選んだスタイルだからな。その評価は妥当と言えるだろう」
「理屈っぽいなぁ、翼君は。でも、翼君のそんなところも魅力と言えなくもないんだよねぇ」
翼の自己評価に、透子は呆れた様に言う。余計なことが続いているが、そこはスルー。
透子は何事もなかったかのように薄型少女に向き直ると、
「それじゃぁ、あたしも自己紹介しとくね! 同じく副委員長の
裏表なく、本音をぶちまけて自己紹介をした。
「うん、覚えておくよ、近沢透子ちゃん!」
律儀に透子の要求に答える薄型女子。
「って、あ、ゴメンね。こっちが名乗るの忘れてた! ボクは一年F組の
その名を聞いて、
「真名井多菜美……え? 『
女子同士だからか遠慮なくその胸元を見ながらしみじみと言う。思ったことを裏表なく口に出す透子であった。
初対面で失礼ではないかと翼は思うも、それは杞憂だった。
「うん、よく言われるよ! でも、それで名前を覚えてもらえるなら、この平面も役立ってるってものさ!」
当の多菜美はむしろ嬉しそうに、その平らな胸を拳でドンと叩く。
「それで、たすくんにちょっとお願いが……」
「ダウト!」
多菜美が何か言いかけたところで、透子がそれを遮る。
「あたしは別に名前でもいいけど、翼君をいきなり名前で呼ぶのはどうなのかな?」
「え? だって、とーこちゃんも『翼君』って呼んでるよね? だから、いいでしょ?」
「それは副委員長だから。委員長と副委員長は
「いや、それだと『おしどり夫婦』という意味合いだろう? それは、言い過ぎだ」
流石にツッコミを入れる翼。
「まぁ、一緒に仕事をする仲間だから、結束を深めるような意味合いで名前で呼び合ってるんだよ」
透子がいらないことをつけ足さない内に簡単にまとめて説明してしまう。
「それだったら、同じ学校で学ぶ仲間じゃない。だったら『たすくん』でいいよね? ボクも多菜美ちゃんでいいし!」
「解った。たすくんと呼んでくれていいし、俺も多菜美ちゃんと呼ぶことにするよ」
透子と名前で呼び合うことを認めた時点で、
なら、ここで多菜美の要求を呑まない理由はない。
「むぅ、お人好しだなぁ、翼君は。でもまぁ、翼君がそう言うなら、仕方ないね」
そこで多菜美は改まって翼へ向かう。
「さっき言いかけたことなんだけど、出来ればB組委員長のたすくんに……たすくんと副委員長のとーこちゃんに頼みたいことがあるんだ」
途中で言い直したのは、透子が自分を指差して必死にアピールしたからだ。
それはさておいて。
「真名……多菜美ちゃんには手伝ってもらったんだから、お礼として可能な範囲で要望には答えるよ」
翼は律儀に名前呼びに言い直しつつ答える。
「あはは、本当に、堅っ苦しくて面白いね、たすくん」
そう、言ってから。
「それで、お願いなんだけど、実は、B組にどうしても友達になりたい子がいるんだ。だから、紹介して欲しい」
「え? それって、気になる男子とか?」
「ううん、違う。女の子だよ」
透子が楽しそうに食いつくが、多菜美は即座に否定。
そして、意外な名前を口にしたのだった。
「ほら、ボクより小さな女の子がいるでしょ、いつも巫女の格好してる。あの、
透子が「どうするの?」という視線で見てくるが、翼の判断基準は単純だった。
これは、自分に可能な範囲の要望だ。
だから。
「ああ、構わない。俺から事情を話しておくよ」
「やった! ありがとう!」
多菜美の要望を請け負わない理由はなかった。
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