第31話

 時間とは必ず前向きに進むものであり、後ろ向きに進む事はない。





 

 放課後を知らせるチャイム。

 今の俺にとっては地獄の到来を知らせるものでしかなかった。


 「おーい。進、一緒にいこー」

 ノノの言葉が聞こえた瞬間、ビクンッと肩が跳ね上がる。


「呼んでるじゃんよ」

 ニタニタと笑っている正栄。結局こいつは休み時間中、どこに行ってたのかまでは分からないが逃げ切られた。

 チャイムが鳴った瞬間、教室から転がり出るようにして走っていったのだ。止める術がなかった。……むしろ、そこまでしても嫌だったのか。

 

 先生の1人なんか、まだ授業が終わってないのに飛び出して行かれたもんだから、ショックを受けてなんかぶつぶつ言いながら教室を出て行った。授業が分かり易くて、話し掛け易い良い先生って評判の人なのに。流石に可哀想だった。


「正栄、お前との決着は明日だ……」

 出来るだけ怒気を込めて呟く。

 くそっ。巻き添えがいないのに1人で行かなければいけないのか……戦場女子寮に!

 悲壮な覚悟を決めていると正栄が横から、

「いや、ただ遊びに行くだけじゃん。なんでそんなに緊張してんじゃん?」 

 と不思議そうに行ってきた。


 そうか、貴様は知らないのだったな……。この気持ちは、理由が分からない正栄に伝わらないだろう。


 それもそのはず、正栄くんは進くんのストーキングに付き合ったりしませんし。むしろ分かれと言われても困るでしょう。いや、ノノさんと進くんの間にある微妙な空気は察しているので逃げてるのですが。

 正栄くんの経験上、恋愛事に首を突っ込んでも面白い事にはならずに面倒な事になると知っているのです。……姉の所為で。


「どーしたのー? 行かないのー?」

 ドアの体を預け、進を待っているノノ。クラスメイト達はニヤニヤと成り行きを見守っている。


「あ、あぁ、今行く」

 どうやら逃げる事は出来なさそうだ。妹にもメールを送ったし、返事も来ている。元から逃げ出しようがないだけど。


「いってらぁ、土産話を期待してるじゃん」

「ふんっ」


 ―――パシンッ


「危ないじゃん?」 

 まるで危なくなさそうに、俺の放った右ストレートをあっさりと受け止める。……くそっ。


「……行ってくる」

 正栄を殴れなかったし、今からノノと一緒に歩く事を考えると、憂鬱な気分だ。別にノノが嫌い、と言うわけじゃない。友人としてなら、かなり好きな方だ。しかし、それはあくまでも友人としてだ。

 正直、ノノを異性として見た事はない。



「遅いよっ、松永と何話してたの?」

「いや、別に……」

 入り口まで歩いていくと、ノノがぐいっと横に並んでくる。しかも近い。わりと近い。いやちょっと待てっこれは近すぎないかっ?


 肩が触れそう、とまでは言わないが、ほぼ真横に並んできた。時折当たる指先がやばい。なんかやばい。


 すげぇノノが可愛く見え――――――落ち着こうか! ちょっと落ち着いて行こうぜっ。


 いくらノノが可愛くても、俺には惚れた奴がいる。好意を向けられたからって簡単に、そっちに靡くわけじゃない。と言うか、俺の好意をすべて拒否されようがなんだろうが、俺の気持ちは変わることがない。


 うん、ノノに好意を寄せられても俺はあさが好きだ。たぶん、告白されても振ってしまう。それは変わらない。……………告白されたくないなぁ。

 あさに振られた時に感じた―――あの悲しさと切なさ、それをノノに与えたくはない。



「あーさっ。待っててくれてありがとう!」

「……ん、行こっか」

 考え事に没頭していたら、いつの間にか正門に着いていた。

 ノノを待っていたのか、あさが正門に立っていた。


「あれ? いつの間に……」

 進の呟きに、

「やっぱり! 私の話、聞いてなかったんだね」

 と、頬を膨らませる。

 その姿にダラダラと汗を流す。


「わ、悪い。ちょっと寝不足で……」

「授業中もずっと寝てたのに? よっぽど疲れてるんだ」

 心配そうに顔を覗き込んでくる。

 あぁ……くそっ。こんなの俺のキャラじゃねぇぞ……。


 なんか調子が狂う。ダメだ。たぶん、今日の俺はきっといつも以上に変だったはずだ。その自信がある。……嫌な自信だけど。



「………眠いの?」

「まあなぁ。たぶん、ゲームのし過ぎだったんだ。きっと、間違いない」

「?」

 不思議そうに首を傾げるあさ、すぐに興味を失ったのかノノに話しかける。

 そのままノノを引き受けてくれたら嬉しいのだが……。


 そもそも俺が人を好きになる事はあったけど、俺の事を好きになる変人なんて今までいなかったからな……どうしていいのか分からない。


 いっそ逃げ出してしまう? 無理だろ。普通に追いかけてきそう。つか逃げても明日学校で会うし。意味ない。

 


「ねえ、進。お礼って、何して欲しい?」

「―――っ!」

 だからっ考え事に没頭しているところに話しかけてこないでっ! 吃驚するからっ! 心臓に悪いっ。


「……おいしいお菓子のお礼、頑張るよ」

 無表情のまま腕を前に突き出し、やる気をアピールするあさ。

 あぁ、やっぱ―――あさは可愛い。


「むっ」

「いたっ!?」

 あさを見て癒されていたら、突然足の指先に痛みが走る。

 慌てて確認すれば、俺の足を踏んでいるノノがいた。


「………あ、歩けないんだけど」

 あ、これは嫉妬だ。と気付いた進は、とりあえず踏んだ理由には触れずに足を退けてくれないか、と遠回しに聞いた。……いや、やきもちの理由なんて聞けませんって。そんなに心臓が強ければ、今日一日でここまで無様な姿を晒してない。


「で、どんなお礼がいいの?」

 先ほどまでの優しい声音と違って、随分と冷たい声音になっている。え、これってお礼は何がいいか、聞いてるんだよな? あれぇ? い、いや気にしたら負けだ。理由は分かっている。

 俺があさにデレデレしていたからだ。いやでも、俺はあさが好きだと公言しているのだがなぁ……。


「なんか、適当に食い物でいいんじゃね? ほら、お菓子のお礼はお菓子、みたいな? たぶん、愛も喜ぶだろうし」

 当たり障りのない物で愛が喜びそうな物を考えたら、お菓子が妥当かなぁ。と呟く進。こんな時でも妹優先で考えるらしい。相変わらずのシスコンっぷりです。

 

 

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