第11話

物語はいつだって唐突に動きだす。誰にだって止められないし、止めようとも思うことさえ出来ない。

 人形の中で回り続ける歯車は認識できない。ただ、物語の中で動き回る人形のようになるしかないのだ。


「へい、進! ちょっと面かせや」


 一度も話したことのない男が気安く名前を呼んでくる。笑ってこそいるが、妙な迫力と言うか、怒気を感じる笑みだ。


「誰だよ、お前?」

「クラスメイトの州崎だよっ! まさか本当に覚えてないのか? 何度か会話もしただろっ」

「……すまん、見覚えないわ」

「嘘つけえ!? お前の前の席はいったい誰だと思ってるっ?」

「え……ノノか?」

「違うわっ! このタイミングで言うんだから俺以外いねぇだろ!!」


 男――州崎はキレた。完全にキレた。このふざけた態度の男をどうしてくれようか、と煮えたぎる怒りが心を満たす。最初は、可愛い女子――ただし、遠くから眺めるに限る――野坂さんを悲しませたことを後悔させてやろうか、と思っていたのだが……もはや、そんなことはどうでもいい。ただこいつの顔面に拳を叩き込みたい……!


「……?」

「まだ思い出せないのかよ!? 俺はお前の中でどんだけ影が薄いんだっ!!」

「……………………くふっ。くふふっ。くふふふふふっ」

「てめぇも笑ってんじゃねぇぞっこの変人どもがっ」

「「ん……お前、変人って言われてるぞ」じゃん」


 お互いにお互いを指しあう。なかなかに舐めた行動だ。


「おまっお前らっ! もう、もういいっ。だから一発殴らせろっ!」

「「うぉっ、キレる現代の若者、怖い!」」

「うわあああああああああ」


 泣きながら教室を飛び出していく州崎。それを見て二人は、

「トイレでも我慢してたのか?」

「きっと便秘じゃん」

「そりゃ大変だなぁ」

「そうじゃん」

 などと、ふざけた会話を続けていた。州崎が知ったら、もう立ち直れないかもしれない。


「ね、ねえっ」

「んだよノノ、なんか用か?」


 不機嫌さ丸出しでノノに対応する進。今だ怒りは続いている。だって打った頭がまだ痛いし。少なくとも痛みが消えるまでは冷たい態度を取り続ける。


「ひぅ……あの、あのね。ごめんっ、許して?」

「嫌だ、失せろ」

「…………」

「し、辛辣じゃん。意外と根に持つタイプじゃん」

「たりめぇーだ。地味にいてぇんだぞ、さっきから痛くてよ、マジで腹立つ」

「の、野坂? おいっ大丈夫か? しっかりしろって! 大丈夫だ、傷は浅いぞっ!」


 固まって動かなくなったノノを、必死に動かそうとテンパッた正栄が肩を掴み揺さぶるが、効果は無い。


「くそっ中身小学生のくせに乙女してんじゃなぇよっ果てしなく面倒だわっ!」

「なにしてんだ、正栄?」

「てめぇーの所為で面倒なことになってんだよっ」

「そ、そうなのか? なんだか、さっきより視線の圧力を感じる気がするんだけど……これも俺の所為なのか?」

「安心しろっ確実に自業自得だ! ――倒れるな野坂!? だ、誰か助けろっ」


 嫌われたと思い込んだショックでノノの意識が半ば飛んでいる。そのため、力なく倒れそうになったのだが、それを正栄が支える。クラスメイト達もはらはらと見つめている。……正栄の株はうなぎ上りだ、反して俺の株はだだ下がりだが。


「っち、仕方ねぇな……支えればいいのか?」

「……!」


 くたっと力の抜けていたノノを進が触った途端、ビクンッと体中に力が駆け巡った。


「ひゃうっな、なんで進が私に触ってるの……?」


 何かを期待している瞳、それを見た瞬間に正栄は、

「俺の努力は……」

 と力なく椅子に座る。……クラスメイト達も哀れんだ目で見てくれてる。変人とは言え、ノノを助けた正栄は、良い奴認定を受けていた。進はクズ認定+女の敵認定を受けていた。


「なんでって、正栄に頼まれたから?」

「そこで俺に振るんじゃねぇっ――って野坂、なんで俺を睨むんだ! 睨むならあっち! 進を恨んでくれないかなっ?」


 ………同時に可哀想な奴認定も受けていた。


「……チャイムはなったんだがな、授業を始めていいか?」


 いつの間にか教卓の前に立っていた緑坂先生が、悲しそうに漏らす。誰も気づいてくれないし、授業のことなんて頭に無い状態だ。





 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、それぞれが食料を求めて動きだす。昼飯の時間だ。


「進、なんか買いにいくじゃん?」

「悪いが、弁当がある」

「ふーん。弁当作ってくれるなんて、いい親じゃん」


 羨ましそうに見てくる正栄に現実を教える。


「はっ、金だけくれて終了だ」


 あの両親が弁当を作ってくれるなんぞありえない。まだ、彼女にでも作ってもらうというほうが現実的なくらいだ。……今のところただのストーカーだが。


「ん? じゃあ誰が作ったんじゃん?」

「俺に決まってるだろ」

「………」

「なぜ黙る?」

「え? 進って料理できるの? 私とおかず交換しようよ!」

「鬱陶しいっ、どこから湧いた」


 突如会話に乱入してきた女――ノノを押しのけ、机の上に弁当を広げる。


「おお! おいしそうだねっ」

「つかいつまで固まってんだ?」

「あたっ。殴んなじゃん。うわっ。本当に完成度高いじゃん! というか、無駄に綺麗な弁当じゃん」


 各種色合いように野菜を入れて、メインとなるおかずを一つ入れ、ご飯を入れれば出来上がり。誰にだって出来る。ただ手間なだけだ。


「お前は何かしら早く買って来いよ」


 いつまでも弁当を眺めている正栄を追い払う。


「ねねっこのプチトマトちょーだい♪」

「ふざけろ、それは俺の好物だ。つかそろそろ失せろ」


 ……うはーっ。進くんの怒りメーターがどんどん溜まっていきますね。いつ爆発するか、怖いですねぇ。爆発したらまた雑に扱われそうですけど……いいんですか、ののさん。


「あれ? 進ってトマト嫌いじゃん?」

「っち。なんでいるんだ? 買いに行ったんじゃねぇのかよ……」

「ん? 飲み物だけ買ってきたじゃんよ。学校来る前に、コンビニで惣菜パンを買ってあるじゃん」

「うぅ、なんで嘘つくの? 進ってば私のこと嫌いなの?」


 ノノさん、どんどん乙女になっていきますね……。というか、なんでそんな微妙な嘘ついたんですか進くん。


「はっ、なんのことだかわからねーな」

「進の家行った時、死ぬほど嫌そうな顔して食ってたじゃん」

「ぐすっ、うぅっうわああああああんっ。あさに言いつけてやるぅぅぅ」

「あ? ちょっ言いつけるって、そんな――」


 泣きながら教室を出て行ったノノに、教室の空気が固まる。


「見ててホントにおもしれーじゃん」

「あ、あさに嫌われるかな?」

「大丈夫じゃん? 元から好感度0じゃん、つか興味すら持たれてないじゃん」

「ぐはっ。やはり、そうなのか……どうすれば彼女は心を開いてくれるのだろう………」

「とりあえずストーカー止めたらどうじゃん? や、ストーカーしてても気持ち悪がられるどころか気にもされないって、ある意味すごいけど……」


 無表情ロリさんのあだ名は、結局鉄の処女が広まってました。なんでも、進くんに告られたのをきっかけに数々のイケメン達が押し寄せたきたらしい。一年だけでなく二年、三年もきてお祭り騒ぎだったらしい。……進くんの停学中にちょー

おもしれーことが起きていたわけです。


 まぁロリぺったんこなのを覗けば、びっくりするレベルの可愛さですし。……つか、この学校ロリコン多いですね。

 

 でまぁ、その数々のイケメン達をあっさりと、それはもうあっさりと振ったらしいのだ。結果として、鉄の処女と名づけられたらしい。


 一部では城砦、砦、実はレズなど色々と言われてるみたいです……まぁノノさんと仲良しですし、傍からみたら百合っぽく見えないこともないですからねぇ。

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