第21話
待っているのは己が為。誰に言われたでもなく、自分で決めて自分で行っているにすぎない。
コンビニで2時間ほど時間を潰した。置いてあった漫画雑誌が面白く、気づけば読み耽っていたのだ。
スマホを取り出し、時間を確認したらとっくに10時を過ぎている。やべぇと慌ててコンビニから出て床屋に向かう。忌々しいこの髪を早く切ってしまいたい。
「らっしゃいませ~」
使ったことのない床屋だった。とりあえず、あんまり時間もないしと適当に入った店だ。よもや床屋と間違えて魔窟に来てしまうとは……。
「お客様? 今日はカットですかね? それとも……」
それともなんだ、筋肉ゴリラ。今にもはちきれそうな筋肉に押し上げられパンパンになったTシャツ一枚に、満開に咲く花模様のエプロン。……おぞましい。一言で言い表すなら、トロールが可愛らしいエプロンを着けている、だ。
な? やばいべ?
「ふんぬっ」
――パアンッ
突如トロールが全身に力を入れた。筋肉が盛り上がり、着ていた唯一のTシャツが弾け飛んだ!?
残されたのはエプロンだけ。なぜかよりおぞましい生物に進化を遂げてしまった。
「それとも、わ・た・し」
パチンとトロールが謎の何かを飛ばしてくる。違う、あれは決してウィンクではない。きっと攻撃か何かだろう、きっと当たれば混乱する類の奴だ。
「すまんが、店をまち――」
手早く謝って別の場所に行こう。他の店なら少なくともこのトロールは存在しないだろう。そう思い、振り返りドアを開けようとしたところ、
「駄目よぉ、わたしの店に入ったんだからぁ、おとなしくヤラレナサイ」
とのたまう。
もちろん嫌だ、あきらかに言葉のニュアンスがあれだし。こんなオカマ……もといトロールの相手をしたくない。
「じゃ、失礼しま――」
ドアに手を掛け、ドアノブを回そうとしても回らないことに気づく。がちゃがちゃと数回弄ってみるが、まるで開く気配がない。
あれ、これってまずくねぇ?
まずいなんてモノじゃない。オカマと密室で二人きり、相手の筋肉を見る限り抵抗は無駄に終わりそう。だからと言って抵抗しないのは論外。こんなところで後ろの処女を捨てる事態になんぞなりたくはない。全力で抵抗してやるっ。
「うふふ。だぁいじょーぶよボウヤ。わたしに身を任せて、あなたの髪を綺麗に整えてあげるわ」
「いや別のところに行くって――おお? か、体が浮いて? え、はこ、運ばれてる!? 嫌だっ放せ! 俺はどうするつもりだ!?」
「わかってるわ。えぇわかってるわ! あなたもわたしのお仲間なんでしょう?」
「なんの!?」
驚愕の事実が判明した。どうやらこのトロールから同属認定を受けているらしい。……進くんはオカマじゃないし、別に筋肉があるわけでもないんですけど。さて、どこら辺が仲間なんでしょうか……。
「いいえっ、恥ずかしがらなくてもいいわ! 皆初めのうちはそうやって隠そうとするもの」
「だから何の話だっ?」
必死にもがくが、ビクともしない。流石は筋肉ゴリラ。体のすべてが筋肉で出来てるんじゃね?
内心で疑問に思うが、ぶっちゃけ今はそれどころじゃない。
「さぁ、きちんと整えて綺麗な女の子になりましょうね!」
「!?」
その一言でピンッと閃いた。こいつ妹と同じ人種だっ。
気づきはしたが、逃げる術がない。がっしりと持ち上げられた体で足掻いても意味はないだろうし、かと言って暴力に訴えても敵う気がしない。だがこのままなにもしなければ確実に女装させられる。
ただでさえ女装にトラウマがあるというのに、ここで無理やり力ずくでやられようものなら……。
「俺はただ髪を切りに来ただけだ! 放せっ」
「んふふ。もう照れ屋さんねぇ、心配しなくてもわかってるわ! ……あなたのこの髪ならウィッグは必要ないわね」
「わかってねぇじゃねぇか!? いい加減にしろよっ。この店は客を無理やり拉致ってする気か!?」
「んもうっ。今回のお客様は随分と嫌がるわねぇ……人に見られながらされるのが嫌なのかしら?」
「根本的に女装が嫌なんだよっ」
どこまでも話が噛み合わない二人、いや違う。進が一方的に押し付けられてるだけで、トロールが会話を成立させていないのだ。これでは交渉なんて無理だし、なんとかして逃げ出そうにも打つ手がない。
本気でやばいかもしれない。……進の全身を嫌な冷汗がだらだらと流れ落ちている。
「は~い、1名様ご案内~♪」
「い、いやああああああああああああ」
力ずくで体を椅子に固定され、1時間ほどかけて念入りに手入れをされた。そのせいか妙に艶やかな髪になってしまった。結局髪を切れていない。
「んふ、どうかしら~?」
なかなかの出来だと思うわよ。と言いながら手鏡を渡してくる。
「ふざけるんじゃねぇよっ。なんで髪を切りに来てるのに余計なことをされなきゃなんねぇんだっ!」
進は怒っていた。……いや、当然のことだけどな。考えてもみろ、床屋に行ったら筋肉ゴリラに無理やり髪を手入れされたのだ。しかも当初の目的は髪を切ることなのに、全く短くなってない。最悪としか言えないだろう。
「?」
何を怒ってるのかしら? わたしは最高の仕事をしたわ。という顔で進をみてくるこのトロールに殺意しか湧かない。
「俺は髪を切りに来たんだ! 変な手入れに来たわけじゃねぇっ」
「あら、ショートカットにしたかったの? ごめんなさい」
「違うわっ、そもそも俺に女装趣味はないんだっつの!」
「え? ……女性用の髪を埋め込んでるのに?」
「妹の悪戯だよ! それを除去してもらいに来たのに、まさか悪化させられるとは思わなかったわっ」
まぁ普通は思いませんよねぇ。適当に入った床屋が、オカマ店長が女装を推奨しているなんて。しかもこちらの話をまるで聞いてくれずに力で押し通してくるなんて、夢にも思っていなかった進くんです。
「っち。わかったなら短くしてくれ」
「嫌よ」
「たくっ、最初から……今なんつった?」
「だから嫌よ。わたしはね、女装をしたいボウヤ達の味方なの。それ以外の男に興味はないわ」
「……とりあえず、警察呼んでいいか? もう二度と客は来なくなるだろうけど」
「え、なんで警察?」
決まってる。無理やり髪を弄くり回されたあと、興味ないわ。でぽい。流石にキレた、むしろここまで我慢した俺って、結構忍耐力のあるほうだと思うぞ。
スマホを取り出し110を押して……。
「おい、人様のスマホを取るんじゃねぇ」
「あな、あなたは何をしようと言うのっ?」
進くんは、邪悪な笑みを浮かべトロールに言い放つ。
「この店の営業妨害」
というか潰してみせる。
「なんでよっ? なんで邪魔をするの!?」
「いやぶっちゃけ、全部お前の所為だから」
「え?」
なんで不思議そうにしているかわからないが、客を拉致って勝手に髪の手入れをする、やり直しを要求したところ、まさかの拒否。ここまでめちゃくちゃなことをしておいて何を不思議そうにしているのか……。
まぁ無理やり拉致られましたー、とでも言えば警察は来るし。パトカーが店の前に止まっているところを写真に撮り、ネットに晒せばそれだけで大ダメージだ。で住所とオカマ店長を晒せば止めになるだろう。
「……つか、なんで髪を切りに来ただけでこんなことに?」
進の呟きは誰の耳にも届かずに空気へと溶けた。
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