第20話

 人にはやらねばならない時があるのだ。たとえ自分の命が散るとわかっていても、挑まなければならない。



 キラキラとした瞳で俺を見てくる妹。……どうやら毒見――味見をしろと言いたいらしい。……小悪魔めっ。いいだろう、俺も覚悟を決めようじゃないか……!


 どうせ甘い生地に肉と野菜だ。劇的にまずいってこたぁないはず。意を決して掴みあげる。そして、がぶり、と齧りつく。もしゃもしゃと咀嚼し味わう。

 

 ――これは、


「普通、だな」

「そなの?」


 こてんと首を傾げる仕草が可愛い妹が、味の感想を聞いてくる。


「うむ。普通にまずくもうまくもない。まさしく普通の味だ」

「でもでも、違和感凄いよ? 私的には普通のクレープがよかったな」

「諦めて食べなさい。お互いに一種類ずつな。あぁ、お前のは小さめに作ってあるから大丈夫だぞ」

「そう? じゃ、いただきます!」


 きっちり両手を合わせていただきますと言う妹、今時珍しいんじゃなかろうか? ふっ、これも俺の教育の成果だな! ちゃんと言わなかったらご飯を与えなかったからなっ。


「ん……普通だね」


 一口ほど口に含んだあと、なんとも言えない微妙な顔をして呟いた。気持ちはわかる。だって普通だし。そのわりには違和感が凄くて食べにくいの。……なんでこんなの作っちゃったかなぁ、お兄ちゃんも普通のクレープがよかったよ。



 お互い無言でもそもそと食事をする。あまりにも違和感が凄くて、食事をしながら喋るということができない。


 なんとか皿を空にし、テレビを点ける。


「あぁ洗物をあとでしとくから」

「ん、お願いするね。私、お風呂入って寝ちゃうね」

「おう」


 短いやり取りを交わし、妹は風呂場に消えていく。

 興味のないバラエティ番組が流れていく。眠い頭にまるで入ってこない。どうやら俺も疲れているらしい。一応、家に帰ってきてから2時間は寝たのだが……。


「ふぁ、寝るか……」


 欠伸を漏らし、ぽつりと呟き自分の部屋に向かう。リビングで寝たら、またメイクを施されてしまうだろう。それだけは嫌だ。なんで女装しなければいけないのだ。……いや、妹に好かれようと一度は考えたこともあるよ? でも無理。シスコンの俺でも無理でした。妹好きだし、叶えてやれることなら叶えてやりたいけど、流石に女装はハードル高すぎて無理。


 ちなみに、俺のトラウマになってくれやがった女装して街に飛び出したあれ。

 なんか都市伝説になっているらしい。なんでも凄い凛々しい女性が颯爽と現れ颯爽と消えていったと。なんでそれが俺だとわかるか? その写真が出回ってるからだ! 男にも女にもモテる超絶美人、という意味不明な都市伝説だ。

 や、確かにさ、男からも女からもナンパされたけど! なんか違うよね? べつにモテたわけじゃなくねぇ?


「嫌なこと思い出した……早く寝ちまおう……」


 布団を頭まで被り、意図的になにも考えないようにする。こう言う時はなにも考えずに眠っちまうのが一番だ。


 睡魔に身を委ねる。どうせさっきから眠かったのだ。このまま寝てしまおう。





 爽やかな風、聴こえてくる小鳥の囀り、清々しい朝だ。しかし俺の気分は重い。おっかしいな……。昨日鍵掛けて寝たっけ? 思い出してみるが、鍵を閉めた記憶がない。どうやら眠さのあまり、鍵を閉め忘れてしまったらしい。


「起きろマイシスター。洗面器に溺れさすぞ?」

「にゃふっ? あ、しまったっ」


 猫の鳴き声みたいのを上げて跳ね起きる。実際に、ベッドの上でぴょんと跳ねた。落ちてくる妹の膝が腹に突き刺さりそうになり咄嗟に体を捩り回避した。無理に捩った横腹がすげぇ痛い。


「ここで何してたんだ?」


 嫌な気はするが、我慢して聞くしかあるまい。されたことによっては非常に面倒なことになる。


「べ、べつに~。私は何もしてないよ~」

「おい、隠し通すつもりならもちっと態度を隠せっ。目が泳いでんぞ」

「ちちちち違うしっ。これは、あれだもん。目でプールの練習してたんだもん!」


 わけわからん。なんだよ、目だけでプール練習って。しかも、それじゃ単にプールサボって見学してるだけじゃね?


「鏡」

「……え?」

「鏡持って来い」

「な、なんで?」


 決まってる。こいつが俺の部屋に忍び込んでまでやることは一つだけしかない。というかその可能性以外ないのだ。お互いにシスコン、ブラコンではあるが……どうしても姉が欲しいらしいこいつは度々俺の部屋に侵入しては厄介なことをしてくれる。

 前に一度、すべての服が女物に変わった時は呆然とした。しかも御丁寧に俺の服は全部古着屋で処分してくれやがった。……数週間、ジャージと制服だけの生活を余儀なくされた。


 まぁ、でだ。こいつがやることはすべて女装関連と疑ったほうが早い。


「も、持ってきました……」

「ふむ、べつに変わったところはない――わけあるかっ!? なんだこれ? 髪がめちゃくちゃ伸びてるじゃねぇか! ウィッグか、ウィッグなのかっ?」

「ううん、新発売の植え込む髪だって。ホントに髪の代わりになってくれるらしいよ?」


 鏡で確認すれば、完璧な黒髪ロングになっていた。腰辺りまであるぞこれ……。

 どうやら、メイクを禁止された反動で髪を生やそうとしたらしい。凄い執念だ。凄い笑顔の愚妹をどうしてやろうか……!

 いやまずは処理してしまはないとまずい。今日だって学校はあるのだ。こんな髪で行けるわけないっ。


「どうやったら抜けんだよっ!」

「無理だよ? その手の買ったし」


 ……俺、どうしてシスコンなんだろう? くそっ。油断した。隙があればすぐにでも女装させようとしてくるとわかっているのにっ。

 なんとか抜けないか引っ張ってみるが、しっかりと頭皮に埋め込まれてるらしく、まったく抜ける気配がない。


「あぁ、仕方ねぇ。今日は学校サボって床屋行って来る」

「ダメだよお姉ちゃんっ」

「おい、今なんつった愚妹」

「気のせいだよお姉ちゃん!」

「隠す気ねぇじゃねぇかっ。まぁいい、で、何が駄目なんだ?」


 まるで隠す気のない妹にいらっとするが、何か変な問題でもあったら嫌だ。ここは素直に聞くしかないだろう。


「お姉ちゃんは女の子なんだからっ、床屋じゃなくて美容院にいかなきゃ!」

「さて、行くか」

 

 愚妹の言葉を無視して、服を着替え財布を持ち家を出る。あぁ、学校にも電話しなくちゃ駄目か。



『おう、どうした進?』

「おう。妹のせいで髪が伸びてな、これから床屋に行って来る」

『今からじゃん? つか妹ちゃんの趣味がまたでたんじゃん。進は妹に物凄く甘いじゃん、まいいや。で、俺になんの用じゃん?』

「学校休むから先生に言っといて」

『わかったじゃん。来れるならまた連絡しろじゃん』


 プツッと電話の切れる音を聴き、スマホをポケットに突っ込む。しかし、俺としたことがこんな凡ミスを……。


「まさか、9時前に開いてる床屋がないとは……」


 当たり前のことだが、10時前に開いている店のほうが少ない。……適当に時間を潰すしかないか。

 つってもコンビニくらいしか開いてないが。ちなみに、今は長い髪を後ろで留めて帽子を被り目立たないようにしている。

 

 ほんと、妹の趣味はなくならないものか……。

 空を見上げて嘆くが、きっとなくならないのだろうと半ば諦めている。


 







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