第19話
人は時に、自分でも理解できない不可解な行動を取ることがある。理解できる類のモノではなく。しかし、納得できないわけではない。
いつの間にか、窓の外は真っ暗になっていた。どうやら寝てしまっていたらしい。……あ? やっちまった……。俺がリビングで寝ていると言うことは、妹の趣味が行われた可能性が高い。
嫌な予感を無視して鏡を覗き込む。
鏡に映ったのは俺の知っている俺ではなかった。
「……マイシスター。我が愛すべき妹よ、
「ひゃい! そ、それは、ですねぇ。なんと、言いましょうか……不幸な事故?」
近くにいた少女に怒気を込めた声で問いかける。
くるんと長く伸びた髪を、左右の後ろで留めている少女。佐藤
さて、何故俺がここまで怒っているのか? それは非常に簡単で非常に難しい問題だった。
愛は昔から、奇特な趣味があった。奇特と言っても、俺以外に迷惑がかかることはまずない。何故ならば――
「不幸な事故? これが?」
「ごめんなさ~~~いっ」
――俺に対して女装を要求するのだ。
もちろん断る。当たり前だ、俺にそんな趣味はねぇ。だが、気を抜いて居眠りでもしようものなら……。
鏡に映った自分の姿にため息が漏れる。
これのどこが不幸な事故なのだろうか? 服は変わっていないが、顔にはメイクが施され、女性にしか見えない顔になっている。おまけにウィッグが装着され、男装している女子にしか見えない。……無駄に完成度たけぇよ。
「俺が寝てたのは二時間もないはずだが?」
「い、いや、あのね? 私ね、お姉ちゃんが欲しかったの!」
「知ってる。そして答えになってない。それに、二度と俺にメイクをするなつったよな?」
正栄が泊まりに来た時に、疲れてうっかりこいつの前で寝てしまったのだ。……起きた時の驚愕に染まった正栄の顔が今でも忘れられない。そのあと、思う存分笑ってくれたので、お返しに妹を嗾けた。……お互いに不幸な目にあったと、あの話は封印されたが。
昔から俺にメイクを施してきたこの女、無駄に高いレベルを誇っている。女装させられると、本当に男か女かわからなくなるレベルで。
私は凄いんだぞー! と言っていたのにムカついて、
「はんっ、いいぜ。外に出てナンパされるかどうかで決めようか」
と言って近場の繁華街に行ったところ、入れ食い状態でした。むしろ男の時よりモテた。や、なぜか男だけじゃなくて女の子までナンパしてくるの。意味不明すぎて涙が止まらなかった。
男の格好して行ったら、まるで声をかけられなかったのが余計に辛い。
「第一、俺の何が不満なんだ? これでも良い兄を目指してわりとがんばってると思うんだが……」
「性別!」
……どうやら、根本的に駄目らしい。え、なに? 産まれたところからやり直せとでも? ゲームのキャラじゃねぇんだぞ。そうぽこぽこ産まれて来れないっつの。
「ふぅ。……あのな? 男は女になれないんだ、わかるだろう?」
諭そうと、柔らかい口調を意識して話かけると、
「なれるよ! はい、これっ」
クリニックの紹介状を渡してきた。
「………」
嫌な気がして、渡された紹介状に書かれていた名前をスマホで調べてみる。表示された感想に涙がでそう。
『私、これで立派な女になれました!』だの『これで心おきなく彼氏つくれます!』と似たような文が羅列されていた。
目頭を押さえながら、妹に真意を聞こうと問う。
「どういう、つもりだ?」
我ながら情けない。この程度で動揺してしまうとは、きっとこの愚妹にもなにかしらの理由があるのだろう。
「え? どういうもなにも、お姉ちゃんになってもらおうかと――あだっあだだだだっ」
……救いようのない愚妹だった。
妹の頭を鷲掴みにし、そのまま力を込めていると「いたたたっ本気で痛いんだけど!?」と喚いていた。
愚妹を床に放り捨て「にゃうっ」とりあえず、
「風呂、行くか……」
ため息を漏らし、疲れた体を引き摺るように風呂場に向かう。なんだかすっきりしたい気分だった。……というか、いつまでも見ていたくない顔を洗い流してしまいたい。
「あ、水で流した程度じゃ落ちないから気をつけてね」
「………」
疲れが増した気もするが、きっと気のせいだと自分に言い聞かせる。いちいち相手にしていたら、それこそ体力がなくなってしまう……。
――1時間後、綺麗な体になった俺はリビングにいた。
大変だった。ボディソープでどんだけ泡をたてても落ちないし、最終的にはスポンジを使うのを止めて垢落としでごりごりと擦った。
赤く腫れてすげぇ痛いが、なんとか落とすことができたのだ。
「あぁ、もったいない。せっかく綺麗だったのに……」
「二度とするなよ? 普通に気持ち悪いだけだからな?」
「えぇ? そんなことないよぉ、ちょーモテモテだったじゃん。もういっそお兄ちゃんからお姉ちゃんにクラスチェンジするべきだと思うんだ!」
「………」
「いたっ。殴らないでよぉ」
口を尖らせて不満をアピールしてくるが、そんなことは知らない。人のトラウマを抉ってきやがって。
まったく、普段は素直で可愛い子なのに……なんでこの趣味だけは言うことを聞いてくれないのか……。
「わかったよぉ。もうしない、しません」
「んむ、わかればいい」
「あ、ご飯どうする?」
「親は?」
妹の疑問に未だ帰ってない両親のことを聞いてみる。まぁ、どうせあいつらのことだ、どっかで飲んでるんだろう。
「なんか『アテンナイト』ってとこで飲んでくるって」
「……ほう。まぁいい。では、俺達も何か食べに行くか?」
「ん~? 無駄遣いはダメだよぅ。まだ7時だし……なにか作ろうよ」
ニコッと笑顔で提案してくる。――くっ。可愛いな! 生活費を心配してくれるその気配り、笑顔で自分も手伝うことを申し出てくれるこの愛らしさ。やばいっ。マジで可愛くね? このっこのっ。
「んにゃあああっ? そんなに頭強く撫でないでよぉ、髪が乱れちゃう!」
「はっはっは」
わしわしと頭を撫でる。嫌がってる気もするが関係ないっ! 俺が撫でたいのだ。
「よしっ。じゃあ何か作るか!」
「んぬぅ、髪がぼさぼさにぃ」
涙目でこちらを睨んでいる妹が可愛すぎで、もう一回くらいよくね? という悪魔が顔をだしたが、天使の槍に瞬殺される。言葉など無用、今は妹を愛でながら料理を作るべきです。とありがたい言葉を残してくれた。
「なにか食べたいモノはあるか?」
「クレープ!」
「作るのは簡単だが、それはデザートじゃないか?」
「大丈夫だよ、なんかお肉とか野菜を包むクレープがあるんだって! 正栄さんが言ってたのっ」
スマホを取り出し、即座に電話をかける。
「おい、肉とか野菜入りのクレープを作りたいんだが、どうすればいい?」
『や、普通にクレープ生地に包めばいいだけじゃん。あ、なるべく生地を厚くすれば破れにくいじゃん』
「ふむ、助かった。今度ジュースでも奢ろう」
プツッと電話を切り、クレープ生地に必要なものを用意する。ボウルに薄力粉を入れ卵を落とし牛乳を入れてかき回す。予め溶かしておいたバター、砂糖、塩を混ぜたものを投入し混ぜる混ぜる。
「お兄ちゃん、油どこ~?」
「棚の下にあるよ、あぁ結構奥にあるから気をつけろ」
「うん……あ、あった!」
妹と二人料理の時間、わりと至福の時間でした。
30分後、見事に完成したクレープがテーブルに置かれていた。
「……適当に塩で焼いた鶏肉、豚肉、牛肉を包んだものだ」
「あんまりおいしくなさそうだね!」
にぱっと笑顔で駄目だしをしてくる。……や、それあなたが提案したものなんですけども。
愛の笑顔はいいものだが、流石にこれは躊躇するだろう? 見慣れたクレープから除く肉と野菜。う、うむ。まずいかうまいかはまだわからないが、ここまで違和感があると食べにくいな……。
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