第18話

 あれから数日が経った。別段語るほどの出来事はなく。かと言って、つまらない日々というわけでもない。何が言いたいたのか? ようは何の変哲もない日々だったってことだ。



「進~、今日はどうするじゃん? ゲーセンでも寄ってく?」

「……ふむぅ。正栄、簡単に金が稼げる方法はないか?」


 腕を組み、難しい顔をしていた進が頭の悪いことをのたまう。それに正栄は、

「バイトでもすれば?」

 と真顔で返す。


 極々普通の回答に進は「……いや、喧嘩したことが街中に広まっててな。どこの面接受けても「あぁ、君があの……」って言われて落とされるんだ」と悲哀たっぷりに告げる。


「あー、どんまいじゃん。地元でも駄目じゃん?」

「変な子扱いされててな。むしろ地元のほうが無理だったりする」

「ダメダメじゃん」

「だから困ってる、あまり遊びに金を使えねぇ」


 進の家は基本放任主義だ。というよりも、中学に上がってから生活費はくれるが、家事の類をほとんどしてくれなくなった。妹も同じで好きにしなさいって自由にされている。……だからこそ、あんまり遊びに使ってしまうと両親に泣きつくことになってしまう。


「まぁあの家じゃんねぇ、妹は元気? あの子と生活費は折半なんだろう?」

「あぁっても、俺に趣味はねぇし、折半ってもなるだけ多くあいつに渡してるけどな」


 進は、部活に打ち込んでいる妹のことを思い出し頬が緩む。放任されて――つっても色々な行事事はしてくれるしそこまで悪い親とは思っていない――過ごした結果、甘えてくれる妹にデレデレになったのだ。


「……お前、相変わらずにシスコンじゃん」


 呆れたように呟く正栄。……当たり前ではないか、我が愛しき妹だぞ? あの愛らしさの前に屈しない兄など存在しない!

 叫んだ進を哀れんだ瞳で見つめ、ふっと目を逸らして告げる。


「や、確かにお前の妹は素直で可愛いが、普通の兄は妹を煩わしく思うじゃん。……弟が姉を煩わしく思うようにな」

「そ、そうなのか? いやでも、家の子は可愛いぞ?」


 そこまで仲が悪くない正栄も、どうやら姉に対しては煩わしさを感じているらしい。……仲直りはしています。


「お前の洗脳――もとい教育の成果じゃん。よくあそこまで純粋に育ったじゃん。恐ろしい手腕じゃん……」

「まぁ、俺の中学生活は妹のためにすべて捧げたと言っても過言じゃない」

「むしろ過言であって欲しかったじゃん……」


 窓の外に視線をやり、どこか遠くを見つめる正栄。今日も今日とてぶっ飛んでる進に呆れと面白さを感じている。


「で、結局ゲーセンは行くの? 行かないの?」


 ひょこっと机の下から這い出てきたノノ、毎度のことなので慣れた。進と正栄、どちらも無反応だ。そりゃ毎日同じことされれば慣れるってもんだ。


「どうするじゃん?」

「……むぅ、バイトが見つかるまでは止めておこう」

「なぁんだ行かないんだ。今日はあさも来るって話だったけど」


 ノノの言葉を聞いた瞬間――進の頭の仲であさVS妹が始まった。


「あ、動かなくなった」

「野坂のせぇじゃん。つか唐突に会話に混ざってくるなじゃん」


 固まった進を脇に置いて、二人で話し始める。


「やー、面目ない。まさかあさの名前だすだけで固まるとは……」

「絶対にわかってたじゃん」

「ん? ばれた?」


 てへっ。と笑うノノ。それを見た正栄は「こいつはぁ確信犯か……進も苦労すんなぁ、応援してるぞ。離れたところから。……女って怖ぇよなぁ」と目線を逸らしながら考えていた。


「――くっ。わりぃけど、今日は行けねぇ」


 頭の中の戦いは辛うじて妹が勝ったようだ。流石に生活費を全部使い込んだら駄目人間すぎる、それも惚れた女と遊ぶためって……完全に駄目人間だ。


「お、動きだしたじゃん」

「おかえりー」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべるノノとどこか疲れた、とでもいいた気な空気を滲ませた正栄が話しかけてくる。


「あさには謝っといてくれ」

「うん? 大丈夫だよ、そこまで関心持たれてないから!」

「ぐふっ」

「うっわ、エグイじゃん……」


 実際には「……あの人も来るの? ……なら、ボクも行こうかな………」と言い、ノノに衝撃を与えていたりする。もちろん、ノノがそのことを口にすることはないが。

 あの公園に行った日から、どうも怪しい。とノノは睨んでいる。あの日からあさの態度が軟化? ……まぁ軟化した。そこそこ気を許しているのか、ちょくちょく話しているのも見かける。これはまずいかもしれない! とノノに危機感を与えるには十分だった。


 同じ寮に住んでいる生徒会長も、あさが進に取る態度が変わってる、と察している。


「ま、気にせずにお帰り。私はあさと遊んでから帰るけどね!」

「狙ってるじゃん……野坂がいつの間にかガチになってるじゃん」

「くっそ羨ましいなおいっ」


 負け犬の遠吠えを上げて帰っていく進。それを見て、どこか満足気味に「むふぅ!」と息を吐き出す。……こいつ、進と帰りたかったんじゃねぇの? と正栄は思った。実際目的を忘れている。進とじゃれ合えたことが、余程嬉しかったのだろう。……難儀な人ですねぇ、ノノさん。




「どうにかバイト見つけねぇと……」


 進は決意を新たに、帰り道を一人寂しくぽつぽつと歩いていた。


「あら、進さん。奇遇ですわね」


 どこがだろうか……? 目の前に広がる光景は進からすれば信じられないことだったのだ。なにせ道路のど真ん中にカフェテーブルが置かれ、さっきまでいなかった通行止めの人達がわらわらと出てきたのだ。……どの変に奇遇の要素があるのか、非常に悩ましいところだった。

 進は話しかけてきた人物になんて返せばいいのか、悩んでいると、向こうから話を切り出してくれた。


「一緒にお茶しませんか? とてもいい茶葉が手に入ったんですの」

「いやいいっす。俺、お茶とかわかりませんし」

「そ、そうですの?」

「はい、それに用事があるんで」


 進は、じゃ! と手を上げ走り去っていく。……恐ろしいですねぇ進くん。釣った魚に餌をあげないタイプの人ですよ。や、見てくださいよ。すっごい悲しそうに進の背中を見つめるこのお嬢様を! 凄く哀愁たっぷりです。これで用事が他の女と会う――妹だけど――と知ったら、かつてのノノさんみたくなるんじゃないですかねぇ。


「……撤収、しますわ…………」


 悲しげにポツリと漏らされた言葉に、準備されていたカフェが片付けられていき、一人しくしくと泣く生徒会長だけが残された。

 か、悲しすぎますね! 進くんを連れ戻すか相談しないでください! なんですか貴方達、今時黒服グラサンって……ん? え、ボディーガードの人ですか……? あ、生徒会長専属のボディガードさんですか……進くん逃げてぇ!? なんかこの人達殺気だってるよお!!


「お嬢様を泣かせるとは……万死に値する」

「まぁ落ち着けジャック、精々ヘリから落とすくらいで勘弁してやろうぜ」

「あぁお前は優しいなノット、もちろん紐無しバンジーだろ?」

「当たり前だろグラッズ。そこら辺が許してやれる境界線だ」


 と朗らかに笑いながら殺人計画を立てている。

 逃げて!? 許す気ないよこの人達! だって目が血走ってるしっ。しかも紐無しバンジーって、ただのパラシュート無しでのスカイダイビング、つか飛び降り自殺ぅぅぅ。やばいって進くん! あぁ、こんなところで進くんの人生は――


「帰りますわよ! 次の計画を立てなくちゃいけませんものっ」


 ぐいっと袖で涙を拭き、黒服達に声をかける生徒会長。


「「「了解です!」」」


 黒くてなが~い車に乗り込み、帰っていく面々。……どうやら助かったみたいです。進の知らないところで死の危機がせまり、知らないところで解決したらしい。

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