第22話

 人は時として修羅にならざるを得ない時がある。どのような些事であろうとも、それは等しく戦いである。


「な、なにをすればいいの?」


 ギンッ

 

 トロールが何故か脅された女の子のような台詞とともに睨みつけてくる。……見た目筋肉ゴリラのトロールだから威圧感が半端じゃない。つか、お前が悪いのになにを勝手にこっちを悪者にしてんだ?

 進の額に青筋が浮かんだだけで、今の行動にはなんの意味もない。むしろ悪化させた。


「スマホを返せ、立派な窃盗だぜ? よかったなぁ、罪状が増えて」


 ……凄い悪い顔を浮かべて相手を脅しているこの子、主人公なんですよ? 信じられます? それも女の子相手じゃなくて筋肉の塊のようなオカマ相手にですよ? 信じたくない光景ですね。


「ちゃんと、すれば……いいの?」

「うぷっ。いやいいから、スマホを返せ」


 ……気持ち悪っ。え何この生物? 自分がトロールだって自覚してないの? 物凄い衝撃的なシーンだったんだけど……そりゃあもう、子供が見たら本気で泣き出しますよ、確実に。

 ほら、進くんもすげぇ嫌そうにしてるじゃないですか。もうこの店から出ること以外考えたくないって顔してますよ? よほど今の一撃が効いたんですね。別の意味で……。


「……わかった、オーケー。手早く、そして短く切れ」

「それだけで、いいの?」

「おぇっ。い、いいから早くしてくれ!」


 進くんの体力と気力がゴリゴリ削られてますね。このままいったら、終わる前に進くんの精神が先に参っちゃいそうです。

 それにしても、あれですね。この筋肉ゴリラ、ただでさえ気持ち悪いというのに色々とぶっこんでくるせいで、もはや取り返しのつかないことになっています。


「なんか、疲れた……」


 ため息を吐き出し、終わるのを待つことにした。これだけ脅したんだ、真っ当に切ってくれるだろうよ。つか切らなきゃ脅しだったのを実行するだけだ。





 1時間後、しっかりと髪を切ってもらい前と同じような感じになった。


 店を出て、固まった体を大きく伸ばす。ズボンからスマホを取り出して時間を確認すると、既に11時を過ぎている。どうやらあのオカマ店長とのやり取りでだいぶ時間を使ったらしい。


(……あさに会うには、行くしかねぇんだけどよ)


 面倒ではあるが、行かないという選択肢はない。面倒だぁ、と呻きながら家に戻る。制服を取りにもどらにゃいかんし、シャワーも浴びたい。

 多少遠回りではあるが、仕方ない。




 シャワーを浴び、制服に着替えカバンに必要な道具を詰めていく。今から向かっても、どうせ午後の授業にしか出られない。必要な物は少ない。精々ノート数冊に筆記用具、あとは昼飯くらいなものだ。

 適当にサンドイッチを作り、弁当箱に詰めていく。

 うしっ、準備は終わった。向かうとしよう。


 手早く準備を済ませ、家を出る。家に戻ってから30分とかかっていない。我ながら早く終わったものだ。これなら12時までには学校に着く。




 軽く走ったおかげか、やはり12時前に着くことができた。職員室で遅刻届を貰い教室に入る。


「遅れてすみません」

「ん? おう佐藤か。早く席に座りな」


 教師の言葉に素直に従い、席にカバンを下ろし椅子に座る。あぁ、なんかどっと疲れた。

 このまま寝てしまいたい衝動に駆られるが、遅刻したうえに授業中に寝るのは流石に駄目だろう。


「なんだ進、結局来たんじゃん?」


 寝るか寝ないかで葛藤していた進に、正栄が前の席から振り返って話しかけてきた。


「ん、あぁ。本当はもちっと早く来るつもりだったんだがなぁ」

「いや休むって言ってたじゃん」


 正栄の言葉に内心で謝る。一応休むかもしれなかったからな。念の為の連絡だ。なんの連絡もなしで遅刻や欠席をしたくはなかったんだ。

 

「まぁ髪切りに入っただけだしなぁ。これで休むのは気が引けたんだ、担任には言ってくれたんだ」

「おう、言っといたじゃん。俺に感謝しろじゃん」


 胸を張り、ドヤ顔でお礼を要求する正栄。……いや、感謝はしているのだが、素直にお礼を言いたくない。……確か、ネタ用に買っといた菓子がカバンに入っていたはず。

 ごそごそとカバンから必要な教科書・ノート・筆記用具を取り出しその際に菓子を取りだす。


「助かったよ。これ、お礼にやるよ」

「そうそう、感謝を素直に示すもんじゃん……え?」


 パッケージに書かれた文字を見た正栄が固まる。ピシリッと石化の呪いでも掛けられたかのように、身動き一つ取らなくなる。……よほど衝撃だったのだろう。かく言う俺も、最初に見た時は正栄と同じように固まってしまった。


 劇薬! 真っ赤に染まった地獄を貴方にプレゼント。と書かれた真っ赤なチョコ。真っ赤って言うかいっそ赤が変色したドス黒い色になっている。


「こ、え、これ、ぇ? これ、を俺に?」

「あぁ感謝の気持ちだ」


 満面の笑みで答えてやる。こうすれば、意外と友人思いなこいつなら食ってくれるはず。…………感謝の気持ちで地獄をプレゼント。って進くん、あなた……鬼畜ですね! と言うかそんなものどこで売ってたんですか。


「あ、ぁあ。あり、がとう。あ、後で! 後で食べるわ」


 なんとしてでも回避しよう、と言う決意が伝わってくる。が、逃がしはしない。ほら、意外とうまいかもしれないし? 


 実際には別の物をお礼用意してあるのだが、素直に渡さない辺り捻くれてますね、進くん。素直に渡すのが恥ずかしいからって、そんなネタに走らないでもいいんじゃないですかねぇ。


「昼飯ん時に食ってくれな。その時に味の感想聞くわ」

「――っ」


 顔が青く染まる正栄。よほど食べたくないのだろう。いや気持ちは分かるが、だって劇薬って、菓子のパッケージに書いてあんだぞ? 外から見えるチョコの色もおかしいし。俺だったら絶対に食べねぇ。


 …………………進くん、あなたは何の目的でこれを買ったんですか。こんなの、嫌がらせくらいにしか使えませんよね? と言うか授業に集中しなくていいんですか? 教師の額に青筋できてますけど。これだけ授業無視してお話してれば当たり前ですよ。後で怒られるでしょう。




「なんで怒られたんだ?」

「くそっ、とばっちりを受けたじゃん……」


 授業が終わり、何故か正栄と二人で説教を受けた。何故だろうか? 黒板に書かれていたものはすべて書き写したし、話しながら正栄に借りた前半分もきっちりとこなしたのだが……不思議なものだ。


 進くんは基本的な勘違いしている。

 例え授業をきっちりこなしたからと言っても遊んでいいわけじゃないですし、周りの迷惑も考えに入れなければいけないでしょう。と言うか、意外とスペック高いなっ。進くんが来たときには、残りの授業時間は20分なかったはずだ。その間で喋りながら終わらせていたんですか……宝の持ち腐れですね! 


「ま、いいか。教室戻ろうぜ。腹減っちまった」

「そうじゃん。あ、途中で自販寄ろうじゃん」

「了解。あ、あのチョコを食う為に甘い物にしとけよ」

「――あっ」


 どうやら素で忘れていたらしい。いや、忘れていたかったらしい。あんな物を食べたら色々大変な事になりそうですしね。生存本能が全力でなかった事にでもしていたのでしょう。進くんの一言で思いだしてしまいましたが。 











 



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