壊れたアイの物語

くると

第1話 

 なんの変哲もない昼下がりの平日。

 俺は走っていた。………どこへ? もちろん学校へ。なんで? 寝坊したからさ! ――なんだか面倒になってきましたわぁ。制服で走るって結構無茶だよねー。めっちゃ走り辛い! いっそサボるか……? 入学三日目で? いや、遅刻した時点で大概だけどね!


 黒い髪に黒い瞳、黄色い肌の日本人。そんな彼こそがこの物語の主人公――佐藤進さとう すすむ十五歳。これといった特徴はない! 別に隠れた武道家でもなければ実家が金持ちってこともない。何かスポーツをしているわけでもなければ趣味があるわけでもない。

 不良でもないし、優等生でもない。突っ張る気力なんぞ持ち合わせていなければ勉学に励む体力もない。


 個体差がある雑魚とでも思ってくれれば、だいたいあってます。



 既に走るのがだるくなってきたのか、彼は足を止めて自販機に近づいていく。ぶっちゃけ遅刻だし、「のど渇いた」とぶつくさ呟きが漏れていることに本人はまるで気づきません。傍から見たら、学生服の子供が自販機の前でぶつぶつ言っているのです。とてもシュールな光景です。しばらくすれば、白と黒のツートーン車が彼を拉致することでしょう。



 財布からコインを取り出し投入、そしてジュースを買おうと伸ばした手がぴたりと止まります。やがて、生まれたての小鹿のようにぷるぷると震えだします。

 あれですかね? お薬でもきれました?


「……ざけんなっ」


 ――ゴッ


 進が全力で自販機を殴りつける。鈍い音が響き、ファンファンと妙に甲高い警報が鳴り響きます。……どうやら、拉致されるのが早まったみたいです。


「――っ」


 お馬鹿な進くん、鉄の塊を殴りつけたのです。あまりの痛みに手を押さえて蹲っちゃいました。

 さてはて、なぜ進は怒ったのか? それは自販機を見れば一目瞭然でしょう。

 そう! なぜか高い位置に張り紙がされていたのです。一見普通にしか見えないこの自販機ですが、張り紙にはこう書かれていました。


『故障中☆お金を入れても戻ってこないから気をつけてねミ☆』


 そりゃ怒りますよね! 意図的としか思えないくらい上の方に貼り付けてありますし! 商品が下の方にすべて並んでいることを考えると、狙っているとしか思えないです。


 しかも、壊れているというわりには警報は鳴るんですね! ファンファンファンうるせーのです。

 誰か止めてー。


「くそっ。あぁもういい、帰って寝る。学校とか知らん!」


 沸点低いですねー進くん。まだ三日目なのに学校サボっていいんですか? はぶられちゃいますよ?


 進は、右手をぶらぶらと振りながら痛みを誤魔化す。そのまま家へ帰ろうと振り向くと――


「君かね? 学校にも行かずに自販機を壊してる少年と言うのは――」

「違います」


 ――警察がいました。哀れ進くん、君の人生はここで終わりのようだ。それにしても切り返し速かったですね。普通、警察に確認されたら挙動不振になりません? これといった悪いことをしてなくてもびびっちゃいますよね? 警察のおじさん固まっちゃいましたよ? まだ何か話していたのに、よほどびっくりしたんですね。


「こ、こら! 待ちなさ――いやホントに待てよ!? 君、なにをしら~と帰ろうとしてんのっ! いいから来なさい、話は署で聞くから!」

「お断りします。きゃああああ、助けてぇえええ、警察のコスプレした変態に襲われるぅぅぅぅううううう。い、いやだああああああ掘られたくないいいいいいい」

「なんだ!? なんで突然叫びだしたの?! 一体なにを言っているんだ、君は――はっ!?」


 平日の昼下がり、当たり前ですが結構人がいます。そんな場所でコスプレのホモ呼ばわり、鬼ですね! 見てくださいよ、あちこちで「聞きました?」「最近は物騒になったわぁ」「警察に連絡しなくていいの?」「いいんじゃない、こっちに被害ないんだし」と好き勝手に言われ放題です。


「ちがっ違うんです! 私はれっきとした警察官で、通報を受けて来たのです――」


 必死に弁解している警察のおじさんを素通りし、ちゃっかり逃げだすことに成功した進。――まさにクズ! これをクズと言わず誰をクズと呼べるだろうか。




「ったく、160円呑まれるし、学校はだりぃし。最悪な一日だなぁ……」


 なんだかんだと学校に着いちゃいましたよ、進くん。哀れすぎる呟きが漏れてますけど……君もさっき、一人の大人を不幸のどん底に落としましたよね?


 誰もいない正門を通り、玄関で靴を履き替える。

 五時間目なんだっけな~と果てしなくやる気のない声を漏らし、のそのそと職員室に向かいます。遅刻届を手に入れないと授業に入れませんからね。まさしくミッションです! ~緊急ミッション~ 遅刻届を手に入れろ! クリア報酬、出席日数。さあ、さあさあさあ始まりましたよ! クリアしないといけないのですよ?


「お、自販めっけ……今度は壊れてねぇな。しゃっあぁ! のど渇いてんだよ、どれでもいいからとっととだせや」


 クールと書かれた青いボタンを連打する。それはもう見境なく連打しちゃいます。……ストレスが溜まっているのですかねー。


 ――ガコンッ


 進は、重量感のある缶が落ちてきた音に、ごくりとのどを鳴らす。炭酸でカーッといきたいところだが、冷たければなんでもいい!

 落ちてきた缶を取り出し口から取り出し、勢いのままに口を付ける。


 ――ぐびっぐびっぐ……? ………!? ……………ぶふぉっ


 どろっ、としたどろどろの感触、ほのかな甘味がしょっぱさを際立たせる冬の人気者――コーンスープだうげぇ。

 まずくはない。決してまずくはないのだが……。


「や、やべぇ……んだこりゃ……? 春の新作、冷やしたコーンスープ? ……なんで、なんでこんなものが学校にあるんだよぉぉおおおおっ。余計のどが渇いたじゃねぇか!??!」


 今は飲みたくなかった! そりゃ、冷たけりゃ何でもいいって思ったさ、だけど、だけどもこれは違うだろ!! 美味いのが余計腹立たしいわ!


 あ、哀れですねぇ。進くん、これも学校サボろうとした罰でも下ったんじゃないですかね? ……く、くふっ…………くふふふっ。わ、笑ってなんかいませんよ。


 あれ? そのコーンスープの残りはどうするんですか? え、ちょ――何してるんですか進くん!? そんな全力で窓の外に――あぁ!? この人やっちゃいましたよ! 中身入りのコーンスープがああああ、ああ? ……へあ?


 ――ぶふぉっ


 こ、これが、い、因、果横、暴……なん、くふぅ……くっ、くふ。無理! これを笑わないなんて無理ですよ!!


 何でですか!? なんで、何で投げた缶が飛んできた野球のボールに当たって帰ってくるんですか?! え、奇跡!? 奇跡なんですか?!!? しかもっ、中身が零れずに返ってきたもんだからもう! 進くんの顔が黄色くなっちゃってるじゃないですか~~~!

 


「………」


 無言で職員室のドアを開け放つ。黄色い液体が滴っているが気にシネェ。つか気にしたくねぇ。


「うん? おう、進じゃないか。どうした? 随分と遅かったけど、何かあっ……た、みたい……だな。うん。……とりあえず、運動部のシャワーでも借りるか?」


 最初は呆れ気味だった担任の緑坂健太みどりざか けんたが、進の姿を見るなり、不憫なものを見るような優しい瞳で、進を見つめる。……ぐっ。なぜ、こんな、目に………。


「……お願い、します」


 あまりにも惨めな姿に、涙が滲んでくる。それを隠すように俯く。

 ありがたく、シャワーは借りました。



 ……くふ、ふふふっ。泣きそうな進くんに、幸運でもあればいいですね~♪

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