第15話

いつだって楽しく生きていたい。だけど、様々な事情が邪魔をして真っ直ぐ生きることさえ難しい。そんな中で、俺達は何をなしていくのだろうか……。



「……あれか?」


 ピンクカラーのクレープ車が、公園のど真ん中に止まっていた。進はあれで合っているのか問う。


「合ってるじゃん。早く買いに行こうじゃん」

「あ、待って」

「どうしたの、ノノ?」

「ん、早く食べたい……」


 クレープ車に向かおうとする皆を引き留めるノノ。全員が自分を振り返ったのを確認し、一つの提案をする。


「食べ比べ、しない?」

「「「!」」」


 ぽつりと呟かれたノノの一言に、全員が固まる。いや、正栄だけニヤついているが、他の三人はそれぞれ自分に都合よく解釈し想像してしまった。生徒会長と進はそれぞれ好きな子にとやっている姿を思い浮かべ、あさは色んな味が楽しめると純粋に喜んでいる。


「うん、いいんじゃないか?」

「そ、そうですわね。たくさんの味を楽しめたほうがいいですもの」

「……賛成、いこ」

「くふっ。さいこーにおもれーじゃん」


 各々で言い訳をしつつ、クレープ車に近づいていく。幸い、他の客はそこまで多くない。カップルっぽいのが二組ほどベンチでいちゃついてるくらいなものだ。


「ちーっす」

「いらっしゃいませー。ん? 正栄と進くんじゃない。なになに、ダブルデート? のわりには男の数が少ないけど」


 クレープ車の店員が気軽に進と正栄に話しかけてくる。


「あぁアヤメさん。こんちゃっす」

「姉さん、なにかおすすめってあるじゃん? ……あ、それとこれはデートじゃないから、二人の恋模様ベクトルは進に向かってるじゃん。最後の一人が進の惚れてる子じゃん」

「ほー、進くんモテるのねぇ。それに比べてうちのは……はぁ」


  どうやら顔見知りらしい、というか正栄の姉だった。


「いらっしゃいませ。何か食べたいものはあるの? おすすめはグレープとストロベリーのどちらかよ。まぁ他のもおいしいから、結局は好みだけどね」

「えっと、松永くんのお姉さまですの。始めまして、私は――」

「あ、ストロベリーでお願いします! あさは何にする?」

「ん。チョコとクリーム……の奴……」

「はいは~い。で、そこの金髪の子はなんにする? ……え、てか本物のブロンドなの?」


 哀れですねぇ生徒会長。ほんと、いつになったら名前が公開されるのか……。なんだか不憫になってきましたね。


「――くっ。ここは我慢ですの……! ふぅ。……えと、私はクリームだけの奴でお願いですの。私はハーフですのよ。父が日本人、母がイギリス人。どうやら母の血が濃く出たみたいで、私の造形は母よりですの」

「りょう~かい~」


 ひらひら~と手を振り作業を始めるアヤメ。サクサクと生地を焼き上げ中身を包んでいく。


「ふんふんふ~ん♪ あ、進はバナナでいいんだろ? 正栄は……ラズベリーでいいか?」

「お願いします」

「……なんでラズベリーじゃん? あんまし好きじゃないじゃん」

「一番余ってるから」


 アヤメの言葉にガーンッと大袈裟にリアクションを取る正栄。それを見て、アヤメと進が笑う。どうやら家庭内でも弄られキャラの立場を獲得しているらしい。

 これでも、荒れていた頃の正栄とアヤメは仲があまりよくなかった……つか悪かったのだが、進が間に入ることにより急速に仲を戻した。ぶっちゃけ荒れるまでは仲のいい姉と弟だったわけで、それはもう驚くほど早く仲がよくなりました。


「酷いじゃんっ!?」

「ま、いいじゃねぇか。どうせ食べ比べってするんだろ?」

「や、たぶんお前と三人だけでだと思うじゃん」


 べつにそこまで甘いものが好きじゃないからいいんだけどな、と漏らしおとなしくベンチに向かう。どうやらカバンを置きに行ったようだ。


「……ところでさあ、お姉さんとはどういった関係なのかな、かな? ねぇ、オシエテクレナイ?」


 黒いオーラを纏い、妙な迫力を滲ませたノノが進に詰め寄る。…………ヤンデル感じがしないでもないですね。このまま乙女を拗らせたら本当になってしまいそうで怖い。


「私も気になりますわね……!」


 やはりこちらも黒いオーラを纏っている。というか幻覚だろうか? いやきっと幻覚だ。幻覚じゃなかったら泣きたくなるほどの重圧を感じる。


 進は思った。知り合いの姉と話しただけで、何故ここまで問い詰められてるのだろうか。


「出来たわよー」


 救いの声が聞こえた。その瞬間、自分でも驚くほどの速度で反応できた。


「ありがとうございます。あ、これ料金です」


 自分の分のクレープを受け取り料金を支払う。そして二人を置き去りにベンチへと向かう。


「――で、どう言うことなの?」

「――で、どう言うことですの?」


 ……当たり前だが、自分が受け取ったら彼女達も受け取りあとを追ってくるのは当然の成り行きと言える。

 

「いや、友人の姉だろう?」


 むしろそれ以外に何があると言うのか。


「かなり親しげだったけど?」

「そりゃ、正栄の家に泊まった時に色々と話したからな」

「色々ですの? 気になりますわね」

「いや、流石にそこまでプライベートなことまではなさねぇぞ?」

「へぇぇぇ、そうなんだ。個人的なお付き合いがあるんだ」

「そうですの。ちょっと詳しく知りたいところですわね」


 どんどん冷たくなっていく乙女達の声に冷汗が止まらない。氷点下を下回ってるんじゃね? ってくらい冷たくなった瞳で見つめてくる……胃が痛い。


「いや俺のことじゃなくてだな、正栄の話になるからはなせねぇよ」


 キリッと真面目な顔になった進に、二人の乙女は内心でドキッとときめいていた。顔を赤くし、先ほどまでの独特な怖さが消えていた。……どうやら、乙女回路を積んだ二人は黙らせるには進のカッコいいところを見せとけばいいらしい。


 随分とちょろいですねぇ。いや、惚れた弱みとは言いますけどね。惚れたほうが負けなんですよ。結局二人を見てもいない進くんに、進くんをまるで見ていないあささん。……複雑な関係になってますよねぇ。


「…………食べないの?」

「…………くくっ。くくくくくっ」


 三人の会話を離れた場所から見ていた正栄は、必死に笑いを堪えていた。あまりにも複雑すぎる関係が面白いらしい。

 あささんは、いつまで待てばいいんだろう、と悲しげにクレープを見つめている。まぁ喧嘩している横で食べてもおいしくないですからね。


「そ、そだね! 食べよう、食べようクレープ!」


 ギクシャクと壊れたおもちゃのようになるノノ、話し方も変になってる。


「え、えぇ。そうですわね。食べましょう」


 生徒会長も赤くなった顔を隠すように、クレープを顔の前に持ってくる。耳まで赤くなっているのだ。


「……ん!」


 あさが嬉しそうにした……気がする。いやクレープに噛り付いたあさは幸せそうだ。なんか小動物特有のぽわぽわした空気を放っている。


「…………おいひい」

「ぐはっ」


 そんなもそもそと食べながら漏らした一言に、進はやられた。真面目だった顔がだらしなく緩んでいる。先ほどのカッコよさはいったいどこへ……。


「「………………」」


 ほら、見てくださいよ! 二人の乙女が羅刹に戻っていますよ。気づいてない進くんと違いそれに気づいた正栄くんはとっくに逃げ出しています。







 


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