第16話
戦わなければいけないこともある。しかし、出来るならば喧嘩は避けたいというのが本音だ。面倒だし、痛いし、色々とだるいことになるしで、するメリットのほうが少ない。
「「………………」」
「なんで無言なんだ?」
氷解したはずの空気が元に戻っていた。場を支配する冷たい無言に、進はどうにか逃げることができないかと考えるが……まぁ無理だろう。そもそもなんでこうなったかを理解してないのだ。
…………べつに進くんが鈍感なわけではないんですよ? 薄々は察してますし。ただ、二人の乙女が向けてくる感情を意図的に無視して気づいてないふりをしているだけです。進くんが好きなのはあくまでもあささんですから。気づいていないことにするのが一番気楽な方法ですしねぇ。というか、下手に振ったらこれから一年もの間、気まずい空気の中で過ごす羽目になりますよ。
「お、俺ちょっと飲み物買いに……」
「ほれ」
進が立ち上がろうとした瞬間、正栄が水を持ってきた。……どうやら、逃げ出した時に水を取りに言ったらしい。もちろん、全員分ある。進は逃げ出す大義名分を奪ってくれちゃった悪友を睨み付ける。
(貴様っ、何のつもりだっ!?)
(もちろん、おもしれーからに決まってんじゃん)
短いアイコンタクトを交わし、お互いの思考を読み取る。
「座りなよ」
「ですの」
「……はい」
へたれた進は、逆らうことなく椅子に座る。……とても情けない姿になっていた。皆が無言でクレープを食べている。
「くっ。食べ比べしようぜあさ!」
こ、このタイミングで行きますか……! 進くん勇者ですね。いや、ある意味で重い空気をぶち壊したので、そこまで悪い手段というわけでもないのですが……まぁ自殺行為ではありますよね。
「……? ……いいよ」
「あさ、あ~ん」
即座にノノが動く。あさの口元に自分のクレープを持っていったのだ。ノノの目には嫉妬の炎が燃えていた。なんとしてでも阻止してやるっ。という覚悟が滲み出ている。
「ん、おいしい」
「俺とも――」
「はいですの。これもおいしいですわよ」
進の言葉を遮るようにあさへと話しかける生徒会長。妨害を果たしたせいとかちょうが振り返り、ニコォオと怖い笑みを浮かべる。……後に進は語る、あれは腹を空かせた猛獣の顔だった、と。生徒会長の笑みにびびり二の足を踏んでしまう。
びびってる間に、
「……おなか、一杯…………おいしかった」
と漏らした。
まさに試合終了のゴングだ。二人の乙女は勝ち誇った笑顔で笑いあい、進は悲しそうに俯く。……二人とも、当初の目的を完全に忘れていますよねぇ。
――突如、ぽんっと肩に置かれた小さい手。それに驚き顔を上げると、
「……あ~ん」
とあさがクレープを差し出していた。どうやら、彼女なりのお礼らしい。
無表情ロリは、他人の感情がわからないわけじゃない。だからこそ、自分がとても面倒な女であるという自覚がある。男性女性問わず嫌われる性格だ。そして面倒なことに、彼女は可愛いかった。その容姿故に数々の面倒に巻き込まれた。教師に騙され犯されそうになったこともあれば、友人に騙され売春をさせられそうになったこともある。彼女は昔から賢かった。そのため彼らの違和感に端から気づくことができた。
教師にはスタンガンを当て撃退し警察に通報。
売春の相手であるおっさんの家のポストに女とホテルに入っていく写真を投下し、友人の家には、勝手に自分を売春登録したところを写真に取り入れておいた。もちろん同時に警察にも送った。結果、教師は破滅し牢屋の仲。おっさんの家庭は崩壊し、元友人の家は引っ越していった。
その経験があるからこそ、恋なんてありえないと思うし、友情なんてものもあんまり信じていない――そのすべてを受け入れてくれるノノと生徒会長、残りの寮生達のことは信じているが。
信じられる存在、そのカテゴリーの中に進が入ったのだ。ぶっちゃけ昔からストーカー被害にあってきたので、進にストーキングされても「またか」程度の気持ちしか湧かない。
そのうち自分の面倒さに気づいたストーカーは去っていくか、あるいは襲いかかってくるかの二択だったのだが……進はそのどちらからも外れていた。
自分の面倒臭さをわかっても離れていかないし、襲い掛かってくることもない。それでいて、自分によくしてくれる。しかも、先輩を助けてくれたりノノと仲がよかったりと不思議な人でもある。
認識としては、かなりの変人。でも信じられそうな人。に今日なった。一緒に遊んで確信したのだ、彼からはノノ達と同じ匂いがする。うん、だから信じられそうだ。
……と、内心で思っているが……相手に伝わることはない。口下手だし、無表情だし、ロリだし。……まぁ最後のは関係ないが、実際、お礼にはなった。進はあさに心底惚れているのだ。その彼女からあ~んなんてされようものなら確実に暴走する。
「……ぱくっ」
「ん、ボクは……感謝、している…………」
「え?」
聞こえた声に思考が固まる。え? なんつった今? 感謝、え感謝してくれてるの!? ヒャッホー! マジで!? 最高なんだけど! 今日死んでもいいわっ。……脳内が大変、ハッピーな状態になっていた。
――だがらこそ、彼女達の接近に気づくことが出来なかった。
ワシッと万力のような力で肩を掴まれる――いたっいたたたっ――激痛に呻くが、そんなのは知ったこっちゃないとばかりに体を反転させられる。あまりに無理な行為に肩からグギッと変な音がした。
「どう言うこと?」
振り返り目の前にあった光景に、痛みが消える。というか、恐怖のあまり顔が引き攣り頭が真っ白になる。
「えっあ、ひっ」
「ねえ、どう言うこと?」
見開きハイライトが消え失せダークカラーになっている瞳、三日月を描く口、カタカタと小刻みに揺れる体、壊れたラジオのように「ねえ」と繰り返し、子供っぽさが消えた――
――ヤンデル、ノノがいた!
彼女を止められそうな人はいないかっ。と周囲を見回すと、地面に何かを描きながらぶつぶつと呟く生徒会長がいた。――駄目だっこの人も壊れてやがるっ。
べつの奴は――正栄は見える場所にいない。あさは呟いた言葉が恥ずかしかったのか駆け出しってどこかに行ってしまった。あれ、これってまずくね? 下手を打てばやばいことになる、と直感で理解した。
…………まぁ、ノノさんも生徒会長も進くんに「あ~ん」ってしたくてここまで来たのに、それを横取りされた形ですからねぇ、プッツンしちゃったんでしょう。それも進くんが好きと公言している相手にですから、焦りもあったのでしょうね。
それに、あささんがあんな行為に出るとは誰も予想してませんでしたから。余計に動揺しているのです。
「あぁ、えぇと……あ~ん?」
進は持っていたクレープをノノの前に差し出してみた。……悪手っ、もっともやってはいけないその場凌ぎを初手で放ってしまった。
「――!?」
効果は絶大だった。
瞳にハイライトが戻り、顔を真っ赤に染め、三日月だった口が、差しだされたクレープを必死に食べようとひよこ唇になりぷるぷると震えている。……物凄く可愛い生き物にクラスチェンジしていた。
「あ、あ~ん?」
「――――――ぱくっ」
再度差し出されたクレープに、意を決して口にする。嬉しさのあまり、顔がふにゃあと緩んでしまう。鏡がなくたってわかる、自分がどれだけにやけているのか。たぶん、今日一日は、ずっとにやけっぱなしになるだろう。
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