第35話 


 ――緩やかに意識が浮上し、目が覚める。


 この微睡んだ時間、結構好きだな……。

 心地いい緩やかな時が流れていく。

 消毒液の匂いが……


 ………――ちょっと待て? 消毒液?


 目を見開き、ガバッと身体を起き上がらせる。

 慌てて周囲を見回せば、妙に見覚えのある部屋――保健室のベッドに寝かされていた。……寝た覚えはないのだが。


「――ぐっ?」

 

 右腕を痛みが襲う。何故だ? 寝る前になにがあった……?

 寝ぼけて回転の悪い頭を必死に働かせる。


 ――そうだ、確かノノに頼み事をしたんだ!

 そうしたらノノが何かして、急に右腕が恐ろしい事になって――はっ!?


 右腕を見れば、倒れる前に変な方向に曲がっていた右腕が正常に戻っている。……あれは俺の夢だったのか? もしくはあまりの痛みに幻覚を見たとか?  だって、人の腕はあそこまで曲がらないはずだし、いっそ可動域を超えて軟体生物みたくなってたからね。

 痛みにより幻覚だったのだ、と結論付ける。というか、右腕に何かをしたであろうノノが怖くて下手に考えたくない。



「今、何時間目だ?」


 壁に掛かっている時計を確認する。

 やられたのが昼飯の時だから、いったいどれだけ寝ていたのだろうか。……つか腹減った。よく考えたら俺、何も食えてないじゃん。

 昼の騒動を思い出し、何もお腹に入れていない事に気づいた。しかし、今は2時。授業中だ。教室に入っていき、堂々と弁当を食うわけにもいかない。



 ――ガラガラ


 悩んでいると、扉が開き誰かが入ってくる。

 入ってきたのは、40代くらいのおっさんだ。のっしのしと巨体を揺らしどこか気だるげに近づいてくる。熊のような男だ。どこかで見た気がするが……どこだったかなぁ。

 頭の隅にはあるのに、言葉にならないモヤモヤ感に浸っていると、


「起きたのか。大丈夫だったか? 腕がタコみてぇになってたけど」

「おぅ……」


 おっさんの言葉に思わず天井を仰ぐ。やはり幻覚ではないらしい。ではいったい誰が治してくれたのだろうか。というか、あの状態からでも治るんだな……。

 人体の神秘に戦慄を覚える――――じゃなくて! 


「あんた誰だ?」

「うん? なんだ覚えてないのか、俺は熊谷紋介くまがい もんすけ、ここの保険医だ」


 ――ホントに熊だった! だからそうじゃなくてっ。こいつ保険医だったのっ!? その見た目で? すげえな……あ! 思い出したっ。こいつ、入学式の日に見た。

 印象に残る容姿だが、あの日は色々とありすぎて、あんまり覚えていなかったのだ。


「気軽にもんちゃん、とでも呼んでくれ」

「嫌です」


 あんた、ちゃん付けされるような見た目じゃねえだろ。強いてあだ名を付けるなら、ガイモン・クマスケだ。

 心の中で呟く。


「で、ガイモン」

「……えっ? それって俺のことか?」

「この部屋にはあんたと俺、それ以外に誰かいんのか? いねえだろ」

「が、がいもんねぇ……随分とごっつい名前だね」


 あんたの見た目にはぴったりだがな。

 なんだか悲しそうに呟くガイモンを心の中で斬って捨てる。実際、かなり厳つい見た目なのだ、名前負けしてないどころか、勝ってる感すらある。


「腕治してくれたのあんたか?」

「……そうだ。しっかし君、俺はこれでも教員なのだが――」

「おおそうか、助かったぜ」


 グルグルと腕を回し、調子を確かめる。まだ痛むが、激痛ってほどじゃないし普通に動く。気絶する直前の軟体状態をどう治したか気にはなるが……怖くて聞けない。


「はぁ。君、随分と気安いね」


 面倒臭そうに進を睨み、椅子に座り込む。妙におっさん臭い仕草だ。仕事から帰ってきたサラリーマンがよくやるあの感じ。ビールでも置いとけば完璧。

 自分のことをもんちゃん、呼ばわりと気持ちわる――もとい、鬱陶しい雰囲気を感じたので、雑な対応になっている。



「気にするな、ガイモン」

「君、それを本気で定着させようってんなら俺にも考えがある」

「じゃあ俺は教室に行くわ、じゃあなガイモン」

「てめぇ……マジでゆるさ――――」


 ピシャリと扉を閉める。何か言っていた気もするが……なに、そこまで大事な話ではないだろう。


「さてと、教室に行って弁当食おう」


 授業中ではあるが、隠れて食えば問題ない。ぶっちゃけばれても、堂々と食わない限り、大概の先生は見逃してくれる。











「お前なぁ……」

 教師がため息を吐き出しながら、どうしたものかと呟く。


「気にしないで授業してください」


 弁当を貪りながら応対する。一応、教科書を立て見え難いようにしている。これといって問題はないでしょ。

 不思議に思いながら弁当を貪る手は止めない。


「遅れてきといて、それは駄目だろう。この事は後で緑坂先生に言っておく」

「どうぞ」


 好きにしてくださいよ。こっちは弁当に集中してて忙しいですから。

 

「ああもう、勝手にしろっ」

「最初から勝手にしてますけど」

「――っ」


 進の言葉に耐え切れなったのか、ギリッと歯軋りして黒板の前に戻る。どうやら授業を再開するようだ。

 どうせ、遅れてきたのだ。今から書き写してもしかたないし、後で正栄にでも写させてもらおう。


 授業が進んでいくのを眺めながら弁当を食べ終える。

 時計を確認すれば、まだ終わるまでに10分はある。


(うし、今の内に活動内容でも考えるかなぁ)


 ニヤニヤと笑いながら、開いたノートにどんな活動をするか書き込んでいく。適当にボランティア系の事をこなして得点を稼ぎ、部活に昇格させてもらおう。その後で色々と本格的に活動する。


 現実的な事を考えつつも妄想を膨らませていく。ニヤニヤと笑みを浮かべながらぶつぶつと呟く進、周りからはちょー不気味なモノを見るような目で見られているが、本人はまるで気づいていない。


 まぁ、何か事を起こす前の準備期間がもっとも楽しいですからねぇ。気持ちはわからないではないですけど……気持ち悪いモノは気持ち悪いですね。

 

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