第36話



「さぁ正栄、申請に行こうではないカッ」


 語尾だけ妙に甲高い声、少しばかりイラッとする声音で叫ぶ進。確かに、数分前に帰りのHRが終わったところだ。

 授業中ではなく、教師にも迷惑はかからないだろう。……しかし、俺を巻き込むなっ。

 正栄は心の中で叫び、必死に進から目を逸らしている。だって目を合わせたら確定しそうで嫌だ。


 正栄の無駄な努力を嘲笑うかのように、ずいっと近づいてくる進。どうやら逃がす気はないようだ。実際、進の中では既に固定メンバーの1人になっている。ここで逃げたとしても、書いてない書類を偽造されて部員にされる事は間違いない。



「正栄、何を遊んでいるんだ? いいから行こうゼッ」


 やはり語尾だけ甲高い、鬱陶しい声音だ。どうやら気に入ったらしい。

 正栄の肩をがっちりと鷲掴みにし、無理やりこっちを向かせようと力を込める。しかし、正栄は何が何でもこっちを向かないと、妙な気迫をもって目を逸らしている。よほど嫌らしい。……まぁ、今のところ進くん以外女性メンバーしかいなさそうですもんねぇ。正栄くんはその辺を察して嫌がるでしょう。



「いいっ天気じゃんなぁっ。帰ってっ昼寝っしちゃおうじゃんかなっ」

「何言ってんのっ、お前は俺と一緒にっ今から生徒会室だってっ」


 半ば声を荒げながら噛み合ってない会話を続ける。いや、正栄の場合、進を置き去りにして独り言なのだが、それを無理やり進が拾っている形だ。



「やっぱり進くんが攻めなのかなっ?」

「いいえ、あれは受けでしょう? 強気な彼が見せる誘いの空気っ――それこそが至高なのよっ!!」

「むしろどっちも攻めじゃない? どっちが主導権を握るか争う2人の攻めっ……くっ、鼻血が……」



 教室の隅で怪しげな会話がなされているが、お互いに必死な2人は気づかない、いや気づけない。……たぶん、もう手遅れですよね。きっと薄い本の題材にされてますよ。



「進ー? まだ行かないのー?」


 すぐ傍で待機していたノノが声を掛けてくる。学校終わったら寮に戻るだけで結構暇しているノノは、部活作りに協力してくれるらしい。……まぁ、目的は言わずとも、わかりやすいですね、色んな意味で。その辺に気づいた進くんは、あえて気づいてない振りをしよう、と決めたみたいです。


「ちょっと待ってくれーっ。ほれ、とっとと行くぞっ」

「――やめっやめるじゃんっ」


 ついに実力行使に出た進。

 脇の下に手を突っ込んで、正栄を無理やり立ち上がらせる。ジタバタと暴れるが問答無用だ。



「マジでやるつもりじゃんっ!? あんなの却下されるだけじゃんっ」

「却下されるなら、少しくらい付き合ってもいいんじゃないの?」

 ノノの言葉に、一瞬言葉を詰まらせる。しかし、

「あんなふざけた名前の部活を申請しに行きたくないじゃんっ」

 と、叫ぶ。

 まぁ、愛の出会い(笑)なんて物がついてしまいそうなふざけた名前ですしね。わりと常識人っぽい正栄耐えられないのでしょう。



「い、嫌だーーーっ、誰か助けて―――」


 ピシャリと閉じられた扉に、正栄の叫びが掻き消される。……哀れ正栄、教室に残っていた人達はそんな事を思いながら見送った。










「駄目ですわ」

「なぜですか!?」


 バンッと生徒会長の前に置かれた机に両手を叩きつける。心底以外だったのか、進の顔には驚愕が彩られている。


「いえ、当たり前でしょう?」

 むしろ、生徒会長が不思議そうに首を傾げている。


「この際内容と名前は気にしませんわ」

 そこまで言うと、首を横に振り――ですが、と続ける。

「最低でも、発足人数が5人いなければ部活として認められませんの。それに、顧問もいないでしょう? これでは、申請なんてできませんの」

「ま、まじですか……」


 進、正栄、ノノ、あさ……1人足りない。ちなみに、あさは「……そう、ノノが入るならボクも………入るよ……」と付いてきた。正直、ノノに頼んだ意味はなかった。……俺ってば、腕の折られ損じゃね? とも思ったが、結局はノノのおかげなのでその言葉は呑みこんだ。


「まずは最後の1人を見つけていらっしゃいな。そうしたら、手の空いてる教員を紹介してあげますわ」

「!」


 生徒会長の言葉に、俯いていた顔を――バッ、とあげる。


「ほ、本当ですかっ?」


 ぶっちゃけ一番の難関だと思っていた教師を紹介してくれるという言葉に、感動し抱きつこうと机の後ろに回りこむ。


「まぁ紹介だけですから、説得は御自身でなさい――――ひぃあああああ?」

「あざーーーーっす!」


 目を瞑り、気づいてなかった生徒会長にとって不意打ちだった。それも惚れた相手にやられたのだ。衝撃は途轍もない事になっているだろう。

 叫んでから顔が真っ赤に染まり、口を空けたまま固まっている。


「――えっ?」


 あ、駄目です。ノノさんも固まってます。これではこの場を修復できる人がいませんね。正栄くんはすでに逃げる準備をしていますし、あささんは窓の外を見てぼーっとしています。

 進くんはお礼を言いながら、しっかりと抱きしめていますからね。あれでは自力での脱出は無理でしょう。……いや、生徒会長の顔もニヤけているのでする気はないんでしょうけど。まぁ嬉しいのでしょうね。






「――――コホンッ」

 場を仕切り直すように生徒会長が大きく咳をしてみせる。未だ顔は赤いままですが、進くんが離れた事で周りを見回せるようになり慌てて場を整えようとしたのだ。


「――――」

 無言で自分を見つめるノノの瞳にやばい物を感じながら、進に話を切り出す。


「部長は進さんだとして、副部長は誰がやるんですの?」

「俺は無理じゃん。柄じゃないじゃん」

「……ボクは、向かないんじゃないかなぁ………」


 まぁ正栄くんはともかく、あささんは結構なコミュ障ですからねぇ。副部長は無理じゃないですかね。部長がいない時には、代わりに部長会議に出席しないといけませんし、それ以外にも何かと人と関わりそうですし。

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