第24話

 恋って、人を狂わせる何かがありますよね。



「―――――――生きてるって、素晴らしい」


 大の字で床に倒れこむ正栄が、何かを悟った笑みを浮かべ、ぽつりと呟く。……どうやら本格的にやばそう。と言いますか、何か怪しい宗教にはまった人と同じ類の笑顔を浮かべています。ぶっちゃけ、逝っちゃってる顔です。


「正栄!? しっかりしろ! くそっ何があったって言うんだ……?」


 二人の女生徒に、引き摺られるようにして連れて行かれた正栄。戻ってきた時には既に逝っていた。……いったい何があったというのか? 連れて行かれてから30分と経っていないのに、二人が正栄を引き摺って戻ってきた時にはすでに逝っていたのだ。

 

 この短い間に何をしたというのだ!? あまりの恐怖にこれ以上の思考は危険だという判断を下す。

 とりあえずは、正栄を正気に戻す事が先決だろう。



「ん、おいしいですわ。進さん、お菓子作りも得意なのですね」

「だねぇ。んぐっ、の、のど……」

「はい、どうぞ」

「んぐんぐっ。ぷっはぁ。死ぬかと思った……」

「慌てて食べるからですわ」

「ごめんごめん。おいしくってさぁ、つい手が伸びちゃうんだ」


 ……正栄に渡したはずのクッキーを何故彼女達がもっているのか、いやよそう。下手に考えるのは駄目だ。下手に感づかれればこいつと同じ運命を辿る事になるだろう。


 うへぇうへへっ。……不気味に笑うこいつみたいにはなりたくない。

 気付いた事から目を逸らし、正栄の肩を揺すり正気に戻そうとする。


「……やっぱり、進くんが受けなのかな?」

「いいえ、逆に進くんが攻めの可能性もあると思うの」

「そんなの邪道だわ」


 ……聞こえてくる内容を意図的に遮断する。精々薄い本に巻き込まれる程度の話だ。別に俺が見るわけじゃねぇ。気にしなければ何の問題もないはず。……覚悟がない者は、深淵を覗いてはいけないのだ。下手をすれば取り込まれる。


「くそっ。早く起きろって! このままじゃ色々と大変な事になっちまうっ」

「うぇへ? ……うっ、頭が痛い………」


 激しく肩を揺らすと、頭を押さえ呻きだした。どうやら正気を取り戻したらしい。

 強く揺すり始めてから、背後から聴こえる声が大きくなったが気にしない。絶対に気にしない。


「最後の一枚……もらった!」

「渡しませんわっ」


 ノノと生徒会長の二人が、最後のクッキーを賭けて激しく争っていた。……と言っても、チェスでだが。持ち運びが容易な折畳み式のマグネットタイプだ。


 どこから出したのか……てかノノもできるんだな、意外だ。


「大丈夫か? 意識ははっきりしてるのか?」

「ぐっ。よく、わかんねぇじゃん。……連れてかれた後の記憶がねぇじゃん」

「そうか、記憶がないのなら事前の事も忘れちまえ。その方がいいって」

「あぁそうするじゃん」


 戻ってきた二人の少女達は冷静になってましたからね。たぶん、かなり酷い目にあったんでしょう。思い出せない、と言うよりも思い出せないよう脳が鍵を掛けたのでしょうね。

 お、恐ろしいです。ちゃっかり生徒会長までもが何かをした見たいですし……むしろ、よく生き残れましたね。


「チェックメイトッ、これで私の勝ちだよ~ん♪ 残りはも~らい」

「ま、負けましたわ……」

「ではでは、いた――」


 ――ひょい、ぱくん。


「うそおおおおおおおおおおっ!?」


 目の前で掻っ攫われた勝利品クッキー

 あまりのショックにノノが悲鳴をあげる。


 あぁあぁ、と言葉にならない声を発し強奪犯に縋り付く。


 犯人は冷たい声で、ノノに話しかける。


「……おいひぃ………んっ、一緒に帰るはず……何、してたの…………?」

 犯人はあささんでした。


「ひどいよっ。せっかく勝ち取ったのに!」

「………約束忘れて、遊んでたノノに……言われたくない」

「うっ」


 あささんクラスで、ノノさんを1時間以上も待っていました。……ノノさん、進くんと絡んで約束を完全に忘れていましたからね。

 スマホで連絡を取ればいいんですけど、ノノさん気付かなそうですもんね。ただでさえ気付かないのに学校だと強制的にサイレントモードです、余計に気付かないですよ。


 それを分かっているから、スマホで連絡を取らなかったんです。……決して機械音痴ってわけじゃないんですよ? 電話くらいならできますよ? ラ、ラインは……その日の気分次第です! スマホの。


「ふふっ。残念でしたね」


 苦笑を浮かべてノノを見る生徒会長。

 そりゃあ、苦笑いですよね。自分に勝負で勝っといて、報酬を取られるなんて。むしろ普通に勝つよりも切ない気持ちかもしれません。



「……あぁ、そのなんだ。明日も何か作ってくるか?」

 あまりにも不憫なノノが見てられずに、そう提案する進。

 その言葉に三匹の獣が食いついた。


「ホント!?」

「私も、進さんに作って貰いたいですのっ」

「ん……おいしい物に罪はない……………っ!」

「おう、任せとけ!」


 親指を立て、任せろ! と言い切る。……実際、妹の為に何かしらのお菓子は作るので、その時に量を増やせばいいだけだ。


 妹に食べさせるように、しっかりと女性用に甘さは落としてるしカロリーも抑えている。体重を気にせずに安心して食べられるのだ。


「まぁ、毎日あれだけ料理をしてりゃ上手くもなるじゃん」

 ノノが正栄の呟きに反応し、聞いてくる。


「なんでそんなに料理してるの? お弁当も作ってるんでしょ?」

「あん? んなの、妹に食べさせる為だ」

「妹さんに、ですの?」

「そうだよ、外食とか買い食いは体に悪いからな。出来るだけ作ってやりてぇんだ。で、まずい物は作りたくないわけだ。妹も食いたがらないだろうしな。そんで毎日やってたら習慣になった」


 実際、妹がいなければすべて外食でも構わない。いちいち不摂生なんて気にしないし、全部買い食いで問題ない。が、妹にはそんな食事をさせられない。


「料理が趣味なんですの?」

「違う。シスコンなだけだ」


 俺は自他共に認めるシスコンだぞ? むしろ妹が趣味と言ってもいいレベルだ。いや妹のみが趣味と言える。……ストーキングは、ただただ惚れた人を見たいだけです。


「そうじゃん。進は重度なシスコンじゃん。……救えないレベルで」


 正栄の言葉に若干引く少女達、いくら惚れていてもシスコンというのは結構なマイナスポイントですから。

 ……あささんは気にしてませんけどね。むしろ、作ってもらえるお菓子に気を惹かれてそれどころじゃありません。


 進くんとしては引かれなかった事を喜ぶべきか、気にしてもらえなかった事を嘆くべきか……微妙ですね。

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