第40話


 なんってこった……。

 空を見上げ、心を蝕む絶望に盛大なため息を吐き出した。

 これはおかしいって。いくなんでも酷い。俺がなにをしたと言うんだ……。


 上機嫌で俺の手を握り、鼻歌混じりに歩いていく少女見ながら諦めにも似た境地で問いかける。


「いまさらなんだが、どこに向かってるんだ?」

「んとねー……これ!」

「わぷっ」


 顔面に押し付けられた紙――地図を渡してくる。……結構痛かった。


「……で、どこなんだ?」

「ここ! なんか女子寮だって言ってった!」

「……帰っていいか?」


 確実に俺が入ってはいけないであろう単語が聞こえてきた。まかり間違って大事にでもなれば……妹にどれだけ怒られるか……。

 ただでさえ帰るのが遅れているのだ、これ以上面倒なことにはなって欲しくない。


「駄目に決まってるでしょー。もう真っ暗だし、急いで向かおうよ!」

「元気なのはいいことだと思う、しかし人様を巻き込むのは如何なものだろう……」

「なに言ってんの? あ、そういやお兄さんの名前ってなに?」

「……聞いちゃうの?」


 できれば教えたくないんだけど。だって、名前知られたらもっと面倒なことになりそうだし。態々意図的に彼女の名前を聞かなかったのだってそういうことだよ? 名前の話題にもっていきたくなかった。


「え、なんか聞いちゃいけないの?」

「やー、そういうわけじゃあないんだけど……」


 面倒だから教えたくありません。そんなこと、言えるわけがない。


「俺は佐藤 進。スマホで文字変換させると砂糖 進むになるのが最近の悩みだ」

「ごめん、ちょっと意味わかんない。スマホの変換とか興味ないよ! で、進はなにしてる人なの?」


 その言葉に少し考え込み、もっとも的確な答えを返した。


「妹の飼育と好きな人のストーキング」

「あ、すいません警察ですか? はい、あの目の前に中学生相手に――」


 気に入らなかったのか、彼女はスマホを取り出し三つのボタンを押した。


「――ってやめいっ! 冗談でもやっていいことと悪い……」

『どうかなされましたか! まさか、変質者に襲われましたかっ、すぐに場所を特定して応援を――」


 マジで繋がってる!? 

 え、どうすんのこれっ?

 マジで捕まりそうな雰囲気なんだけど! どうやって切り抜ければいいの!?






 ――30分後。

 色々と誤解が解けて、なんとか助かった。


「本当にパトカー来た時はびっくりしたねー」

「笑い事じゃねぇぞ! サイレン鳴らしながら3台のパトカーに囲まれた挙句、無理やり地面に叩きつけられて……まぁ、お前が爆笑したおかげでこっちの事情を聞いてくれたからよかったけど……」

「だってさぁ、進が必死で慌てて面白かったんだもん」


 あれで慌てない奴がいるのだろうか? 爆笑したこいつを見て「あれ?」って言ったからね? 最終的に遊びで連絡したってことになって厳重注意だよ? なんか俺も共犯みたいな扱いで怒られるし……いったい、俺はいつになったら帰れるの?


「てめぇの所為で時間が無駄になったろうが、いい加減女子寮とやらにいこうぜ」


 これ以上こいつにかまけて体力と時間を使いたくない。


「そだね。あ、私の名前はこのみだよ。よろしくね!」

「あー、はいはい。どうせ女子寮に着くまでの付き合いだけどな」

「そうでもないと思うよ? 出会って、名前を交換して……ね、これだけやれば、またどこかで会えると思うんだ」

「思うのは勝手だが……もはや口調が完全に砕けてるぞ」


 舐められているのか、もしくは親しみをもたれたのか……どっちでもいいが、ろくなことにはならなそう。いや、もう面倒なことに巻き込まれたあとだけど。


「いいんじゃない? だって進、私より一個上なだけだし」

「え、うそ……」


 その身長で? まさか、妹と同じようなミニマムサイズで同じ年の奴が存在するとは……世界って、広いな。


「ちょっと待とうか、進! 今の嘘ってどういう意味かな?」

「いや小さいなって」

「はっきり言うなよ!? これでもチマチマ伸びてるんだぞー!」


 うがー! と二本の尻尾を振り回し暴れるこのみ。どうやら小さいと言われたことが気に入らなかったらしい。


「そうか……まだ着かないのか?」

「露骨な話題逸らし!? ふんっいいけどさ! ………うーっ」


 ぴんっ、と直立に跳ね上がった髪。なにあれ? ちょー触りたい。むしろ触らせてくれない? や、触ったら暴れるだろうけど。

 髪を揺らしながら地図と睨めっこするこのみ。しかし、周囲の暗さであまり見えないのか、うーうー唸りながら睨み付けている。


「ほらよ」


 スマホを取り出し、ライトを点灯させる。これで見易くなったと思う。


「うーっ? ありがとう!」

「どういたしまして」


 なんだろうなぁ。この子の元気な態度に引っ張られて、結局ついて来てる俺ってどうなんだろう。一応、妹には電話をしたが……ちょっと機嫌悪そうだった。なにかしら、お土産でも買っていったほうがいいだろう。


「てか、暗くてわかり難いけど……この道、知ってるな」


 俺が知ってる道の近くにある女子寮は一つ。この子がさっき言っていたが、まさか本当に奇妙な縁が出来るとは、思ってなかった。苗字は聞けてないから、誰の関係者まではわからないが、まぁ俺の知っている3人の関係者とは限らないが……確率的には知っている可能性のが高い。だって知ってるの3人、知らないの1人だ。








「着きました!」

「あぁうん、わかってた」


 見覚えのある場所。というか完全に女子寮だね、俺の知ってる。


「いやー、まさか本当に送ってくれるとは思いませんでした!」

「俺も捨て猫を送り届けることになるなんて思ってなかったよ……」


 ところで、あのダンボール箱放置してきちゃったけど……いいの? 入ってた本人はまったく気にしてないけど。


「では、ありがとうでした!」


 ぺこりと頭を下げ、とてとてと寮の中に駆けて行く。


「最後まで元気な子だったなぁ……はぁ」


 ここから家までの帰り道を想像し、憂鬱な気分に襲われる。しかし、帰らないわけにもいかない。妹にお土産買わないと、道中のコンビニでシュークリームでも買っていこう。

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