第39話


 空き缶ですっ転び、その辺でゴミ箱を探してうろついているのだが未だ見つからない。そろそろ家に戻って捨てた方が早いのではないかと思い始めた頃、事件は起きた。


「………え」


 視界に入ってしまった奇妙な物体に、声をあげてしまった。できるならば無視したかったのに。

 いやでも、あれは仕方ないって!

 なんで、なんで――道路の真ん中に、

「ダンボール箱が置いてあんのっ?」


 そこには、ライトに照らされ奇妙なダンボール箱が置いて? 落ちて? ま、まぁとにかくあったのだ。周囲が暗いから余計に目立っている。

 それも結構大きめな奴だ、かなりの違和感を伴って夜道に放置されている。しかも1人くらいなら余裕で入れそうなダンボール箱が、進の声に反応して――ビクッ、と揺れた。……無地の上からご丁寧にでかでかと『中には子猫が入っています、あけないでください』と書かれている。しかも『みー、みー』とくぐもった人の声が聞こえてくる。どうやら、中に入っている馬鹿はあまり物まねが得意ではないらしい。


 正直、これ以上遅くなるようだったら今日の家事ができなくなってしまう。それだけはなんとしても避けたい。あきらかに面倒事になりそうな空気を孕んでいる目の前のダンボール箱――俺は覚悟を決めた。


 スッと歩き出しダンボール箱に近づいていく。どこかしらにのぞき穴でもあけているのか、一歩を歩く度にダンボール箱の揺れが酷くなっていく。後数歩の距離にまで近づくと『みーみー』喚いていたのが『みゃーっ、みゃーっ! こっちくんみゃーっ』になっていた。……もはや隠す気がないような気もするが、俺はダンボール箱を――――無視して真横を通り過ぎた。

 当たり前だ。こうまであからさまなトラップに付き合うつもりはない。そもそも時間がないと言っている。すでに6時を過ぎて周囲は真っ暗だ。ここで時間を浪費するわけにはいかない。



「――――無視はないでしょおおおおっ」

「うおっ」


 通り過ぎた後、ダンボール箱を警戒しながら歩いていたのだが――突然、中身が飛び出てきた。警戒していただけに、見ていたから驚いて声をあげてしまった。やばい――と思う前に突っ込んできた!


「――ぐはっ」

 腹部に突き刺さる誰かの頭。ぴょこんと後ろ向きに跳ねた二本の尻尾、それを纏めているのはデフォルメされた兎の髪留め。



「あのねぇ、いくらなんでも無視は酷いと思わないの? イジメだよ? かっこ悪いんだよ?」


 部に残った痛みにうめき地面に崩れ落ちる進。よほど痛かったのか、顔中にダクダクと汗を流し無言で腹部を押さえている。


「ちゃんと聞いてるの?」


 憎たらしいほどに甘く幼い声。耳に残る甲高い音――――少女相手に本気で切れていいですか? 未だ地面に崩れている進は本気で思った。というか、切れてもいいよね? なにこの子? ダンボール箱に入ってるわ、通り過ぎただけで襲撃してくるわ……俺になんの恨みがあるわけ? 痛みを堪え、俺を説教している少女を見上げる。


 中学生くらいだろうか? 妹と同じような背丈、勝気な瞳に宿る強い意思。綺麗なツインテールがさらさらと風に舞っている。


「――――大体、なんですか。普通に話しかけてくればいいじゃないですか」


 いや無理だから。あそこまで面倒そうな空気を感じたのは、生まれてからこの16年で始めての経験だ。ぶっちゃけ関わりたくなかった。

 当然ながら、俺の思いが少女に伝わることはなかった。というか家に帰してください。家にはお腹を空かせた妹が待っているんです! ……あれ、なんか違う気がする。まぁいいや。


「……あぁ、すまん。俺にはダンボール箱に話しかけられるほどの勇気がないんだ」


 実際、道路の真ん中でダンボール箱に話しかけているアホがいたら、誰も近づかないだろう。それも夜だぞ? 不審者丸出しだ。とりあえず、警察に連絡して即逃げる。それ以外のコマンドが浮かばない。


「情けないですねぇ、まぁいいです。今日は許してあげます」

「ああ、そう」

 この子とは、今日どころか二度と関わりたくない。


「私には用があるのです」

「そう? じゃ、俺はこれで――」

「待ちなさい」

 ぐわしっ。効果音にすればそんな感じでベルトを鷲掴みにされた。


「え、っと……なに? 用があるんじゃないの?」

「ありますよ。私は許してあげるといいました」

「あ、あぁ。そうだね」

 この子は何が言いたいのだろうか? もう、帰りたいんけど……。


「しかし、女の子が夜道を1人歩きするのはいかがなものでしょう?」

「……え」

 何言ってんの、この子? ちょっと理解できない――つかしたくない。


「こんな危険な夜道に、女の子1人で歩かせるのは、1人の男性としていいのでしょうか?」

「いいんじゃない? そもそも知り合いじゃないし」

 その言葉に少女は――カッ。と目を見開く。

「駄目に決まってるじゃないですか! 吃驚です怖いですっ。真っ暗な道を1人では怖くて歩けませんよっ」

「君はいったいどうやってここまで来たんだ……」

 日が落ちてから結構経ってると思うのだが。まさかとは思うが、日が落ちてからずっとダンボール箱の中にいたのか? ……よく、警察呼ばれなかったな。


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