第8話

人は決断しなければならない時がある。それは唐突にやってくるのだ。身構えたりなんて出来ない。心構えだって出来やしない。それでも踏み出さなければいけないのだ。臆病に自分の中に引き篭もっても、何一つ変わりはしない。


 そう、だから俺は決意した。決断した。選択した。

 彼女を助ける、と。



「――助けて!」

「――てめぇら、なにしてやがる」


  俺は、自分でも驚くくらい低い声をだしていた。どうやら怒っているらしい。


「あ? なにいってんだ。俺達は今からやることがあんの、わかる? 子供は引っ込んでろ」

「そうそう。つかなに、俺らに喧嘩売ってんの? 買っちゃうよ?」

「こいつの彼氏なんですかー? 違うなら引っ込んでてくれないかな。彼氏なら彼女が犯される姿をなま《ライブ》で見せてあげるよ?」 


 一人のを囲んで、にやにやと下種な笑みを浮かべている。偶々裏路地に連れて行かれる彼女を見つけ、目があってしまったのだ。……流石に見捨てるのは気分が悪いし、なにより見知った相手だ。……向こうはこっちを知らないだろうけど。なにせ、木の上からに見ていただけなのだから。そう――一昨日、俺を絶望の淵に立たせてくれた少女だ。


 なぜ、こんなことになったのか……。ノノに邪魔されて学校から出れた時には5時を過ぎていた。すでに夕焼け空だった。まぁ、なにが言いたいかって言うと、学校の帰り道にある繁華街――そこでチャラい男どもに連れて行かれる彼女を発見、目が合ってしまう。同じ学校の制服だからか、こちらに助けを求める瞳、そして涙が浮かんでいた。プッツンした俺が三人の男に喧嘩を売る←今ココ。


(……一度も喧嘩したことのない俺が、こんな形で喧嘩をすることになるとはなぁ)


 色々と無茶や悪戯はしてきたが、喧嘩はしたことがないのだ。……正直、後悔してます。

 震えそうになる足を気合で押さえ込み、彼らと対峙する。


 な、なんかカッコいいですよ! どうしたんですか進くん!? あなたのキャラじゃないですよねっ。や、確かに見捨てたらクズなんてもんじゃないですけど、なにかあったんですか!? 頭でも打ちましたか!


「ご、ごめん、なさいっ。こ、こんな、事に巻き込んでしまって……」

「気にしないでください。どうせ、大したことじゃないですから」

 

 男どもに囲まれた少女は、進くんを巻き込んでしまったのを後悔しているのか、ぼろぼろと涙を流しています。


「俺らを無視しないでくれっかなあ」

「いい加減にして欲しいよね、こっちは合意のうえだってのにさぁ」

「ざけんなよ。これからお楽しみだってのによぉ。いいや、死なねい程度にボコろうぜ」

「おっ賛成!」

「いいなそれ、こいつボコッて気晴らしにしようか」


 ………うわあ、見事なまでにクズですね。そもそも三人で囲って、無理やり路地裏に連れてきたのを同意って……救いようのないゴミクズです。


「ふっなめないでもらおうか! これでも――ぅおっと!? 喋ってる途中に殴り掛かって来るなよ!」


 驚くじゃねーか! と言いながらも避ける、避ける。や、だって当たったら痛そうだし。


「てめ、おとなしく当たれよ!」

「嫌だよ」

「遊んでんなよ、ちゃっちゃと殴って女を犯そーぜ」

「お前らも手伝えよっ! くそっ、当たんねぇんだよ」

「仕方ねぇな……大ちゃんはそっち押さえといて」

「おうよ」


 ……まずいな。流石に三対一じゃ分がわりーよなぁ。どうすっか。

 迫り来る拳を右手で払いのけ、後ろにバックステップ。三人から距離を取る。近づいて来て勢いのままに殴りつけてくる。それを左に回りこんで避ける。そこに二人目の男が喧嘩キックの構えを――


 ――ドンッ。と重い衝撃が腹に突き刺さる。


「――ぐっ」


 鈍い痛みに膝を着く。……まずい、かなぁ。すぐには動けそうにない。


「おっ当たったぞ」

「うぇーい。ナイスヒット!」

「大ちゃん、流石!」


 三人が大袈裟に喜びハイタッチを交わす。


 ……あれー? これってコメディ中心の作品ですよね? なんでこんなシリアスになってるんですか? ちょっ誰か、誰かコメディ要素を!


「に、逃げてください……わた、私のことは、もういいですの………っ」

「――くはっくははは」


 泣きながら、自分のことは見捨てて逃げろなんて言うお姫様を見捨てて逃げちまったら、ただのクズだろ?

 胃液がせり上がってくるのを感じる。それを飲み下し、笑う。ただただ嗤う。


「おい、こいつ壊れたんじゃね?」

「たった一発でか? ペッ、情けねぇ」

「きめーな、おい。ま、軽く死んどけっ」


 ミドルキックが、しゃがみ込んでいた進を蹴り飛ばす。勢いよく転がっていき、壁にぶち当たって止まる。


「がはっごほっ……きは、くはは――あぁ、いてぇ、ちょーいてぇ。どうしてくれんだよ、ああ?」


 ゆらりと立ち上がり、少女に向かって吠える。


「逃げられるわけねぇだろっ!? ふざけんじゃねぇ、いいか? おめぇが助けてって言ったんだろ? あぁ、いいとも。助けてやるさっ。あぁ助けてやるとも! だから――おとなしく助けられとけ、な?」

「――――――はいっ」


 血だらけの傷だらけで、進は微笑む。俺はこいつらに負けない。だから、そこで待っていろ、と。その微笑に――少女は顔を真っ赤にして頷く。


「だから無視してんじゃねーぞおらああああ」

「くはっ。我慢対決といこうぜ!」

「――づぁっ」

「――ぐっ」


 鋭いローキックが放たれる。それを避けずに、で返す。お互いの足がぶつかり、鈍い痛みが走る。お互いに痛みわけ。なにせ同じ攻撃が同じ場所に入ったのだ。どっちにも同様の痛みがある――しかし、端から痛みを覚悟していた者としていなかった者、その差は大きく如実に出た。


 痛みに脛を押さえたチンピラと蹴りの構えを取った進。先ほどのお返しとばかりに喧嘩キックをかます。見事に転がっていき、ゴミ袋が纏っていた場所に突っ込む。……うえ、あそこに飛ばされなくてよかった。


「だ、大ちゃん!?」

「てめぇ!」


 殴り掛かってきた男に態と殴らせる。ガッと鈍い音とともに歯が欠け、口の中を血が満たす。それをペッと吐き出し腹を殴りつける。重い感触――嫌な感触が拳に残る。殴られた男は「かひゅっ」と声を上げて沈んだ。


「う、嘘だろ? ヒロちゃんまでやられるなんて――ひっ」


 最初に宣言したとおり、これは我慢比べだ。殴って殴り返される。蹴って蹴り返される。それだけのこと。つまりはタイマン、一騎打ち。それを三度繰り返すだけのこと。……ちょーいてぇっす。あとで歯医者いかねぇと……欠けた歯って歯医者で治るよね?


「そんなに怯えんなって……俺がワルモノみてぇじゃねぇか……」

「ひぃぃっくるなあああああ――」


  こっちの体はもうボロボロだぞ? なにをそんなに怯えてやがる。血で視界は滲むし、頭はクラクラする。正直、女の子が今にも泣きだしそうな目で見てなければとっくに倒れてる。つか、これ病院行ったほうがよくね? 体のあちこちから変な違和感あんだけど? 不思議と痛くはねぇんだけどな。


「あ?」

「―――」


 バタン。

 

 男は突然倒れた。……どうやら、ゆらゆらと近づいてくる化物の恐怖に耐え切れなくなって気絶したらしい。まぁ、かなり悲惨な状況ですからねぇ、進くん。戦に出る蛮族の血化粧をしているみたいな形相になってますし。そんなに恐怖を煽る感じでゆっくり近づかれたらやばいですって。ってか、凄いシリアスなんですけど! どうしたんですか進くん!? しかも、なんか覚醒してません? なんで不良三人相手に勝ってるんですかっ。喧嘩したことないんじゃ……や、確かに我慢比べって言ってましたけどね! やってることも、喧嘩というよりは一発ずつの打ち合いって感じでしたし。


「……あぁ? …………だいじょう、ぶ、だったか……?」


 なんだか視界が歪む、グラグラするしぼやけるし。………あ? 今、一瞬だけど意識が飛んだっぽい。


「大丈夫ですの!?」


 彼女の声が遠くに聞こえる。なんだか……掠れて………も、むり…………………がくっ。


 あ、進くんが力尽きましたね。体のあちこちから血を流して、あれだけ殴り蹴られされれば倒れても仕方ないです。というか頑張りすぎです。普通ならもっと早くに倒れててもおかしくないですよ? 女の子の前だからと意地を張って殴り合っちゃいましたし、精神的にも限界だったんでしょうね。

 進くんはこれで普通の人なので、他者を殴る経験なんてありませんでした。だからこそ、今回はかなりショックな体験だったと思いますよ。やー、どうなるかとはらはらしてたんですけど、進くんが最後はカッコよく決めましたね! ほら、見てくださいよ!! 生徒会長さんが完全に乙女の瞳になってますって! 瞳にキラキラハートマークが浮かんでますよ!


 

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