第3話
入学式を思い出し、ため息が漏れる。
俺が惚れた。彼女の姿が脳裏に焼きついているのだ。駄目だ、脳内から消えない。これが恋の病、といものなのか……。
ショートヘアの髪型に無感情の瞳、どこか現実を見ていない無表情な顔。こじんまりとした背丈、そのすべてが可愛く、愛おしい。
我ながら、なぜそこまで彼女に惚れたのか、よくわからない。だって一目惚れだし、強いて言うのなら――彼女に愛を感じたから。彼女の周囲に満ちる澄んだ空気に触れたかったから。
なんだかんだで、学校に来たのはそういう事、彼女に会いたくて来たのだ。隣のクラスだから会いにいくのは難しい……………何故か、会いに行くたびに彼女のクラスメイト達に止められてしまうのだ。なぜだろうか?
――くくっ。そりゃもちろん、振られても諦めない危険人物認定を受けてるからでしょう。ぶっちゃけ、愛の
「ホントに勘弁してくれじゃん……」
「すまん……」
教室の地面に寝転がってぜぇぜぇと荒い息を吐く二人。……傍から見たらだいぶ怪しい人達です。わかり易く言っちゃえば、
「で、彼女と進展何かあったんじゃん?」
正栄くんの、もはや無理やりな言葉遣いに進くんの顔が引き攣ります。友として言うべきなのかどうか……真剣に悩んでいます。
まあそれは脇に置いといて、確かに気になりますよね。あの後になにかあったのか、気になって仕方ないです。
告白して即行で振られて、そのショックで死亡なんておもしろ――ん、んっ。大変な出来事に発展しちゃう事もありました。
それに、どうやら昨日も会いに行ってたみたいですしねぇ。で、どうなの進くん?
「ねぇよ。なんか知らねぇけど、他の女子どもに邪魔されんだよ」
「妥当な行動じゃん。実際今のところただのストーカーじゃん」
「ばっおめぇ、違うし、ストーカーじゃねぇし! 彼女のことを愛しているだけだし!!」
「や、それであさちゃんのことストーカーしてたらダメじゃないかな?」
男二人の馬鹿話に突っ込んできた少女――
「うげ……」
「うん? ノノじゃん、なにしてんだ?」
「なにって私と君は同じクラスだよ?」
「はぁ……知らなかったわ。興味なかったし」
「酷くないっ!?」
「で、あさって誰だ?」
「――それは本気で言ってるのか……というか、いつの間に野坂と?」
ノノの登場に閉口していた正栄が、重々しく口を開く。
その目は恐ろしいモノを見ているような、恐怖が滲んでいた。
「昨日帰ってる時に会った。で、あさって誰なんだ?」
「あさちゃんは君が惚れている娘だよ? え、ホントに知らなかったの!?」
「おお! 彼女はあさと言うのか……いい名前だ、毎日見ることが出来るものと一緒の名前とは、これから太陽を見るたび彼女の姿が思い出せそうだ……」
「やめてあげてっ!? あさちゃんにとっても太陽にしても迷惑だよっ」
ノノと俺のやり取りを傍で見ていた正栄が、ポツリと漏らす。どうやらよほど衝撃的な事だったらしく、どこか気の抜けた声だ。
「……………………仲、いいっすね」
「どうした、正栄? なんか下っ端みたくなってるぞ」
正栄の口調が、街のチンピラから不良の下っ端みたいに変わっている。
「――はっ。い、いや彼女といつ仲良くなったんじゃん?」
「それはね! 進があさちゃんをストーカーしてたから思わず話しかけちゃったんだ! すっごい見覚えのあるアホの人が、ばればれな追っかけ方してるんだもん」
話掛けちゃうよねぇ。と笑いながら言っている。
――マジで? え、俺ってばればれだったの?
驚愕の事実に空いた口が塞がらない!
いや、ストーカーの素人なんですから、普通はばれますよ。……ストーカーのプロって、うわぁ……響きがやばいです。もはや犯罪者です。
「そしたらねっ、予想通り面白い人でね! 仲良くなっちゃった!」
「……………テ、テンションがうぜぇ……ん? あぁなるほどじゃん。つまりは馬鹿に同類が釣られたと言う話じゃん」
聞こえないよう小さい声で呟く辺り、情けないですよねぇ正栄くん。
「だから、あれはストーカーじゃねぇんだ! 偶々、そう偶々、偶然な帰り道で見かけて、それで話しかけようとしてたんだっ」
見かけたって………………進くん、帰りの正門で待ち伏せてれば見かけることができるでしょうよ。確実に。
「やー、クラスでの浮きっぷりが凄いですなぁ」
「それはっ、いやお前だってクラスで浮いてるじゃねぇか!」
「……二人とも浮いてるって」
どうしようもないレベルで浮いている二人だ。すでに取り返しのつかないくらい浮いている。……まだ入学してから数日だぞ、どうなってんだよ。と呟く。
「えー? そうかなぁ……ねぇ! 私って浮いてるかな、かな!?」
「――ふぇっ? え、そのぅ……浮いて、ないんじゃないかなぁ……って、思う、よ?」
別グループで談笑していた女生徒に突撃し聞き込みを行うノノ、まさしく暴走娘。気後れしてすっごい目線逸らしながら言い切った女生徒に同情を禁じえない。
「浮いてないってさ! ――にゃうっ」
パコン。と軽い音を発てて丸めたノートがノノの頭に当たる。
「アホめ。そう言うことをするから浮くんだ、おのれは小学生か? いっそ小学生からやり直すか? あぁん?」
「ひゃう~。なんだよぅ、そんな凄まなくてもいいじゃんかぁ…………」
拗ねた言い方が、また子供っぽい。
教室にいたクラスメイト達がその姿を見て――ランドセルを背負ったノノを想像してしまった――全員がごくりとのどを鳴らす。男女問わずだ。
今でも、はち切れんばかりに膨らんでいるのに………全体的に小さくデフォルメしたノノが――何故か巨乳のままランドセルを背負った姿を。胸がランドセルで強調されてよりやばくなった姿を想像してしまったのだ! 子供用の服を着ているから余計にやばい姿だ。犯罪チックなんてレベルじゃないですね!
男どもは中腰で前傾姿勢を取り、女どもは自分達の胸に手を当て絶望の表情を浮かべる、あるいは恍惚とした笑みを浮かべている。……どうやら、このクラスには腐女子だけでなく、キワマシタワーの人達もいるみたいです。
最近の子供達は色々と凄いですね。
進の何気ない一言で、教室にさっきまであった明るさが消えうせ空気が一転し、物凄く重苦しい空気へと変化した。
教室に満ちる空気を察した正栄と進が、なんとか馬鹿話で場を切り替えようと決意したのだが……。
もちろんそんなことには気づかない暴走娘《ノノ》がさらなる爆弾を放り込む!
「えぇ~無理だよぅ。私の胸じゃ小学生なんて出来ないって! あははっ。服が裂けちゃうよ!」
胸の下で腕を組み、胸を強調させながら言ってのけた。
この空気で胸の話題はアウトだ!
どう考えてもダメだろう。ほら、何人かの男子が教室から走って出て行っちゃった…………きっと、急に尿意でも催したのだろう……うん、追求しないのが優しさなのです。
出鼻を挫かれた二人も、半ば呆然とノノ《馬鹿娘》を見つめている。もはや収拾のつけようがない。
何が面白いのか、ノノはキャラキャラと楽しそうに笑っている。
この重い空気の中で、それにまるで気づけずに笑うことが出来るとは…………いろんな意味で、流石です。
入学二日目で暴走娘と名づけられて敬遠される実力を、この場で遺憾なく発揮してくれますね。
「……………あの、ノノちゃん………いますか……?」
その声が、ドアの外から聞こえた瞬間――進は走りだしていた!
道中にある障害物なんぞ気にしない、俺達の間にある障害なんて、そんなものはないのと同じだ。
教室にある障害物を薙ぎ倒しながらドアまで最短距離で辿り着く。……その背後から絶叫が聞こえてくるが、今の進には聞こえないだろう。
「俺の机が!?」
「あぁっ、真菜のジュースが……」
「うおおおお、次の時間に提出するプリントが風で外に!?」
「ぎゃあああああああ。せっかく激むずをソロ狩りしたのにぃぃぃいいいいい落とした衝撃で消えちまったああああああ!」
とか聞こえてこないでもない気がするが、きっと気のせいだろう。
教室を混沌の渦に落としておいて、素知らぬ顔で彼女――あさの前に立つ。
「やあ、あさ! よく来てくれた。さっそくだが俺と愛をかた――――」
「せぇいっ」
ブォンッ――空気を切り裂く、裂帛の気合を込めた一撃が進を吹き飛ばす!
全力で踏み込み、右手を振り抜いた。
その一撃の威力は言うに及ばず。進は5、6回ほど地面を転がることでようやく止まった……途中の物を巻き込んで。
混沌に陥った教室に、まさかの追撃だった。教室にいる者達は先ほどとはまるで違う理由で呆然としている。このタイミングで止めが入るとは思わなかったのだろう。
「……………………ぇ? えと、なんで、ボクの名前、知ってるの……?」
なんの理由で目の前に来たのかわからないが、自分の名前をなぜ知っているのか、茫然自失となってはいたが、ぽろっとそんな呟きが漏れた。
まぁ、驚きますよねぇ。
用があって来てみれば、ストーカーが突っ込んできて教室は阿鼻叫喚の地獄絵図、おまけに用があった少女も追加で教室を混乱させたのだ。
一瞬だけ、自分の所為? と思っても仕方ないことですが、間違いなくあなたは悪くないですよ。
主人公とは思えない愛の
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