第4話

 ――――――――――――――――ここは、どこだろう?

 

 ………周りは暗くて何も見えない。

 いや、そもそも俺は誰だ? ……駄目だ、何も覚えちゃいねぇ。


 でも、なんだろう? この不思議な気分は……。悪くない気分――むしろ心地好くさえある。ずっと、ずっとここにいたい、そんな気分にさせてくれる。


 何も考えずに、自我がただただ空気に溶けていく。

 あぁ、これが幸せなのか……。


 絶対に違うと思いますけどねぇ。や、ある意味では幸せですけど。

 たぶん、溶けたら二度と元には戻れないですよ?


「――――――――じゃん」


 なんだ? 不快な音が聞こえてくる。この無理した口調は何処かで聞いたことがる。


「――――――るじゃん」


 この幸せを奪うのは誰だ? 俺はここにいた――――――――――


「さっさと起きるじゃん!」

「――っ、――!?」


 声にならない呻き声がのどから漏れる。


 突如、腹に重たい衝撃を感じた。

 というかいてぇ……。

 なにこれ? さっきまでの幸せが微塵も残ってねぇよ? むしろ痛みと消失感のセットでお届けされたけど?


「やっと起きたじゃん」

「……ケホッこひゅ」


 正栄くん、あなたが撃ち込んだ肘で進くんが今にも死にそうな金魚のように口をぱくぱくさせて酸素を求めてますよ? 

 というか永眠しそうな勢いですけど………友達としてそれでいいんですか? ……いいんでしょうね、きっと。友達っても悪友って感じですし。


「……ケホッケホッ………あぁ正栄、なんのマネだ?」

「死に掛けてた進を助けただけじゃん」


 正栄くん、あなた……見てくださいよ、進くんも絶句してるじゃないですか。

 そもそもなんで死に掛けの進くん起こすのに肘を落としたんですか! 恐ろしい人ですね……。


「――はっ! こんなことをしている場合じゃねぇっ。どこですか! あささん、あささんは何処にいるんですか!?」

「ほれ、あそこで野坂と話してるみたいじ――」

「ノノてめぇ! 俺も話しに混ぜろやっ」

「……やっぱ、おもしれー人じゃん」


 正栄に教えられた方を即座に視界へと納め、駆け出す。ひゃっほー! 待っててくださいあささん! 今のあなたの元へ!!


 その姿を見ていた正栄が、ぽつりと呟く。こいつと入れば退屈しないんだろーな、と。

 まぁ、退屈しないことは間違いない。その代わりに様々な面倒事に巻き込まれそうだが。


「―――うきゃあああ!? 何を復活してるの君! もう少し寝てなよっ」

「っは、笑わせてくれる。あささんと話せる機会! おとなしく寝ていられるわけがねぇだろっ」


 実際は死にかけなうえに、正栄くんに起こしてもらっただけの話なんですけどね。なんでこうも自信満々に言えるんでしょうか……。


 まあそれはともかく。ほら、あささんが怯えてますよ…………? あ、あれ、怯えてます、よね? なんでそんな無表情なんです!? か、感情が読めない娘ですね………………。


「……………どうして、ボクの名前を知っているの………?」

「愛の力さ!」

「私が教えたからだよ?」

「…………………嘘つき」

「――ぐはっ」


 無表情で言われた言葉に、ザクッと刺される。…………す、すげぇ破壊力だ………。

 進の精神に見事ぶっ刺さった。あまりの威力に意識が一瞬だけ掠れた。


「おおう、あさちゃんもなかなか言いますね!」

「…………なんで?」

「なんで教えたかって? おもしろそーだから!」

「…………そう」

「まぁ、ストーカーに名前を知られた程度の問題だよ。だいじょーぶ、何かあったら私が責任を持って廃棄するから!」

「……………わかった」


 いやあ、凄くいい笑顔でのたまいましたけど……廃棄って何をするつもりなんでしょうかねぇ。ノノさんの笑顔が眩しくて聞けないですよ。…………決して怖いとか、ビビってるわけじゃないですよ? ほ、ほんとですからね!


「それで、私に何か用があったんじゃないの?」

「ん。………借りてた、ノート返しに……」

「わお! 随分と早いねっ。もちっと遅くなっても平気だったよ?」

「……………終わらせるのは、早い方が良い」

「くぅっ。あささんはまじめなんだなっ」


 我らが主人公ストーカーが胸を抑えながら話し掛ける。

 どうやらダメージは抜けきっていないようだ。しかし、あさと話したいあまり根性と気合で話し掛けたみたいだ。


「…………………………じゃね、次の授業始まるから」

「ば~い♪」

「―――――――――」

「ふふっ。今日も可愛いねぇあさちゃん………ん?」

「―――――――――」

「なにこれ? え、なんで燃え尽きてるの? もしかして、無視されたのが堪えたのかな……あ、今びくってした!」


 そうなんですよ。

 あささんに無視された進くんは、気力が根こそぎ持ってかれちゃったんです。

 好きな女の子に無視されたのが想像以上にきつかったんですねぇ。青春ですねぇ。


「おーいチャイムなったぞぉ、席に着けー………うおっ、な、なんだ? これって進じゃ……」

「先生、気にせずに授業を始めてください」

「え、でも、入り口の真横にあったら邪魔ってか……授業に集中できるか?」

「彼は置物ですので、気にしないでください」


 次の授業を知らせるチャイムが鳴り、緑坂が教室に入ってきた。

 入り口の真横で固まっている進に驚愕するが、教室にいる生徒達は誰一人気に掛けていなかった。

 

 いや、ゴミを見るような目で見てはいたが。

 むしろ、男子生徒の一人が「プリントの怨み……」と呟きながらビニール袋を頭に被せた……本人的にはゴミ袋の代わりと言ったところなのか……良い子はマネしないでね! 普通に呼吸困難に陥りますから。


「―――――――――げほっげほっ!? ――あんば!? ―――――――あんばくれ?!」


 ………きっと「なんだ!? なんだこれ!?」と言ってるつもりなんでしょうけど……不思議と「!?」に聞こえますね。切羽つまってる状況であんぱんくれ……くふっ、くくくっくふっ。ダメですっ! おな、お腹が痛いですよっ。


「「「「「ぐっ―――――――――っ」」」」」

「くぅ……っ――――ん! んぅ!! おまえら、授業に集中しろ!」


 にやけ面の先生が言っても説得力ないですよ? 

 頬がぷるぷるしてるじゃないですか。どれだけ笑いたいんですか……くふっ。わ、わらって、ないでくひっ………わ、笑ってないですよ?


 教師である緑坂を含む、教室にいる全員が笑いをかみ殺して黒板を模写する。

 しかし、ビニールを頭に被り、今だ「あんばくれ!!」と叫ぶ姿が視界に入ってしまい、やる気をごりごり削ってくれますね。というか、笑いが堪えきれない。


「ばんもおおお、ぼおええ! ぼおええはいばいをか!!」

「「「「「―――――――――ぶふぉっ」」」」」

「―――誰だよっ、ぼおえいくん!?」

「…………」


 ……なんでしょうね、本人的には「ああもう、正栄! 正栄はいねぇのか!! って叫んでるんですけどねぇ……どう聞いても、ぼおえい! なんですよ……。  ほら、呼ばれてますよくん。なに俯いてるんですか。助けを呼ばれてますよ? 助けなくていいんですか?


「………つか、ビニールくらい破れよおおおお! なんでいつまでも被ってんだっ手を前に出してふらふらしてんじゃねぇよ! どこのゾンビだてめぇわっ!!」

「ぼお!」

「「「「「―――――――――っ」」」」」


 ついに耐え切れなくなった正栄くんが叫びました。

 それに答える進くんの返答に皆、なにか近くにある物を無言で叩き始めましたね。よほどきつかったんですねぇ。


 緑坂先生は黒板をガンガン叩いてますし、ノノさんは床を叩いてますねー。あんまり大きく動くとスカート見えちゃいそうですけど……まぁ誰も見てないですし、というか誰も気づける状態じゃないですしねぇ。

 

 他のクラスメイト達は机をゴンガンやってます。壊れないんですかね? 耐久度が気になるところです。


「―――――――っ、ぷはぁ。あぁ熱かった……」

「「「「「―――――――――」」」」」


 ビニールを破って、超良い笑顔で出てきた進くんに皆ノックアウトです!

 あぁ、教師の緑坂先生まで地面に崩れ落ちてしまいました……。


 正栄くんの顔は――真っ赤ですね! これ以上にないってくらい赤いです。というかりんごと並でても遜色ないレベルで赤いです!!


 ノノさんは……うん、あれです。女の子がしちゃいけない顔になってます。ついでに言えば、完全にスカート捲くれちゃってます……誰も見ていないのが救いですかねぇ。


 それにしても……くふっ。相変わらずにおもしれー人生を送ってますねぇ。



 



 

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