第30話
どうしようもなく変わってしまった現実に、人は対応できるのだろうか。
俺は教室のドアの前で迷っていた。
なんていいながら入っていけばいい? 昨日のノノが言った言葉が脳裏に焼き付いて頭から離れない。おかげで寝不足だ。いや、一睡も出来なかった。ベッドに潜り込み延々と考え続けていたら、いつのまにか太陽が昇っていたのだ。
寝不足で太陽の光はきつかった……。目からボロボロと涙が零れ落ちて止まらなかった。
「なにしてんじゃん?」
「―――っ」
背後から掛けられた声に、自分でも驚くくらい反応した。後ろに全力で飛びずさり、バッ―――と確認する。正栄がいた。……ホッとしている自分が情けない。
「お、おぅ。なんで後ろに跳んだじゃん?」
「き、気にするナ! べべべつになんでも、ないゾ?」
声が裏返っている。自分でも分かるくらい声が裏返っている。
「……わかったじゃん」
正栄が哀れなものを見る目で進を見つめながら、扉を開ける。見なかった事にするようだ。
教室に入っていく正栄に隠れながら進も入っていく。……ホントに情けないですね、進くん。
「――っ、―――」
ノノがいない事を確認し、ふぅっとため息を吐き椅子に座る。
よかった。今はどんな顔して会えばいいのか分からない。もう少しだけ時間が欲しかったんだ。
「おはよーっす」
「―――」
かひゅっ。
喉から変な声がでた。……この声はっ。
「進ー、昨日はありがと! お菓子美味しかったよ」
「ソうかっ。べ、べつに気にしなくていいゾ」
完全に目が泳いでいますね。視線がノノさんを決して捉えません。
どうやら顔を見ないで済ませようとしているみたいです。
「んー、どしたん? なんか変だよ」
「お、おう。そうだよなぁ、普通に、普通にすればいいんだよ」
「何ぶつぶつ言ってるの? あ、そうだ。今度お礼したいから寮まで来てよ!」
「――――――」
いやノノさん、いいんですかね? ぶっちゃけ女子寮ですよね。たぶん、男子禁制なんじゃ……。
「あれ、進?」
カチコチに固まった進をぺちぺちと叩くが動く気配がない。……進くんって、何かある度に固まってません?
「―――はっ。や、やめぃ。頬を叩くな」
おお、今回は復活早かったですね。
「それで、いつなら来れそう?」
「い、いつでもいけるさ」
「愛ちゃんに連絡しなくていいの?」
「あぁ、後で電話でも掛けておく」
「愛ちゃんにも来てもらいたいんだけど……うーん、愛ちゃん来てくれたらあさも喜ぶと思うよ」
あさが喜ぶ―――その言葉を聞いた瞬間、俺の体は反射的に動いていた。
……ノノさん、進くんの扱い方を心得てますね。本人的には、進くん相手にあまり使いたくない事なんでしょうが、積極的にアプローチするってのが嘘じゃないって事ですかね。まぁあささんを持ち出せば進くんのテンションも上がりますし、愛さんを上手く誘導すれば、あささんと愛さんでくっつけて、自分は進くんと2人でって事なんでしょう。
は、腹黒いっ。ぶっちゃけ、つい最近まではただの子供だったのにっ。今では細かい事でポイントを稼ぎますね。
実際、効果ですからね。
進くんも反射的に愛さんにメール送りましたよ。
ピロン♪
着信を知らせる音が鳴る。
「今日の放課後で大丈夫だと」
「うんうん。よしっ、あさにも話して来るねー」
それだけ言い残して、颯爽と走っていった。……腹黒になってもその行動力は変わらないのですね。ノノさんが一番怖い女の子かもしれませんね。
気付いたら既成事実の一つや二つ、軽く作ってしまいそうです。いやあの行動力なら、気付いた時には雁字搦めにされて逃げられなくなっているかもしれません。
その事を薄らと察している正栄くんは、進くんから距離を取って漫画を読んでました。これに関わったらやばい、と言う事に気づいているのでしょう。
さっきから進くんの「助けてっ」というアイコンタクトを全部無視しています。気付いているのに漫画に夢中という体で逃げてます。
まぁ、正栄くんは女絡みだと引く傾向にありますし。と言うか、女の子が関わると途端に影を薄くします。それが正栄くんなりの女性への対応って事なんでしょうね。……へ、へたれですねぇ。
「正栄、てめぇ会話に入ってこいよっ」
「いやじゃん。あんなおかしな雰囲気の場所に入っていけるわけないじゃん。そんな勇気は、残念ながら持ち合わせていないじゃん」
「大丈夫だってっ。お前なら突破できるって!」
「底なし沼にはお前1人で沈むじゃん」
「底なし沼っておまっ、嫌な表現を……!」
実際、女子寮なんて言う危険な場所で乙女が2人に進くんが惚れている娘が1人。もはや魔窟、底なし沼ってのはいい表現です。……無事に帰って来れたら、いいですね。
もしも何かしらの理由で寝てしまったら―――起きたら隣にノノさんが! って事に成りかねないですよ? そのままずるずると……。
危機を感じた進くんは犠牲者を増やそうと考えました。―――死なば諸共!
「お前も一緒に来ねぇ?」
「行くわけねーじゃん」
ばっさりと切り捨てられる。当たり前ですよね。ただでさえ女性が苦手なのに女子寮とか、正栄くんにとって危険極まりない場所です。
「そんな事言わずに!」
「アホじゃん、そもそもオレは誘われてないじゃんよ」
誘われていない事を理由にして逃げようとする。
しかし、その程度の理由で逃がすわけがない。
「ならノノに許可取ればいいじゃんっ」
「おっと、今日はみたいドラマが―――」
「嘘付けっ。テレビを見ないお前がドラマなんぞ気にするかっ!」
今時珍しいですが、正栄くんは一切テレビを見ません。
と言うか、夜は出歩いて喧嘩ばかりしていたので、テレビを見るという気が湧かないそうです。
離れていた期間が長すぎて、何を見ても楽しく感じないのだとか。
「お、チャイム鳴ったぜ? 話はまた後でじゃん」
絶対逃げる気ですよね。
ニタニタと笑っているのがその証拠です。
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