清水の舞台はとても高くて大きくて

 高所の光まぶしい墓地から清水寺の裏手へ入ると、普通なら墓地に入る方がひんやりと冷たい空気だったりがするんだろうけれども、清水寺の敷地内の方がひんやりと冷たい心地よい空気を感じられた。

 忠達四人は、正面の仁王門からではなくて、墓地から続く南側の小道から清水寺の敷地に入った。緑が生い茂り、蝉がこれでもかというくらいで鳴いている。

 ステファニーとレーセは初めて来るのでこの光景にさえ息を呑んでいるが、

 忠と花華もここに来たのはずいぶん前で懐かしいし、鎌倉にはこんなに森っぽいところもないので緑の色がありがたいように感じた。

「ステファニーさん、レーセさん、疲れましたよね、一休みしましょうか」

 と言って忠が指さす方向には茶屋の幟が揚がっていた。

「ふぅ。山登りはなんとか大丈夫でしたけど、ここは涼しいですねー、一休み、してもいいならお言葉に甘えさせて下さいー」

 大変そうな素振りは見せずに額の汗を格好いい仕草で拭ってレーセさんは応えた。

 隣を歩くステファニーさんの顔を覗くと彼女も、

「はい、お休みしていきましょうー」

 とにこりと答えた。

 清水寺の境内とはいえここは敷地の端っこで、お盆の朝とはいえ人もまだまばらだ、店に入ると心得ている店員さん達がささっと席に案内してくれて、どうやらゴブリン族達の来客も最近はあるようで、彼らの言語のメニューまで用意してあるようだった。

 店の中は日陰になっているからさらに一段涼しくて腰を下ろすとふうと息が吐けた。

 気さくな女中さんに、

「アイスの宇治抹茶四つくださいー」と忠が言うと、

「はい、承りましたー少々お待ち下さいませー」と明るい返事が返ってきた。

 ポケットから白いハンカチを出してステファニーさんも小さい額をに少し当てている。

「ステファニーさん、暑かったでしょ、お墓。照り返しあるし、地面から近いとあっついよねー」

 花華が言うと、

「そうですね、あそこは少し暑かったです。ここは涼しくていいですね」

 ゴブリン族は背が低いから、地面が近ければ日の照ってるところでは余計暑いか、花華の指摘も一理あるなぁと忠は思う。

 被っていた麦わら帽子は隣に置いて、赤い綺麗な髪をさらっと掻き上げるステファニーさんはそれだけで綺麗に見えるけれども、暑さには注意してあげなきゃなと少し留め置く。

「はい、おまちどぉさま。アイス抹茶四つと、こっちはおまけのわらび餅よ、お客様達あっちから来たからお墓参りの帰りでしょう? 暑いし店主のサービスです。四人で一皿で悪いけど分けてお召し上がり下さいねー」

「わぁ、ありがとうございます」

「いえいえ、ゴブリンさん達がいらっしゃる事も珍しいことじゃなくなったけどね、折角だから、ゆっくりしていって下さい」

 その言葉にレーセさんとステファニーさんもありがとうございますと頭を下げた。

 ステファニーさんはお茶は飲んだ事あったけど、抹茶とかってどうなんだろうなと思ったが、彼女もレーセさんも、一口飲むなり。

「このお茶美味しいですね!」と大喜びしてくれたので一安心だ。

「まだ午前中だし境内の散策も少し出来そうかな、清水寺の本堂の方はさすがにこの空きようじゃないと思うけど、人混みすごいかも知れませんけど大丈夫ですかね?」

 忠が遠慮がちに一応確認を取ると、

「ええ、私は。忠さん達とはぐれないようにしますね。こう、花華さんと手をつないで離さなければ大丈夫ですよね?」

 ステファニーさんは花華とつないだ手を上げてにこりと微笑み合っている。

 ふむ、それならばレーセさんと手をつながないとならないだろうか、と微妙に思考が及ぶが、

「僕も大丈夫ですよ。人混みには慣れてるっていったら変ですけど。テラリアが落ちて、地球の各所に皆が飛ばされる前にゴブリン達が全員集められた事があったんですが、あれに比べればたいしたことなさそうですしー」

 本人は手を顔の前で振って余裕の表情。そんなことがあったのか、ステファニーさんとはこちらへ来る直前のことは話してもらったこと無かったなぁと思う。

「うん、問題ないなら行ってみましょうかねー」

 好意のわらび餅も美味しくいただき、ひと涼みした忠達は店を後にして、清水寺の境内で本堂に向かう参道に出る。

 鎌倉のぼんぼり祭りの時と同じような人出だったが、違ったことは一つ、

「あら、意外にもゴブリン族の方達もいらっしゃるんですねー」

 ステファニーさんの指摘通り、坂になって本堂の方に伸びる参道には意外にもゴブリン族の人たちも結構いた。それぞれが小さく、変わった髪の色をしているので帽子を被ってない彼らはすぐに見分けが付く。しかし、後ろ髪を一つに束ねて、麦わら帽子を被っているとはいえ、鮮やかな赤い色の髪をしているのはステファニーさんのみで彼女は特別なんだな、と言うことを少し思い知る。

 道を行く途中、そんな彼女の髪色に気づいた彼らの中には会釈をしてくれる者もいた。

「ふふ、少し恥ずかしいですね」

 くすぐったそうに彼女は笑ったが、

「いえいえ、王家はこちらに来ても我らにとって大事な指針ですからね、大切にせねば。しかし、僕たちは地球の方からすれば一般人。何かありそうならば僕もお守りしますよ、ステファニーさん」

 しっかり目な口調でレーセさんは花華と手をつなぐステファニーさんにそう断言した。そういえば彼女が王家の――という話は彼はしてなかったが解っていたのか。

「ええ、ありがとうございます。心強い殿方が二人も居ると気が楽ですね」

 少し鷹揚にそう呟いて、忠もちゃんと勘定に入れておいてくれるので忠は背筋が伸びる思いがする。

 道なりに進んで、本堂の中を通り、道順に沿って移動していけば清水の舞台である。

 境内に入ってからそんなに歩き回ることもなく、すぐに着いてしまった。

 木製の張り出した舞台の上からは京都の市内が一望できる。

「わー、良い景色」

 足下の清水寺の緑の縁の向こうには京都の中心市街が広がり、京都タワーがよく見える。その向こうには西の山々の峰も見えている。

 ステファニーさんは高いところは大丈夫らしく、欄干に手を掛けて見ていたのだが、どうやらレーセさんは高いところが苦手なようで、彼らから3歩ほど下がった位置にいた。

「レーセさん、高いところ駄目でしたか。言ってくれれば良かったのに」

「あ、いえ、忠さん、すみません。あの、テレビとかで画像を見る限り3階建ての家くらいの高さかと思ってた物ですから、こんなに高いなんてちょっと腰が引けてしまって……面目ないです」

 周りを見れば、レーセさんよろしく、ゴブリン族の方々はみんな引っ込んでいた。欄干まで普通に近寄っているのはステファニーさんのみである。

「あれれー? ゴブリンさんって、もしかして高いとこだめ?」

 花華が何の気なしにステファニーさんに問うと、

「ああ、そうかも知れませんね。私たち王家の人間は星見の儀式というので、高いところからいつも星を眺めているのでそうでもありませんが、テラリアでは高い建物なんて王城くらいしかありませんでしたからねぇ。確かに山とかはありますけど、こんな切り立った断崖に自ら立つことなんて無いですから」

 と唇に人差し指を当てて考えながら答えてくれた。

 と言うことは逆に高いところが大丈夫なのも王家の人間の証と言うことで――

 周りの人間と連れ立っているゴブリン達が欄干に近づいてなんともなさそうにしている赤髪の彼女を見てひそひそと話し出す様子を少しだけ垣間見て、忠は早々にここは立ち去った方が得策だと考えた。

「ステファニーさん、レーセさん、次のところ行きましょう! ここの下に清水が流れて出てるところがあるんですよー一応そこも有名な観光スポットなので!」

 彼女には勘づかれないように気を回しつつ、忠は二人を連れてその場を離れることに成功した。成功したが、ステファニーさんにその場を離れるときに

「あ、舞台の上で写真撮っておけば良かったですかね?」と尋ねられ、

「ああ、それなら写真撮影向けの場所もまだあるんで大丈夫です。レーセさんも一緒にところにしましょ」と答えて、

「そうですね!」と難無きをえた。

 人の流れに従って、くるりと回って舞台の下手の音羽の滝へ、

 なんだか修学旅行みたいな気分だな、と周りの修学旅行生達を見て思いつつも、

「あのね、ステファニーさん、あそこの滝は左から学業成就、恋愛成就、延命長寿のご利益があるんだよー、どれか一つ選んでお水を飲むの。どれにする? 私はやっぱり真ん中かな!」

 そういう話には断然聡い花華は当然のように真ん中の順番待ち列に加わるが、

 ステファニーさんも迷うこと無く真ん中に着いたので、忠とレーセは少し驚いた。

 とはいえどう話を振ったら良い物かと考えているうちに順番は回ってきてしまい、

 忠とレーセは空いていた学業成就の滝の水を汲む事になった。

 ゴブリン族では柄杓が長くて重いので彼らの手伝いもしつつ、ステファニーさんはお水を飲むとき花華に「本当に御利益がありますかね?」と確認して笑い合っていた。女子のノリなのか本気なのかは忠には解らない。

 その後音羽の滝の近くの滝の堂というところで、御朱印という掲示があったので思い出して、

「あ、あそこで御朱印貰えるんだ。僕ちょっと並んでくるけどいいかなー」

「うんいいよー、私たち日陰で休んでるから」

 花華に見送られて預かった御朱印帳を鞄から引っ張り出してそれを貰う人の列に並ぶ。

 その間花華と二人は人混みから少し離れた舞台の下の日陰で待つことに。

「うわー、下から見てもすごいですね。人類って大きな建物が好きなんですねー!」

 木の格子が連なる下から見上げる清水の舞台を見てレーセが感嘆する。

「そっかなぁ、言われてみればそうかも知れないけど。ステファニーさん、ゴブリン族の王宮ってどれくらいの高さだったの?」

 あんまり驚く彼の様子が子供のようで純粋で、花華も少し気になって、ステファニーさんに問いかける。

「そうですねぇ、こちらの高さでせいぜい100メートルくらいでしょうかね。私たちは民家も二階建てまでの家がほとんどでしたし、上に建物を伸ばす、という文化があまりありませんでしたからね。その代わり地中を深く掘って、鉱山や魔法石の採掘などはやっていましたけれど、この星の方とは考え方が違うのかな~」

 ゆるやかに答えつつ、彼女からも高い建物に目を丸くしているレーセさんは面白く見えた様で微笑んでいた。

「そうなんだねー、私ゴブリンさん達の文化ももっと知りたいかも!」

「いいですね、何でも聞いて下さい答えますからー」

「はい! あ、そういえばさっきの音羽の滝のお願いですけど、ステファニーさんも迷わないで恋愛のとこに並んでましたけど……」

「あーあれ? うーん、花華さんには教えてもいいですけど恥ずかしいのでヒミツです」

 今度はとがった耳を少し垂らして恥ずかしそうに言うので、その仕草が綺麗で可愛くて、花華はどきっとしてしまう。

「ま、まぁ、言いたくないならヒミツでいいです。あ、私のは、その、カレとですけど、そんなに進展するとも思えないし。まぁ気長にいきますケド」

 なんて自分から話を振ったのだからと白状気味に、レーセさんには聞こえないボリュームでステファニーさんにひそひそと告げて花華も微笑んだ。

 そこへ忠も戻ってきてその後にもう一度舞台袖の高い場所に上って、四人で写真を撮った。よく清水の舞台の紹介写真として使われている舞台自体が写るアングルだった。写真撮影を頼んだ家族連れもゴブリン族の人を連れており、ステファニーさんとレーセさんと三人で写真をとりあった後少し話していた。


 陽も大分上ってきて暑さが増してきて、そろそろお昼時だという頃。

「さてと、清水寺参りもあとは三重塔でもみてから終わりにしようか。お昼なんだけどずっと考えてたんですけど、僕も行ったことは無いんですけど明保野亭っていうお店に食べに行こうと思うんだけどいいかなー?」

「お兄ちゃんそのお店近いの?」

「うん、三年坂沿いだからー、昔の、といっても130年くらい前ですけど。坂本龍馬って歴史上の偉人が使ってたお店で、なおかつ京都っぽいランチも食べれそうだからそこがいいかなーって」

「あーなんか歴史の授業でちょっと聞いたことあるかも」

「まぁ、忠さん、そんなに私たちに気を遣って下さらなくても普通のお店でいいのに」

「いえ、折角歴史のある町ですからね、多分和食になりますけど、大丈夫でしょうか」

「はい、僕は全然かまいません! お邪魔してる分際で、しかもお祖母様のお金でお食事なんてなんかすみません。喜んでご一緒致しますー」

 レーセさんは忠にも礼を欠くこと無く、にこやかに応じる。

 ステファニーさんは家系からくるものなのかと思っていたけれど、ゴブリン族自体がこういう性格なのかも知れない。

「まぁそんなに堅くならず! ステファニーさんも花華もいいよね」

「はい、勿論です」

「うん、そんなちょっとイイお店なら早めに行けば空いてるかもねー」

 三重塔を見物して、今度は正面の仁王門から坂を下って行って三年坂へ、

 時間は正午少し前とあって、特に予約もしていなかったけれど、子供二人のゴブリン族二人の4人と言うこともあってかお店では歓待を受け、すぐに席へ案内された。

「いらっしゃいませ。まぁ感心なこと、お子さん達だけでいらっしゃるなんて、修学旅行生みたいやわ」

「いや、えっと、この方達は大人ですからー。それに龍馬の縁のお店っていうのも案内したくって」

「あら、ゴブリンさんたちは大人でしたかー、ごめんやす。そか、それでしたら、この龍馬御膳てメニューもありますからよろしくお願いしますー」

 という店員さんとのやりとりがあって、

 ちゃんとゴブリンさん達の分の分量にしてくれている御膳もメニューに載っていたのでそれを四人で注文。

 料理が出てくる前にお店と龍馬についての蘊蓄をネットで引きながら忠が二人に話すと、

「ふんふん、日本はここ数百年でえらく変わったんですねぇ、僕たちの星は僕たちの時間で200年くらい前からかなぁ、地球、〝約束の星〟が見つかってものすごい事になっててんやわんやしてたのはー、それまでは数千年とか数万年とか、まぁ小さい民族同士の諍いはありましたけど落ち着いてたんですよねー、そこから星の寿命が近いってなってあとは地震とか津波とかは多かったんですけど……」

 レーセさんが忠の話を引き合いにいろいろとテラリアの話をしてくれるのはありがたく、逆に花華と忠がその話に引き込まれてしまった。

「でも、そんな災いもこの星に着いて全部解決しました。とってもありがたいことですよね、レーセさん」

 話が一区切りしたところでステファニーさんがにこりと笑いながら間の手をだす。

「そうです、そこなんですよねー、この広い宇宙に根無し草なんて出来ませんからね! それに地球人の方はみんな、日本人は特に優しいですしー、あ百合子さんだって優しいんですよ! ああ見えて」

 忠と花華は百合子のだらしない性格も知っているが、その上で彼がそう評するならまぁいいかという気分にもなる。

 そんな話を和やかに、地球の歴史あるお店で、宇宙人と話し込んでいるなんて、数年前なら全く想像すら出来ない自体だが、今はこうして彼らと一緒に居るんだよなー、なんて忠が思っていると、

「おまちどぉさまです!」と食事が運ばれてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うちの妹はゴブリンと仲が良い。 Hetero (へてろ) @Hetero

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ