古き良き日本のお盆の夕刻風景

 その晩は祖父母の家の仏壇のある部屋と隣の畳の間をつないで低い机を出してきて、祖父母と、叔母と、真一家のメンバーと、ゴブリン族が二人の九人が集まって、出前のお寿司と天ぷらを取ってそこそこの規模の宴会と相成った。

 食事の前に百合子叔母と早苗がちょいちょいとおばあちゃんの香枝に呼ばれたかと思ったら二人はすぐに着物姿に着替えてきた。

「それじゃあ、珍しくお盆にみんなが集まったってことでかんぱーい!」と音頭をとったのはおじいちゃんの慎一郎で、普段はお酒は飲まないステファニーさんも勧められて大人組に混じってビールを少しずつ飲んでいる。

 ステファニーさんの隣の席でオレンジジュースな花華が、

「ステファニーさん、お酒なんてヤだったら断っても良いのよ? ビールとか普段飲まないのに大丈夫なの?」

 心配顔でのぞき込むが、少し頬を赤くした彼女は、

「花華さんお気遣いありがとうございます。地球のお酒は初めてですけど、ビールは大丈夫みたいです。そんなにいっぱい飲めないかもしれないですけど、こういう場ですから、私も楽しく飲ませていただきます」

 花華に言いつつ主催の祖父母に振り返って会釈するその様子に祖母は喜んで、

「まぁ、出来たお嬢さんですこと、でもうちの人はかなり呑兵衛だから付き合わない程度でいいからねー、うーん、早苗さんと百合子には着物があったけどやっぱり貴女にも着てもらいたいわねぇ、仕立屋さんに行って頼んでみようかしらね」

 と、着物姿の早苗と百合子を見つつ呟いた。

「お義母さん、それいいわー、私も着物も作ってあげようとちょーど思ってたところなのよね、浴衣は京都来る前に作って間に合ったんだけどねー、着物は一朝一夕にはいかなくってー」

「あら、義姉ねえさん彼女の服も作ったの? 道理で素敵だと思ったー」

 紺白の着物の早苗と、ご馳走山盛りの机を挟んで座る、浅黄色の着物の百合子。

「あら、そう言う百合子ちゃんだって、レーセ君が着てるのおたくのブランドものでしょー?」

「そうなの、解る? もう社長がノリノリでさー、ゴブリン族も相手に新商品開発早速始めちゃって、レーセ君はモデルなのよ。彼意外とイケメンだしね」

 バチンと隣に座るレーセに彼女がウィンクするとビールを飲んでた彼はむせている。

 レーセはといえば緑色の短髪で、背は改めて見比べてみると女性のステファニーさんよりは10センチくらい高いようだ。白いカットソーの上に薄い青のシャツ、黒のズボン。Tシャツの忠と比べれば身長差を除かなくとも格好いいといえる服装で、スタイルも細身で決まっている風である。

「……な、なにいってるんですか百合子さん! 僕なんてぜんっぜんイケメンなんかじゃないですよぅー」

 発言や困惑っぷりを見る限り、そのイケてる容姿と裏腹に、少しステファニーさんより年下なんだろうか? と思える。


 歓談しつつ食事は進み、忠が特大のエビフライを齧りつつレーセさんってどんな人なんだろうと考えていると、少し空気の読めないというか、こういう場が大好きな百合子おばさんが早速切り込んだ。

「ねぇねぇ! そんなことよりも、兄さんのおうちと私のうちにゴブリンさんが来てくれてたなんて意外よね! ステファニーちゃん、レーセ君と面識あったりしないの?」

 向かいで早苗の隣に座っている彼女はふと考える素振りを見せてから、

「はい。先ほど少しだけお話しましたが、私は王都にほど近い都市に住んでいましたが、レーセさんはだいぶ遠い都市に住んでいらっしゃったようで、お会いしたことはございませんね、ね?」

 お酒を飲むと多少顔に出るらしいステファニーさんが、優しくいつもの調子で、ね? と問うたら、向かいのレーセさんはかなり赤い顔で慌てて、

「は、はい、王都までは魔列車で行かないと行けない地域に住んでましたから! あっ、魔列車っていうのはこちらの世界の電車と同じような乗り物でして――」

 と、自分で話を脱線させて説明しだす様子に、ステファニーさんは余裕の笑みを浮かべているようにも見える。あからさまな彼の様子には隣の花華もはっはーんと顔をにやつかせているが、忠としてはなんとなくもやもやするのだった。

「ねぇねぇ、ステファニーちゃんとレーセ君ってどっちが年上なんだろ? あとあと、ゴブリン族で男性ってかなーり珍しいんでしょ? ステファニーちゃんから見たらどうみえるのかしら~ん?」

 着物姿でシャキっとしてるように見えるがかなり酔いが回っているらしい百合子おばさんはさらにそこまで話を突っ込んでくる。

「ちょいと、百合子、あなた飲み過ぎよー、まったく、みんなが気分良く食べてるんだからー」と祖母が心配する。

「まーた百合子の悪い癖が出だしたな、こいつすぐ悪酔いするんですよー、絡み酒というか……ステファニーさんとレーセさんも気を悪くしないでね~」

 兄の真一がフォローにまわる。

「いいえいいえ、お父様。大丈夫ですよー、年齢ですか、私は地球の暦では370歳ですね。えーっと難しい計算をすると、要は22歳くらいですね。百合子さま」

 彼女が答えると指折り何やら計算していたレーセは、

「えっ! そうなんですかぁ。僕よりちょっと上なんですね。僕は314歳なので、時間の尺を合わせると19くらいですかねぇ」

「えっ!? レーセ君19なの!? お酒まぁだぁ早いじゃん~!」

 いきなり慌てる百合子、

「いやあ僕らの星では300歳越えたら飲めるんですよー星見の儀っていう成人式みたいのがあって――」

 再び話が脱線しそうなタイミングでふふふと声に出して笑ったステファニーさんは、

「百合子さまが仰ったとおり、ゴブリン族で男性はかなり珍しいんですよ。それに彼は楽しい方みたいですね」

 と笑顔で評してもらえてレーセは満面の笑みで喜んだ。

「おー。やったじゃーん!」

 百合子に肩を叩かれて照れている。

 そこでカタンとコップを置いて忠が立ち上がる。

「あ、僕、トイレ」

「廊下暗いから電気つけろよー忠ー」

 そういう祖父に手を挙げて応えて出て行った。

 そんな様子を見た花華はステファニーさんの耳に入るように小声で、

「まぁーた大人げないんだからぁー」

 と呟くと、ステファニーさんは落ち着いた笑顔で前を向いたまま小声で、

「花華さん、安心して下さい。私、身持ちは堅い方ですから」

 レーセには聞こえないボリュームで言いつつ、にこりと微笑みかけることを忘れずに。しかし花華にはこれがどういう意味かは解らなかった。


 夏のお盆の夕方の京都は至る所で梵鐘が鳴り響いている。

 久しぶりの大勢での食事と、ちょっとエキサイトしてしまった自分にトイレで鐘の音を聞きながら苦笑いする忠。

 半土間のトイレは男性用には立ちで出来る小便器もあってそちらで用を足していると、外から鐘の音と夏の虫の声が、居間で食事を楽しんでいる皆の声と同じように響いてきて、こんな空気も久しぶりだなぁと思う。そして、

(話半分に聴いてたけど、実のところステファニーさんはレーセさんのことはどう思うんだろう。

 貴重な男性で、あれくらいイケメンだったら、もしかしてすぐにでも、恋とかに発展したり?

 する……のかな……。

 なんかそんなのってやだなって思ったから席立ったんだっけな。

 そっか、僕ってステファニーさんのこと……)

 改めて気づいた気持ちにしては今更だったかも知れない。

 花火大会の時、彼女達を守ろうと思ったのは。

 一緒に寝たときに思ったのは。

 こういう気持ちだったのか。


 忠が居間に戻ってくると、百合子おばさんは背後の座布団にもたれかかってもうぐうすうと寝息を立てていた。独身女性の強みというか、着物なのに遠慮が無いのはすごい事だなと思う。が、母の香枝が気合いを入れて一喝するとのろのろ身を起こして、お風呂に行く様子だった。

 忠が戻ったことに気づいたらしいレーセは自分の発言がまずかったかなぁーとぼんやり思うところはあったようで目を合わせるなりぺこりと辞儀をした。

「あの、僕百合子さん心配なんで、廊下で転ばないか見てきますっ!」

 と言って百合子について行く彼は、やはり大人の男性だ。

 少し大人げ無かったかぁと反省しつつ席について、ステファニーさんをチラリと見ると、どういう訳か彼女は嬉しそうに微笑んで、

「忠さんおかえりなさい」と言ってくれた。

「お義父さん、あなた、忠、まだお寿司とかいっぱいあるんだから男三人でバクバク食べちゃってよね! ほんとは忠が一番食べなきゃいけないんだからー」

 着物姿でいつもより若干丁寧口調っぽい母に急かされて、忠はそれからもう少し晩ご飯を食べた。ステファニーさんと花華も付き合ってくれてそこからはいつもの食卓と変わらないような気分だった。


 その日の晩も、忠達五人は二階の部屋で寝る事になり、百合子とレーセは一階の客間で寝ることになった。

 忠達は川の字で端から、父、忠、ステファニーさん、花華、母、となっていたので、寝る間際に先ほどの事を思い出してしまい、忠はステファニーさんの方がなんとなし向けずに父の方を向いて布団を被っていたのだが、

 ちょんちょん、と忠の背中のあたりをステファニーさんがつついてきた。

 明かりを消してからはしばらく経っていて、父と母は疲れたのかとうに熟睡中だ。

「忠さん、忠さん、起きてます、よね?」

 小さな彼女の落ち着いた声音に、ゆっくりと向き直ると彼女の顔は思った以上に近くにあってドキリとする。

「あ、あの、ステファニーさん、さっきは……その」

 食事の席での事を思い出して言い淀む。

「あのね、忠さん、私、ゴブリン族の男性がいくら珍しいからといって、出会って間もない方と電撃的に恋に落ちる、なんてことが出来るほど器用じゃありませんよ」

 月明かりに少し照らされている金色の瞳は優しく微笑んでいる。

 明らかに好意を見せているレーセさんと比べるとはやり年上の余裕だろうか。

「えっと、その――」

 彼女が言わんとすることの先は、と勘ぐっても答えは出ない。

「ごあんしんください――私の中で特別な方は忠さんですから」

 ゆっくり小さな声で、後半は聞き取れないボリュームだったけれど、

 暗がりの中で彼女の薄桃色の唇がそう動いた。

 ように見えた。

 彼女は小さな手を伸ばして、細い指先で忠の頬に優しく触れてから、

 おやすみなさいと言うとくるりと向きを変えて、

 花華の方を向いて寝てしまった。

 忠はその出来事に呆けてしまっていたが、眼前にある彼女の赤い髪からはいつもと違う石けんの優しい香りがしていた。

 自分と同じような気持ちを彼女も持ってくれているのだと気づいて、無駄にドキドキしてしまい、その日はなかなか寝付けない忠だった。

 鴨川からたまに流れて部屋を通り抜ける涼しい風に、

 父と釣りの時にした、

 彼女は素敵なお姉さんだと思うなんて言ってた話を思い出して、

 それは下手な嘘だったかなぁと考えてから、改めて布団を被る。

 祖父母の家のお布団は田舎の優しい香りがしている。

 悶々としていたが、やがて眠気が襲ってきて、彼も眠りに落ちていった。

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