京都滞在二日目 地球の日本のお墓参りとは

 京都で迎える二日目の、8月9日の火曜日の朝、今朝もみんなで揃って仏間に出した食卓でご飯を食べる。

 ステファニーさんは朝方タイプなので、髪も梳かして後ろで一つにまとめて元気な笑顔で花華となにやら喋りながら朝ご飯を食べている。

 一方昨夜飲み過ぎて早速二日酔いになっている百合子おばさんの横のレーセさんはどうやら朝は苦手な様子でしょぼしょぼした目をこすりつけながらご飯を食べている。

 いろんなおかずが食卓には並んでいて、端から見れば普通のごく日本っぽい朝食メニューであるが、煮魚やぬか漬けや香の物などの惣菜類に、京都の地の物が含まれていればそれは『おばんざい』と呼ばれるおかずである。

 どことなく懐かしい味わいの煮魚に箸をやりつつ、同じく旅先では朝が苦手な忠ももぐもぐと朝食を食べる。

「お祖母様、京都のお料理もとても美味しいですね!」

 祖母が漬けた漬物を食べてステファニーさんが言う。

「あら、ありがとう。なんや宇宙人さん言うから食べられへんものもおおいんかな、思ってたけどそんなことありゃしませんのね。ステファニーちゃんはよくたべてはるねぇ」

「はい、とっても美味しいので! いくらでも食べられそうですー」

「私も、京都のおばんざいは好きだなぁー。いつもと同じメニューもあるのに京都だと全然違う味に感じるのよねー、おばあちゃんの料理の腕が良いからなのかなぁ」

 後半はぼそぼそと言う笑顔の花華だが、見越して早苗は、

「いやーおばあちゃんに比べたら私はまだまだですからねっー。花華、擁護してくれないでいいわよ。このお漬物なんてほんと美味しい。

 でも、この忠達が取ってきたお魚は美味しいでしょ? 私だって頑張って京都風の味の研究してるんだからー」

「ああ、この魚は早苗さんが料理したやつかー、すごく美味しいよー。ね、父さん」

「そうだな。こりゃ確かに美味い。魚も良かったのかもな!」

 おじいちゃんに褒められてその魚を釣り上げた忠も喜ぶ。

 頭が痛そうな顔をしていた百合子おばさんはコップの水を飲みきってから、

「うん、お魚は美味しい。でも二日酔いにはなかなかハードね……」

 と呟く。やれやれと祖母が席を立って、

「あたしが飲んでるとっときの青汁があるからあんたそれ飲みな。すこしはすっきりするでしょー」

「ふげ、青汁かぁー。まぁしかたないかぁ、いただきます」

 隣のレーセさんとステファニーさんが顔を合わせて花華にハテナと言う顔をしたので、

「あっ、おばあちゃん! 私と、お兄ちゃんと、ステファニーさんとレーセさんも飲みたいって! 青汁追加でー!」

 えっ、と言う顔をしつつもまぁこれも経験かと思って忠もステファニーさんの方を向いて大丈夫ですよと頷いてみせた。

 出てきた祖母特製の青汁は、蜂蜜とかレモン汁も入ってたし、ケールとかじゃなくて京野菜中心だったようでいやな青みも無く、忠も少しだけ身構えていたけれど難なく飲める代物だった。

「忠さん、地球の方……というか日本の方って健康のためにこういう青汁って結構飲むんですよね。テレビでコマーシャルやってたの見たかなぁ、私これいやじゃ無いです。毎朝でも飲めちゃうかも」

 ぷはと小さいコップで青汁を飲み干してステファニーさんが言う。

「まぁこれは特別製だからかなぁ。うーん、これなら確かに飲めそ。おばあちゃんありがと! あ、レーセさんはどうですか?」

「いやはや、僕も初めて飲みましたけど、これは酔い覚ましには効きそうですね。美味しいし! あ、そういえば僕たちの星にもおんなじような飲み物があったんですよ、それでかなー割と抵抗ないかもー」

 ぐびぐびと百合子おばさんの横で緑の青汁を飲むレーセさんは今日も白のシャツですっきりとした出で立ちで、なんとなく仕草の端々が格好いいようにも見えるので、忠としては微妙な感じだが、彼自身とても人なつっこい性格だし、忠や花華のような子供にも抵抗ないようだし、希少種というゴブリン族の男性というのにどこにでも馴染めそうな雰囲気には好感が持てた。

「はぁ、若い子達は抵抗なしかー、あたしはこれ苦手なのよねー。まぁ、背に腹なんだけど」

 ちびちびと青汁を飲む百合子おばさんの様子に花華は笑っていた。


「さってと、ご飯食べ終わったら暑くなる前にお墓参り行っちゃうかー、京都の迎え火は13日だけどねーまだお墓にいるだろうって事で」

 京都では慣習的には迎え火は13日の夕方で、送り火は16日の大文字の送り火となっている。だが忠達は14日には帰ってしまうし、今の京都の人たちはそんなに形式にこだわるわけでもない。何より大抵京都ではお墓と住居が近い場合が多いので、お墓参りなどは緩い雰囲気で行ける。

「あ、兄さん、車広いでしょ? 私たちも連れてってー。

 レーセ君に日本のお墓も見せてあげたいし、あたしこんなじゃ運転自信ないし」

「いいよー。そうだなぁ百合子が無理する必要も無い距離だしな」

「あの、お父様、お墓に参るのにはこの服装でも大丈夫でしょうか?」

 ステファニーさんは心配そうに父に尋ねた。

 今日は白のワンピースで、腰にふわりとリボンが結ばれている。

 清楚なお嬢様といった感じの出で立ち。

「うん? 全然大丈夫だよー、忠と花華はTシャツとか短パンだし。家族で行く分には服装なんて気にしないで」

「そうですか、良かったぁ」

 失礼があってはならないと真剣に気にしていたようだったので、後でフォローしとこうと考える忠だった。

「すみません、僕もお世話になります」

「いいよいいよーレーセ君も歓迎。ご先祖様達はさぞびっくりするだろうけどね」

「そうよねー。なにせ宇宙人だからねぇ~」

 百合子おばさんはご機嫌な笑顔を飛ばしていて、二日酔いは青汁で大分良くなったみたい。顔色も先ほどよりだいぶ良い。

「一応草刈り鎌と水とぞうきんとブラシでも用意してくかー」

 朝食後に立ち上がった祖父に忠がついて行く。

「あ、お爺ちゃん準備手伝うよー」

「おー」


 芹沢一家の墓は家からはさほど離れていない、清水寺から伸びる別の峰に沿って京都を見下ろして広がる広い墓地の中にある。

 緑の山が清水寺なら遠目にはその隣の石の山のように見えているのが墓地である。

 車での移動中、

「歩いて帰れるから、ステファニーちゃん達は清水寺も観てきたら?

 まぁ人はすごいだろうけどねー」

 という早苗の提案に、

「あ、そういえば僕御朱印集め頼まれてたんだった、

 御朱印帳カバンに入れてきたしちょうどいいや~、

 花華とステファニーさんも行くよね?」

 いつも持ち歩いてる肩掛けカバンを叩いて忠がこたえると、

「はい、喜んで。私も清水寺って見てみたかったんです!

 花華さんもご一緒してくれますか?」

「うんいいよー。百合子おばさんも行く?

 レーセさんも見たいかなーって思うんだけど」

「うーん、暑いからねぇ、あたしはパスかなー、

 でもレーセ君はいってらっしゃいよー、初めてだしー」

 百合子おばさんの住まいは隣県の大阪府で、話を聞いてみたらレーセさんは実家に来るのは初めてではないようだった。でも京都探索とかは若い子が居るわけでもないし、そう出歩ける訳でもないのでここまでしてこなかったらしい。なので、

「百合子さんいいんですか! 僕も行ってきますー!」

 と彼は大喜び。

 車で行っても15分のお墓は、歩いて帰っても寄り道しなければ15分くらいで、

 移動にかかる時間は一方通行などの交通制限が多い京都マジックなのだが、そうこう話している間にすぐにお墓に着いたらしい。

 車を降りて、墓地に入り、見渡す限り整然と並ぶ墓石を見て、ステファニーさんとレーセさんは感嘆の声を上げた。

「まぁ、これはすごいですねー」

 京都盆地を囲むように青空には入道雲が沸いている、朝九時の燦々と照りつけだした太陽の光が山の上の墓石を輝かしく照らし出している。清水寺の上の方と同じくらいの標高があるここからは、墓石群の向こうに京都の街並みが広がって見えている。

 少し離れた清水寺の森からは蝉の声が聞こえてくるが、墓地には朝も早い時間とあって、お盆だというのに人もまだおらず、少し涼やかな風も流れており心地よい空気だ。

「わぁ、これが日本のお墓ですかー」

 レーセさんも、ステファニーさんも感心している様子だが、

「ステファニーさんの星みたいに文明的な暮らしが何万年も続いているわけじゃ無いから、そうねー、ここ数百年くらいの間のお墓にすぎないんだけど、そんなすごいかなぁ?」

 と花華が問うと、

「ええ、私たちの星のお墓はいろいろな事情で共同の大墓地が多いんですよ。こう、個々に家ごとに分かれて沢山の墓石がある光景というのは見たことがなくてー」

「なるほどねー」

 別の車で来ていた祖父母も合流して一同は芹沢家先祖代々の墓とある墓石の許にたどり着いた。

「これが、うちのお墓だよー、そうだなぁ幕末辺りからだから解ってる分には200年くらいは遡れるのかなぁ? 父さん?」

「ふむ、うちは結構昔から京都住まいだって俺のじいさんから聞いたことがあるからなぁ、ほれ、大きい墓石の裏に小さい石があるだろ? あれなんかが江戸時代とかのだから200年ってことはなくて400年くらいは遡れるんじゃないか~? そういや蔵のどっかに家系図があるはずだから後で暇なら子供達で探してみるのもいいかもな」

 白い顎鬚をなでつけながら花華に向かって祖父が言った。

 花華はことあるごとに実家の蔵の中を探検したいと言っていたっけ、と思いつつ忠はお墓の周りの掃除を始める。二日酔の百合子おばさんは見てるだけだったが、祖父、父、忠の男衆がぱっぱと動けば、あっという間に片付いた。お盆用の豪華な黄色と白の菊の花も供えられお墓が華やかになる。

「まぁ、手早い。私も何かお手伝いしたかったんですけど」

「僕も居候の分際なのにすみません」

 とゴブリン族の二人が呟くが、

「なに、ご先祖様にとっちゃ二人はお客様だからちょうどいいやな」

 祖父は笑顔だった。

「そうね、これから長い付き合いになるかもと思うと大事なゲストだもんね。さてと、お線香焚くわね」

 早苗が手際よく小さな蝋燭から火を移して大きくしていき、皆に線香を配る、

「大事なお客様で、ゲストのお二人は危ないから少しずつね、火だから気をつけて」

 ステファニーさんもレーセさんも大抵の日本のこういった儀式めいたことに関しては予習はしてきているようで、お線香を渡されても焦ること無く丁寧に、お墓に供え

他の皆と同様に静かに手を合わせて瞑目した。

「ほんと、うちはできた子達が多くてありがたいね」

 祖母にとっては彼らもまた大切な子なのだろう。手を合わせる様子に感心したようだった。

「よっしゃ、俺はちっと住職さんに挨拶してくらぁー、忠達は清水寺に行くんだってな。気をつけてけよー、真一、ばあさんと車で待っててくれ」

「うん解った、行ってくるねお爺ちゃん」

「はい。じゃ、母さん先行ってようか」

「そだねー」

 それぞれ別れるが、墓地の出口で祖母がこっそり忠達に、

「まぁたまにだし、今日はお客さんもいるからね、忠、少しお小遣いだよ」

「え、いいのに!」

「わ、おばあちゃんありがとー!」

「四人でたのしんどいでね。お昼も食べてきてもええけど、あんまり遅くならないようにね」

 今日も着物姿でピシッと背筋が伸びている祖母は優しく忠に巾着から一万円のお札を手渡してそう告げた。

「あら、お義母さんありがとうございます。そんなにいっぱい。忠、折角だからステファニーちゃんとレーセくんに美味しいお昼をご馳走すること。いいわね?」

「うん解った。暑くなるだろうし午後一時くらいには帰るね」

「はいよー」

「レーセもたのしんどいでね!」

 にやりと笑ってレーセさんの肩をぽんと叩く百合子おばさんは、自分は独身の癖して相手の気持ちを読んだりするのは得意なようで、笑顔でレーセさんを送り出している。彼は「は、はぁ」と複雑な笑顔だった。


 祖母と、母と、百合子おばさんの三人は墓地を下って駐車場の方に向かったが、

 忠と花華とステファニーとレーセの四人はもう一度墓地に戻る。

「この山を登り切ると、清水寺の延命院の後ろに出るんだよねー、まぁ近道というか、結構坂は急だけどハイキングしつつ、で、大丈夫ですか? ステファニーさん、

 レーセさん」

 墓地の中のなだらかな坂をぴょこぴょこ二人について登ってきている彼らは、体力的には大丈夫だろうかと思って忠が声をかける。

「私はぜんぜん、大丈夫ですよー、今日はぺたんこ靴にして正解でしたー」

 ステファニーさんは涼しい笑顔で、お墓を珍しそうに眺めながら歩いている。

「僕も、というかゴブリンの男は体力には若干自信あるんですよね! このくらいの山なら大丈夫です」

 レーセさんは緑の髪をかき上げて、主にステファニーさんに宛てた爽やかな笑顔をしているが、そんな彼に横で目をキラキラさせてる花華の方が気になる忠だった。

 忠や花華にとっては山と言うより丘に近いのだけれど、彼らからしたら立派な登山だろうなーと思いつつ、忠は三人を連れて清水寺の裏手を目指す。

 清水寺の緑に近づくにつれ蝉の鳴き声が大きくなってゆく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る