京都滞在一日目! 故郷で新たな出会い
京都の町家風の祖父母の家。
真一の実家は、これでも明治以降に建てられて築百年前後だというが、二階建てといえど最近の家よりは屋根は低く、壁や床の木の色が年代を感じさせる飴焦げ茶色で、道路沿いの玄関から入ると、二間ほど土間が奥に続いておりその左手に和室が床の間の部屋と畳の間と二間続いている。
土間から上がるところは六畳の畳の和室でそこが玄関も兼ねている。
近年手入れして玄関の土間に続くもう一つの土間だった台所は最新式のキッチンになっていたり、床の間には車椅子でも上がれるようにもう一つの上がり口が用意されたりしているが、真夏の朝日の日差しの中から、その独特の鎌倉の家より少し暗く涼やかな家の中に踏み入ると、真一は帰ってきたなぁという気分になる。
子供達はやっと着いたという感じになるし。
ステファニーさんは少しその暗さに母星の実家を思い出していた。
「ただいまー!」
「お邪魔します、あーこの畳とお線香の匂い。ここは変わらないわねー」
「おじゃましまーす!」
忠と花華は声がそろってしまい微笑みあう。
花華が手をつないでいたステファニーさんも家の中へと招き入れる。
「お邪魔致します」
玄関の敷居を跨ぐ時、習ったわけでもないけれどぺこりとお辞儀をする彼女に祖母は、「あらあら、出来たお嬢さんだこと。ゆっくりしてらしてねぇ」と柔らかく後ろから声を掛ける。
土間から畳敷きの座敷に上がると、奥の間の仏壇が少し見え、とても豪華な作りの仏壇にはお盆の時期の供え物と、線香の煙が上がっている。
祖父が玄関で持ってきた荷物を運び込む真一に、
「さて、みんな疲れたろう? 朝ご飯ご飯食べたら少し眠るといいさ、母さん布団敷いといてくれてあるからさ」
と言う。
「あら、お義母さんすみません」と早苗。
「ええのええの、早苗さんもお疲れでしょうからー子供達もいっしょに少しやすみなさいな」
「わかったー、そうさせてもらおうかな。あ、忠、花華、ご先祖様にご挨拶してきてから、ステファニーさんに家を案内してあげて」
父を手伝う忠と、奥を覗う様子だったステファニーさんと、それを面白そうに見守っていた花華に真一がそう言うと、
「うん、解った」
「こっちはいいよーみんなの荷物は、ほら、ステファニーさんの魔法のおかげで軽いからさ~」
ひょいと大きな保冷バッグを持ち上げたので祖父がたまげた様子だったが。
その後事情を説明されて笑いながら納得するのだった。
実家に上がった三人は、上がった畳の間から二つ奥の和室にある仏間に行った。
仏間は道路側に当たる東側に廊下に囲まれた小さな坪庭があり、その向こうに道路に面しては
ステファニーさんは仏壇の豪華なことにも驚いていたが、祖父が必死で手入れしている綺麗な純和風の坪庭にも驚いているようだった。
「んと、ここがね、仏間。あのね、ステファニーさん、今はお盆だから、ご先祖様が帰ってきてる時期なんだー。鎌倉の家には仏壇はないけど、ここに、私たちのおうちのご先祖様が来てるって訳。んで、そうそっちが坪庭。っていうか中庭。おじいちゃんが凝り性でねー、ご先祖様からも綺麗な庭が見られるといいだろって頑張って手入れしてるみたい」
どことなく緊張した面持ちでしずしずと畳を歩くステファニーさんに、
「ステファニーさん、そんなに緊張しないでいいですよ。家族なんですもん。簡単にご挨拶してくれれば。えっと、座布団座布団、僕からお線香炊きますからちょっと手順ってほどでもないですけど見ててくださいね」
と忠が先行して蝋燭に火をつけて
手を合わせるとき、お邪魔致しますと心で呟くことを忘れずに。
顔を上げて、うまく出来たかなぁとふうと息を吐くと、忠はその様子を見ていたようで、
「大丈夫ですよ。珍しいお客さんがきてきっとご先祖様も喜んでます!」
と声を掛ける。
「そうよねぇ、異星人だもんねぇ。何で自分たちの時には来てくれなかったのーって思っちゃうかもね」
と本人の気持ちなど知らずの花華は暢気に言う。
「そうですかねぇ、皆様受け入れて下さるといいのですけど」
「うん、大丈夫大丈夫」
忠が優しくそう言う間に、彼女の耳には打った鈴の音のチーンという音の残響がすこし優しく響いている気がした。不思議な感じだった。
「さて、案内しなきゃ着いてきてー!」
花華はまるで自分が探検しているような気分で、兄とステファニーさんを引き連れて実家を案内した。
まず道路沿いに床の間が二間と、玄関から続く土間が一間こちらはかつて、
「おじいちゃんとおばあちゃんはね、昔着物の小道具のお店をやってたのよ、帯につける根付とか、扇子とか巾着とか、京都の芸子さんとか舞妓さんにも結構人気があったみたいなのー、昔のなじみで今でもたまに来てくれるんだけどね、舞妓さんとかってすごーい素敵なの! ステファニーさんにも紹介できるかなー。このお店の名残の部屋にはいっぱい遺産が眠ってるからー、お母さんと毎回サルベージしてるのよね。
あ、お母さんが裁縫が得意なのは昔っからなんだけど、着物とか浴衣とか和装に凝り出したのはお父さんと結婚してから、このおうちの影響で始めたんだって!
ね、そうだよね? お母さん」
昨日忠と真一が釣ってきた魚の煮物を車から下ろして持ってきて、花華の熱弁を聞きつけた早苗は、
「ええ、そうよ。おばあちゃんはいっつも綺麗に和服着こなしてるからねー、私もああなりたいんだー」
と、玄関から顔を覗かせると、隣にいる祖母も。
「あら、早苗さんなら十分着物も似合うわよー」
と太鼓判を押していて、
「お母さんとおばあちゃんは仲良しなの!」
「そうなんですね!」
と花華とステファニーさんもそんな様子に笑い合った。
戻るときには、坪庭の床の間を通って仏間にを通る。
横に長い仏間は16畳もある。
「お盆とかでね、お客さんがすごい多い時とかはみんなここでも寝るのよ。
今年はみんな集まるのかなぁ、叔母さんとか。
ごはんもね、仏壇の前に机を出してみんなで食べたりするのよ。わいわいがやがやしてて楽しいからーちょっと楽しみね!」
隣に控える忠は親戚一同にステファニーさんが受け入れられるといいなぁと思うが、そういえば何にも聞いてないけど親戚のところにもゴブリンさんは来ているんじゃないのか? とチラリと考えた。
広い仏間の奥は土間側の右手が洋室、左手は和室で奥に急階段がある。
「右が、お勝手続きのダイニングでその右がキッチンでー、昔はっていっても私が小学生の頃まではここから一段降りてこう玄関から一直線につながって井戸水で洗う土間のお勝手だったのよ。今は新しくなったんだけどね」
ダイニングの6人掛けのテーブルにはちゃんと五人分の朝食が用意されていた。
なにやら冷蔵庫に突っ込んでいる祖父に忠が、
「おじいちゃんとおばあちゃんは朝は食べたのー?」と尋ねると。
「もうとっくさー、じじいは朝が早くてな、最近どんどん早くなって困る。さっき外でラジオ体操し終わったところにおまえ達が来たからなー!」
元気そうに言うので安心して、そうか、おじいちゃんもラジオ体操の虫なんだなと思うと父真一との血が争えないなー僕もやるのかもなどと思う。
キッチンは見た目最新でIHコンロやらビルトイン食洗機やらもついているが、未だ水は裏の井戸から汲み上げた物を使っている。
隣の和室の階段を上って二階へ。
仏間の上の部屋に当たる広い部屋には綺麗な布団が敷いてあった。
「わっほー!」
といってボスンと横たわることを忘れない花華に思わず二人で笑ってしまう。
坪庭から向こうの店舗になっていた箇所は一階建てで、玄関の上に物干しがある。
二階であっても、夏の容赦なく照りつける日差しは長い軒の作る日陰に遮られていて、磨りガラスの向こうとは違う空気があるようだった。
「京都は暑いからねー、でも、こうやってうちの中にいるといくらか過ごしやすくていいんですよねー昔の作りがいいのかなぁ」
軒先にぶら下がった風鈴が緩やかな風を受けてリンと鳴っているのを見て、
「ええ、階段は少し急ですけど、すごく雰囲気があっていいですねぇ」
とステファニーさんも忠に頷いた。
二階の西側には物置部屋がいっぱいあって、そこにもかつてのお宝が満載されている。らしい。三人は気をつけて階段を降りて道路とは反対の西側の部屋へ。
狭い和室と、キッチンのお隣の洋室から向こうは庭になっている、
右手のキッチンの隣の部屋の奥はトイレと、お風呂場でこちらも近年リフォームしたばかりでピカピカである。
「んで、この部屋をでて、廊下をでたら、お庭で、あっちは蔵だよー。昔はお庭の端の外にトイレあったんだよねぇ。夜怖くてお兄ちゃんに付いてきてもらってたっけなぁ」
「そういやいつの間にか一緒じゃ無くて大丈夫になったなぁー」
「いまじゃちっとも怖くないけどね!」
「ほら、ステファニーさん、あそこが井戸なんですよー最近はね、井戸も埋め直しちゃって水道にしちゃう家も多いんですけど商家だった家は今も井戸が多いのかな、
で、その井戸がどうやら花華は怖かったらしくて――」
「お兄ちゃんストップ! 今は何でも無いんだからいいの。余計なことはいわなくて」
穴が開いてれば怖いと思うんだが、自動汲み上げの機械が付いていて石の頑丈な蓋がされている井戸がどうしてか花華は怖かったようだ。まぁ幼心ならなんとなく解る気もするけど。
「まぁま、二人とも。こちらのお庭も素敵ですね。日本庭園、っていうんですよね! あとあちらの建物も素敵ー」
「ああ、蔵ねー、あの中すごーくいろんなものがしまってあるからあとで鍵もらって覗いてみようかなー。日本の歴史紹介にもなるし良いかも」
「まぁおじいちゃんが怒らない範囲で頼むよー」
「うんうん」
そんなこんなでぐるっと一回り京の町家作りの二列型二階屋の真一の実家探検ツアーを終えた頃にはいろいろ荷物の移動も済んだようで、三人が食卓について待っていると、遅れて父は車を駐車場に駐めて戻ってきた。
「お父様、私の鞄まで運んでいただいてありがとうございました」
ステファニーさんが真一に言うと、
「なに、魔法で一番貢献していただいたからねー、お安いご用さーこちらこそありがとう。さ、朝ご飯食べよー」
そういえば最後のSAでも朝ご飯は食べたのだったが、どたばたしたし、何より真一は疲れていたようでばくばく食べていた。実家に来て気が抜けたのもあったようで、朝食後すぐに二階に上がってバタリと倒れるように熟睡してしまった。
早苗と祖母はしばらく話し合っていたようだが、
忠と花華とステファニーさんの三人も父の隣の布団で寝て午前を過ごした。
忠が目を覚まして携帯を見ると14時半で、寝過ぎたかー、とのびをする。
隣を見ると父はまだすやすや寝息を立てていたが、花華とステファニーさんはもう起きたようだ。小腹も空いたしと、のろのろ起き上がる。
天井からぶら下がった4つの輪の蛍光灯の傘にはすぐに手が届いてしまう高さだった。前回来たときはもう少し天井が高かったような気がするなぁと思うと、ずいぶんと来てなかったのかもしれない。小学生のころは毎年来ていたんだけれど。
トントンと急階段を手すりを掴まって降りていくと、
談笑している祖母と母の声。
「あら、忠起きたのー?」
「忠ちゃんおはようさん」
「おはようー。花華とステファニーさんは?」
「うん、あの二人なら鴨川見てくるって出かけてったわー、寝たらすっかり元気みたいで」
「お母さんは寝てないの?」
「あら、あたしは助手席で大分寝てたから大丈夫よーでも少し寝たけどね」
「なるほど」
「忠、二人呼んできてくれない、あたしお父さん起こしておくからー。今度はみんなでご飯にしましょーお昼は茶そばよー」
「わかったー。呼んでくるね」
忠が眠たい顔を洗ってから表に出ると、祖父が水打ちをしていた。
「おう、忠起きたか。なんか真一ににてひょろひょろとおまえも身長伸びたなぁ、二人ならあっちの鴨川の方行ったぞー」
「おじいちゃんは元気だよねぇ、この暑いのに帽子くらい被った方がいいんじゃ?」
真夏の二時の一番京都が暑い時間に帽子も無くてよく頑張るなぁと思う。
「いやなに、蒸れてハゲたらたまらないからなぁ~」
などと自慢の短く切りそろえた白髪をポンポンとたたいて、
「いや、確かに暑いからあいつに怒られる前にかえろっとー」
などといっている。
五条大橋まで行くこともなく近所で花華とステファニーさんを見つけすぐに合流できた。二人とも大きな麦わら帽子を被っていた。
「あ、お兄ちゃん!」
「忠さんー」
「よかった、二人とも鴨川まで行ってきたの? もう行ってきた帰りー?」
「うん、鴨川、納涼祭っていうか七夕のお祭りの準備してたー」
「ああ、そっか。そんな時期か」
「あんまり暑すぎて人は出てなかったけどねー。で、暑いし街の案内もそこそこに行ってかえってです」
「なんだ、
「そんじゃ鴨川と反対方向になっちゃうじゃん、暑くて行けないよー」
「それもそっか」
「? ろくは……?」
麦わら帽子の下で可愛い疑問顔をしているステファニーさんに気がついて。
「あー、近所に変わったお寺があるんですよ。この世とあの世の境目ーなんていわれてて、この時期面白いので今度行ってみましょう!」
「そうなんですね! 行ってみたいですー、暑かったですけど、川も綺麗でしたよー」
「うん、とりあえず今はお母さんがご飯にするから探してこいってことで来たんだけど」
「ありゃ、そんな時間?」
「もう二時半だぞ」
「そっかー、じゃ、戻りましょうか」
「ええ、花華さんありがとうございました」
「いえいえ」
のろのろと三人が家に戻ると家の前には白いセダンが止まっていて。
「お? あの車は」
と花華。
車からスラリと脚を伸ばして白スーツに身を固め、肩までに切りそろえた黒髪の美人が降りてきた。
「あ、百合子おばさん!」
花華の声が聞こえたのか振り返ったその美女は、サングラスを外してこちらに手を振った。
「あら、ハナちゃん! そっかぁ、兄さんも今日戻ったのね。久しぶり~!」
とびっきりの若作りな声をあげた百合子叔母は真一の妹で、母の二つ下に当たる。
家業を継ぐに等しい事をやっておりアパレル系の営業マンなので、見た目も派手だ。線が細い真一にも似て豪快な性格はさておきとびきりの美女である、が天涯独身である。
花華と百合子叔母は仲が良く、そういえばステファニーさんにすぐ花華が心を許したのもこんな叔母がいたからかもなーと思うところでもある。
と、彼女が降りたセダンの後部座席からもう一人降りてくる人物がいた。
「百合子さーん。ご親戚ですかぁー、僕はもう朝からへとへとなんスけどー、あ!?」
緑の髪の身長100センチあまりのこびとな容姿の、男性。
ステファニーさんを見るなり背筋を伸ばしている。
「みみみ、みなさん初めまして! 僕百合子さんのところでお世話になっている、レーセと言います!! 見た目通りゴブリンの男です! あの、そちらは」
彼の視線は次の瞬間には麦わら帽にワンピースの清楚で可憐なステファニーさんを捉えていた。
「あら、レーセさん初めまして。私芹沢様のお宅でお世話になっているステファニーと申します。百合子様もどうぞよろしくおねがいしますね」
と、彼女はいつも通りの挨拶をしたのだが、ズッキューンと胸撃たれてしまったらしいレーセ君は、その場で彼女に文字通りの一目惚れをしてしまったのであった。
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