鶴岡八幡宮のぼんぼり祭りの巻き:6 記念に一枚

 甘味処での会計を済ませ店を出た忠達は、改めておいでよかまくら編集部の櫻川弥生さんに挨拶することとなった。

「あ、僕、芹沢忠といいます」

「私、その妹の花華です」

「私はお二人のお家でお世話になっているステファニーと申します」

「三人ともご丁寧にどうもありがとう。いきなりお願いしちゃったのに、快く引き受けてくれてありがとうね」

 向かい合ってお辞儀を交わしてから参道に戻る。

 そろそろ夕方ともなり人の数も祭りの熱気も先程よりも明らかに増していた。

「あの、こんな所で写真撮影って、大丈夫なんですか?」

 と花華が不安そうに訊ねる。

「うん花華ちゃん。だいじょーぶよ。私ねー腕にはちょーっと自信あるんだー、実はこれくらい人出が増えてくるの待ってたのよー」

 はてなという顔を花華が返すと、

「三人には自然に参道歩いて貰ってくれればそれでいいわ。私色んな角度で人の流れの中から撮ってくからー。今日は被写体がいいからイメージ通りにいきそ! 忠君、花華ちゃん、ステファニーちゃん、よろしくね!」

 三人は弥生のリクエスト通り普通に話しながら参道を歩いて駅に向かい、

 本当に歩いているだけでいいのかなぁ? なんて思っていると、

「あ、意識しないで! 普通に普通に!」

 と彼女から声が掛かってしまった。

 ステファニーさんは忠の治療の甲斐あって、足元が痛くなくなったので彼女の奇行にやや困惑しながらも、花華さんは撮られたいのだと解っていたから協力し、駅までの道のりを楽しむことを心がける。しばらく歩いて行くと。

「よし、こんなもんかなー! ありがと! いいの撮れたわ!」

 ちょっと距離を取って一眼レフを構えていた弥生がたたっと三人の元に掛けより、

 デジカメのディスプレイの部分を三人に向けて、

「ほら、こんな感じ。えーっとこれが会心の一枚かな!」

 と一枚の写真を提示する。写真を見た忠は、

「お! すごーい。プロが撮るとこんな風に撮れるんですねぇ」

 お祭りへの道を行き交う人々の合間を歩く浴衣の三人の姿がなんとも自然に、しかし絵になるように納められていて、いかにも雑誌の誌面に載るような絵になっていた。弥生の中でもこれは指折りの出来だったらしく満足げな顔をしている。

「櫻川さん、すごいですね!」

 花華も賞賛する。

「こんな風に撮って頂けて、ありがとうございます」

 いつも通り丁寧にステファニーさんは彼女に頭を下げる。

「あ、いえいえ、そんな」

 弥生はそんなに丁寧にモデルさんにされたことなんてないから恐縮しきりで慌ててしまう。

「あ、そーだ、お仕事用はここまでにして、記念にもう一枚、あなた達の写真撮らせてくれないかしら?」

 弥生は普段から仕事用の写真を撮らせてくれた市民の協力者にはプライベート用の写真も撮ってプレゼントするようにしていた。モデルとの出逢いも一期一会。互いの記念にもなるからだ。

「え、そうですか、じゃあ駅前でお願いしようか」

 忠が割と遠慮がちにそう頼むと、

「そうだ、忠さん、それなら櫻川さんにも写真に入って頂きませんか? せっかく私達を撮って頂いたんですもの、記念にというなら是非ご一緒に」

 ステファニーさんはやはり気が利く。その提案に確かに、と忠は頷いた。

「そうだね、そうしましょ。櫻川さん、私達と一緒に写真に入って下さい」

 花華も笑顔で依頼する。

「あれれ、そんなこと普段頼まれたことないなぁー意外! でもそういうのも悪くないか……それになんか嬉しい」

 彼女は照れ笑いを浮かべてから、写真や記事の道具が押し込められていると思われる大きな肩掛け鞄から三脚を取り出した。

 鶴岡八幡宮から続く参道の鎌倉駅前のロータリーへ曲がる前の曲がり角で、一の鳥居が背後に入るようにして一枚記念に撮影してくれることとなった。

「はい、撮るよー」

 と言って写真のタイマーを掛けて、左から忠、ステファニーさん、弥生、花華、という順で枠に収まって記念撮影のシャッターが降りる。

「あはは、なんだか私自身が撮られるのは久々だったから笑顔が引きつってないか不安だなー」

 と言いつつも彼女は上機嫌で撮影された写真を確認していた。

「うん、悪くないかな! ありがとうね、私まで入れて貰っちゃって」

「いいえ、お祭りは皆で楽しむものなんですよね。それでしたら櫻川さんにも楽しんで頂きたくて」

 ステファニーさんが優しい口調でそう言う。

「そうですよね! 櫻川さん素敵な人ですもん、記念撮影くらいとらなきゃもったいないですよー」

 花華も続く。

「うんうん。きっといつもは撮る側に徹してるんですよね。変なお願いしちゃいましたけどたまにはって事で。僕達の記念にもなりましたし。ありがとうございました」

 忠が丁寧に頭を下げる。

「あらあら、なんかキミたちのほうが全然私よりも大人びてたみたいねー。ありがと、お姉さん嬉しい!」

 笑顔の弥生はちょっと可愛かった。忠はそんな顔の彼女を撮ってあげた方が雑誌に載せる写真には丁度良いんじゃないかなぁーと思った。駅前で彼女に連絡先を教え、

「うん。解ったわ。おいでよかまくらの次号の鶴岡八幡宮のお祭りの特集号が出来たら絶対贈るわね! ご協力ありがとうございました」

 彼女が腰を折って礼をする。

「こちらこそ綺麗に撮って頂いてありがとうございました」

 花華が返し、忠とステファニーさんも辞儀をする。

「それにしても――」

 と頭を上げた彼女がちょっと口惜しそうに呟いた。

「――忠君もだけど、ステファニーちゃんと花華ちゃんは、良いモデルさんになれると思うわ。ああっ、私がファッション誌のカメラマンだったら良かったんだけどなぁ」

 プロが目の前で残念そうにそんなこと言ったら、ステファニーさんはともかく花華は当然気になってしまうわけで、

「えっ!? ホントですか!?」

「うんうん、お世辞じゃなくてね。花華ちゃんは和風美人だし、ステファニーちゃんはそうね、貴族みたいなきらびやかさがあるわね」

 あら、と、ステファニーさんは口に手をあててびっくり眼。

 どうやら意外といっては失礼に当たるのだろうが、人を見る目がやはりカメラマンらしく鋭いようだ。ということは花華に対する評価もあながちではない?

 と忠が花華を覗くと、和風美人と評された事は本人嬉しかったようで笑顔を抑えている様子だった。

「あっ、ありがとうございます」

 花華は嬉しくて喜びながら彼女に伝えた。

「なんか、ありがとうございます」

 気遣いをしてくれたからではなく、忠も嬉しくなって弥生にそう言うと、彼女は破顔して、

「あら、忠君は良いお兄さんなのねー。忠君もイケメンに撮れてたから大丈夫よ」

 とウィンクしてくれた。

「じゃあ、私もここいら辺で活動してるから、また会うことがあったらよろしくね。今日はありがとう」

「ありがとうございました」と言ってから彼女と別れた。


「櫻川さん、いい方でしたね」

 ステファニーさんが呟く。

「うん、あんな人も居るんですね、僕最初声かけられてビックリしちゃいましたけど……」

「はは、お兄ちゃんはこないだのこと気にしてたんでしょ、まぁそんな悪い人ばっかりと当たる訳じゃ無いでしょー? それにしても今日はお母さんに作って貰った浴衣着てきて良かったね、ステファニーさんも、綺麗に撮って貰えたし!」

「はい! 記念になる物が増えると嬉しいですね! 忠さんと、花華さんとの初めての夏の記念ですし!」

「あ、そういえば花火大会では写真って撮れなかったなぁ」

 忠が思い出してぼやく。

「大丈夫ですよ忠さん、私には写真以上の思い出になりましたし」

 にこにこと微笑んでステファニーさんが言ってくれる。

「ふふふ、きっと花華さんも写真以上の思い出になってるんですよね!」

 と花華にはちょっと悪戯じみた表情で問う。

「えっ! ……その、まぁ、はい」

 安達君との花火の思い出はちょっと振り返るだけでも赤面物だが、ステファニーさんに言われてしまうととがめることも出来ず。

「ふふ、花華さん、そう言う表情が出来るから浴衣が似合うんですよー。

 忠さん、足の治療ありがとうございました。今はもう痛くありません。

 私も浴衣が綺麗に着こなせるようにならなくちゃな~」

 小さく両手で気合いを入れて、ステファニーさんは微笑んだ。


 三人でお祭りの余韻を楽しみつつ家路につく。

 帰りの電車で、神社で通りがかりの人に頼んで撮って貰った写真を見て、櫻川さんに撮って貰った写真の方の出来も想像して、この夏はいろいろな記念の一枚が出来ると良いなと思った。

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