鶴岡八幡宮のぼんぼり祭りの巻き:5 Sweets
お祭りの最中といえどメインストリートの鶴岡八幡宮へ向かう参道から一本道をそれただけで随分と人出は少なくなるものだと忠は思った。件の甘味処は地元の人には割と知られているが、観光客までが大挙して押し寄せるようなお店では無いからかも知れない。
純和風の店舗の引戸をカラカラと開けて店内に入ると、店員さんがいらっしゃいませと明るい声を掛けてくれるのと同時になんとも言えない甘い香りが店の中から漂った。
「んー、いい匂い。花華さんと忠さんは良く来られるんですか?」
「ん? ここ? んーん、たまにしか来ないかなぁ。お祭りの時とか混んでる時もあるしねぇー、でも私ここの味は好きなのー」
「僕も学校とかとは離れてるからあんまり来ないかな。夏場は氷のメニューもあったりするから、女の子達には結構人気あるけどね。流石に男一人じゃ来られないしー」
小さな店内を見渡すと席は奥の方が埋まっていて、男性客はやはり忠のみだ。
このお店は昼は甘味処で夜は居酒屋になる。席は全部カウンター席でそんなに収容客数が多いわけでは無い。
「男一人じゃ来られないんなら彼女と来たら良いじゃーん?」
などと花華がませた口調で言うので、
「はいはい、その点では花華に負けましたよ。安達君だっけ、彼と来たらいいよな」
と軽く返したつもりが、とたんに真っ赤になってうろたえている。
まぁ妹ながらこういうところは可愛いから安達なにがしにくれてやるのは惜しいような……。なんて事を忠が考えているうちに、
「三名様ですねー、あら、ゴブリンさんもご一緒でー、こちらの席にどうぞー」
女性の店員さんに案内されて席に着く。奥側に着いた忠のお隣のお客さんは『抹茶寒天煮あずき』をバシャバシャ写真で撮っている女性客だった。
ステファニーさんには少し椅子が高いので足が痛くないかなと気になる忠だったが、身軽にひょいと席に着いてしまうのでそんなでも無いようで安心する。
「はい、メニューはこちらですー、外は暑かったでしょう。ゆっくりしていって下さいねー」
カウンターの中の女主人さんが優しいのも女子に人気の理由の一因だろう。
忠は女の子と来たとき位しか甘味なんかにありつく機会はないからと、『煮あずきパーフェクト』なるこのお店を代表する大盛りパフェにしようかな、と考えていたが、
「忠さん、私はこの『クリーム白玉あずき』にしますね」
と忠のお財布への負担も考えて控えめに選んでくれたステファニーさんを尻目に、
「お兄ちゃん、じゃあ私はパーフェクトにするわ! ステファニーさん、交換こしてちょっとづつ分けてたべましょ!」
と遠慮無く花華に注文されてしまい、
「じゃぁ僕は抹茶あずきのかき氷にしよっと」
そう決めてお店の店員さんに注文して出てくるまでを少し待っていると、
ステファニーさんが遠慮がちに忠を見つめて、
「あの、忠さん、ここもお代を出して頂けるんですよね」
「うん、気にしないでよ」
「はい。度々ありがとうございます、それとあの――」
何か言い辛いことでもあるのだろうか。カウンターの上にちょこんと置いた手を見つめて思案しているような様子。
すると花華がああ、解ったと言うようににこやかに微笑んでから、
「ああ、ステファニーさん、抹茶小豆のかき氷もどんな味か気になるのねー、
私もー、お兄ちゃん、一口ちょうだいよ」
恥ずかしそうにステファニーさんはこくりと頷いて、
「私も、いいでしょうか?」
と忠に訊いてくる。そんな顔されたら断れるわけ無いが、
もちろん一口シェアするなんて事は部分的には間接キスな訳で、
数日前に実際にしてしまったことなんかを思いだして、忠も外の暑さ以上に急に恥ずかしくなってきたが、
「うん、も、もちろんいいよー、花華もー」
と何とか答える。
花華にくれてやる分には緊張しないのになぁ、と苦笑した。
ちょっと待っていると、カウンターの端に置かれている昔ながらのかき氷機で、
忠の分のかき氷が作られ始める。
ステファニーさんも花華も一緒になって興味深そうに眺めていた。
「はい、おまちどうさまです」
それから程なくして三人の前に注文した品が運ばれて、
スイーツを見た女子二人はテンションが上がりまくっている様子。
「わー、綺麗! すごい美味しそうですね!」
ステファニーさんも初めてお店で食べる白玉あずきが、よそい方すら綺麗に見えたらしく、目が輝いていた。普段大人びているし、今日は浴衣も大人っぽいのに、甘い物を見る顔は可愛らしい女の子で端で見ている忠はまたドキドキする羽目になる。
付け加えるようでは申し訳ないがその隣に座っている花華だって、今日は少し遠慮がちに煮小豆パーフェクトにスプーンを指しているけれど、まぁ可愛らしい。
「溶けて来ちゃうと何だし、ステファニーさんかき氷一口お先にどうぞ」
にやけつつも自制心を利かせた忠は間接キスにならないようにお先に食べて貰うことにしたのだが、
「いいえ、折角ですから忠さん一口目はどうぞ。あっ、私のクリーム白玉も私が頂いてから……」
いただきます、と言い置いてクリーム白玉を一口ステファニーさんは食べて、
「……んー! 美味しい! はい、忠さんもどうぞ。」
と忠に回してくれる。
まぁ、色んな種類が食べたいのかな。とも思うし、ステファニーさんの方が上手だったか、とも思い。ではいただきます。とかき氷を一口食べてから彼女に渡した。
女子ばっかりのお店なのでシェアには寛大だったし、ゴブリン族の女性がどれ位食べられるのかの検討は付かないらしく、小皿いりますか? とまで女主人さんが気を利かせてくれた。
でもステファニーさんも一人前はしっかり食べて満足そうだし。
花華は最初は遠慮してた癖に最後は忠のかき氷を四分の一ほど平らげてしまい大満足の表情をしていた。
「まぁ、若いお客さんが綺麗に食べてくれるとうれしいわねー、はい暖かいお茶もどうぞ」
女主人さんが気前よく食後のお茶を淹れてくれ、忠も自分の抹茶小豆のかき氷が美味しかったのもあるが、何より二人が楽しそうに食べてくれたので満足したのだった。
そんな三人が賑やかに仲良くスイーツを楽しんでいるのを忠の横の席で聴いて眺めていた女性客が、ふと忠に声を掛けてきた。
「ねぇ、キミたち」
いきなり声を掛けられ少しびっくりしつつ、
「はい、僕達ですか?」
「うん。少年、キミがこの子達の保護者?」
少年、なんて呼ばれたことはあんまり無いが、声を掛けてきたのは首からドデカい一眼レフをぶら下げたショートカットのすらりと背の高い女性で、座っていても忠と同じくらいの背があるのでは無いだろうか。美人というかクール系に見える。
「ええ、まぁそんなとこですけど」
「ふぅん、地元の子?」
「はい」
忠がおっかなびっくり答えているので横からステファニーさんと花華も様子を窺う。
「ああ、ゴメンネ、いきなり声かけたりして。アタシこういう者です。って名刺名刺、と――」
服装はTシャツにスキニージーンズなのでてっきり観光客なのかなと思っていたのだが。財布をまさぐって桃色の名刺を出してきた。
「――あ、あったはいこれ。アタシ櫻川弥生って言います。鎌倉のタウン誌のカメラマンやってるの」
三人が名刺を覗き込むと、『おいでよかまくら編集部 櫻川弥生』と書いてある。
「はぁ」
「へぇー、カメラマンさん。それでさっき写真撮ってたんですね」
花華が大仰に言う。
「そそ、そうなのよー。うん、今日はお祭りの取材とお菓子の取材とそれと――」
と彼女の視線がステファニーさんを捉える。
「――うん。素敵! あなた達で決まりねっ!」
歳は二十代後半だろうか、にかっという笑いは元気がよさそう。
「え、私達ですか?」
ステファニーさんがおず、と言うと。
「うん。お茶、飲み終わってからでいいからさー、キミ達三人の写真。参道の雑踏の中で撮らせてくれないかなー! お願い!」
「えっと、つまり?」
「タウン誌の撮影モデルになってくれないかなって。いあいあ、浴衣の人結構撮ったんだけどねー、ゴブリンさん達と仲良くしてる家族も撮りたくて。あなた、素敵な浴衣着てて、それにすごい美人だし! 絵になりそうだし!」
ややテンションが高い人のようだ。
ステファニーさんのことを褒めちぎっている様だが。
なるほど。
「ううん、彼女だけじゃ無くって、あなた達も素敵だから是非! 雑誌できたら贈るし! ね! どうかなぁ~」
押しは強い様だ。
「あはは、弥生ちゃん、お客さん達いきなり迫られるからビックリしちゃってるじゃないの!」
店内の客が丁度掃けたのとそんな遣り取りをしているのが聞こえていたらしく、
お店の女主人さんが割って入ってくれた。
「この子ねここの常連客なのよー、タウン誌自体はあんまり人気ないけどねー、
そんな悪いことに使うわけじゃ無いから難しく考えないで一枚撮らせてあげたらどうかしら」
「おかみさーん! ナイスフォローですー! あ、人気ないってのはフォローになってない?」
くすりと笑いが漏れてしまった。
「ねね、どうかなー。あ、親御さんに聞かないとダメかな?」
あんなことがあったばっかりだ。ここを忠の一存で決めて良い物かとも思うが、
そんなこと考えていたら花華に袖を引っ張られた。
(お兄ちゃん、タウン誌に写真撮って貰える機会なんてないよ! それに折角私達……)
今日は良いかっこしてるのに。というのはいわずもなが解るので。
「いえ、そんなこと無いですよ。折角だし取って貰いましょっか。ステファニーさんも大丈夫ですか?」
「ええ、私は忠さんと花華さんが大丈夫なら、いいですよ。よろしくお願いしますね、櫻川さん」
ぺこり、と丁寧にステファニーさんが櫻川さんにお辞儀する。
「やった! はい、こちらこそ! お願いします!」
櫻川さんは両手を挙げて喜んでいる。
まぁ、記念に一枚も悪くないかと忠は思っていた。
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