向こうの世界の味を地球でも
ステファニーさんの作る宇宙儀と魔法による美しい現在の地球を宇宙から映した様子が見られるプラネタリウムを満喫して、その日のお昼ご飯からは女子担当ということで、早苗は早速。
「よし、折角ステファニーさんにふかぁーいテラリアの歴史の一部を教えて貰ったのもあるから、テラリアの伝統食、のような物をお昼に作りましょ。花華も手伝って。材料足らなかったら今から買いに行こう!」
と元気に提案する。
「ステファニーさん、今まで地球の食事頑張って食べてくれていたものねぇ、たまには故郷の味も食べたいよね。見た目だけでも再現できるといいなぁ」
キッチンでステファニーを挟んで女子二人。
「ありがとうございます。地球の日本の食事は、私の口にもとても合いましたし、今まで頑張って食べていたなんてことはないですよ。
花華さん。お母様の作る料理はいつでも美味しいです。そうですねぇ、テラリアの料理ですかぁ――」
うーんとしばし考え込んでから、
「あ、そういえば一人暮らしを私が始めた頃に叔母から貰ったレシピの本があったかも、ちょっと探してきますね」
「へぇーテラリアの料理の本かーみてみたいー」
「地球の材料で再現できるといいねぇー」
キッチンを覗き込んだ忠が上から声を掛ける、
「はい、食材には似たものもあるから出来ると思います。忠さん、」
そこで区切って、リビングで新聞を読んでいた真一にも向かって、
「お父様、楽しみにまっていてくださいねー!」
とステファニーさんはにこにこ笑顔を振りまいた。
「うん、お願いしますよー」
彼女はとととと早足で、リビングの隣の六畳間の和室、
普段は客間だがすっかりステファニーさんの部屋になっている部屋に行く。
先程宇宙儀を取り出した銀の鞄の底の方に手を突っ込んで、
あったあったと、古い重厚な書物を取り出した。
見た目は辞書だが、彼女がひょいと簡単な魔法を掛けると、その辞書のうちの数十ページが分離し、勝手に製本され、小さなノートのような物になる。
「うん、これで大丈夫ね」
宙に浮いていた小さなノートをつかまえパラパラめくると、載っているレシピは、
よく叔母や母が作ってくれていたレシピばかりだ。
懐かしさがこみ上げ、少し目許が熱くなってしまう。
ぐずり、と鼻を一回鳴らして、目許を人拭いしてから、
心の中でありがとうございますと呟き、芹沢家の家族の輪へ戻る。
「これなんですけど、文字は私達の世界の言葉なので、ごめんなさい、私が訳します。でも挿絵が結構入っているので――」
ふむふむと、キッチンに用意された彼女用の台座の上にステファニーさんは立って、台所にその本を広げ、両脇から早苗と花華が覗き込む。
ページをめくって見せてくれたテラリアの料理は、
こちらの世界からだと南国の料理のように色が鮮やか。
見たことのない魚介などが使われているのが良く解る。
「へー、テラリアって野菜と魚介がメインなのねー」
「はい、そうです。お肉類は昔は食べたそうなのですけど、最近、地球にたどり着く前の数百年間位ではもうそう言った動物たちが居なくなってしまって。でも地球と同じようにテラリアも地表の7割くらいが海ですから魚介類は最後まで豊富でしたのでー」
「なるほど、それでステファニーさんはお刺身とかも食べられたのねぇ」
花華が頷く。
「あっと、ちょっとそこのページストップ」
と、早苗が声をかける。
「はい。コレですか?」
そのページに描かれていたのは、地球人からすると魚介のキッシュのような物のように見える。
「魚介キッシュっぽいわね? 其方だとなんて言うのかしら」
「えっと、エシウケーエシェルフィセレーム。日本語に意訳すると、海の幸の卵包みといった感じですかね。出来そうでしょうか? テラリアではよく食べられる家庭料理の一つで、私も母に作って貰ったことが何度もあります」
彼女が母に作って貰ったことがあると言った時の表情は、とても優しくて、
すぐ隣で見ている花華はステファニーさんもお母さんが大好きだったんだろうなと思う。彼女の好きな味と料理ならつくってあげたい。
「ステファニーちゃんのお袋の味かぁ。
よし、うん、卵いっぱいあったし丁度いいわね!
お魚は明日の朝の方が新鮮なのがあるだろうけれど、冷蔵庫にもエビとか白身魚ななら適当にあるし、味はステファニーちゃんに指示して貰って、花華と私でなんとかテラリアのーそのエシウケ~っていうのに似るように頑張って作ろう。
ね! 花華!」
「うん! 私も頑張る!」
花華は特別お料理が得意な女子というわけでも無いが、誰かが喜んでくれる料理なら頑張って作りたいと思う。家族に対しても、友達に対しても、もちろん最近出来た大切な人に対しても思うところである。デビュー戦が魚介のキッシュで、しかも異星の食べ物に似せるなんて言うのはちょっと難易度高いところだけれど頑張ろうと、
黒髪をゴムで一本に纏めて腕まくりした。
一方真一と忠は、お昼ご飯までの間に明日の準備と、熱い中だが車に釣りの道具を運んだり外で作業していた。
二人とも麦わら帽子を被って、近所からは蝉が五月蠅いくらいに鳴いている。
「お父さんと釣り行くの久しぶりだなー」
忠はもう何度目かでそう言った。
「忠、それさっきも言ったぞ、そんなに喜んで貰えるとは嬉しいけどね」
「だってさー、なかなか機会ないし。
お父さんの夏休みがこんなに長いのも久しぶりだし」
「まぁそうだなぁ~、うーむ。
ステファニーさんの手前しっかりした父でなきゃとは思う所だけど、
もーすこし忠と花華を甘えさせてやっても良いかもなぁ~」
ぽつりと呟く。
「僕はもうお父さんに甘えてばっかいられる歳でもないよー」
と忠は言うけど、まんざらでもないことは解る。
庭の倉庫の中にあった磯釣り用の竿だって
二本揃って出番が来たことは数年ぶりで、少し埃が被っていた。
真一はその竿を手にとって、感慨に耽った。
しばらくして、
「お父さんー、お兄ちゃんー、ごはんだよー!」
と居間から庭に顔を出して花華が言う。
「はーい」と二人が声を揃えて返し、室内へ。
「そとあっつすぎた! 僕ちょっとシャワー浴びてくるー」と忠。
「父さんも浴びたいところだけど、水で頭洗うだけにしとくかー」と真一。
「よく拭いてよ、二人とも、風邪引いたら釣りなんかいけないんだから」と早苗。
そして通り過ぎ様、忠と真一が食卓の上を見て「おお!」と声をあげる。
「へぇーこれがテラリアの~」
「ステファニーさん凄いですね! 味も似てるのかな?」
忠が今にも手を伸ばして食べ始めそうなので、
「手を洗ってから!」と早苗がその伸びた手を叩く。
その様子にふふと笑ってから、ステファニーさんは、
「はい、味もほぼ再現できました! 地球の調味料は優秀ですねー! 香辛料なんかも似たものがあったので助かりましたよー、忠さん、お父様、さ、汗を流してきて下さい! 皆でいただきましょう」
どうやら上手い具合に調理できたらしい。
急いで忠がシャワーを浴びて、Tシャツ短パンに着替えて、頭を拭きながら食卓に着くと、皆待ってくれていたようで。
「忠ーちゃんと頭拭きなさいね。よし、みんなー席についたし、いただきまーす!」
早苗の号令で昼食が始まった、
メインディッシュはテラリア風の魚介キッシュ。
パイ生地も使ったなかなかうちでは食べない本格的なキッシュで、エビやら白身魚が入っているほかに色とりどりのシーフードミックスと、テラリアではフルーツも入っていたというステファニーさんからの指導も受け、リンゴが入り、いっぱいの卵と一緒にオーブンで焼き上げたものに、変わった切り方をしたゆで卵がトッピングされていた。これもテラリア風なのだそうだ。
切り分けられてよそってもらったキッシュを皆それぞれ一口。
でも一番気になっていたステファニーさんに視線が集まり、それを受けて彼女は、
「そうです、この味!
懐かしいー 美味しいです、お母様、花華さん、ありがとうございます!
大成功ですよ」
と上品に片手で口を押さえて彼女が笑った。
「よかったー、でもほんと美味しいわねこれ。ウチでも今度から作るようにしようかしら」
早苗も頬張って喜んだ。
「なんだか凄いさわやかな、変わった味がするね? 美味しいけど」
忠が味わいながら食べると、横から花華が、
「さて、このさわやかな味はなんでしょう~?」
と意地悪っぽく問いかける。
んんー? と忠と真一が首を捻らせる。
「何か酸っぱい物のような気がするけどー」
「お! お父さん近い! そんな感じだよー」
花華と真一が食べながら言っているので、麦茶で一回口を空っぽにしてから少しだけ口に入れて良ーく味わったら忠には答えが解った。
「ああ、これ梅干しでしょ!」
忠が言うと、
「お、お兄ちゃん正解~! 良く解ったねー」
「おー、忠なかなかやるわね。
テラリアには梅干しともちがうけど、フルーツで作ったお味噌のような発酵調味料があったらしいのよ、その味が出せないかなーって苦労したところ、梅肉の部分だけ炒めた梅干しをワインでちょっと風味を変えたのになったわけ、ねー、ステファニーちゃん」
「はい、忠さん、この味テラリアの独特な食べ物の味に凄い似てるんですよ! 私も一口食べてびっくりしちゃいました! お母様は料理がお上手ですー」
いやはやてれるなー! もっとほめてよーと早苗がやってるので、
真一も凄い美味しいと連呼していた。
「なるほど梅干しねぇー、まぁ外は暑いしキッシュも熱いほうが美味しい食べ物だけど、なんか丁度すっぱみが夏っぽくって美味しいな、あむ」
忠が大きく切った欠片を口に入れて味わう。確かに地球の味にしては経験無い食べ物だけど凄い美味しい。
「よかったー、上手に出来て! ステファニーさん、私にもまた料理教えて下さいね。もっとテラリアの料理も再現できたらいいかも!」
「はい、花華さんもお母様と同じで料理も得意みたいですから、期待してます!」
「いやいや私はそんな~」
照れつつぱくりとキッシュを食べる。
三人合作の初のテラリア風料理は、
冷蔵庫の中身を減らすことにも貢献したし、味の方も大成功だった。
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