テラリア昔話

「折角の機会ですから、ちゃんとお話ししますね。

 でもそんなに長話しても疲れちゃいますし、

 お昼前には終わるようにします。

 私も何かの機会があれば話したかったことですから~」

 そう言うとステファニーさんは、少し待ってて下さいとリビングから自室に戻って、

 始めてこちらに来たときに抱えていた、服やら色々な彼女の荷物一式が入った銀の鞄から、

 地球儀の様な物を取り出して来て食卓に置いた。

「絵があった方が解りやすいですよね? これは儀の一種なのですけれども、

 魔法を使うと映像も出せるんですよ。

 お父様、お母様、忠さん、花華さん、それでは少しお時間いただいてもよろしいですか?」

 律儀に彼女がそう言うと、

「僕達もゴブリン族とは長い付き合いになるんだろうからちゃんと説明は受けておかないとね」

 と真一。

「そうね、ステファニーちゃん、辛い過去とかの話は伏せていいからね」

 と早苗。ステファニーははいとこくりと頷いた。

「僕達がきちんと理解できるといいけど」

 と忠が言うと、皆様なら大丈夫ですとにこやかに返し、

「それ、初めて会ったときに使ってたね!」

 と花華が言うと、

「そうですね、これは私達に星の標を与えてくれる魔道具なんですよ。

 ですから花華さんと地球の言葉でお話する時にも使ったんですよ。

 それでは少し、私達の昔話をしましょうか」

 卓上に置かれた宇宙儀は彼女が手を翳すと動き出して、最初は様々な色の金属で出来ている

 天体をミニチュアの様にしか見えなかったのだが、

 彼女が小さく魔法の言葉を囁くと、それが部屋中に一気に広がってプロジェクションマッピング

 のようにリビングの部屋全体が宇宙の中になった様になる。

 けれども窓からは外の光は見えているし、エアコンからの冷風だってそのまま流れている。

「わー、プラネタリウムみたいー」

 と花華は大喜びだが、プラネタリウムにしろ、プロジェクションマッピングにしろ

 光源がある物だから、人の身体等遮光物があればその影には像は回り込まないのだろうが、

 このミニ宇宙を映し出す魔法は遮光物を無視して光っている。

 床まで突き抜けて何処までも宇宙が広がっているのである。

 幸い芹沢家は高所恐怖症の家系ではないけれど、

「ちょっと酔いそうかも」

 と忠が洩らした。

「少し光を弱めますね、これでどうでしょう?」

 彼女が手を翳して光を調整してくれたのが、リビングにある家具のシルエットが半透明に浮かび上がっている。

「今度は、だ、大丈夫です!」

「忠、男の子なんだからしっかりしろよー、お父さんなんか嬉しくなっちゃったよー、

 ステファニーさん凄いねー!」

 早苗はおっかなびっくり真一の袖口を掴んでいる。

「まぁ、慣れないと怖いと思うんですけど、説明を始めちゃえば大丈夫だと思いますので、えいっ」

 ピンッと彼女が指を弾くとそこに大きく強い光で蒼い惑星が現れた。


 ――今私達が居るのが、ここ、西の銀河の端っこの、

 それでも巨大な星系である太陽系の第三惑星、地球ですね。

 今はほら、私達のテラリアが降りているからたんこぶが出来ちゃってますね、

 お邪魔させて頂いて申し訳ないです。


 彼女が少し茶目っ気混じりにアナウンスしてくれた通り、リンゴ大の大きさの地球には豆粒くらいの

 テラリアがくっついていて、両方とも蒼く力強く暗黒の宇宙の中では光っている。

 少し遠巻きに月であろう白い天体が回っている。


 ――ここから、過去へ旅します。

 7月に私達が地球にやってくる前へ、


 地球の隣に大きな目に見えない重力のゆがみのようなトンネルが開いて、

 そこにテラリアが吸い込まれていく。

 テラリアがクローズアップされて、視線もそのトンネルの中へ。

 周りの光が徐々に早くなって行き、流星のように星がトンネルの周りを照らして、

 トンネルは円柱の様になっている。

 部屋はその果てしなく長い円柱の中に居るようだ。


 ――テラリアの月と太陽は、魔法で生み出した物です。

 一年は地球で言う十三ヶ月、太陽もテラリアを中心に廻っているのですが、かつて恒星系だった

 時に設定されたのがその月齢です。


 円柱の中を行くテラリアは太陽と月に照らされている。よく見ればテラリアの月は二つあった。


 ――そして数百年遡って、そろそろ出ます。


 長い光のトンネルを抜けた先にあったのは、様々な色の星々が輝く銀河の中の星団だった。


「わぁ、すごい!」


 その光景に息を呑む一同。

「ふふふ、これが私達のテラリアのかつての故郷なんですよ。とても美しいでしょう」

 様々な色の星が近くに輝いていて、星雲までも手が届きそうな位置にある。

「元は多重恒星系といって、太陽が複数あり、その周りを複雑な軌道で星団が回っている星系だったのです」

 元は、という指摘の通り太陽は見えない。


 ――もう少し遡ると解りますよ。


 ビリヤードの球が打ち出され、最初の一個が当たってから弾けるのの逆回りのように、

 テラリアを含める星々はまるで元の正しい位置に戻り行くように規則正しく収束していく。

 やがてそれまで輝く星雲だった雲がまとまり恒星が姿を現した。


「……超新星爆発」

 真一が呟いた。

「そう、そう地球では言うのですしたね。私達の星系の恒星は、寿命を迎え果てたのです。

 ものすごいエネルギーによって、星団を支えていた重力は失われ、私達のテラリアは宇宙を

 彷徨うことになっていったのです。これが、地球歴でだいたい一万年ほど前ですね」

 爆発する前の膨れあがった太陽は、それでもその星系においては太陽として、

 重力の基として働いていたようだ、逆回りに流れる映像においてはそう見える。

 複数の恒星がなす星系は極めて複雑な起動を、太陽系の十個ほどの惑星より遙かに多い個数の

 星々が狭しとひしめいて動いていた。


 ――私達の居た星系には三十三の惑星がありました。

 生命が存在する星も複数個あり、我々の兄妹星は中でも四つほどありました。

 それぞれに、私達ゴブリン族、レプス族、タウルス族、キグヌス族などが棲んでいましたが、

 星が四散した際、彼らもまた伝承に残されていた〝約束の星〟を求めてこの宇宙の旅に出たのです。


「あ、私達が会ったことのある宇宙人が三度目というのに、この兄妹星の仲間達は含んでいませんよ~」

 とちょっぴり含み笑いを見せるステファニーさん、ここから話は長いらしい。


 ――まぁ、もう私が産まれてくるよりもずーっと前の時代なんですけれど、

 もうちょっと遡って行きます。


 超新星爆発の寸前より前の彼らの太陽は穏やかで、太陽系の太陽もいつか突然こんなことになったら

 僕達は対処出来るんだろうか、などと忠は思ったが、そんな矢先。

 大きな大きなやじり形の何かが彼らの星系に現れる。

 星がリンゴ大の大きさなのにそれは一辺が1メートル超もある。


 ――これが、〝二度目の接触〟です。約三万年前、私達の前に現れたのは――


 鏃にぎゅーんと視線が近づいていき、その先端にあるテラリアにも視線が近づいていく。

 あっという間に大気も抜けて、テラリアの丘の上で、ゴブリン族と握手を交わしていたのは、

 なんと驚いたことに……


「に、人間!?」


 そう、彼らの身長より少し高く、着ている宇宙服こそ遙かに時代が進んでいる物に見えるが、

 まごうことなく人間であり人類に見えた、だが。


「いいえ、彼らは宇宙を旅していくうちに最適化された姿を手に入れたと言っていましたが、

 所謂ナノマシンのような機械の集合体です。

 彼らはエクストリミアと自らの種を名乗っていました。

 彼らは我々に、恒星の寿命がもうそう長くないこと、

 そして我々の種族としての寿命ももう長くないこと、

 そして宇宙の果てに貴方達が訪れるべき約束の星があること、

 その星図を託して去って行きました。

 彼らは我々の魔法文明を得ようとも、侵そうともせず、

 また、彼らの機械文明を与えようとも、教えようともしなかったため、

 彼らの星図を解くのに時間が計り知れなく掛かった結果、

 私達が地球にたどり着くまでには時間が掛かってしまったのですがね。

 私達ゴブリン族の中には彼らを信仰する宗教まであるくらいでした、

 この宇宙船の規模から見ても、そうとう進んだ文明の持ち主なのでしょうが、

 彼らについては詳しいことは残っていないのですよ」


 ――そして彼らが来るよりもっと前に遡りますね。


 再び視線が宇宙空間まで飛び上がり、巨大な鏃が去って行く。

 今度はテラリアの丸い蒼い星の形状が綺麗に美しく見える程度の、

 大気圏程度の高さに視線が固定された。

 足元には綺麗なテラリアが広がっている。地球と同じく、太陽に照らされる海が在り。

 空には瞬く星々と間近にある兄弟星達。


 ――そして約五万年前ですね。私達が初めて異星人と会った時のこと。

 〝最初の接触〟と私達は呼んでいます。


 テラリアに隕石のような物が流れ落ちるように見える。

 ここまでは時間は逆回しだったが、ここからは正方向に流れているようだ。

 落ちた隕石のサイズは、地球に対するテラリアのサイズと同じくらいだ。

 先程のエクストリミア達の宇宙船とは比べものにならない位に小さいが、それでも

 〝星が墜ちてきた〟様な物だった。


 ――伝承にはこうあります。

 『彼の者、大いなる火を纏て四星しせいの中より我が星に墜つる』

 今ではそれが星だったのか、宇宙船だったのかは定かではありませんが、

 何かが兄弟星達の中でゴブリン族の星に墜ちてきたのです。

 『彼の者、既に此の世に非ず、意思を石に刻みて我らに遺し、伝えたり』

 その墜ちてきた物の中には悲しいことに、異星の人たちの亡骸がたくさんあったそうなのです。

 私達はその頃まだ異星の言葉を介す術も魔法も無かったのですが、

 彼らの残留思念のような物が宿った石が残っていて、

 それが、私達の居る三次元の宇宙より高位の次元の存在。

 四次元か五次元の霊的な物を介して彼らに何があったのかを伝えてくれたそうです。

 『彼の者、時空を越えうる思いを遺し果てたり、ここに大いなる争いを禁ず』

 彼らは星間戦争によって敗れ、星を滅ぼされ、星を追われたそうです、

 我々に魔法の手引きを、無い身体の意思だけで伝えてくれ、多種族との大戦を禁じ、

 息を引き取るというと語弊がありますね、その、消滅したのです。


 彼女の説明に合わせ、墜ちていった隕石を追っていった映像は、

 その伝承の図をヒエログラフのような絵図でスクリーンに投影するように説明していった。


「これが、第二の接触、最初の接触の説明ですね。

 そしてここから時はまた五万年も流れて~……」

 彼女が手を翳して宇宙儀を回すと映像は正順に時を追って流れて行き、

 エクストリミア達の船、

 超新星爆発、

 四散する銀河、

 トンネルを通り抜けるテラリア、

 そして抜けた先の宇宙で待っていた地球。

 地球に舞い降りるテラリア。

 今度は地球の大気圏上から太平洋上のテラリアと、日本列島が見える位置で映像がゆっくりになり、

 固定される。

「……私達は地球にたどり着きました! あ、これ、魔法で今現在の映像を出してるんですよー、

 日本は今お昼だから見えませんけど、あっ! ほらそこ!

 流れ星! お昼でも流れてるんですよねぇー」

 と、重たい話を切り替えるように彼女は明るく振る舞った。


「すごい歴史があるんですねぇ、テラリアの話だけじゃないのに、そうだったのかー」

 花華は腕を組んでうんうん唸っている。

「最初の異星人達が、この魔法をステファニーちゃん達に伝えたのね、それで争いもするなって。

 ゴブリンさんたちが友好的な宇宙人だったのにはそういう理由があったのね~、

 星に歴史在りね」

 きらめく星空に胸躍らせながらも早苗も首肯した。

「僕らが地球で大戦争を起こして、

 色々地球の歴史がこじれちゃったのはつい七十年前の事なんだ、

 ステファニーさん達ゴブリン族が五万年もの間揉んでいた物と比べれば、

 僕達の道徳心なんてまるでお子様なのかもしれないね。

 そう言えば地球にも弥勒菩薩はお釈迦様の入滅後五六億七千万年後の未来に姿を現わす、

 なんて伝説があるけど、つまり本当にそれぐらいの徳を積む期間を考えなきゃ行けないってことか」

 難しい喩えを出して真一がそう言うが、そう言えば弥勒菩薩の話は忠もちらっと本で読んだことが

 あった。人類は五六億年も経てばエクストリミアのようになれるのだろうか……。


「忠さん、皆さん、そんな難しい顔しないで下さい。

 私は今、地球に来られてとっても嬉しいんですからっ!」

 ステファニーさんは宇宙儀を操作する手を止めて、

 忠の横にやってきて彼の手を優しく掴んで上下に振った。

「まぁ、そうですよね、これから僕達が仲良くやって行ければ良いんですものね」

「そうよねー。ステファニーさん、もう少しこのまま宇宙を見させてくれないかな?」

 花華が魔法の重さは考えずに気軽にリクエストする。

 魔力、のような物があるなら維持してたら疲れるんじゃないのだろうか、と

 マジックポイントがあるのならと思ってしまう忠だったが、

「はい。大丈夫ですよ! あ、忠さん、全然心配してくれなくても大丈夫です、

 さっきも言いましたけど、魔力はより高位の次元から力をすこーしお借りしているだけなのです。

 ですから全く疲れたりしませんよー。ふふふ、ありがとうございます」

 顔色で何でもお見通しだったようだ。

「よかった」

「そうか! それならおじいちゃん達にもこれで説明して貰えるねー」

 などと真一は気軽に言った。

「はい! 喜んで説明させて頂きますよー!」

 ステファニーさんも喜んでぴょこりとジャンプした。


 その日の午前はお茶の間プラネタリウムを存分に楽しんだ。

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