お母様からの指令と王様からのお願い
八月五日の金曜の朝、
例年だったらそろそろだらけて来てしまっている夏休みの2週目だったが、
今年はステファニーさんのおかげで皆家族揃ってしゃんとした生活が出来ていた。
とは言っても父の真一が家に居る期間は大抵子供達はしっかりした生活サイクルを送るのだが。
6時には起床して、ラジオ体操を流しながら庭で真一が体操をする。
いつも勤め先の現場である造船所などに行くときは安全の為も含めてやっているので、
慣れたもんだ。早苗は半分付き合いつつ第一が終わる頃には洗濯に向かってしまう。
代わりにのろのろ起きてきた忠が加わって父とラジオ体操第二をやる感じである。
丁度ヒグラシは鳴き止んで、朝の暑い日差しが海から上がってくる時間帯で、
更にゆっくり起きてきた花華は、縁側に座って二人を見ているステファニーさんに
「よくやるよねぇ、お兄ちゃん」と寝ぼけ眼で呟いた。
「ラジオ体操って面白いですね、私も仲間に入れて貰おうかな」
ステファニーさんはすでにいつもの可愛らしいワンピース姿で、お化粧もしてて、
花華から見ると完璧女子なので、
「えー、ステファニーさんみたいな女の子がやるものじゃないようー」
と花華が言う。
「あら、でもやってみたいんですものー」
ラジオ体操が終わって、真一と忠が庭で一息つくと、
花華とステファニーさんのやりとりを聴いていて。
「まぁ、僕のは癖みたいなものだけど、確かに女性でもやってる方も居るかも知れないし、
朝から身体を動かすのは気持ちいいからステファニーさんもやってみると良いかもしれませんね」
笑顔で真一は勧めた。
「花華は昔、子供会でスタンプが貰えたときはやってたのに、
中学生になったら急にやらなくなっちゃったんだよなー」
父に付き合って運動して目が覚めた忠が付け加えると、
「だってはずかしいもん~」
と花華は言う。
「うーん、テラリアには体操する文化はなかったので、すごーく新鮮に見えるんですよね、
楽しそうだし、私も明日からやってみます! お父様起こして下さい!」
ふん、と鼻息を立てて乗り気のステファニーさんが意気込むので、
「お、そしたら僕も第一からやろ、明日は早起きしなきゃ」
忠も同調した。
「えー私はやらないからね、見学はするけどぉ」
花華もやればいいのに、と忠は思うが、まぁ年頃の女の子じゃしょうが無いかぁと流す。
二階のベランダから早苗が顔を出して、
「花華~、貴女も運動した方がいいわよー。食べて運動すれば背だって伸びるし。
あ、忠ー終わったらこっち手伝ってー、花華でもいいけどー」
「むむー、背が伸びるならやりたいけどー」
「はーい、今行くー、ほら、花華、いこ」
兄妹揃って二階へ向かった。
朝ご飯は家族五人揃って食べる。
芹沢家では父も居る事は少ないから、夏休みの間の貴重な時間でもある。
「それではいただきまーす」
それぞれ声を揃えて食べ始める、今日の献立は純和風の、
ご飯に、塩鮭、卵、お味噌汁、それと夏っぽく茹でた枝豆、トマトのサラダ、町田さん家謹製のぬか漬けである。
テレビではニュース番組が流れているが、
家族の団らんの声の方にいつも注意がいっていて、
「あ、そうだ、皆に言ってなかったけど、京都に行くのは七日の日曜から十四日の日曜までの一週間でいいかなー」
と食事の合間を見て真一が提案した。
「お、明後日からかー! お爺ちゃん達に会うの楽しみだな」
しばらく会ってない祖父達に会うのは忠には楽しみだった。
「私もご一緒して宜しいのでしょうか?」
ステファニーも忠の祖父母に会うのは楽しみだったが初めて会うので緊張する。
「もっちろん、今回はステファニーちゃんを紹介するのも兼ねてるからね~」
と早苗が言うと、にこりと安心して顔を緩める。
「あさってかー、お爺ちゃんと、お婆ちゃんにお土産買ってきてあげようっと」
花華も上機嫌。
「そだ、さっきラジオ体操しようなんていったけど、忠、明日の朝はお父さんに付き合ってくれないかい?」
真一がそう言うと、
そう言えば真一の夏休みが始まってからまだ行ってなかったので忠はすぐ思い当たり、
「ああ、釣り? うん久しぶりに行こうか、3時位にでれば江ノ島の大堤防も場所取りできるかなー」
「うん、今日は何処も行かないんだろう? 早寝して準備しておいてよー」
「わ、釣りですかー! 素敵ですねー 私も行ってみたいかも、でも3時ですかぁ~」
「ああ、ステファニーさんは無理しないでいいよー、
でもお父さんと僕が頑張って釣ってくるから返ってきたらお魚捌く方を手伝ってー」
「はい、忠さん。お母様、お魚のお料理教えて下さいね」
「うん、任せといて」
「私も料理手伝うからお父さんとお兄ちゃん頑張ってねー!」
「ああ、クロダイの良いサイズのが掛かるといいなぁー」
真一が請け合うのを見て、早苗がはっと何かを思い出したようで、
「あ、そうだ。明後日出発なんだし、お魚は男子諸君担当するようだし、それでは女子にミッションを与えましょう」
なにかしら? とステファニーさんと花華が視線を交わす。
「冷蔵庫の中の冷凍以外の食品を明後日までにすっからかんにします! レシピを考えて下さーい!」
人差し指を立ててこの指とーまれと言うかのように早苗が宣言した。
「なるほど、お家を開けるからですねぇ、解りましたお母様、協力します~、花華さん、頑張りましょ」
隣に座る花華にそう言うと、花華も頷いて。
「うん、了解! まぁ買い置き今あんまり無いからなんとかなりそうねー、そうだ、折角だし
ステファニーさんに指導してもらって、なにかテラリア風のお料理も作りましょ」
「わぁ! ありがとうございます。そうだ鞄にレシピの本があるの、翻訳はできないですけど、
挿絵があるので後で見てみましょう」
「おお、それは私も気になるわ! ステファニーちゃん一緒に見せて~」
この三人は意外にもお料理好きでもあったようでこの意気投合っぷりである。
忠は父との久しぶりの釣りに出掛けられることも嬉しかった。
テレビで朝7時の時報が鳴り、それまでテレビには注視して居らず歓談しながら
のろのろと朝ご飯を食べていたのだが、
『――ではここで今入った臨時ニュースをお伝えします――』
とアナウンサーが言ったので父が振り返る、
そして始まったニュースは、意外にもステファニーの伯父の、
アヌカスェアイゴブリン国王が発した声明だった。
『……と言うことが声明の全文となっており、要約すると彼らの文明への危害を加える行為は出来ないので米ロを中心とした先進国には自重を促すという要請であり、背景にある彼らの歴史についての説明も彼ら自身が我々地球人に対し追って行うので協力をしてほしいという嘆願のようです……』
アナウンサーの口調は重々しいが、地球人なら誰しもそのうちやるだろうと思っていた事だ。
米国の抜け駆けが発端となったと言うことで、お茶の間でニュースを聞いて居るであろう
地球に難民として来ているゴブリン達には申し訳無いところがあった。
「あー、これはアレだね、アメリカ軍は絶対やるだろうと思ってたことだけどねぇ」
真一が呟く。
「まぁ仕方ないんだろうけどね、でも国連の生物保護の査察は大丈夫だったのに、そういうのには反応するなんてすごい魔法があるんですね」
「国王様は、叔父様は言及してらっしゃらなかったけれど、きっと〝時殺しの秘法〟の事でしょうね」
少しショックを受けたであろう事が明らかなステファニーは耳を少し下げて答えた。
「ステファニーさん元気出して、アメリカとロシアってずっとそう言う国なのよ。
詳しく説明してなかったけど地球の歴史についても今度お話するし!」
花華が励ますように言うと、彼女は耳を持ち上げて、花華の顔を捉えて、
「そうですね、日本の方々は皆様優しいですし。人類には色々な方がいらっしゃるようですし」
そう彼女が答えた時だった。
蒸し暑いので網戸にしてあった窓から部屋に涼しい一陣の風と共に、
朝日と異なる光が差し込んだ、
あっと声を上げる間もなく、光は宙で丸まって、光球になり、
ステファニーの前に留まる。
ステファニーが手を差し伸べて光を掴むとそれは筒状のようになり、発光を止めた。
「わっ、何!?」
花華が驚いて飛びすさるが、食卓の上の食器などにも影響はないし、
真一も早苗も忠も驚いたが、風も一瞬で消え失せたようだ。
ステファニーは手で持った筒状のそれを開く前に、
「びっくりさせてごめんなさい。
これは王家に伝わる伝達魔法です。
手紙のような物ですが、きっと今のニュースの事について、
王から国民への伝達事項ではないでしょうか」
筒を手に取った彼女が印のような物が施された箇所を指で触れると、それは、
何枚かの綴りの紙になった。
「えっと――」
数枚の手紙を彼女は読んで、
「なるほどそうですね、王からの伝達で、
身近な地球人類に、私達の今までの歴史についてを説明して下さいと、書かれています」
魔法はまぁ少しなら見たことはあったがここまで派手な物は初めて見たので、
芹沢家の面々は正直面食らって居たが、
彼女にとっては大して驚くような事ではないのも当然で、
「テラリアのゴブリン族の歴史ですか……」
と忠が息を呑みつつ言うと、
「はい、まぁ、少し長くなりますから、
ゆっくり時間を掛けて、理解が得られるように話せとも書かれています。
あと、そうですね、これは皆さんにお伝えしておいても良かったような、
私達ゴブリン族は歴史上この宇宙の中で別の種族の宇宙人と接触するのは三回目なんですよね」
「え! 宇宙人と会ったことがあるのが三度目!? そりゃすごい」
と、反応したのは一応眉唾科学も大好きな真一だった。
そしてそのままの流れで、今日は何処にも行く用事が無いし、たまたまの機会だし、
ステファニーさんから彼女達ゴブリン族の歴史についての話を聴こうと言うことになった。
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