帰宅が遅い忠と惑星の声2
その日の夜の9時頃になってようやく忠は帰ってきた。
「ただいまー、遅くなってごめーん」
高校二年だし、まぁ目くじら立てるほどでも無いとは思って居たが、出迎えたのは真一で。
「忠、遅いぞ。お友達のご家族に心配掛けなかっただろうな」
と玄関先でやんわりと一喝。
「お父さん、ごめんなさい。うん、大丈夫、ご飯もちゃんとしたところで食べたし、ちゃんと送っていったから」
きなり色の浴衣の忠は、上がり框の下に居ても父と大して変わらない目線の高さではあるが、ぺこぺこと頭を下げるところを観ると、情けないというか、まだまだ未熟にも見えてしまう。まぁこれで女ったらしになんてなることは無いだろうと父はぼんやり思い、すぐさままぁいいかという気持ちになってしまう。
「まぁ……、送っていったんで遅くなったなら構わないが、変なのも居ることだし、なるべく早めに帰ること。解ったらお上がりなさい」
「はい、ゴメンなさい、うちにも一本電話すれば良かったね」
忠が上がって居間に行くと、キッチンで玄関の様子に聞き耳を立ててた早苗は、
「お帰りなさい忠、ご飯はいらないのね~? まぁったく、その歳でこんな時間まで女の子と遊んでると、相手のお父さんに心配されちゃうから注意しなさいよ」
「はい」
隣のリビングでステファニーさんを膝に乗っけて一緒にテレビを観ていた花華は、父と母にお灸を据えられている忠の方に首を向けて内心ざまーみろとは思わないところも無いけれど、
「お兄ちゃんも今日はいろいろイイコトあったみたいねぇ」
膝の上に横座りしているステファニーは顔を上げて、
「そうなんですか! 私忠さんにもお話伺いたいです。でも、今はお父様とお母様のご機嫌が悪いみたいですねぇ」
彼女たちはもうパジャマ姿であとは一緒に寝るばかり。
「ま、お兄ちゃんなかなか遅く帰ったりすること無いからね、友達と遊んでたりしてもいつもは早いし」
「ふーん、忠さんって見た目通り真面目なんですねぇ、でもなんで今日は遅かったのかしら?」
「女の子と外食して遅くなるなんて、我が兄にしても大胆不敵よねぇー、あ、ステファニーさん大胆不敵って言うのはね――」
ときゃっきゃと花華が四字熟語の説明をし始めているのを尻目に、忠は
はぁ、帰ってきたし何とかなった、と思ったのだった。
忠も浴衣から着替えて風呂に入って出てきて10時くらいになり、父と母は早々に寝てしまったらしいのでなるべく音は立てないように、冷蔵庫から麦茶の瓶を出してコップに注いで、食卓に着いて飲んでふうと一息。
こっそり待っていてくれたらしいステファニーさんが、
「忠さん、私にもくださいー」と言うので、
「あ、はいちょっと待って下さいね」とすっかり彼女用になっている金魚の絵の入ったガラスのコップに麦茶を注いではいどうぞ、と差し出す。
忠の向かいに座って、
「ありがとうございますー」と彼女はそれを両手で受け取る。
「花華は?」
「疲れちゃったらしくて、もう寝ちゃいました、ふふふ、今日は良いこと一杯あったみたいですから」
廊下越しに花華の寝ているステファニーさんの部屋の方を見つめながら彼女がそう静かめに言う。そして、
「忠さんのお話も、ちょっと聞かないと寝られないなぁ、と思って待ってたんですよ」
と忠に向き直って微笑みかける。
「はぁ、そのステファニーさんにも心配掛けちゃってすみません」
「いえいえ心配なんて事はしてないんですけどね、忠さんしっかりしてますし」
「ありがとうございます、実は今日はこないだって言っても昨日か、お会いした櫻川さん、あのタウン誌のカメラマンさんにまた会いましてね」
「あら、偶然、思ったより早い再会ですね」
「そうだ、そこで昨日の写真も貰ったんで――」
忠が手を伸ばして浴衣に付けていた小物入れから写真を撮りだし彼女に渡す、
「わ、スマホで撮った写真と全然違いますね!」
渡された写真は、昨日撮った写真だったが彼女たちが写っている鎌倉の背景やら街の人混みの感じは全然携帯のカメラのものと印象が違う。
「うーん、僕もあんまり詳しくはないんですけど、HDRとかっていうのかな? 現像の方法が全然違うらしくって、まぁ櫻川さんってプロのカメラマンさんなんだなーって思いました。あ、それステファニーさんの分だから貰っといて下さいね、
花華の分と僕の分も焼き増しして置いてくれたみたいなんで」
「そうなんですか! 嬉しいなー、花華さんも明日見たら喜ぶと思いますよ。それで、彼女と会ってからどうなったんですか~?」
忠が順を追って今日あったことを掻い摘まんでステファニーさんに説明すると、
忠が、川瀬瑠菜さんと村田月子さんと一緒に行ったと言うことはステファニーさんも解っていた所だが、今日はクラスメイトの男子の相馬俊介とも一緒に祭りへ向かったが、向こうに着いて早々に櫻川さんに再会し、じゃあ今日も撮らせてください! と彼女も同行する事になったという。
「それで、まぁ僕と女子二人は浴衣だったんですけど、クラスメイトの相馬ってのは普段着だったんですよね、僕は相馬君には悪いかなとかって思ってたんですけどそんなことも無かったみたいで」
コントラストの対比になるわーとか櫻川さんが喜んでバシャバシャ撮影されながらもお祭りを楽しんで、お昼は彼女の奢りで、午後も暑かったけれども、相馬くんのほうが浴衣の女子達とか櫻川さんのおだてに載せられちゃって、まぁ仲良く写真撮影されながらお祭りを回ったんだけど、
「最終的には、櫻川さんが、よし、今日は良い写真いっぱい撮れたし晩ご飯もおごっちゃる! お姉さんに付いてきなさい! って言うことになって……」
ついて行ったはいいものの、彼女はもちろんアルコールバンバンOKだったので、早々に出来上がってしまい、その後処理で大変だったのだ。
一応櫻川さんを自宅まで送るのは、タクシー代を折半して忠と相馬の二人で送っていき、その後戻って忠はさらに村田さんと川瀬さんを送っていって帰ってきたら、
この時間というわけだった。
「はぁ、ご苦労様でしたね」
ステファニーさんの応答にええとってもという感じで深く忠が首肯する。
「でも、ま、お酒に酔った櫻川さんがいろいろ人生の大変なこととか、少年達! 今のうちに楽しいこといろいろやっとけよー! とか、あ、でも女の子引っかけてやり過ぎたりするんはダメだかんねー! とか、半分お説教混じりに楽しい話が聴けたのは面白かったですけど」
「そうなんだ。櫻川さんいい方ね、私も彼女とお酒飲んだりしてみたいかなぁ」
にこにことステファニーが言うが、
「ステファニーさんってお酒飲まれるんですか?」
忠はそこが気になった。
「え、うん。ああ、地球のお酒はまだ飲んだことないですけどね、まぁその少しなら飲めます。だ、大丈夫ですよ? そんなに乱れる方じゃないですから」
櫻川さんの眼の当てられないつぶれ方を見た後なので返って気になってしまうが、
彼女がそう言うなら大丈夫だろう、うーんお酒を飲んだステファニーさん? ちょっと見てみたいような、気になるような、と忠は思う。
「忠さんは、どうだったんですか? みんなとお祭り、楽しめましたか?」
そんな忠の顔を察してか、話題を軌道修正して彼女がそう言うと、
「ええ、うん。とっても楽しかったです。いままでこんなに楽しかったこともなかったからなー、でもま、昨日ステファニーさんと花華と行った日も楽しかったですからね。今日はすみませんでした、連れて行ってあげられなくて」
「ううん、それは良いんですよ、おかげですっかり足も良くなりましたし、忠さんがお祭りが楽しかったなら。でも花華さんが寝ちゃったから言いますけど、二人っきりでも行ってみたいですよね」
ふふふ、と大人の女性の余裕たっぷりの笑顔に蒔かれて、そんなことを小声で言われてしまった忠は大慌てしてしまうが、いつかその機会にも恵まれてみたいと密かに胸に誓った。
「おやすみなさい、忠さん、お話聞かせてくれてありがとうございました。
写真もありがとう」
「いえいえ、明日花華と皆にも見せてあげなきゃ、その写真の中から数点が雑誌に載るんですって、櫻川さんもよろこんでたし、僕も楽しみだなー」
「私も楽しみです」
「じゃ、おやすみなさい、さて明日からは京都旅行の準備かー頑張らないとなー」
「私も京都もどんな街なのか楽しみなんですよねー」
暑いけれど古き良き街らしい京都には彼女も訪れる前から胸膨らましているものがあるらしい。京都見学中なら、忠もステファニーさんと二人きりになれるチャンスがあるかも、なーんて思いつつ部屋に上がっていった。
――一方英国、バッキンガム宮殿の来客用の間。
「メイ首相に留まらず、女王様まで来て下さるとは」
アヌカスェアイは片膝を突いて会釈し、従者もそれに従う。
「いえ、構いませんことよ、わざわざ星の王であらせられる貴方がお出ましになるというのに、お迎えしている我々が王が迎えない訳にもいきませんもの、さ、頭を上げて席について下さいませ」
エリザベス二世は如何にも女王らしい、ただし優しさを忘れない威厳でもって異星の王室である彼らとも対峙していた。
「して、懸案の内容というのは先に我が国の諜報網でも情報が降りてきた事についてですね? メイ首相」
「はい陛下。Mi6が先にもたらした情報の通り、米国がロシアの手引きで国際調停の範囲外での惑星テラリアへの調査活動に入ろうとしているとか」
「ふむ、アヌカスェアイ陛下、あなた方がこれを察したのは――」
問われてアヌカスェアイがおもむろに左手を掲げ、赤く輝く指輪を見せる、
一歩エリザベス女王のSPが踏み出すが、彼女が手でそれを御した。
「あなた方が言う、〝魔法〟がこの指輪には宿してありましてな。
そして、悪意を持って星に災いを降りかからんとするものが来るときには、
こうして赤く輝いて教えてくれるのですじゃ」
悪意を持って災いを、と言うところに地球人としての忸怩たる想いを持ちつつ、女王と首相は頷いて。
「なるほど」
「しかしですな、我々はあなた方地球人とは違い、
よほど好戦的ではない種族なのですじゃ、この魔法もまた同じようなもの。
後ほど詳しく説明致しますが、今テラリアにはその全土に〝時殺しの秘法〟という魔法が掛けられております。故に、悪意を持って星に災いを持ち込もうとしても……ちょうどそろそろなはずじゃが――」
彼が掲げたままの指輪を右手の人差し指でちょんとつつくと、今度はそれが青と緑のまばゆい光に輝いた。
「――ふむ、災いは去ったようじゃ。さって、地球人類とは我々と仲良くしていただかなきゃなるまいので、よーく説明するとしよう、歴史書はないので口伝ですまなんだが、重要なことはふたっつ」
英国女王と首相は二人とも女性だったことも在り、すっかりとその青と緑の指輪の落ち着いた輝きに眼を奪われてしまった。彼女たちの視線を感じつつも彼は穏やかな口調で説明を続けた。
「まず、我々ゴブリン族が異星文明との接触をするのは、
この地球人とで三度目じゃと言うこと。
そして、この〝魔法〟は我々より高位の次元の概念じゃということじゃな、
説明じみてしまうがしばし耳を拝借したい」
――ところ変わって先程テラリアに着陸した『先遣隊』の隊員が見た光景。
「これは、これはなんだ!?」
外から見たテラリアは緑の大地と蒼い海の宇宙からみた地球そのものに見えたが、大地に降りたもの達が見たのは、全てが静止した世界だった。光すら止まっているのか辺りは灰色になり、川を流れる水は止まり、空に浮かぶ雲も停止している。
踏みしめた大地を見ても灰色から黒へのグラデーションがあるだけだ、草に色もない。
「隊長、全ての計器類に反応ありません。0ではなく、存在していないかのようです」
「――これが魔法?」
次の瞬間、彼らは淡い白い光の繭のようなものに包まれ、最寄りの太平洋に浮かぶ無人島に飛ばされた。むろん彼らが意識する間もない間の出来ごとで、
「こっ、今度は? なんだ!?」
隊員達は必死に計器の示す値を再度確認していく。
「隊長、最新のGPSの座標によるとここは太平洋上の島のようです。どうやら追い出されましたかね」
「……くっ、作戦失敗か」
色を取り戻している砂浜にトランシーバーの受信機を隊長格の男が投げつけた。
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