花華の戦況報告と惑星の声

「ただいまー」

 花華が帰ってきたのは夕方になって、アイレが帰ってすぐのこと。

「花華さんおかえりなさい、どうでしたか?」

 玄関で迎えるステファニーににこりと微笑まれてしまえば、

 今日一日の事がフラッシュバックしてしまう。

「が、頑張ったかな、私としては。うん」

 巾着袋を握りしめて、綺麗な浴衣の花華は笑顔で応じる。

「それは何よりですー、何があったか後でゆっくり教えて下さいね!」

「うん、もちろん」

 花華の声が聞こえたので、内心結構心配していた早苗は玄関まで迎えに来て、

「花華、お帰りなさい。なんだ、じゃないの」

 なんて残念そうに言う。

「お母さん、娘をなんだと思ってるのよ、まぁそりゃー私だってもうちょっと、

 遅くなっても良かったかなぁとは思うけど、お父さんが心配したらヤだし……」

 と言ったところで後ろの玄関ドアがガチャッと開かれて、

「ただい――ま、あれ、花華も今帰ってきたところか! 僕と同じ電車だったかも知れないねーでも気付かなかったな?」

 実は安達君に近所まで送ってきて貰っていて、かなりゆっくり歩いていた花華は父にそんなことを言われてしまっては焦るしかない。

「え、え!? 同じ電車だったんじゃないのー、今日浴衣の人多いから気付かなかったのかなー」

 慌てる花華を見て早苗とステファニーは目配せしてからにこりと笑い合って、

「お父様もおかえりなさい、さ、晩ご飯準備できてますからー」

「うん、上がってー今日は町田さんとこのアイレさんがさっきまでいらしてたのよー、それでいつものぬか漬けも貰っちゃったし、ステファニーちゃんとあたしで頑張って豪華夕飯を用意したからねぇー」

「おお、そいつはありがたい! 外は暑かったからねぇー、ビールに合うんだよね、町田さんとこのぬか漬け。アイレさんってゴブリンさんだよね、僕もお会いしたかったなぁー」

「ああ、お父さんはまだ会ったことなかったんだっけ、今度留守にする間の挨拶に行くときにきっと会えるわよ、彼女もステファニーちゃんみたいに素敵なゴブリンさんなのよー」

 などとやりとりしつつ玄関を上がり、花華は着替えに一度自室へ、

 真一も秋葉原で買ってきたらしい電子部品の袋を抱えて書斎へ。

「ふふ、あの様子だと花華もいいことあったみたいねー。ステファニーちゃん、あの子着替え終わる頃に呼んできてあげてね」

 と早苗が廊下でステファニーに言う。

「はい、お母様。私一瞬ひやっとしましたー」

「そうね、お父さんにはヒミツヒミツ」

 早苗が口の前で人差し指を立てるポーズをしてステファニーを見下ろすと、

 彼女も真似て同じポーズをして二人で笑い会う。


「花華さん、着替え終わりましたか? お母様が呼んで来てって」

「ああ、うん今行くね」

 二階の自室から出てきた花華はいつも通りのTシャツにキュロット姿で、

「ふぅ。一日浴衣も疲れちゃうね、これで身軽になったー」

 衣紋掛けにつるした浴衣を廊下につっかえないようにして斜めに持って出てきた花華はいつものように下の衣服部屋にそれを持って行こうとしている。

「浴衣だったのもあるし、男の方の前だったからっていうのもあるんじゃ?」

 とステファニーさんの金色の瞳に指摘されると頷かざるを得ず、

「うん、明らかにそれで倍疲れたかもねー」

「でもなにか、すがすがしい顔をされてますね」

 花華の表情は帰ってきてからずっとどことなく優しい。

「ふふふ、あのね、前は暗いところだったからよく見えなかったし、ちゃんと浴衣褒めてやれなくてゴメンな、とかってね、言ってくれたんだ、彼」

「うわー、素敵です! 後で詳しく教えて下さいね!」

「うん、ステファニーさん、今日は一緒に寝ようか」

 花華は誰かに話したくて仕方がないようだ。

「はい、喜んでー、あ、私も今日お母様に水着を作って貰ったりして、いろいろ話したいので!」

 花華の空いてる片手をステファニーの小さい手が取って彼女も喜ぶ。すると、

(花華~、ステファニーちゃーん、ごはんよー)

 階下から早苗が呼ぶので二人で自然と声を揃え、

『はーい』

 と返事をして、返事が合ってしまったことにも喜びながら階段を降りていった。


 ――ところ変わって、太平洋赤道上空約15000m。

 超高高度を飛ぶ米軍の実験機の中に居るのは、通称『先遣隊』。

 部隊の内訳はパイロット以外の10人は殆どが学者兼軍人である。

「ペンタゴン特務室聞こえるか、本機はまもなくテラリアの重力圏に入る」

 眼前にはテラリアの星の球の底が夜空を扇形に切り取るように黒い影を作っているが、眼をこらせば更にその向こうにテラリアの大気が作る雲の渦が見えている。

 テラリアの直径は約3000キロ、月より一回りほど小さい。

 上空15キロの位置からであれば地球の海面に向かって丸い形がよく見て取れた。

「機内クルーに告ぐ、間もなく本機はテラリアの重力圏に突入する、

 再突入角での進入になるので当機はこれより100度以上の垂直旋回を行う、各員は身体の固定をされたし」

 NASAと米国は当然の権利とばかりにいつものように、『抜け駆け』を実行する予定だった。


 ――一方英国、バッキンガム宮殿の来客用の間。

 アヌカスェアイ・エッレ・ファエドレシア候は有志の従者こそ最低限は集まってくれてはいるが、国賓とは言え衛兵に守られるでもなく、城で気ままに暮らせることに安堵していたのだ。そんな彼の昼食の後のひとときである。

「おや?」

 彼が左手の親指に付けていた指輪の小さい宝石がにわかに赤く輝いている事に気付いた。彼は優雅に立ち上がって顎を撫でる。

「ふむ、そろそろかとも思っとったのは確かじゃが……」

 そんな王の様子に気付いた従者が不審な顔で近づき、

「王、いかがされましたか?」

「ふむ、まぁ、放って置いてものだから諦めるじゃろうが、

 は、外交をするなら必要じゃろうな……」

 アヌカスェアイが慇懃な口調で言うと、全てを察した従者の一人は眼を丸くして。

「なんと、それでしたら英国の者に知らせて参ります!」

 慌てて駆け出そうとする従者を見て、

「これ、これ、慌てんで宜しい。だが手続きを踏むことは重要じゃ。に切れ者が居るといいのじゃがのう」

 窓の外に目線を上げると、イギリスの綺麗な午後の空が広がっていて、

 この星の住人とならわかり合えるだろうと、にもかかわらず王は楽観視する。

 もう苦労も終わったのだから、と心の中で付け足しつつ。

 従者は足早に部屋を辞すると、英国王室の寄越した次官に話を付けに向かった。

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