ゴブリン族の少女達と地球の主婦の昼下がり
ピンポーンとインターホンが鳴ったのはその日の午後、
はーいとすっかり来客の対応も慣れたステファニーが玄関へ行ってドアを開けると
蝉の声と夏の熱気が室内に入り込む。
そんな中額の汗をハンドタオルで拭いてから、丁寧にお辞儀をしてくる影は町田さんのうちのアイレだった。
「あら、アイレさん、こんにちは!」
陽光に慣れて彼女を見れば、この間早苗が届けたパンツスタイルではあるけれど、夏場の涼やかな女性らしい衣装で、上は白のブラウスに可愛いリボンが付いている。
「ステファニーさんこんにちは、芹沢様の奥様はご在宅ですか?」
「ええ、奥にいらっしゃいますー、お母様に用事でしたか、こんな所じゃ暑いですし、入って下さいな。その衣装、前にお母様が届けた服ですよね、とっても似合ってますよ! 可愛くて素敵です」
彼女を招き入れつつそう言うと、彼女は黄色い短髪の頭を掻いて、少し恥ずかしそうに照れながら、恐縮です、お邪魔します。と小声で言う。
アイレからすればこの少しの遣り取りの中で家の奥さんをお母様と彼女が気軽に呼べる間柄のことがいいなと思ったり、服装が可愛くて素敵なんて言われたことはなかなかないので嬉しく思ったりで、この同族のお友達のころころ変わる優しい表情はとても心地よいと思うのだった。
「お母様、町田さんのお家のアイレさんがいらっしゃいましたよ」
キッチンで昼ご飯の後片付けをしていた早苗がリビングに顔を出す。
「あら、暑いのに悪いわね、いらっしゃいませ! あ、早速その服着てくれてるんだ! 着心地とか着た感想どうかしら?」
「芹沢様、お邪魔してます。ええ、とっても着心地が良くて、町田様の旦那様も、先程ステファニーさんも褒めて下さって、とても嬉しいですぅ」
あんまり嬉しかったらしく、いつものカッチリした言葉の中にも語尾に地が少し垣間見られた様子だ。そんな彼女の反応に、ささ、座って~お茶出すわね、といいつつ早苗は頬をほころばせる。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。そうだ、先にお渡ししておきます、町田様の奥様からです、さ、早苗さんに渡して置いてと頼まれました」
相手のことを崩した敬称で呼ぶのは慣れていないらしく、そう言うときにすごい抵抗があるような、恥ずかしがるような表情をしつつ彼女は持ってきた紙の手提げを机に置いた。
「あら、いつも悪いわね、きっとお漬け物ね。町田さんはぬか漬けが趣味なのよー、
ありがとう、アイレさん。それと私のことも〝さん〟付けで良いわよ。芹沢様の奥様なんて柄じゃないし、仰々しいでしょう? 私のこともお友達の一人だと思ってくれればいいわよー」
「そ、そうですか。でも私のは癖に近くて、でも頑張ってみますね。さ、早苗さん。
今日はお遣いもあったのですが、この服のお礼をしたくて私一人で伺ったんです」
折角さん付けで呼んでくれて一安心の早苗だったが、直後彼女はぴょこんと椅子から降りて、ちゃんと机の脇に立ち上がって、深々と腰を折って礼をした。
「あの、私、こちらの星の服などは一切持っていなかったのですが、その、素敵な服をプレゼントして頂いて、本当にありがとうございます」
一度身体を起こして、言い切ってからまた深々と礼をする。早苗は慌てて、
「あらあら、そんな丁寧にして頂いてこちらこそありがとうございます。いいのよ、頭を上げてくださいな、お裁縫は趣味だから~、女の子が喜んでくれればばんばんざいよ! 大丈夫だからー」
言いつつ机を回り込んで彼女の肩を優しく起こして微笑む。
「んー、アイレさんは
ステファニーが早苗に対するアイレの余りのカッチリした態度にそう言うと、
「はっ! その通りです」
「なるほど、それで私が王家の血筋と聞いても反応してくれてたんですねー」
なにやら得心がいったようなステファニーに早苗がどゆこと? と視線を送ると、
「お母様、近衛府の方々は王族の身の回りのお世話をしてくれるお家の方々なのですよ、叔父がお世話になっていたと言うことですね。ありがとうございます」
「ほー、日本の宮内庁みたいなもんか、随分格式の高いところで働いてらしたのねぇ、それで服装も礼儀も正しいのねー、アイレさんは」
「はぁ、ありがとうございます。癖で半分抜けないのですが、こちらの惑星では、王も、皆平等だと言ってくれているのでなるべく私もその、普通にしていけるといいなぁと思うのですが」
ははは、ととほほ、が半々の笑みをするアイレに、
「うん、アイレさんは普通の女の子らしく振る舞えばすごい可愛いと思うから大丈夫ですよ! 私もっと仲良くならなきゃなぁ」
ステファニーも手を取って微笑んでいた。
「うん、そうね、その髪も規律で短かったりしたのかしら? でもショートカットすごい素敵よね。素敵な髪の色だし羨ましいなぁ」
早苗は黒髪のショートカットなので綺麗な黄色い髪など、もちろん地球では余り見ないものだから綺麗に見えてしょうがない。もちろんステファニーの赤髪もだけれど。
「え、そんな、綺麗だなんて、ありがとうございます、さ、早苗さん」
「ふへへー! いいなその呼ばれ方! ありがとう。そうよねぇーゴブリンさん達は綺麗な髪の色が一杯あって良いわよねぇ。私染めたことすらないんだけど、思い切ってみようかしらねぇ……」
などとなにやら思案顔。
「お母様、日本人の皆様には黒髪が似合うと思いますよー。今朝も花華さんが長い黒髪を綺麗に結い上げてらしていいなぁーって私思っちゃいましたもの」
「そうかしらねぇ~、うん、異星の人にそうまでいって貰えるのは光栄よねぇ、
さ、アイレさん座って。ゆっくりしていって。そうね、折角だから届けて貰ったぬか漬けも少し出してこよう。私にも近衛府のこととか、他にも服のリクエストあったら教えてー」
いつもの暢気で優しい主婦のキャラクターを遺憾なく発揮する早苗は、
茗荷と胡瓜と茄子のぬか漬けを饗して女三人で話し合うにつれ、すぐに打ち解けて仲良くなるのだった。
「そうですか、今日は息子さんと娘さんはお祭りに出かけているんですね」
「そうなのよー、二人とも自己申告では友達とっていってる所が親としてはなかなかヒヤヒヤもんなんだけどね」
「お母様心配しすぎですよう、お二人ともしっかりしてますから大丈夫です」
「まぁステファニーちゃんに言われちゃうと形無しよねぇー」
「ふふふ、アイレさん、こないだはお洋服を貸して頂いてありがとうございました。
あの日は忠さんと花火大会に出掛けたんですけどね、おかげで上手くいきました」
掻い摘まんでステファニーが肩車の件なども話すと。
「なるほどそうでしたかー。ステファニーさんは大胆ですよね。その、殿方に肩車して貰うが為にズボンなんて」
「たしかにドレスでやってたら忠は別の意味で喜んでたかもしれないけどねぇ」
「お母様、それはさすがに恥ずかしかったんです! でも、私達くらいの身長じゃなぁと思いまして、無理矢理お願いしたのですが。まぁ大胆だったかもしれませんけど……」
というや彼女は照れている。
「はぁ、ステファニーさんは姫君なのに大胆で、しかも可愛らしくて――」
うっとり眼でいいなぁと本音が漏れそうだったのでアイレは慌てて口を塞ぐが目の前の女性二人には筒抜けだったようで。
「そんなことありません、アイレさんも充分可愛いです! お母様、アイレさんにもっと可愛いお洋服を作ってあげてはいかがでしょうか」
「そうね、確かに良いかもね。素材が良ければ女は映えるわよー、ま、趣味だから遠慮しないでねー。身の回りに私の作った服を可愛く着こなしてくれるゴブリンさん達が増えてくれるんならそれ以上嬉しいことはないしねー」
「そ、そんな、なんて勿体ない! このブラウスだけでも充分に嬉しいんですから」
「いーのいーの、ステファニーちゃんのお友達なんだから、あなたも私の家族みたいなもんよー。そうね、さっき午前中にステファニーちゃんの水着も作ろうかなって採寸させて貰ってたんだけど、折角だからアイレさんのも水着つくったげようかなー!」
「み、み、水着! はわわ、そんな大胆な服なんて私着られません~」
「おや、アイレちゃんは地が出ると可愛いわねーうん、まぁ折角海の街のここに来たのもご縁ですもの。夏のうちに海も楽しんで貰わなきゃ! それに長いこと星では苦労してきたんでしょう? 楽しいことバンバンしちゃおう! よーしアイレちゃん、一息吐いたらあなたのサイズもいろいろ測らせて~」
お裁縫スイッチの入った早苗はやる気満々! 隣のステファニーもアイレに可愛い恰好をして欲しいのでやる気満々で、それから花華が帰ってくるまでの数時間、
早苗の描く水着のスケッチを見て、ゴブリンの女子達は胸をときめかせていたのでした。
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