祭りに出掛けるその前に
朝食を食べ終わると、警察署から電話が来て、
忠はハッとした……。
呼び出し、とか、出頭命令、とかって厳しい口調では無いようだったけれども、
要は署まで一度事情を説明に来て欲しいと言うことだった。
「はぁ、夏休みだってのに大変なことになっちゃったかなぁ」
一応警察署まで行くのだからだらしない恰好も出来ず、ポロシャツにジーンズに着替えてリビングでそわそわする忠。
「まぁ、善は急げと言うしね。今日は僕が送るよ、早苗さんは花華とお留守番してて」
と真一が車のキーを準備しつつ、彼も今日はしっかりした恰好になっていた。
「大丈夫ですよ、忠さん、私も付いてますから」
ステファニーさんは忠の側で優しく話しかける。
「はい、ありがとうございます。
あ、そうだ、川瀬さんと村田さんにも連絡行ってるだろうから電話してみなきゃ」
「そうか、二人とも一緒に行くんならうちの車に乗せてあげればいいかな。
未成年だから二人の保護者の方も来るのかな?
まぁうちはワゴンタイプだし7人くらいまでなら大丈夫だろうけど」
真一の発言を聴いて、そうか、二人の両親まで巻き込まなきゃ行けないのか、
と気付いて忠は少し気落ちしながらも、まずは川瀬さんに連絡した。
――『もしもし、あの芹沢ですが』
『はい、川瀬です、あ、もしかして忠くん?』
慣れない高校の連絡簿で敢えて家電に掛けたにも関わらず、川瀬さん自身が取ってくれたので助かった。
『あ、川瀬さん? よかった、電話取ってくれて。朝早くにごめんね、さっきうちに――』
『やっぱり、忠くんのところから順に掛けてたのね』
『ということは、川瀬さんの所にも警察署から連絡来た?』
『うん、まったく夏休みの未成年だと思って朝っぱらからデリカシー無いわよね。
お母さんがでたからビックリしちゃってたわ。昨日のことは説明はしたんだけどね』
『そうかぁ、なんか僕のせいでゴメンね』
『そんな、ぜんぜん』
『あのね、僕のお父さんが警察署まで連れてってくれるって言ってるんだけど、
川瀬さんの所のご両親も来るのかな? うち車大きいから、もし良かったら
一緒に行きましょうって誘ってってお父さんに言われてて』
『なるほど、うーん、私と月子ちゃんはそんなに関わっても居ないし、心配しないでとは言ったんだけど、うちの両親はついてくる気満々なのよね。月子ちゃんところは逆に一人で行ってなって言われちゃったみたいなんだけど』
『あ、村田さんにも連絡取ったんだ』
『うん、警察から電話来たとき丁度携帯でやりとりしてたから、
あ、でも、私も月子ちゃんも全然忠くんが悪いなんて思ってないからね。
むしろ助けて貰ったんだもの』
『そっか、ありがとう。それじゃ僕んちの車で、川瀬さんのご両親と、村田さんも一緒でいいか訊いてみてくれる?』
『うん、解った。忠くんも被害者なのに、なにか悪いわね。両親が変なこと言わないように釘も刺しとかなきゃ』
『そんな、大丈夫だよ』――
川瀬さんのご両親がその後電話に出て、逆に昨日は危ないところを助けて頂きありがとうございますと感謝されてしまった。父に電話を換わって忠は事態を見ていたけれど、上手く話はまとまったらしくうちの車に皆を乗せて警察署に向かうことになったようだ。川瀬さんの家と、村田さんの家は近いらしい、そう言えば忠は二人の家には行ったことは今日までなかった。
真一が運転する車で、忠とステファニーさんが川瀬さんの家の前まで行くと、
村田さんは既に川瀬さんの家に、村田さんのお母さんと着いていたようで、
川瀬さんの両親と話していた。見る限りその様子は穏やかに見えた。
真一が車を駐め、川瀬さんの住むアパートの来客用駐車場に着ける。
川瀬さん宅はアパートとは言っても一戸が二階建てのモダンな佇まいの新築で、
間口も広くてお洒落な家だった。
「この度はどうも、娘共々お世話になります」
川瀬さんの両親は若いご夫婦で、お母さんは川瀬さんにとても似ていた。
真一を見るなりそう言って二人で頭を下げている。
「いえいえ、息子がまぁ、珍しく頑張ったおかげで飛んだことになってしまって済みません」
芹沢父の真一は他所様の前では腰が低い、のだが、今日のこの言い分には忠も言い訳できず、
「川瀬さん、のご両親ですよね、はじめまして同じクラスの芹沢です、あの、先日はほんとに……。そちらは、村田さんの、お母さんですよね、あの、僕……」
つい緊張の余りどもってしまうが。
「あら、キミが芹沢君? そしてお父様ね、月子が世話になりました、
いや、今日もなるんだけど、ほんと助かったわぁ危ないところだったって聴いて」
黒髪で大人しい印象の川瀬さんのご両親に対して、村田さんのお母さんは、茶髪のさばさばした感じの、まさに村田さんを大人にしたような女性だったが、丁寧にお辞儀してくれた。
「今日はよろしくお願いします、私、忠君と同じクラスの川瀬です」
川瀬さんが真一に挨拶する。
「私村田です。よろしくお願いします。ね、お母さん言った通りでしょ? カレはちゃんとしてるからって」
続けて村田さんも挨拶して、そう言えば、二人の私服姿を見るのも初めてだったが、川瀬さんは半袖シャツに短めのスカートで、村田さんはTシャツにホットパンツと二人ともやはりいつものイメージ通りだった。
「そうね、ごめんなさいね、アタシったら、いつも月子が変なのとばっかり付き合ってるから、それで今回みたいなことにまたなったんでしょなーんて言っちゃったら、月子にすごい怒られてね。よろしくお願いしますね、芹沢さんのお父さんも、
あら、そしてそちらが――」
村田さんのお母さんが真一に軽くわびてから、その隣の少し下に目線を下げて、
当然のようにいつも通りに礼儀正しくぺこりと頭を下げる赤い髪の美少女もとい、
ステファニーさんを見るなり、川瀬さんのご両親も、村田さんのお母さんも、
丁寧に頭を下げて返礼してから眼を丸くしていた。
「私も、はじめましてですね、芹沢様のお宅でお世話になっております、
ステファニーと申します、以後お見知りおきを」
なんて丁寧な御挨拶はまず高校生の友達からじゃ受けないだろうし、
一般家庭でも無いだろうから村田さんのお母さんなんかはしばし言葉を失ってしまってから、
「あら、あなたが先日ご一緒だったゴブリンさんなのね。
すごい素敵な方ね! そりゃー芹沢さんの息子さんが頑張るのも解るわー」
と言う。けれど忠はステファニーさんだけを守ろうと思ったわけじゃ無くて、もちろん娘さんの、村田さんを守ろうとも頑張ったんですよ、とは言える状況じゃ無く苦汁を飲んだが、
「お母さん、それはちょっと違うわね、
芹沢君は〝あたし達〟を守ろうとしてくれたの」
と村田さんが珍しく語調強めで訂正してくれたので嬉しかった。
村田さんのお母さんにはいまいち伝わってなかったようだけど、村田さんとは眼が合ったとき笑顔を返してくれたので大丈夫そうだった。
「さてと、それでは、うちの車で悪いんですが、どうぞ乗って下さい、
村田さんのお母さんはほんとに娘さんとご一緒しなくて大丈夫なんですか?」
父が心配そうになって聴くが、
「ええ、うちの子は補導じゃなくて褒められに行くなんてのははじめてですから、
そんなときまで両親はついて行かなくて大丈夫ですのよ。芹沢さんはお父様までしっかりしてらっしゃるんですねぇ、川瀬さんのご両親が居るなら大丈夫。よね? 月子行ってらっしゃい。川瀬さんよろしく頼みますね」
ちょっと色っぽい眼でしっかりしてるなんて言われてしまった真一は
少しドギマギしていたが、
「うん、大丈夫、あたしもちゃんと説明してくるし。叔父さん、叔母さんよろしくお願いします」
「はい、任せといて、今日は平日だし、月子ちゃんのお母さんも美容院臨時休業させるわけにも行かないしね」と川瀬母が村田母に目配せした。
月子が川瀬さんの両親にちゃんと頭を下げてるところも見て真一はどこかほっとした様子だった。
「あの、なんか僕のせいで皆さんすみません、今日はご迷惑おかけします」
会話の切れ目を狙って、忠は改めて謝罪と礼をした。
今度はどもらないで。ハッキリした声で。
「はい。大丈夫だよ、キミだって怖かったんだろうに良くやってくれたよ」
それまで黙っていた川瀬さんのお父さんが優しく声を掛けてくれたのが印象的だった。
それから警察署に向かう最中の車の中で、ステファニーさんのコミュニケーション能力と会話力のおかげですぐさま真一と川瀬さんの両親も話せる間柄になり、
川瀬さんのご両親も実は忠のことを心配してくれていたと言うことで、
忠は少し恥ずかしいくらいだった。
席の都合で隣に座ったステファニーさんはにこにこ顔だが、
忠が褒められることを誇りとも感じているようだった。
警察署でのいわゆる事情聴取は、取調室で良くドラマで見る雰囲気なのか、とも忠と川瀬さんと村田さんは思っていたのだが、両親がついてきてたし、今日はぼんぼり祭りの警備にも人が掃けているようで、署内は閑散としていて、広めの会議室で、女性の刑事さんが応対してくれて、かなり緊張して臨んだ忠などはちょっと肩透かしを食らってしまった。
「――さて、お話を聴くのはこんなところで大丈夫ですね。ご足労おかけし、皆様ありがとうございました」
女性の刑事さんが丁寧に頭を下げ、こちらも頭を下げる。
「それにしても、キミ、芹沢忠君、勇気あるねー。犯人もおかげで逮捕できたしね」
「いえ、そんな、少し向こう見ずなことしちゃったかなって後悔してるくらいです」
長机に女性刑事さんと向かいで、パイプ椅子に座っている忠は、
それでもガチガチに緊張していたため、
出された緑茶には手を付けられず、その水面を覗きながら呟いた。
「ううん、向こう見ずなのと、
女性三人をしっかり助けられるって言うのは全然違うわよー」
身体が大きく気が強そうな女性刑事さんは今にも身を乗り出して、ワシワシと忠の頭を掴みそうな勢いでそう談じた。
そう言われてふと忠がステファニーさんと川瀬さんと村田さんを見ると、
三人とも笑顔で見つめ返してくれ、少しだけ、こうして良かったのかな、
と思った。
忠には後日感謝状が贈られるそうで気後れしながらも嬉しかった。
気さくに話を聴いてくれた女性刑事さんが見送ってくれ、
解放されたのはまだお昼前で、忠は今日やたら時間が経つのが遅く感じられた。
川瀬さんの両親を家まで送って行くと、
「そうだ、芹沢君には瑠菜がお世話になりましたし、今日送っても頂きましたし、
家でお昼食べて行かれませんか?」
と川瀬さんのお母さんが提案した。
「アパートなんで、狭いんですけどね。月子ちゃんは小さい頃から良く来てくれてるんですよ。どうでしょうか?」
忠が父を見遣ると、
「はぁ、うーん、むげに断るわけにも行かないですし。折角なのでお言葉に甘えさせて頂きましょうか。忠はいいかな?」
「うん。川瀬さんお邪魔してもいいの?」
「ええ、是非いらして下さい。ステファニーさんも。月子ちゃんも」
「うん。私はいつもお相伴に預かってるけどね、叔母さんお邪魔します」
「いいのよー、月子ちゃんは気にしないで。
でも、ステファニーさんがいらっしゃるにはうちは少しびんぼくさいかも知れませんけど」
「そんな、こんな素敵なおうちでそんなことはありませんわ」
彼女はにこやかに微笑んでから、
「よろしかったらわたくしもお邪魔させて頂きます」
と丁寧に頭を下げた。
忠も倣って頭を下げる。
「まぁま、ご丁寧にありがとうございます」
と叔母さんは微笑んだ。
「さあどうぞ」
と叔父さんが声を掛けてくれたので家に上がると、
普段の川瀬さんのイメージ通り、家の中も清潔で綺麗で、広々してて、
とてもじゃないがびんぼくさいなんてことはなかった。
川瀬さんのお母さんは特別料理が得意なようでお昼ご飯といえど豪勢で、
真一は料理の味について叔父さんと一言二言言葉を交わしているうちに、
家の妻より料理が上手だ! なんて言って好評を得ていたが、
事実お母さんより料理が美味しかった気がする忠だった。
ステファニーさんと川瀬さんと村田さんはすでに女子同士で仲良く、
それでいて忠が孤立しないよう話も振ってくれ、
優しくもしてくれた。
帰り際、お祭りに行く約束を川瀬さんが忠に取り付けると、
あ、あたしもまた一緒に行って良いかな? と村田さんが言ってきて、
また変なのに絡まれたら頼みますよ! と頼まれてしまい、
忠はたじたじだった。
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