鶴岡八幡宮のぼんぼり祭りの巻き:1 初日は家族で

 忠が川瀬さんと村田さんとお祭りに行く約束をしたのは明日以降で、

 今日の所は予定が無かったのだが、

 家に帰って花華とお母さんにいろいろとあったことを説明していると、

「そっかー、それでその子達とお祭りにも行くのね。

 今度も危ない人が来たらお兄ちゃん助けられるのかなー?」

 となにやらニヤニヤした顔で花華が言ってくる。

「そんなのなってみなきゃわかんないよ。

 でもまぁ、頑張るけどさ」

「ふーん。お兄ちゃん偉いねぇ、ね、ところでお祭りは今日もやってるけどさ、

 この後行ってみない? お兄ちゃんと、ステファニーさんと、私で」

 リビングでソファに座って話していた花華は、忠の隣に座るステファニーさんにも

 同意をとって、忠と彼女をお祭りに誘った。

「ええ、家族でって言うのも素敵ですよね。今度こそ私も浴衣で行きたいですし、

 忠さん一緒に行きましょう?」

 ステファニーさんが普通に家族で、と言ってくれるのは、忠にも、花華にも

 心地良いもので。

「そうですね、今から行けば丁度午後の空いてる時間だし、人混みもそんなでもないだろうからいいかもなー、お父さん、僕達だけで行っても良い?」

 一応警察にお呼ばれもしてしまったし、また子供だけで行くとあっては、

 ステファニーさんは居るものの、真一の気はどうだろうと忠は気になったのだが。

「うん、大丈夫じゃないかな、ステファニーさんも居るしね。

 早苗さんも良いと思うよね?」

「そうね、忠が案外しっかりしてるって解った事だしね。ステファニーちゃん、二人をよろしくね」

「はい、でも私がよろしくするのは忠さんにですけどね。頼りにしてますよ」

 とん、と隣に座る忠の脚に触れ、笑顔のステファニーさん。

 忠は力強く、

「はい、任せて下さい」

 と頷いた。


 七里ヶ浜の芹沢家の自宅からは、鶴岡八幡宮へは江ノ電に乗って鎌倉駅まで出ることになる。忠は気を利かせたいところもあって、早苗と真一にお小遣いの無心はせずに、自分の所持金から、交通費とかお祭りの代金を出そうと玄関で二人の着替えを街ながら財布の確認をしていた。

「お兄ちゃんおまたせ」

 花華が一昨日の浴衣で、

「お待たせしましたー」

 ステファニーさんはこの日忠にお披露目するのを楽しみにしていた、紺地に白抜きの朝顔の浴衣で、髪を結ってアップにして現れた。

 花華の浴衣姿も、こないだみたいにへんな男と居るところじゃなくて、

 室内の明るいところで見てみたら、すごい似合ってて素敵で、褒めてあげなくてはならないと忠は思うのだが、

 そのまえにステファニーさんの浴衣姿はとても艶やかで素敵だった。

 ちょっとだけ昨晩と今朝の事が思い出されて恥ずかしくなってしまうが、

「わ、ステファニーさん浴衣すごい素敵です! 髪も! 普段とは違う感じですね!」

 忠が褒めちぎると、ステファニーさんは頬を赤らめて照れてから、

「ありがとうございます、忠さん。忠さんも素敵ですよ」

 と逆に忠の浴衣姿も褒める。忠はこの前と同じきなり色の浴衣だ。

「ありがとうございます。花華も浴衣似合ってるな。こないだ暗いところでしか見えなかったけど、まぁそんなに綺麗じゃ同級生の男の子が意識するのも解る気がする」

 なーんて気軽に返したのだが、

「なっ、なによう。嬉しいけど。複雑だなぁ」

 とこちらはこちらで頬を赤らめた。

「ん? 同級生の男の子がどうしたって? あら、二人とも綺麗ねぇ」

 ふらっと玄関に来たお母さんに話が聞こえてしまったようで、

 忠は、あ、そう言えば安達君のことは母さんにはヒミツにしておいたんだったと、

 慌てる。

「いやいや、これだけ可愛かったらモテるんだろうなーってそう言う話」

 直接的な言い回しになってしまって自分でも苦笑しつつ。

 花華はそんなことを兄に言われたことはあまりなかったから、兄が安達君とのことを伏せる為に誤魔化してくれたのも含めて嬉しくなる。

「そりゃぁそうでしょうねぇ、ステファニーちゃんもモテまくるわよー、

 また変なのが来たら忠がちゃんと退治するのよ。でも気をつけてね」

 腕を組んで忠に念を押すことは忘れていなかった。

「はい。気をつけます。

 二人の浴衣、とっても綺麗なのは、お母さんのおかげでもあるし、

 僕頑張ります」

 遠回りに浴衣を作った早苗も評価したかったのだがこんな言い方になってしまって、少しぎこちないような。それでも伝わりはした様子で、母は笑顔で送り出してくれた。

「今日は念のため、あまり遅くならないうちに帰りなさいよ、忠」

「はい、それじゃ行ってきます」

「いってきまーす」

「行ってきます、お母様」


 カラリと忠が通販で選んでくれた下駄を鳴らしてちょっと大きい二人に、

 ステファニーさんが続く。

 忠は花華の手前どうしようかなぁと思ったが、

 しばらくしてから後ろを向き返って、

 ステファニーさんの手を取って、繋いで、

 ステファニーさんを真ん中にして、花華の横に三人並んで歩くようにした。

 花華は手を繋ぐ兄とステファニーさんを見て、

「お兄ちゃん、最近ステファニーさんと仲良いよね」

「そうかな?」

 忠は今朝の事が思い出されてそう聞かれただけで少しドキリとしたが。

「先日はあんな事がありましたからね、

 でも私は花華さんとも仲良くしたいんですよ?」

 と言ってステファニーさんが隣り合う花華の手もとって繋いだ。

「ね、これで三人仲良しです。ふふふ」

 ステファニーさんは忠と花華と手を繋いで笑う。

「三人仲良しかぁ、お兄ちゃんと仲良しなのは微妙だけど、

 うーん、ステファニーさん、手繋いでくれてありがとう」

 花華はちょっと複雑な表情を浮かべながら、

 優しくステファニーさんと繋いだ手に力を込めた。

「しかし、浴衣美女二人をエスコートってのも大変だなぁ。今日は頑張ろう」

 忠がぼそりと呟くが、とうの美女二人は、美女って言われたことがまんざらでもなくて、嬉しかったらしく、ステファニーさんに至っては、

「うん、無理はしないで頑張ってくださいね!」

 と応援してくれる程だった。

 忠は照れつつも、

「あ、そうだ、今日のお金なんだけど、僕が出すから、ステファニーさんはもちろんだけど、花華も気にしないでいいからな」

 と、駅が見えたので言った。

「え、お兄ちゃん良いの? 確かにステファニーさんは電車は無料だけど、まぁ出店はないけど、そのほかもってことでしょう?」

「うん、まぁたまにはね」

「忠さん、甘えさせてくれてありがとうございます」

 ステファニーさんのような優雅な返事は当然花華にはできないんだけど、

「わ、解った。今日はお兄ちゃんにお兄ちゃんっぽいことしてもらうことにするー」

 と先程浴衣を褒められたときから続く上気した感じで微笑んで返した。

 三人で江ノ電に乗り込んで、電車の中でもステファニーさんを真ん中に、

 花華と忠が隣り合うように座り、三人で仲良く鎌倉駅までを過ごした。


「わー、すごい人ですね」

 駅を下りるともうそこは鶴岡八幡宮の参道なので、

 平日の午後だから一番空いている時間帯だろうと忠は見込んでいたのだが、

 それでももうすでにすごい人出だった。

「ステファニーさん、迷子にならないようにしっかり手繋いでましょ」

 花華は自分にも言い聞かせて、ステファニーさんの手を握る力を強める。

 ステファニーさんも忠の手をぎゅっと握る。

「まぁはぐれても、二人のその恰好なら目立つから僕は大丈夫だけどねねー、

 それにしても一番空いてるだろう時間に来てこの混みようか、

 夜とかすごいだろうね、ほんとにまた悪いのとかもでかねないかな」

 ちょっと心配になって弱音がでる忠だったが、

「でも今日はなんか大丈夫な気がするんだよね!」

 と気丈にステファニーさんと花華を見て言った。

「うん、お兄ちゃん頼むよ。あ、ゴブリンさんもけっこういるねぇ、今年は会期も長いって言ってたし、もう花火大会並みに人が居るし、すごい盛り上がるんだろうね」

 参道をゆっくり歩き出した三人は、いろいろ横道にそれつつ、

 鶴岡八幡宮の社を目指す。

「忠さん、このお祭りは見所はどこなんでしょうか?」

 人混みにさえワクワクしつつ、カラコロと下駄の音を楽しみながら、

 ステファニーさんは二人の手を取り歩みを進めていたが、ふいに忠に質問した。

「ああ、お祭りの具体的な内容までは説明してませんでしたね、

 もうちょっといったところに、鶴岡八幡宮っていう神社があるんですけど、

 その参道にぼんぼりっていう色んな装飾とか絵が描かれたランプって言ったら良いのかな、灯りが並べられるんですよ。お祭り自体は立秋っていう暦の変わり目をお祝いするのと、昔の偉人の源実朝みなもとのさねともっていう人の誕生をお祝いしたりするんですけどね」

「そうなのですかー」

「ほんとは、ぼんぼりに灯りが点る六時半くらいからの方が見物なのよね、

 雰囲気もあるし、賑わいもあるし、でも身動きできないくらい混んでくるから、

 この時間にしたのよね、お兄ちゃん?」

「うん。ちょっと早めでもぼんぼりの見物とかはできるし、神社にお参りもできるしね、参道を眺めるのならこれくらいの時間でもいいかなーって」

 忠が腕時計を見ると今は午後三時半ほど。まだぼんぼりの点灯する時間までは十分すぎるくらい時間はある。

 神社につく前の参道には人もゴブリン族達もあふれかえっているが、花火大会の時にみたどこか喧噪溢れる感じではなくて。純粋にお祭りの雰囲気を楽しもうというような静かな感じがあった。

 しばらく通りを進むと赤い大鳥居が見えてきて、ステファニーさんは日本の神社に来るのも初めてだったのでその威容をみてわぁと声をあげた。

「確かに見慣れちゃってると、鳥居ってすごくは感じませんけど、初めて見たらそうなりますよね」

「すごいですね、これも人が建てたんですよね。

 テレビでは見てましたけど、こういう場所が日本にはいっぱいあるんですよねー」

 鳥居を仰ぎながらステファニーさんは異星の文化に思いを馳せる。

「そうよね、テラリアの構造物の話はまだ少ししか聴いてないけど、宗教的な建造物を一杯作るって言うのは、地球人の頑張ってるところかもしれないね」

 花華がぽつりと言う。

 ステファニーさんにピラミッドとかを見せてあげたらどうなるだろう。

 テラリアにはこういう建物ってないのかなぁ、と色々な想像をしながら忠は感心している様子の彼女と、急がないよう歩調を合わせて、ゆっくりと社に向かっていった。

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