鶴岡八幡宮のぼんぼり祭りの巻き:2 幼い頃のだっこの記憶

 大鳥居の許を過ぎてから先は人がもう結構居て、

 10メートル以上の幅がある神社の参道の両脇にはずらりと並べられたぼんぼりが、立ち並んでいるのだけれど、そこに人が集まっている状態で、道の中央は空いている様な感じだった。

 忠ははぐれたら困るというのと、先だっての様なことがあっては困ると、

 人混みを見つつ、繋いだステファニーさんの手を握る強さを更に少し強くする。

 きゅっと手に力が込められた事に気付いて、彼女は忠の横顔を見て、

「忠さんありがとう」

 と応えるのを欠かさず返してくれる。

「え、あー、いえいえ」

 ことある毎にドギマギしている忠を反対側で手を繋いでいる花華は面白おかしく見つめていた。

 人混みの中にはゴブリン族もまばらだが結構居る。とは言えステファニーさんのように完璧に浴衣を着付けている人は居らず、良く見渡しても女性で着飾っているのは彼女だけのようだった。ゴブリンの女性達も綺麗に着飾ったステファニーさんが気になるようで、通りすがりながらにちらほら見かけていたし、彼女の髪の色に気付いて会釈をしてくれる者まで居た。通りすがったゴブリン族と一緒に来ていた人間の家族達は、ねね、どうして会釈してたの? と彼らに訊ねているようだ。あの方は高貴なお家の方なんですよーとか言ったところまで雑踏の中で耳に入ってきて、そう意識するとなると忠は背筋が伸びる様な気がした、ちゃんとしなければと。

「ステファニーさん、お姫様ではないけど、でも、いやーそのかっこは充分お姫様なのかなぁー、さっきから見てる人結構居ますね、気にならないですか?」

 花華がちょっと声のボリュームを落としてステファニーさんに訊ねる。

「気にならない、といったら嘘になりますけど、でもお母様に作って頂いた浴衣で目立つのは、悪い気分ではないので、大丈夫です」

 花華の顔を見上げて上品な柔らかい笑みでそう言って、

「それに、目立ってるのは私だけではないようですよ?」

 通りすがった学生だろうか、ステファニーさんがチラリと目線を送った彼らは、

「なぁいま、めっちゃ可愛い子いたよな! 三人連れの! 真ん中のゴブリンの女の子も可愛かったけどその右側にいた子! 黒髪超美人だったよな!」

「いたいた。いやぁ、なんかイケメンカレシさんといっしょだったじゃん? 脈は無いけど眼福だわな。かといってナンパなんかする勇気ねーけどな……」

 などと言っていて、ぼふっと花華は赤くなってしまう。

「ステファニーさんと花華には気をつけて貰わないとなぁ……、あ、イケメンカレシさんって僕!? 過大評価だよねぇ」

 自分で突っ込みつつ忠は場を和ませようともしてみる。

 花華は褒められる事への耐性が無いんだから反応が可愛いけど大丈夫かな、

 と忠は思ってしまう。

 人混みを避けつつ参道の左側のぼんぼりが並んでいる辺りになんとか近づいていった忠達は、まだ灯りは点っていないが、綺麗な絵が和紙に着けられて、高さが二メートルくらいあるぼんぼりの列にやっと近づくことができた。

 ぼんぼりと言っても木製の灯籠のような感じで、一つが脚の部分は下一メートル半くらい、灯りの部分が上五十センチくらいで、それが一メートル間隔くらいでずーっと神社の社まで連なっている。描かれている絵はそれぞれ異なり、中には著名なイラストレーターや画家が書いたものまである。

 と言う説明を掻い摘まんで忠がしているのだが、身長100センチ程のステファニーさんは見上げる形になってしまい、いまいちぼんぼりの絵が見えないようだった。

 花火大会の時は普段着だったから肩車できたけど、今回は浴衣だしそんなことさせるわけには行かないし、どうしよう。と忠が考えていると、

「ね、ステファニーさん、見えにくかったりしますか?」

 花華が先んじて彼女に訊いた。

「ええ、ちょっと、目は良い方なんですけど、もう少し近くで見たいかなぁとは思います」

「ふむ。私で良ければだっこしましょうか。女の子同士だし気にしないで、ね」

 花華が少し屈んで両手を広げると、

 忠の手を遠慮がちに離してから、

「はい、それじゃあお願いします」とステファニーさんが花華の首に抱きついて、

 花華がよっと、と立ち上がる。

 流石にここまでの密着ようじゃ僕がやったらいろいろまずかっただろうか、

 などとちらりと忠は考えつつ、重くないと訊くのも躊躇われ、

 花華がよろめかないかどうかだけに心配して見守っていたが、

「花華さん重くないですか?」

「ステファニーさん軽い! 見かけ通りねぇー、モデルさんみたいな体系だし

 ふよんふよんの部分が少し当たってるので、それを横目に見てるお兄ちゃんが気になりますけどね?」

 と花華が言ってニヤリとしているが、

「なな、みてないみてない。花華転ばないようにな」

「どうだかぁー、うん、大丈夫よ。ステファニーさん、私もちっこいけど、これで少しは近くから見えるかな」

 花華は身長140だし、

 花華がお尻を腕に抱えるようにしてステファニーさんを抱きかかえても、

 そんなに視線が変わるほど高くなるとも思えないが、

「ええ、充分です。花華さんありがとー」

 と、彼女に抱きついている様子を見ると、

 ステファニーさんからの視界はだいぶ変わったようだ。

 そのまま、二つ、三つと、よーく絵柄を見ながらぼんぼりを巡る。

 ぼんぼりに描かれている絵柄は実に多彩で綺麗で、植物の絵や、書、人物画、など

 どことなく古風なんだけれど、毎年見飽きない絵図である。

 不意に花華が、

「あー、私思い出した」

 とつぶいた、

「ん? どうした」

「なんですか? 花華さん」

 忠とステファニーが訊くと、

 花華はだっこされているステファニーさんの顔を見上げ、

 にっこり笑って、

「うん、あのね――」

 あれ、普段なかなか見せないくらいのニコニコ顔だなと忠は思う。

「――私も、今のステファニーさんみたいに、小さかった頃、

 お兄ちゃんに頼んでだっこして貰ったことあったなぁって」

「そうなんですか」

 ステファニーさんも微笑んで花華の顔を見る。

「そんなことあったっけ……」

 忠は思い出せないようだが、

「うん、私が小学一年くらいのころかなぁ、お兄ちゃんと、お母さんと、

 ぼんぼり祭り来たときだよ、私が見えない! ってぐずったら、

 お母さんがだっこしてあげようか? って言ってくれたんだけど、

 私、そのときどうしてもお兄ちゃんがいいって言い張って」

「あー、そんなこともあったような」

「それでそれで?」

 ステファニーさんは優しく先を促す。

「うん、それでね、その頃はたぶん今の私よりお兄ちゃん背低かったんだけど、

 頑張ってだっこしてくれて。私すごく嬉しかったの」

「へぇー、忠さん昔からいいお兄さんなんですねぇ」

 花華の腕の上でステファニーさんが忠に言うと、

「ああーなんか思い出してきた」

 と彼は照れだす。

「だけど、お兄ちゃんったらすぐ疲れちゃって、灯籠二つでよろけて、

 危ないから降ろしなさい! ってお母さんに言われちゃってね、

 それでそしたら、お兄ちゃんが今度はぐずって、

 今度は花華をちゃんとだっこできるようになるんだ! って言ってくれたっけ」

 ふふふ、と花華が笑う。

 あれからいつの間にかそんなことがあったのは忘れてしまって、

 二人ともこんなに身長が伸びてしまった。

「そうそう、初めてぼんぼり祭りに来たときだったのよね」

「そうだったんですかー、二人の思い出のお祭りなんですね、

 なんか素敵ですねーそういうの、あら、忠さんは恥ずかしかったみたい?」

「ええ、なんか思い出したらちょっと。情けなかったかなぁって……」

 忠がぽりぽり頬を掻きながら、そんなこともあったかと思いに耽る。

「そうだ、ねぇねぇ、花華さん、一度降ろして下さい」

「え、ええ、はい」

 花華がステファニーさんをすとんと降ろすと、

「じゃ、私の次は花華さんの番です」

 と花華に言う。

「え、もしかして、お兄ちゃんに今ここでだっこしてもらえって!?」

 周りの喧噪の中ではあるが、

 花華は恥ずかしさが急にこみ上げて声がちょっと大きく出てしまった。

「だってお約束していたんでしょう? 折角思い出したなら、

 たまにはお兄さんに甘えるのもいいんじゃないでしょうかー、

 私は普段からお二人に甘えっぱなしですしね」

「そ、それとこれとは……」

「甘えられるときに甘えておかないと後悔しますしねぇー」

 ステファニーさんは何の気なくのんびりした口調でそう言ったが、両親を亡くし、

 それができないと言うことをいっているのだとぼんやりと忠と花華には伝わった。

 花華は兄に目配せして、緊張しながらも、仕方ないなぁと、

「お、お兄ちゃん、それじゃ、今はあの時と違って重いかもだけど……」

 おず、と手を前に出すと、

 忠もひとしきり悩んでみてから、「まぁいいか」と、

 花華の浴衣が着崩れないよう、横抱きにする形で、ひょいと持ち上げてみせた。

 忠は身長が170ほどある、当時と比べたら忠の身長はずっと高くて、

 それでも軽々と彼女を持ち上げてあんまりすんなり持ち上がった花華の方は、

 びっくりして兄の頭にしがみついてしまった、

「わっ、お兄ちゃん、重くないの? それに、高いよ」

 ちょっと気にしてた周りの人たちは、なんだ兄妹がぼんぼりを見ようとしてるかー

 と気にも掛けずに通り過ぎて行ってしまう。

「なんか、前はすごいしんどかった記憶があるけど、今はそんなこと無いな。

 花華、軽いな、ご飯ちゃんと食べたほうがいいぞ。で、ぼんぼり、近く見える?」

 そうだ、前の時も、兄に少しの高さだけど持ち上げて貰って見たとき、

 ぼんぼりがすごい近くに見えたのを思い出した。

 今回はもうぼんぼりのてっぺんの部分よりも

 自分の視線のほうが高くなってしまっている。

 近くなんて訊かなくてもいいくらいなのに。

「……うん。痩せてるって言われるのは悪い気はしないけれど……、

 ぼんぼり充分近く見えるよ、あの時とは大違いね」

 花華が恥ずかしいから降ろしてよ! と言う前にそれだけ確認すると、

 優しく忠は彼女を降ろした。

「よかった、ちゃんと花華をだっこできるようになってたかー、

 ステファニーさん、ありがとうございます。

 ちょーっと恥ずかしかったけど、まぁ、こんなんで良ければ、

 花華、まただっこしてあげるよ」

 忠はどこかさっぱりとした顔でそう言った。

 ホントはあの時、ほんとに彼女を抱きかかえていることが

 できなかったのが悔しくて、そのあとお母さんに泣きついたんだ、

 というところまで忠は思い出していたのだが、花華は幸いそこまでは、

 思い出してくれなかったみたいだけど。

「ちょっと、お兄ちゃん、今度は無くていいわよ。

 あー、恥ずかしかった。もう子供じゃないんだから」

「あ、そうか、今度は僕にじゃなくてあの安達君の方がいいか」

「! そういうことじゃないからね、もう」

 花華は久々に忠にだっこされたのが恥ずかしかった。

 くるりと振り返ってすたすた隣のぼんぼりへ行ってしまった、

「ふふふ、花華さんと忠さんは仲の良い兄妹でいいですね」

 ステファニーさんはそんな花華の様子を見て笑顔で呟いた。

 忠はそっと彼女の手をとって、また繋ぎ直してから、

 さっき少しだけ気になったことを問いかける。

「あの、ステファニーさん、

 ステファニーさんはご両親にだっこされたこととかって……」

 と、そこまで忠が言っただけで、察しがいい彼女はいろいろ解ってくれたようで、

 ぽん、と手を打つような表情をしてから、

「私も、さっきのお二人の遣り取りをみてて思い出しました。

 小さかった頃、はじめてお城に案内されたとき、

 父にだっこされていて、何故かお城の赤い絨毯が怖くて、

 降ろさないでって、父に必死にしがみついていたこと……

 ちょっぴり恥ずかしくて、いい思い出です」

 遠くを見つめていたその顔は優しい表情で、

 この記憶を思い出させてくれた二人に感謝しなくてはと彼女は思う。

 それから忠の顔を見上げて、繋いだ手にぎゅっと力を込め、いつもの笑顔で忠に、

「花華さん迷子になっちゃいますよ! 早く追いかけなきゃ!」

 今はほんとに、彼らが私の家族なんだな、とぼんやりとステファニーは考えた。

「そうですね行きましょう」

 忠もステファニーさんの笑顔にほっとしてから、

 見失わないうちに花華を追いかけた。


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