鶴岡八幡宮のぼんぼり祭りの巻き:3 お願い事

 二つ三つ隣のぼんぼりのところで花華に追いついた忠は。

「花華、急ぎすぎだよ」

 と、右手で巾着をぶら下げている花華の左手を掴む。

 花華はさっきだっこされたのと、手を兄に掴まれた事にちょっと赤面しつつ、

「あ、ごめん、ちょっと恥ずかしかったから……」

 忠の足元に視線を落として、ステファニーさんに謝るようにそう言う。

「花華さん、急ぐと迷子になっちゃいますよ!」

 とステファニーさんに窘められると、髪に手をやって唇を突き出してから、

 忠に視線を合わせて、ゴメンね、お兄ちゃん、と声には出さず口パクで伝える。

「はぁ、そうとう恥ずかしかったんだな」

「あの……、いま手繋いでるのも恥ずかしいんだけど……」

「あっ! そうだった、ごめんごめん」

 忠がパッと手を離すと、一瞬だけもうちょっと繋いでいても良かったかなぁという思いが過ぎってしまって手が空を彷徨ったが、誤魔化してくるっとステファニーさんの横に回り込んで彼女の左手と自分の右手を繋いで、これで元通りと微笑む。

「花華さんって、お顔がころころ変わって女の子らしくて可愛いですよね、

 ね、忠さん?」

 そんな花華の様子を嬉しそうに見ていたステファニーさんは忠に朗かにそう訊く。

「え、ええ、まぁ、面白い顔してますよね」

「なによ面白い顔って!」

「え、ああ、いやいや可愛い顔って言おうと思ったんだった、ははは」

「もう失礼しちゃう」

 そんな二人のやりとりに、ははは、とステファニーさんも笑って三人で手を繋いで境内を歩いた。ぼんぼりの近くは人が多くて、人の波に合わせて隣に一つづつ移動しなくてはならない位の混みように徐々になってゆく。

 のんびり鑑賞するには人が多くて辛くなってきたのもあって、忠は切り替えて参道を進むことにしして、左側通行の人波のぼんぼりから離れた右側を通り、先に神社の社殿へ向かう。

 やがて両隣に狛犬がある石階段が現れて、

「ここの階段を上って、あの赤い門を潜れば神社の社殿があるんですよー。

 そこにお参りして帰りものんびり見物していきましょう」

 忠がステファニーさんに説明する。

 石階段の左右にもぼんぼりが等間隔に並べられていて、その上には神社のお社がある。地球の宗教施設に来たのが初めてなステファニーにとっては、人々の集まる光景もだけれど、建物と構造物の雰囲気にも圧倒されてしまうところがあった。

(忠さんと、花華さんと手を繋いでいなかったら少し、びっくりしちゃってたかも

 しれないな。と、ふと思う。

 二人と一緒なら心強いのかな。ふふふ)

 忠は石階段の段差がステファニーにはきついだろうと、さっき花華がしていたように彼女をだっこしてくれて、階段を登ってくれた。

(花華さんもだけど、私のことだって軽々持ち上げちゃうんだから、

 忠さんって外見によらず力持ちよね。この腕、ちょっと格好いいかも)

 忠の腕に優しく手を当てるその動作だって浴衣と相まって女性的で、

 すごい綺麗なもんだから、忠は妙に落ち着かなかったけれど、

 階段を登り切って彼女を降ろしてから、忠はふうと息を吐いた。

 忠は先程の花華の身体とは違って、より柔らかかったステファニーさんの身体にドキドキしていたのもあった。

「さ、もうちょっとです、行きましょう!」

「はい。忠さん、ありがとうございます」

「お兄ちゃん、私だっこするときは何でもないような顔してたのに、

 ステファニーさんだと違うのねー」

「な、そんなことは、ないぞ」

「どうだっかなー」

 花華にからかわれ、それを見たステファニーさんが笑う。

 階段を登り切り門を潜るとき、

「あ、忠さんあそこなんて書いてあるんですか?」

 とステファニーさんが忠と繋いでいる方の手を挙げた。

「ああ、八幡宮って書いてあるんですよ」

「ふうん、漢字って素敵ですねーそれだけでデザインみたいです」

「確かに、象形文字って言うくらいだからそうなんでしょうねぇ」

「そう言えばテラリアの文字って英語みたいな文字でしたもんね。

 うーん、星全体で一つの言葉っていうのはちょっとうらやましいかも」

「そうでしょうかねぇー、私達の星も大昔は一杯言語があって、種族が居て、戦争もあったみたいなんですよ。地球みたいに、色々な言葉や文化の人が仲良く暮らしている星の方が、私からしたらうらやましいです」

 なるほどそんなことがあったのかと忠も花華も思いつつ、そのうち、

 テラリアの歴史についても学ばなければならないなと思う。

 講師がステファニーさんなら間違えなく頑張るな、と忠は思った。

「ステファニーさんの星の話、もっと聴きたいな僕」

「私も、今度いろいろ教えて下さい」

「ええ、喜んで。地球の方々はその上私達まで受け容れて下さって、

 戦争にもならないなんて、皆さんそうやって忠さんや花華さんみたいに、

 勉強熱心だからですかねぇ」

「いやいやそんなことないですよー」

「お兄ちゃん歴史苦手だしねぇー」

「花華、そういうことじゃないからね」

「ははは」

「あ、とか言ってるうちにもう社だよ」

 と花華が言う。

 神社の本宮の前には門まで続いて行列ができていて、

 自然とその最後尾に着いていたのだけれど、

 話しているうちに順番が回ってきたようだ。

「あ、えっとー、鶴岡八幡宮は二拝二拍手一拝なんですよね」

 事前に予習してきていたステファニーさんが言う。

「ええ、そう言えば僕達はあんまり意識してないんですけど、

 普通の神社ともちょっとちがったりするんでしたっけね」

「お願い事、していいんですよね?」

 小首を傾げてそう訊くステファニーさん。

「ええ」

「私達異星人のお願いも聞いてくれるんでしょうか」

「うーん。たぶん聞いてくれると思いますよ、日本の神様は懐が深いですから」

「またまたお兄ちゃん適当なこと言っちゃってー、でも、んとねー、

 歴史の有名人の源頼朝、北条政子夫妻がとても夫婦中が良かったから、

 縁結びとか、

 源の家の人たちが名武将が多かったから勝負事とかのお願いとかに強いのよねー」

「そうか、この手は女の子の方が詳しいか」

「そうじゃないわよー、一応歴史なんですから」

 花華はちょっと得意顔だ。

「そうですか、縁結びと、勝負事」

 ステファニーさんはなにやら密かに考えている様子。

「あ、お賽銭、二人にも渡しとく、はい」

 忠が財布から硬貨を出して二人に渡す。

「お、サンキューおにいちゃん」

「ありがとうございます」

「いえいえ」

 言ってるうちに順番が回ってきて、さっきステファニーさんが言った作法の通り

 拝礼をする。ステファニーさんはきっとゴブリン族のこととかを祈っているんだろうなーと忠は思い、横目に真剣に拝んでる彼女をちらりと見ていた。

 人がすごいから順番ごとですぐ折り返す羽目になってしまい、長居もできずに、

 今度は戻る列に加わる。

 花華が何に気なしに、

「ステファニーさん真剣にお願いしてましたね、なにをお願いしたんですか?」

 と訊くと、ちょっと彼女は慌ててちょっと微笑んで、

「えへへーヒミツです」と言って、

「花華さんこそ、真剣になにお願いしていらしたんですか?」

 と返す。すると花華の方こそ大慌てで、

「え、いや、その、言えません!」

 と言って照れていた。おませな女子達を尻目に、

 ステファニーさんともっと仲良くなれますように、と、

 次のテストで英語の成績が上がりますように、と、

 堅実な事をお祈りしてしまった忠はもうちょっとお願いに色を付けておくべきだったかとも思った。

 そんなこんなでお願いを済ませて、流れに従って本宮から戻るとき、

 本宮入り口の階段の上からは鎌倉の街が一望できた、

 夏の午後四時とあって空は晴れ渡り遙か一の鳥居の向こうには海と、

 その上に蒼いテラリアまでぼんやりと見渡せた。

 ステファニーは再び忠に抱かれつつその光景を見て、

「わー、これが私の街なんですねー、神社とか、浴衣とか、お祭りとか、

 いろいろ素敵なことが多くて楽しい良い街ですね!」

 と笑いながら忠に言う。

「ここからの風景は、人がもっと少なければもっと綺麗なんですけどねぇ」

 忠は静かに見渡せた方がいいかなとおもいそう呟いたが、

「ううん、私は人がいっぱい居るのも好きですよ!

 人もゴブリン族も仲良くしてるこんな風景がとっても好きです」

 彼女は忠の首に抱きついて明るく言うのだった。

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