女性に年齢を訊くのは光のせいにしても失礼なのです

 次の日も忠は花山先生のびみょーな変化に四苦八苦というか。

 彼女が一方的に忠を意識しているらしく、廊下で忠が1人の時に何気なくすれ違った際に、

「芹沢くん、あのことぜったーい誰にも言わないでよね」

 とか釘射されたのだ。しかもあのツンツンしてない方の感じで。

 先生の可愛さにむずむずするから止めて下さい! とは言えるわけ無いので、

「いいませんよっ、大丈夫ですって!」

 と言うのに精一杯。

 ほんとに~? と疑う顔すら急に可愛く見えるから怖い。

 しばらくはああだろうな~と納得したことにして家路につく。

 花山典子28歳。

 意外にも良い先生だし、意外にも可愛いし、変にドキドキするっての。

 と思いつつの帰り道。ん? 女性の28歳ってあんな感じか~、

 花山先生よりはステファニーさんのほうが俄然若い感じがするし、

 可愛い感じもするし、370歳?

 いやいや、実際のところは何歳くらいに相当するんだろうなぁ。

 実は18位で僕よりひとつ上くらいしか変わらなかったりして、

 そしたら本当にお姉ちゃんっていうか友達っていうか、恋人もありなのかな?

 なんてぼけーっと考えていたけど、

 そう言えば今日返却された期末テストの結果はあまり芳しくなかった、

 数学はそこそこだったけどやっぱり物理が脚を引っ張ってた。

 僕文系だしなぁ。

 夏休み始まったら図書館開放日には学校に行こうかな、

 ついでで復習もちゃんとしようかな、

 なんて、まぁ、川瀬さんが居る日しか行かないけど。

 意外にも忠は煩悩に素直な少年だった。が、

 その年齢にそぐわずすぐエッチな妄想に耽ったりはしないところがいっちょ前である。


 家について、ごはんの時に予想通り期末テストの話になり、

 家族でリビングのテレビがある方の部屋で、ソファに座って話し合い。

「お母さんみて、私英語のテスト98点だったんだ! すごいでしょ!」

 隣で忠がステファニーさんに、

「テストって100点が満点でそれで勉強が出来たか出来てないかのチェックをするんですよね、

 花華は英語がすごい得意で、あと2点で満点だったみたい。すごいなぁ」

「忠さんの英語の点数は?」

「はぁ、情けないことに68点でした。平均点は72点だから平均以下」

「花華すごいわね! 将来英語圏に留学するのもいいかもねぇ!

 忠、聞こえてるわよ、あなた、自称文系なんだから英語のテストも頑張りなさいな」

「うう、ごめんなさい。でも数学は先生がオマケしてくれて100点だったよ」

 耳をしゅんとしていたステファニーさんはその話を聴いて、ぴっと耳を立てて、

「忠さんすごい!」

 とすぐに褒めてくれる。

「あ、ありがとうございます」

 忠は照れるが、母は、

「オマケって?」

「いやーひとつ公式が怪しかったんだけど答えが合ってたから丸くれて」

 いやー、しかも花山先生だから例の件でも

 ちょっとだけ助けてくれたのかなってところもあってとは言えなかったが。

「ふーん、すごいじゃないの! やったね忠!」

 意外にも母も褒めてくれて嬉しい。

「お兄ちゃん数学そんなに出来るんだ……夏休みの宿題ちょっと手伝ってよね」

 花華が恨めしそうに言うので、

「だったら花華も僕に英語を教えて、ください、ませ」

 後生だときちんとお願いしておく。

「う、うんいいよ。交換条件だねっ」

「お二人とも好きな教科と苦手な教科があるんですね。

 花華さんは英語が得意なら、テラリアの私達のゴブリン語も勉強すれば解るかしら?」

 ステファニーさんは期待に満ちた目で花華を見る。

「いえいえいえ、そんなたいしたもんじゃないですから、

 他の惑星の言葉なんてちょっとむずかしいと!

 ……でも、将来的には勉強してもいいかなとは思います」

 遠慮がちに花華は言うが、

 うちにステファニーさんが来てから花華の将来の展望も色々変わってきているようだ。

「まぁ、素敵。そうしたら私も頑張ってお手伝いするわね!」

 ステファニーさんは今日は青い服で、これまた、

 ステファニーさんが着ると涼しげに見えるから不思議。

 髪もアップに結っていた。

 花華が応援されるのが微妙に羨ましい忠だったが、

 英語では太刀打ち出来ないので致し方ないと諦める。

 実は物理がもっと悲惨だったんだよね、

 って話を忠が勇気を持ってすると、早苗は

「はぁ。がんばんなさいよ来年三年なんだから!」

 といつもの台詞だった。

 ステファニーさんは一緒になってしょげてくれるのでありがたいが、

 地球の勉強を彼女に教わることはできないのはちょっと残念だった。

 ステファニーさんが教師なら俄然やる気がでるに違いないからだ。


 ちょっと経って、そのまま家族4人でテレビを観てるとNHKスペシャルが始まった、

 ゴブリン族の健康診断が始まるのを前に彼らの生物的な生態やら

 人類との構造の違いなんかの話をするらしい。

 ちなみに忠の生物学のテストの点数は74点、平均ど真ん中だった。

「なんか面白そうじゃない?」

 と早苗は食いついて観ている。

『――まずこのように、ゴブリン族は我々人類と同じ進化体系を辿っており、

 炭素生命であり、いわゆるほ乳類の中の霊長類に相当すると言えます、

 惑星テラリアでは他の霊長類に相当する種族は既に滅んでおり――』

「そっか、テラリアってゴリラとかお猿さんみたいな動物って居ないんだ」

 花華が言う。

 そうか、長たる種さえ絶滅寸前で502万人なんだから

 他の動物達もすでに無くなってる種族もいっぱい居たんだなぁ、

 忠がちくりとそんなの寂しいんじゃ無いかなと思ったのを

 ステファニーさんは勘づいて拾ってくれる。

「そうですか、地球にはまだ人間に似た種類の動物も居るんですね~、

 私達の星では地球にたどり着くまでに長く時間が掛かりすぎたようです。

 でも忠さん、ありがとう、気にしないで下さい、

 今こうして地球に来られただけでも奇跡なんですから。

 あと、昔の動物といえば、

 魔法の本に閉じ込められている生物が居るはずですから、

 地球の科学者さんが研究することは出来るはずですし。絶滅はしてないですよ」

 どこか淡々とした口調だけど、いつも通り優しくて、

 ほんとステファニーさん達は大変だったんだなと思う。

 忠はふと閃いて。

「そうだ、今度地球の動物園にも行ってみませんか?

 いろんな種類の動物がいっぱいいるところなんですよ。あっでも真夏は厳しいかなぁ」

 流石にこの猛暑の中動物園に行くのはハードだ。

「ん、お兄ちゃん、だったら江ノ島水族館にしようよー、海の生き物だっていいじゃない?」

「お、それだぁ! 水族館にしよう」

「海の生き物ですかっ!? 私、観てみたいです!

 だって地球の海はこんなに広いんですもの、

 テラリアが浮いていられる位にひろいんだから

 いーっぱい素敵な生き物がいるんでしょうね~?」

 彼女も大喜びだ。

「うん、じゃあ今度一緒に行きましょう」

 忠が言うと、

「私江ノ島水族館久しぶりだー! 楽しみー!」

 と花華が乗ってきた。

 ああ、残念、もちろん2人でデートの様に行くわけにはいかないか……。

「でも夏は混むからねぇ、お盆前の平日に行けると良いわね、

 ま、あそこくらいならあんたたちだけで行ってらっしゃいな」

 自転車でも行ける距離だし母も気楽で良いらしい。

 テレビではテラリアのゴブリン族の身体についての特徴を色々述べている、

 意外にも胃やら腸やら内臓はほぼ同じ構造の器官があるだとか、

 なぜか盲腸だけは3つあって、ゆえに地球の食べ物にも順応性が高いんだとか、

 なるほどと思える情報もある。


 そして特集の最後のトピックは〝年齢〟だった。

『――さて年齢と言うことですが』

『これは極めて物理学的な話になるのですが、

 彼らの年齢を聴いて我々地球の人類は驚いた方が多いでしょう、

 なにせ地球の歴に換算すれば数百年なのですから』

『ゴブリン族は長寿な種なんですねぇ、

 それゆえに惑星に危機が訪れても繁栄し続ける事が出来たのでしょうか』

『いえ、違います、長寿ではないんですよ』

「えっ?」

 アナウンサーと大学教授の対話形式で番組は進んでいたが、

 長寿ではないという発言にちょっとびっくり。

 ステファニーさんも興味津々に聴いている。

『――そうこれは、物理学的な話なのです。

 首藤さんは〝浦島効果〟という言葉を聞いたことがありますか?』

『浦島効果ですか?

 えーと、それって特殊相対性理論における時間の遅れの効果の話でしょうか?』

『そうですそれです。

 視聴者の方に解りやすく伝えると、浦島太郎は竜宮城から戻ってきて、

 玉手箱を開けたとたんに老けてお爺さんになってしまいますよね。

 しかも、地上では彼は何年も後の時代に帰ってきていた。

 あれは竜宮城で過ごしていた時間の〝遅れ〟を急激に取り戻し、

 浦島太郎の時間が彼の〝現代〟の時間に戻ったという描写であると捉えるといえる効果です』

『それがゴブリン族の長寿とも関係している? と?』

『はい、つまり、惑星テラリアは大宇宙の中を地球へ向けて、

 魔法等による高度なワームホール空間の中を、

 それこそ我々地上の定点から観測すれば、

 光速の何倍ものスピードで移動し続け、

 ホールを抜けて地球に至った、

 その過程は言葉を簡単に言い換えれば〝未来へのタイムワープ〟に等しいわけです』

「なんかすっごい難しい話になっちゃってないこれ、お兄ちゃん解る?」

 花華がたまらず突っ込む。

「ギリギリ何とか、これって要するに、

 ドラえもんとかのタイムワープと同じ事が惑星単位で起こってたって事なのかな、

 ってことは、どういうことなんだろ?」

『――つまり、惑星テラリアの中で流れていた時間は

 我々地球人の時間より遙かに〝引き延ばされた〟時間の中

 を歩んでいたことになりますね』

『そして、彼らの陰暦を我々の尺度に直した単位でたとえば100年だったとしましょう、

 それは彼らの惑星の中の時間では100年ですが、

 我々の時間軸から計算し直すと最新の計算値では6年程度ではないかと推測されます。

 つまりテラリアは光速に換算して、

 16.6倍もの早さで宇宙を移動していたと言うことになりますが。

 これはワームホール空間の研究値や、

 ブラックホールとホワイトホールを結ぶ空間があるとしたときの

 光の移動速度としては十分にあり得る値になっています』

 ……全国の視聴者の皆さんはちんぷんかんぷんだろう。

 芹沢家の面々も、母も物理学が苦手なのでせんべいに齧り付いているしか脳がなくなっている、

 が、

 ここに期待の星がひとり!

「なるほど、そういうことでしたか!!」

 ソファから降りてパッと晴れやかな表情でステファニーさんが喜んだ。

「ステファニーさん今の話解るの!? すごい!!」

 花華の当然の反応である。

「なんとなーく、ですけど、ふふふ、でもひとつ心配していたことが解決しちゃいました!」

 ステファニーさんはどこかすごい嬉しそう。

「ステファニーさんどうしてそんなに嬉しそうなの?」

 忠が問うと、

「え、うん、忠さんと、皆さんならいいかな?」

 えっ、どういう話なの? と3人が顔を合わせる。

「つまりですねぇー。私、370歳じゃなかったってことです!」

 彼女はその大きな胸を張っていった。

「へ?」

 もはや三馬鹿と化した地球人が声を挙げる。

「もう、女性に年齢を訊くのはタブーですよタブー」

 彼女は指をぴっと立てて、忠に忠告した。……忠だけに。

「なんで僕、っていうかどういうことですか?」

 忠の頭の中は相変わらず疑問符だらけ。

「つまり、これからはきっとみなさんと同じ時間を歩めるって事です。

 忠さんがお父さんになれば私もお母さんになるし、

 お爺さんになれば私もお婆さんに。

 ふふふ。よかったぁ。私心配だったんです。

 もし、せっかく星の危機を乗り越えて、

 地球に来ることが出来て、地球の方々と仲良くなれたのに、

 その方々と生きている時の流れが違っていて、

 もしかしたら、私だけ先に死んでしまったり、

 逆に私だけ永く生きてしまったらって。

 でもそんなこと無いって事みたいです! 私嬉しいです!」

 忠は物理が苦手な脳みそをフル回転して、

 さっきのテレビの話とステファニーさんの話を結びつける。

 ようやく輪郭は見えた。が。

「それってつまり、光のせいにしても女性に年齢を訊くの無礼ってことですかね?」

 にっこり笑ったステファニーさんはこくりと優しく頷いて、

「私は気にしてないんですけどね? でもよかったかな? ふふふ」

 といつものにこやかなステファニーさんの笑顔だった。


 忠は、忠告を受けてもどうしても気になったので、

 後日新聞にも載ったこの話を、

 苦手な物理学の教科書と首っ引きになって計算してみたところ、

 ステファニーさんの年齢を地球の〝時間軸に合わせて計算し直す〟と

 22歳くらいらしいということが解ったのだった!

 なるほど、極めて危険な語だが、ロリババアというワードは

 彼女には決して当てはまらないぞやったー!

 となったのでした。でも知恵熱がでましたとさ。

 それにしたって忠告は忠告。

 受けた忠は実直なので、花山先生とも、ステファニーさんとも、

 変に年齢は意識しないで付き合おうと心得たのでした。

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