花のある生活とか健康診断とか

 今日は先生に捕まってしまったのもあり、忠は若干遅く午後6時に家路についた。

 それにしても花山先生にあんな意外なところがあったと知れたことは、

 可笑しかった。俊介があれを知ったらネタにして花山先生をどうにかしよう

 とかも考えたかも知れない。

 ふと僕は考えた。僕は先生になにか悪さを考えるようなこともないし、

 そんな恋愛とかに昇華しようかなぁなんて事も考えない、

 あれ、僕ってほんとただのお人好しなんだろうか?

 でも、心配してくれた川瀬さんには

 後でこっそりこういうことがあったよと伝えておこうかな、と思った。

「ただいまー」

 忠が家の玄関を開けると、冷房の心地よい冷気と一緒に珍しく花の香りがした。

 ステファニーさんの使ったことの無かった香水?

 とも考えたんだけど、ちょっと香りが強いからそれはないだろう。

「おかえりー」

 と奥から花華の声が聞こえ、続けて、

「おかえりなさーい」

 とステファニーさんとお母さんの声。

 リビングルームに入ると食卓の上に、

 花が滅多に出さない花瓶に入って飾ってあったので、ああ、これか。

「玄関まで香ってるよ、綺麗だね~カサブランカかー」

 花束の後ろに隠れて机の上の食事の支度をしていたステファニーさんが

 顔を花の横から出して忠の方を見て、まるで自分のことが褒められたみたいに喜んでから、

「忠さん、おかえりなさい。これ、お母様が買って下さったの、綺麗ですよね!」

 ふふふっと笑う。

 カサブランカの豪華な花束に負けじと、ステファニーさんの笑顔が今日も綺麗です。

 俊介が言ってた余計な一言の――バッキバキだろ普通――とかが一瞬過ぎって、

 忠は顔を赤くしてステファニーさんの視線を避け花の後ろに廻る。

 するとステファニーさんは、あら?

 と忠を追って、隣の椅子の上にぴょんと軽くジャンプして移動して忠の方を見つめる。

「忠さんどうかしたの? お顔が赤いですけど……?」

 忠は観念気味に、

「いやいや、なんというか、ステファニーさんもこのお花くらい綺麗だなと思って――」

 と即時に告白したら彼女は眼を丸くして喜んだ。

「またまたお兄ちゃんステファニーさんに上手いこといっちゃって」

 隣のテレビがある部屋のソファに転がってエアコンからの冷風に

 伸びてた花華がひらひらと手で顔を仰いで、

 そんなのにだまくらかされちゃダメダメと

 ステファニーさんに言外に伝えようとしたらしいが、

「あら、花華さん、地球ではどうかわかりませんけど、

 テラリアでは〝花のように美しい〟とかって立派な口説き文句なんですよ?」

 とお盆を抱えて微笑む。

「えっ、口説きっ!?」

 忠がビックリするが、「そうですよ?」と彼女はこくんと頷いて、

「嬉しいです」

 と言って、椅子から慎重に降りてお勝手へ行った。

 ちょっと忠はハラハラした。

「はは、お兄ちゃん、女の子に相変わらず弱いんだから~」

 よっ、とソファから起き上がった花華は、中学校の制服から着替えて、

 何時ものTシャツに短パンの部屋着だった。

 まったく二、三日前のあれまでは花華なんて女の欠片にも見えなかったのに

 今はそうでもなくて、

「そっかぁ~、うーん。花華も花みたいとか言われたら嬉しいの?」

 って訊いてみると、

「えっ、私っ!? 私は名前負けだよー、

 少なくとも全然カサブランカって感じじゃないでしょ?」

「そうだなぁ、どちらかって言えばヒマワリとか朝顔とかそんな感じか」

「なによそれー、褒めてんの、けなしてんの?」

「褒めてんの」

 兄妹で笑い合う。花華もお母さんに夕飯何か手伝うことある~?

 と訊いてふらふらキッチンへ。

「僕荷物置いて着替えてくるねー」

 と忠は部屋を出て自室に向かい、階段を登りながら上着のボタンを外して今日も暑かったーと思う。

 階段の上までほんのり花の香りがしていた。カサブランカの香りは嫌な匂いではない。

 着替えて、手を洗って、顔も洗ってリビングに行くと、丁度夕飯の準備が終わったらしく、

「忠、ごはんよ、一緒に食べましょー」

 とお母さんが声を掛ける、ステファニーさんも花華も席に着いていた。

「うんいただきます」

 と席について忠が言うと、母と妹とステファニーさんも続く。

 ちょっと食べたところで忠が、

「ごめん、今日ちょっと先生に捕まっちゃって遅くなっちゃったんだ」

 部活に入ってないので帰宅時間は何時も花華と同じくらいだ。

 夕飯の支度も手伝えるが、たまたま遅いと珍しがられるため理由を説明しようと思った。

「あんたが先生に捕まるなんて珍しいわね? なにか学校であったの?」

 やはりお母さんに訊かれる。

「うんそれがー友達に携帯を貸したらそれを授業中に友達が使ってるところ

 見つかっちゃって先生に没収されて、それで返して貰ってきた」

 事実だけだとまぁこんな感じになる。

「あらまぁ、先生に迷惑掛けちゃ駄目でしょう」

「ごめんなさい、でも大丈夫」

「お兄ちゃん珍しいね、先生に怒られる話なんてあんまり聴かないし」

 花華もそう思うくらい平均的な目立たず大人しい生徒な忠なのだが、

「それがさぁ、今日は朝のステファニーさんの写真を

 ちょっと自慢して皆に見せてたからそれで舞い上がっちゃって失敗しちゃった感じかな」

 と苦い表情を作って言う。

 ステファニーさんがスープを掬おうとしたスプーンの手を止めて、

「忠さん、ごめんなさい、私のせい?」

 と言ってきたので慌てて、

「いやいや、ステファニーさんが悪いんじゃなくって!

 写真のステファニーさんがあんまり綺麗だったから見せてくれよーって

 友達に取られちゃったんだよね携帯。それ見てたのが授業中に発覚して~」

「えっ、それじゃあお兄ちゃん悪くないじゃん、その友達はどうしたの?」

 花華が珍しく援護してくれる。

「その友達は部活だからって放課後すぐに逃げちゃってさぁ、

 結局僕一人で先生のとこに行って、事情を話したらすぐ返してくれたんだけどね」

「ふーん」

「あんたもツイてないわねぇ~その友達の災難被っちゃって」

「忠さん……」

 ステファニーさんだけはちょっと心配そうにしてくれたので、首を横に振って、

「大丈夫ですよ、僕の失敗ですから、ステファニーさんは気にしないで下さい。

 それに、先生の意外な一面も見られたから面白かったですし」

 何気ない日常会話でもステファニーさんに忠は敬語っぽく喋る。

 単に崩したしゃべり方をするとかえって緊張してしまうからだけど。

「ん? 意外な一面って?」

 花華に訊かれる。

「それがさ、先生、携帯取られて見られてたからって、

 僕がその友達にいじめられてるんじゃないかって心配してくれたみたいで」

「あら」

「そしたら普段と全然違う風に心配してくれてさー、

 面白いって言ったら失礼なんだけど、今時あんな熱血教師みたいな人も居ないかなぁって」

「優しい方なんですね、その先生も」

 とステファニーさんが言うので頷いて、

「うん、優しいし、ちょっと慌てたところとか可愛かったかな~数学の花山先生なんだけど……」

「えー、お兄ちゃん年上女性教師とか狙っちゃうタイプだったんだー! いがーい」

 これまで何度か数学の花山先生の話は家でもしてたから、

 花華とお母さんは女性教師だと知っていた。

 花華がなんともいやらしい表情で言うので、

「タイプとか、そんなことないよ!」

 と忠が慌てて返す。

「ふーんまぁ良かったんじゃないの、誤解が解けたなら、

 でも忠、学校でもケータイばっか弄ってちゃだめよ」

 母の指摘は至極全うだ。

「はあい」

 話の流れはだいたいかいつまんでステファニーさんも理解出来たようで一つ頷いてから

 またごはんを食べ出した。

 自分としては、これといって家族に報告しないのもむずがゆいので

 早めに言えて良かったかなと思う。

 ごはんを食べ終わって洗い物をするのを、

 忠は自分が遅れたからとかってでて、四人分の食器を洗っていた。

 デザートの杏仁豆腐を先に三人で食べ終わって、

 ステファニーさんがお盆にお皿とスプーンを載せて忠の所に運んできた、

「忠さん、これもお願いします」

「はい、ありがとうございますステファニーさん、花華に運ばせても良いのに」

 ちょっと屈んで彼女からお盆を受け取る、

 彼女は忠が自分の背に合わせてそういう対応を何気なくしてくれるところが好きだった。

 忠の身長は意外に高くて170センチ以上はある。

 ステファニーと並んだら親子くらいの差はあるだろう。

「いいえ、これくらいはお手伝いしたくて、私から頼んだんです」

「そっか、ありがとうございます」

 忠はにこりと笑いかけてから再び残り物をやっつけようとシンクに向かった、

 隣で見上げたステファニーさんは、

「忠さんって、年上って好きですか?」

 と出し抜けに訊いてきたので、ビックリして洗っていたコップを取り落としそうになる。

「う、うーん、ひ、人に寄りますけどね」

 女性って意味でって事だろうか、と今更に気付く。

「私は――好きですか?」

 今度こそコップを落として慌ててぎりぎりのところでキャッチしてステファニーさんに振り向く。

 彼女は屈託の無い笑顔で忠の顔をみつめていた。

 女性としてかな。家族としてかな。どう答えよう、なんて一瞬過ぎったんだけど、

「はいもちろん大好きですよ、ステファニーさんはステファニーさんですし」

 と答えると彼女はすごい喜んで、

「ありがとうございます。ちょっといきなり意地悪な質問しちゃったかもしれませんね、えへへ」

 とにこにこしていた。

 もしかして、地球の時間に直すと370歳くらいになるらしい

 その年齢とかを意外と気にしてたりして?

 でもでも花山先生みたいな完熟女性はともかくステファニーさんは

 お姉さんくらいにしかどうにも見えないし。

 女性の年齢については深く詮索しない方が良い事は解っているので

 忠は気恥ずかしくなりながら今度はコップを落とさないように気をつけて洗い物を続けた。

 その様子をステファニーさんは隣で見上げて微笑んでいた。

「よし、これで終わりっと」

 忠が言うとそっと隣にいたステファニーさんは、

「お疲れ様です、忠さんの分の杏仁豆腐、机にありますよ。あ、私お茶を、出そうと思って」

「あ、ありがとうございます、出しますね」

 4人分のコップと麦茶の瓶を冷蔵庫から取り出して、お盆に載せて彼女に渡す。

 取ってくれてありがとうございますと言うステファニーさんに、

 いえいえそんなことと謙遜しつつ、

 あ、自分の分は貰っときますとコップを手に取った。

 母と花華はソファの方に移動しているので、その前にある座卓だから、

 ステファニーさんの手を煩わすこともない。

 けどリビングの食卓はちょっと高いし、先んじて頂いておかねばと、

 それくらいの気遣いは出来る。

 先に麦茶も注いで盆に戻し、彼女の仕事も取らないようにとすると、

 それが気遣いだと解っているステファニーさんはいちいち喜んでくれるのでこっちまで恥ずかしい。

 首の後ろを掻きながら、机に着いて杏仁豆腐を食べる。冷たくて美味しい。

「はいどうぞ」

 と座卓に彼女が麦茶を運ぶと、

「悪いわねステファニーちゃん、ありがと」

 と早苗が受け取っていた。

 僕からすればステファニーさんはやはりどんな年齢だろうと

 いいお姉さんという感じかなぁ。でもあんなに美人で器量良しなんだから

 惚れるなってのも無理があるから、俊介のように直結な考えには至らないにしても

 女性としてもかなりいいのでは……あれ? そうするとさっきの質問への回答は

 ちょっと先を急ぎすぎたんじゃ! とうっかり者の忠君は焦っていた。


 テレビでは相変わらず散発的にテラリアとゴブリン族に関するニュースがテロップで流れていたが、それ以外は落ち着いてきたのか歌番組をちょっとだけやっていたので母と花華の説明を聞きながら地球の歌をステファニーさんは一緒に聴いていた。

 彼女の歌声はあの服の修繕の魔法の時にちょっと聴いたけれどそれはそれは美しかった、

 出来ればもう一度聴きたい。そのうちカラオケとかに行く機会あるかなぁ、

 杏仁豆腐を食べながら忠は考える。

 するとピピッっとニュース速報がでたところでテレビの画面が切り替わり、

 これから厚生大臣からの会見があるようですのでそちらの臨時ニュースをお伝えしますと

 スタジオからのニュース放送に切り替わった。

「あれ、なによー、ジブリの歌特集やるとこだったのにー」

 花華が文句を言う。

 ――『ええ、厚生労働大臣の塩崎です、今回は緊急でこのような会見を開くに当たり、

 お集まりいただきありがとうございます。』

 というカッチリとした挨拶に続いて会見が始まった。

 チャンネルを1にしても同じニュースをやっていた。

『えー、身の回りにゴブリン族の方がいらっしゃる家庭の方、

 通訳が必要な方はその限りではありませんが、

 日本語の解る方がいらっしゃいましたら是非この放送を一緒にお聞き下さい』

「あら、私達の事なにか言うのかしら?」

 とステファニーさんも花華と母の間に座って会見を聴く。

『ゴブリン族の方におかれましては、惑星があのような災難に遭われるという窮状

 心中察するにあまり有りますが――』

 と長ったらしい懇切丁寧な文言でいろいろあったのだけど……、

「お母さん、これって要は健康診断しますよってこと?」

 花華が早苗に聴く。

「そうみたいね、日本を五ブロックに別けて、人口が多いだろう関東がトップバッターで

 8月1日からで、健康診断を受ければ仮の住民票のような保険証のようなものも出すって事みたい。 WHOの勧告なんていってるから全世界でやるのかしらね」

「そういえば、地球に来て具合の悪くなった同族もいるかも知れませんし、

 いろいろ把握するためにはそれくらい必要ですよねぇ」

 ステファニーも頷いた。

「最寄りの小中学校とかでやるって言ってる。うちからだと私の中学校かもね!」

「そっかー夏休みだからかー、お医者さんは大変ねぇ」

「ねぇこの地域ってどれくらいゴブリンさん居るのかな!

 ステファニーさんの知り合いもいるかな?」

 花華は妙に嬉しそうだ。

「うーん、居てもおかしくないと思うけど、

 ゴブリンさんは地球全体で502万人しかいないんだぞ?

 すぐ近くに知人がいる可能性って少ないんじゃない?」

 忠が花華に言う。すると、

「うーん私が住んでいたのは王都でしたから、

 人口密集地ではありますし、魔導研究所の門下生達なら同胞ですから

 知り合いもいるかも知れませんね、知り合いが居たら皆様にも紹介したいですし、

 今の居場所も知りたいです。会えると良いな……」

 とステファニーさんは顔を綻ばす。

「まぁ知り合いが居なくてもゴブリンさん達には会えるわけだし嬉しいわよね~、

 追って新聞やらで告知するって言ってるし、

 こんなの早々には終わらないだろうから8月入ったら行けるときに行ってみましょ。

 必要ならあたしもついてってあげるし、花華と忠も暇なんだからいいわよね~」

「そうだね、中学校なら私が案内してあげる!」

「そういや遅れてた由比ヶ浜の花火大会も8月の一週目か、8月はいろいろありそうだね」

「お父さんが帰ってきても遠出しなくって済むって喜ぶわよ」

 母が笑った。

「そういえばステファニーさんはまだ江ノ島も行ったことないですよね~、案内したいなぁ」

 忠が思い出したように言うと、

「ああ、猫がいっぱい居るっていう島ですね! 私も行きたいです!」

 とソファから身を乗り出して彼女は喜んだ。

「この夏はいろんなとこ行けそうね~あたし楽しみ」

 意外にも母が一番喜んでいるようだった。


 その日、一階で寝たステファニーさんは、

 翌朝カサブランカの香りがとっても良くてよく寝られました! と大喜びでした。

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