鶴岡八幡宮のぼんぼり祭りの巻き:7 帰路
お祭りのピークの時間なので鎌倉駅に向かって上りの電車は大混雑な様相だが、逆の下りの電車、特に江ノ電は利用客も地元の人たちに限られるようでがらがらで、ホームからすんなり乗れて三人並んで席に着く。
今日は朝から色々あったけれど、お祭りにまで来られて良かったなーと、車窓から覗く狭い家々の合間から見える夕日の光を見て忠は思う。
ちょんちょん、と隣に座るステファニーさんに腕をつつかれたので其方を見ると、
ステファニーさんはにこりとした柔らかい表情をしてから花華の方を見る。
祭りではしゃいで、美味しい物を食べて満足したからか、電車に乗って座ったとたんに寝むたくなってしまったらしい花華はうつらうつらと首を上下させていた。
やれやれ、ものの15分くらいしかないけど寝かせといてやるか。
再びステファニーさんと視線が合ったのでこくりと頷く。
電車の揺れと、車窓の夕日と、ざわざわした乗客の居る雰囲気は心地良い。
数分も経ってなかったが、
「……忠さん、私もなんだか眠くなっちゃいました」
遠慮がちに小さい声で、ステファニーさんも忠にそう言いった。
「着いたら起こしますから、うとうとしてても大丈夫ですよ」
自分も寝てしまうのではないかとも思ったけれど、眠気に抗っている彼女の様子が可愛くて、まぁもう少しだけだし頑張るかな、と打算的に考える。
うんと忠が頷くと忠の瞳を下から覗いていた金色の瞳はとろんとしたようになって、彼にもたれかかる様にして瞼を伏せる。忠とは手を繋いだままでいる。
もたれかかった小さい身体の柔らかい重さと暖かさが伝わってくる。すぐお隣の和田塚の駅に着くので減速しだした江ノ電のブレーキに伴って、彼女の身体が密着するので忠は逆に目が冴えてしまった。
少し上から見る彼女の寝顔はとても優しくて、赤い睫が長くて綺麗で……。
母が結った髪からほんのり甘い香りがしている。
和田塚の駅を発車して身体が少し離れても、暖かい手は繋いだまま。
なんか今僕ってすごい恵まれてるようなー、等とちらりと思うと笑みがこぼれてしまいそうになるので少しだけ我慢した。
ふと、足は大丈夫なんだろうかと思ってぶらぶらしている彼女の足にも目をやるが、痛そうでも無い、でも帰ったらお母さんに診て貰わないと。と思い返す。
隣の花華はというとすっかり寝息をたててすうすう寝ているんだから大したもんだ。甘いもんよく食べてよく寝るのになんでちっこいままなんだろうか。花華の浴衣姿を櫻川さんは評価してたけど、花華もいつかステファニーさんみたいなグラマーな体型になったりするんだろうか。まぁいつまでもお子ちゃまってワケでも無さそうだしなぁーと、安達君のことなんかも過ぎるけど、寝顔は子供のそのままで、まぁ、可愛い妹だし、及第点ではあるかー、なんて勝手に点数を付けてやったりしている。
カタンカタンと心地よい揺れを伴いながら江ノ電は進み、やがて海沿いに開けた辺りに出るともう七里ヶ浜はすぐそこだし、起こさなきゃ、となって。
「花華、ステファニーさん、もう着きますよー」
身体を揺らす訳にもいかないので、ステファニーさんには繋いだ手をちょっと握って伝える。
「はい。ありがとうございます、忠さん。
わー、綺麗」
眼を軽く手の平で撫でて、顔を起こした彼女は、車窓の太平洋の夕日を見てそう言った。
「あ、すっかり寝てたわ。お兄ちゃんありがと」
花華も目を覚まして夕日に照らされた顔で忠にぶっきらぼうに礼を言う。
ステファニーさんにつられて、花華も車窓から見える太平洋の夕日に目をやる。
右手西側に日が没しつつあり、広い海は夕日を反射してキラキラしている。
夏の雲は赤い空に夕焼け色から白へのグラデーションを作って漂っている。
海の果てには海と異なる碧色のテラリアが、それも夕日に照らされて、赤い半月の上部分が覗いているかのように光り輝いている。
「今日は夕日が綺麗ねー。海まで行って見てみたいなぁ。
ねぇ、お兄ちゃん、行ってみない?」
「僕はいいけど、ステファニーさんは足怪我してるしさ……」
「もう痛くないので大丈夫です。駅から海岸まですぐですものね。ちょっとだけなら私も見に行きたいです」
忠の手を引いてそう言われてしまったので、
「なら行こっかー」
七里ヶ浜の駅に着き、ステファニーさんが椅子から降りるとき注視して足を気にしたけれど、本当にそんなに痛くは無いようだ。と、その視線に気付かれてしまったらしく、
「大丈夫です。忠さん、ありがとうございます」
彼女に優しく声を掛けられてしまった。
花華が え。なに? みたいな顔で覗くので、
「私の足が痛くないかって、気にしてくれたんです」
と彼女が補足すると、
「あら、ステファニーさんが相手だと気が利くんだなぁ」
とぼそりと花華が呟いた。
「そんなことない。と、いいたいけど。まぁいいさ、いこ」
「はい」
ステファニーさんは笑顔で忠と繋いだ手を引いて、振り返って花華とも手を繋いで歩き出す。
少し歩けばすぐ海で、横断歩道を渡って海岸へ続く護岸の階段を降りれば砂浜で、夕方の海風と潮の音がして、さっきは車窓からだった夕焼けが空一面に広がっていた。
「んー! 気持ちいー!!」
花華が伸びをしてる。七里ヶ浜の海岸からは右手に見える江ノ島の少し左手に夕日が輝いていて、海と背後の街が夕焼け色に輝いていた。打ち寄せるさざ波の音がする。
「地球って本当に綺麗」
ステファニーさんがそう言うとすごい深い意味に感じる。
気になって、
「テラリアの夕日ってどんなだったんですか?」
忠が訊くと、花華も振り返って彼女の回答を待つ。
「ええっと、テラリアは月も太陽も魔法で作ってましたからね、ここまでおっきな暖かい光じゃ無かったような――」
でも言いかけて小さな首を傾げてから、
「――でも、海に沈む夕日の色は同じだったかも知れません」
彼女の言葉から、忠と花華には遙か沖に見えている星の夕暮れ時を想像することは出来た。きっと同じだったんだろう。その夕日を何千、何万繰り返して地球までたどり着いたんだから、あの星もすごいなぁ。
「機会があったらテラリアからの夕日もみてみたいなぁー」
花華が遙かに見える星を眺めて言った。
「そう言えば、今は無人になっちゃってるけど、別に星が壊れてるわけでも無いんですよね。いつか行けたりもするのかなぁ~」
難しい政治的な事情はさておき、物理的にはテラリアはあの日から太平洋上に浮上していて、落ちるでもなく、重力とかで壊れるわけでもなく、そこにある。
いつか観光とかが出来るようになるならそれは面白いかも知れない。
「そうですねぇ、行けるようになれば。行ってみたいかなぁ」
ステファニーさんもぽつりとそう洩らす。きっと彼女の家のお墓とかだってあるはずだし、家とか、生活とかもそのままのはずだ。いつかが、そう遠くないといいなと忠は思った。
「ねぇ、忠さん」
しんみりした話になるのは嫌だったのか、笑顔でステファニーさんが忠に話しかける。
「はい」
「江ノ島、でしたっけ、あそこにも行ってみたいです」
夕日に照らされて灯台の陰が大きく見えている。
「ああ、あそこならすぐ……、今度行ってみましょう」
テラリアと比べてすぐ行けるという表現を使うのはどうかと思って躊躇ってしまった。大人なステファニーさんにはそんなこともお見通しだったようで。優しい笑顔で、
「はい、お願いします」と返される。
「私も一緒にいくー!」と花華は食い下がるのを忘れないが、花華と繋いだ左手を持ち上げて、「もちろんです」とステファニーさんは微笑んだ。
波打ち際に近づいてしばらく夕日を眺めていたら、忠の携帯に着信。
「あ、お母さん?」
番号は自宅からで、相手は早苗だ。
『あ、忠~? まだ早いけど、どうしてるかなーって、お父さんが電話してみろっていうからちょっと掛けてみたのよ』
「もう、心配性だなぁ。まぁ、気持ちはわからないでもないけど。
お祭りは見終わってね、今七里ヶ浜の海岸まで帰ってきたとこー」
『あら、そうなの。そっかぁ、夕焼けかぁ』
芹沢家からも今日の綺麗な夕日は見られるようで早苗は勘よくそう答えた。
「そうそう、もうすぐ帰るから心配しないでねー」
『うん、解ったわ、あ、そうだコンビニで牛乳一本買ってきてね!』
ちゃっかりお遣いを頼むところも抜かりは無い。
「はい、了解ー」
通話を終えて、
「そろそろ帰って来いってさ。お父さんが花華とステファニーさんのこと心配してるみたい」
「あはは、ちょっとの距離なのにね。じゃー帰りましょっか」
「はい。忠さん花華さん、今日はありがとうございました」
「いえいえ、あ、お母さんが牛乳買ってこいって行ってたから僕ちょっと先行ってコンビニで牛乳かってくるよー」
海岸から出たところにコンビニはあるのですぐだ。
「はい、いってらっしゃーい」
花華が忠を見送る。
離れていく忠の後ろ姿を見ていたステファニーさんは、
「忠さんって、良いお兄さんですよね」と、花華に言った。
「そ、そうかなぁ~」
花華も良い兄だと思っては居るけど、その背中を見つつ言うのはちょっと恥ずかしくて誤魔化した。
「花華さんも、いい妹さんですし!」
そんな様子の花華を見てステファニーさんはそう続ける。
「そんなことないですよぅー」
「私にも兄妹が居たらこんな感じだったのかなーって。今は家族が出来てすっごい嬉しいです」
にこにこと笑顔でそう言うステファニーさんが可愛くて。花華も堪らない。
「わ、私もステファニーさんみたいなお姉さん、居たら素敵で、いいなって」
しかし言葉にすると案外恥ずかしいもので尻つぼみになってしまう。
「ふふふ。ありがとうございます。小さいけれど、お姉さんなのも不思議ですけどね!」
ゴブリン流の自虐というか、地球人との対比でそう言ったのかもしれないけど、
「そんなことありませんよー、私には立派なお姉さんです。ちょっと理想的すぎて眩しいくらいです」
「もー、花華さんは優しいなー。そう言っていただけると嬉しいです」
夕日に照らされた中で女の子二人は笑顔で笑い合った。
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