女の子の夏の準備は大変だ

 ピコリン、忠の携帯にLINEの着信。

 可愛い「こつめってぃ」と言うカワウソのキャラクターのアイコンは川瀬さんだ。

『忠くん、赤と、青と、黒ならどれが好き?』

 7月26日の夜、思わぬ命題がもたらされた。

 これの意味するところは? と必死に考えると、

 階下で花華とステファニーさんが話してることですぐに解るのだった。

(おかあさーん、私の浴衣去年どこにしまったっけ~?)

(押し入れの奥の方なんじゃないの?

 ステファニーさんの浴衣縫うついでであんたのも

 サイズ狂ってたら直してあげるから早めに出してきなさいよ、

 袖通す前によく風にあてとかないと)

(ステファニーさんの浴衣作るの!? どの柄にするの?)

(確かあんたが着なかった

 朝顔の柄のがあったからそれを作り直そうかなあって)

(わー! お母様ありがとうございます。

 アサガオってあの、外で鉢に咲いているお花ですよね!

 綺麗な夏のお花だとこの前テレビでやってましたよー)

(そうそれ、期待しててねぇ!

 そだ、あたしのもついでに押し入れから出すか、花華ーおいでー)

 ごそごそと、1階の客間のステファニーさんが使っている部屋の

 押し入れに着物や何かは収納されているので、

 そこをひっくり返しているだろう事は解った。

 そうか浴衣かぁ。

『もしかして、浴衣の色とかのこと?』

 と、忠がLINEに打って返す。

 忠のアイコンはスヌーピーのウッドストックだ。平凡である。

『あ、鋭い! でも浴衣の色はもう決まってるからハズレ! 帯の色だよ』

 帯かー、現物を見ないでどれが良いといわれても難しいけど、

 自分の直感を信じることにしよう。

 しかし、その選択権が自分に与えられるのは嬉しい。

『じゃあ、赤かな?』

 すぐこつめってぃのすごく喜んでる様子のスタンプが返ってきて、

『私も赤がいいかなって思ってたの! ありがとう!』

 と彼女は答えた。良かった。


 女の子の夏の準備って大変だよな、

 丁度勉強していたので少し経ってから、

 下の様子も見てみるかと階段を降りて押し入れの部屋を覗くとそこは戦場だった。

「うわ、こんなに出して……」

 花華とステファニーさんの浴衣を見繕うだけにしては、

 ちゃっかりお母さんの浴衣まで出されて床にとっちらかっている状況だった。

「あら、忠、良いところに来たわね!

 あんたの浴衣も適当に作ってあげるから、その代わりそこ片付けてよ~」

 げ、降りてくるんじゃなかった。

「どの山をしまって良いのか解らないんだけど、まさかこれ全部着る気じゃないよね」

 花華は群青色のあじさい柄の浴衣と、

 白地にナデシコ柄の浴衣を手に取り熱心に見ている。

「あ、お兄ちゃん、

 私はこのどっちかにするからそれ以外はしまっちゃっていいよ、

 あとステファニーさんはその私が前に買って貰った朝顔柄のね」

 ステファニーさんは花華の浴衣を肩に掛けて色と柄を見ているようだ、

 流石に大きいけど、あれは去年かそこらに花華が買って貰ったばかりの奴では?

「あれ、花華ステファニーさんのって新しいやつじゃないの?」

 というと、ステファニーさんもひょいと顔を持ち上げて、

 そうなんですか? と花華をみて首を傾げる。

「うんいいのよ、ステファニーさん、それまだ袖通してないの。

 お世話になってるし、それに、濃紺に白抜きの朝顔は私にはちょっと大人すぎて、

 去年着られなかったし。ステファニーさんの方が似合うと思うから、ね?」

 花華が笑ってステファニーさんにいう。

「ありがとうございます花華さん。

 花華さんが着ても絶対似合うと思うんですけど」

 ステファニーさんはすこし照れつつ、

 手元の朝顔柄の浴衣をみつめている。

「さてあたしはどれにしようか、

 今年は古典柄が流行るらしいからうちの女の子達のデザインはどれも優秀よねー、

 この牡丹にしようかなー?」

 どうみてもこの荒れようの主犯はお母さんで、お母さんが一番ノリノリみたいだ。

「帯とか小物も先に出しとこうね、後が楽だし、

 あ、ステファニーちゃんはヒールの低い靴って持ってるのかしら、靴も大事なのよねぇ。」

 確かにステファニーさんは普段ハイヒールの靴しか履いてない。

「ぺたんこなのもありますけど、下駄でしたっけ、

 ああいうものはテラリアにはちょっとありませんでしたね」

 ステファニーさんが思い出したようにいうと。

「そっかー、どこかから調達できるか後でネットで調べといてよ忠ー」

 とお母さんに頼まれてしまった。

 ゴブリン族用の下駄かあ難易度高そうだけど、

 幼児用の下駄なら何とか出来るかも知れない。

「うん後で調べとくね、でもまずはこれを片付けないとな」

 腕まくりをして作業に取りかかる。

 隣の部屋では早速仕立屋さんよろしく作業を始めた早苗が

 てきぱきとステファニーさんを採寸して、

 花華の浴衣をステファニーさん用に繕い直しているようだ。

「花華、あなた去年と比べて身長何センチ伸びたかしら?」

 縫いつつ母が花華に尋ねる。

「うーん、ご、5センチくらいかな」

 家族にもぬかりなくさばを読む花華だったが、実際4センチ台だろう。

 くすりと母が笑ってから、

「まぁちょっとでも丈が違うと足首が出ちゃうから、

 くるぶし丈にしたいんなら調整しなきゃねぇ、

 ステファニーちゃんのやったあとにやったげるわー」

 浴衣が縫われる様子をステファニーさんは座卓の向こうでじいっと見つめている。

「ステファニーさん、面白い? お母さん、浴衣とかも何でも縫っちゃうの」

「そうよー、大得意ですからねー、まかせといてよー」

「私の国では、衣服は魔法で取り扱うことが多いですから、

 人の手作業で作ってるのなんて久しく見て無くて、

 それにお母様が縫ってる姿もとても綺麗で……」

 早苗はちょっとびっくりして、

「そんな綺麗なんていわないで良いわよ、私のはこれでもただの趣味レベルだし。

 なんかステファニーちゃんにいわれると恥ずかしいし勿体ないわよ~」

 珍しいお母さんの様子に兄妹二人は笑い出す。

「あはは、お母さん綺麗なんて言われたの久しぶり?」

「そうねぇ、お父さんにもなっかなか言われないからね、って花華ぁ!」

 ぺろりと舌を出す花華はへへーんと言って、

 早苗の後ろに回り込み、早苗の肩越しに手元をのぞき込んで、

 ステファニーさんと一緒に裁縫を見物することにしたらしい。

「私もお母さんくらい裁縫も出来るようになりたいなぁ」

「あら、花華がそんなこと言い出すなんて、明日は雹が降るかもね。

 でもあなたも手先は器用だからそのうち教えてあげるわ」

「もう、お母さんってば。」

 ほのぼのとしたやりとりの横で忠はせっせと引き出された衣装ケースをしまって、

 桐の箪笥に着物も収めていた。

 樟脳の香りと、リビングにあるカサブランカの香りが混じってとても良い香りがしている。

「ふう。もうちょっと、なんかすごい出したんだねぇ、女の人ってすごいな」

 服をしまうだけで何分かかってるんだかと時計を見るが

 意外にもさっきから10分くらいしか経っていない。

「こっちは選ぶだけで二時間よー、女は大変なの」

 いっちょまえな口調で花華がいう。

「まぁ唯一の見せ場だしねぇ、でも花華、

 今年はあなたが言い出したけど、早かったわよね? 見せたい人でも出来たのかしら?」

 母の鋭い突っ込みが突然入って花華はどきっとしたらしいのが、

 横目に見てた忠でさえ解るくらいだった。

 早苗は前を見て縫っているので気付いていないようだが。

「な、なに言ってるのお母さん、た、たまたま、

 今日まどかちゃん達と喋っててどの浴衣で行く?

 って話になったから思いだしただけだよー」

 異様にギクシャクしていて怪しい。

 忠としてはまさか男に見せたいんじゃ……とも思ったが、

 まぁ、中学二年の女子だしそのくらいはもうあることはあるだろう。

 川瀬さんにうつつを抜かしている自分が言えた身じゃないよな、

 と片付けの続きに手を付ける。

「よしっと、とりあえずこれでいいわ。

 ステファニーちゃん、こっちきて、そこに立って。

 んっと、まち針っていう針がついたままだから注意してね、服の上から合わせるから」

 パチンと糸を切って、とりあえず仕上がった朝顔柄の浴衣を取り上げる。

 ずいぶん小さいサイズになったが、ステファニーさんにはぴったりだろう、

 忠も片付けが終わったのでリビングのソファに着いた。

「僕も見てていい?」

 こないだは追い出されたので、一応許可は取ろう。

「大丈夫よ、今日は脱がないから」

 と茶化していうお母さん。やれやれ。

「えと、こう立ってればいいんですか?」

 早苗の隣に来たステファニーさんは、見上げていった。

「そう、両手だけちょっとひらいてー、

 んで袖通したら前でこうやってあわせてっと、はい出来上がり。

 うん、思った通りサイズはぴったりね」

 早苗がステファニーさんの豊かな赤い髪を持ち上げて、

 背中にするりと浴衣を通して、彼女にすとんと着せ、

 右前に合わせ合わせたところを手で押さえる。

「すごい素敵です。お母様すごい、まるで魔法みたい。ありがとうございます」

 ステファニーさんは袖を通した浴衣を一目して、

 ますます気に入ったようで大喜びだ。

 確かに花華には大人っぽすぎる印象だった濃紺に白抜きの朝顔も

 ステファニーさんが着ればその大人びた印象にぴったりでものすごく似合うし、

 それに色っぽかった。

 赤い髪との色合いも紺だからか喧嘩はしていない、

 青だったらちょっと反目してたかも知れない。

「ステファニーちゃんは胸が大きいからねぇ。

 こうやってぴったり合わせちゃっても胴回りきつくないかしら、

 帯もするからゆとりもないとね、ここ押さえて、ちょっと前に屈んでみて~」

 何気に胸が~とかいう話が僕が見てる横でしてるけど、

 裁縫職人モードのお母さんは全く気にも掛けない。さすがだなぁ。

「こうですかー?」

 ステファニーさんが前屈すると、

 意外にも彼女は身体が柔らかいらしいことが解った。

 普段着の上に浴衣を羽織ってるのに綺麗に曲がる。

「すごいー、ステファニーさんやわらかーい!」

 花華がちょっと驚いたようにいう。

「えへへ、そうですか? ゴブリン族は皆身体は柔らかいんですよ、

 背が小さいからですかね?」

 身体を起こしたステファニーさんはちょっと得意げだ、

 そんなステファニーさんも可愛らしくていい。

「うん、後ろの丈も大丈夫そうだし、胸もきつくないかな?」

 浴衣の仕付の状態を厳しい目線でチェックする早苗。

「はい、大丈夫です」

 と大喜びのステファニーさん。

「よっし、これで本縫いといきますかー、

 まぁ2、3日で出来ちゃうから楽しみに待っててね、ほらほら、そこの少年。

 鼻の下伸ばさないの、だらしない」

 慌てて忠は口に手を当てた。

「お兄ちゃんにやにやしてたよ。まぁ気持ちは解るけどさ。

 ステファニーさんやっぱり浴衣も似合うし、すごいかわいいし」

 花華の言うとおりである。

「ふふふ、忠さんに見ていただくのも楽しみです、もう少し待っていて下さいね」

 凜とそういうステファニーさんに忠は口を押さえたまま頷いた。

 彼女と花華はそんな様子を見て微笑わらっていた。

「さて、そこのお嬢さん、次は貴女の番よー、ステファニーちゃんの隣にたつたつ」

「うん、お願いねお母さん、はぁ私、牛乳いくらのんでも身長伸びないんだぁ」

 ステファニーさんの横に花華が立って、

 白地に赤い華やかな撫子柄の着物を合わせる。

 花華はいつも身長を気にしている。

「まぁそのうち伸びるんじゃないか? そんなに心配しなくても良いと思うぞ」

 横から忠が声を掛けると、

「うん、お母さんもあんまり心配してないわ、

 女の子なんだからそんなに身長なんか高くなくたって良いじゃないの」

 確かに早苗が言うのも一理あるんだけど、

 最近の女子は皆身長が高い子が多くて、花華は割と気にしているのを忠は知っていた。

「私が言うのもなんですけれど、花華さん、女性は身長じゃありませんよ?」

 ステファニーさんが諭すと、そうだステファニーさんも居るんだとなって、

 花華は納得した様子だった。そして、

「うん、たぶん私って身長が低い事がコンプレックスなんじゃなくって、

 それで幼く見えるのがコンプレックスなんだなって、

 最近ステファニーさん見てて気付いたんだぁ。もっと大人の女性になりたいなぁー」

 花華からそんな言葉が出てくるなんて思っても居なかった忠は意外だった。

 ただの身長コンプレックスだと思ってたのに、ちゃんと成長してるんだなぁ。

「まぁ、花華、解ってるじゃないの。

 大丈夫よ、あと数年も経てば貴女も立派に綺麗な、

 ステファニーちゃんのような女性になるわよ。

 それこそお兄ちゃんが鼻血出しちゃうくらいの美女になったりしてね~」

 はい終わり、と丈を計り終えたお母さんがいいつつ、

 花華のお尻をちょっといやらしくたたいた。

「もう、お母さんっ」

「僕が鼻血出すような美女になったら、

 お父さんはすっごい心配するだろうね~、それはそれで見てみたい、かも」

 花華がステファニーさんとか、川瀬さんばりの美女になったらどうしよう。

 どうするだろう。いやー無いだろうなーとは思うけど、

 この前のドレスを着た花華は確かに綺麗だったし。

 あるかも知れない。変な虫がつかないようにしないとお父さんが可哀想だな。

「お兄ちゃんまで変な想像しないっ!」

「いやー変じゃないよ、花華が美人になったらどうしようって心配なだけなんだ」

 ここは兄らしいところをみせておかないとな。

「花華さんが美しいお嬢様になるまで私もこのお家に居られると良いなぁ」

 ちょっとうっとりまなこで、浴衣を合わせた花華をステファニーさんがみつめる。

「ステファニーさんは大歓迎です~、一緒に見届けましょうね!」

 積極的に忠が言ってみた。

 ステファニーさんとはあと何年、家族として一緒に生活ができるだろうか。

「はい! 楽しみです」

 ステファニーさんも、花華の行く末を〝一緒に〟見たいと思ってくれたようだ。

「もう、ステファニーさんまでぇ」

 花華は花華で、自分の未来なんて想像も出来なくて、

 それでもこの瞬間を楽しんでいるのだった。

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