幕間⑤:終業式で終わらない夏と父の帰宅
忠は体育館での終業式で校長の長い話を聴き終えて、珍しく嬉しかった。
いつもの夏だと待っているのは宿題ばかりなのだが、
今年はそうでもない。川瀬さんとは図書室だけではなくて、
一緒に花火大会にも行けるし、家にも遊びに来てくれるという話だし、
俊介とだって夏に遊ぶ約束も取り付けたし、
なにより家にだってステファニーさんが居るし、今日お父さんも帰ってくるし。
いろいろある夏になりそうで嬉しかった。
教室に戻って、皆が机の中を掃除して持ち帰る教科書などで
鞄をいっぱいにする作業をしている中、
忠も同じ事をしながら今年の夏はどうなるかなぁと想像を巡らせていた。
「ねぇ、芹沢君、何か良いことでもあった?」
川瀬さんがそう問いかけると、
「いや、今年はこれから夏休み中に良いことがありそうだなーって、
思ってたんだ、川瀬さんのおかげだよ」
「そ、そうかな。ありがと」
「休み中会う機会結構ありそうで嬉しいんだ!」
妙に照れている川瀬さんをよそに忠は淡々とそう言いつつ手を動かしていた。
「そっか。わ、わたしも嬉しいかな~なんて」
ごくごく小さな声で、
川瀬さんがそう言ったのがぎりぎり耳に届いて、
川瀬さんの方を振り返って見ると。
今度は川瀬さんが慌てて顔を逸らして自分の机の中を片付けていた。
「こっちこそ、嬉しいよ」
と忠が優しく声を掛けると、川瀬さんは微笑みを湛えていた。
花華は、中学校の終業式が終わり、
クラスでの先生の言葉も終わって、帰宅時間となり、
こちらも重い荷物を抱えて席を立とうかとしていた。
「はーなかっ。花火大会、家族の人で行くの~?」
楓ちゃんが話しかけてきた。
「う、うん今年は、ステファニーさんも居るしねっ」
実は楓ちゃんとまどかちゃんには結局
安達と一緒に行くと言うことは打ち明けられなかった。
「そっかぁー、ま、浜であったらよろしくね。
花華のウチのゴブリンさん、会ってみたいしさー」
「う、うん。会ったら、ね」
そうだ、七里ヶ浜で偶然会う可能性もあるんだった、
毎年人はすごい山ほど来るし、
クラスが同じってだけじゃなかなか狙ってでも偶然会うのも難しいと思うけれど、
ステファニーさんとかが目印になるとしたらそれもあり得る。
その可能性は捨てきれないかぁ。むむむー。と、考えていると。
「ふっ、芹沢は相当ゴブリン〝さん〟と行くの楽しみにしてるみたいだぜ?
斎藤とか鶯谷とは会えないかも知れないよな~?」
と横から安達が余計な一言を……
「なによ、安達、あんたは関係ないでしょ」
「そーよそーよ」とまどかが追撃する。
「ま、そうだけどよ。じゃ、お三人とも良い夏休みをな!
俺部活、行ってくる、まったなー!」
はぁ、先が思いやられるんだけど。
「なんなのあいつ」と楓。
「妙にテンション高かったよね、なんか良いことあったのかな?」
ドキリ。ぶんぶんと頭を振って。
「あいついつもあんなじゃない?
ほっとこうよ。でさ。夏休みいつ会う?
お祭りは行くよね。あっちは家族で行く約束してないから、
LINEで待ち合わせして一緒にいこっ」
花華がバレないように細心の注意を払いつつ話を
鶴岡八幡宮のお祭りの話に変えようとしたが、
「あれ、花華、なんか今変だったような?」
「むむむー? なんか隠し事か~?
最近急に可愛くなっちゃったからなぁー、
花華さんも油断ならないんだからー」
「え、まどか、そんなことないよー」
花華はなんとか逃げ出すまでにだいぶ時間を食ってしまった。
なんとか安達と約束をしたことはバレずにすんだけど、
あれ以上追求されていたら危なかったかも知れない。
七里ヶ浜花火大会では二人に偶然会わないように気をつけねば。
七里ヶ浜の駅の前、午前11時38分の電車を待って、
早苗は一家の長であるお父さんこと芹沢
昨日、花華とステファニーちゃんが選んでくれた一張羅を着て。
「スカート、なんて久しぶりで足元がすーすーするんだけど……
なんかちょっと恥ずかしいなぁ」
駅から出てきた真一を車に迎え入れる。
真一が両手の大荷物をトランクに入れ、
助手席に乗ろうとして、妻の恰好がいつもと違うことに気付く。
「ただいま! 早苗さん、おや、珍しい恰好をしてるね、綺麗だし似合ってるよー」
と言いつつパタリとドアを閉めシートベルトをする。
丸めがねに180センチの割にひょろひょろで、
優しい顔で短髪の造船所で設計担当を任されている父。
父はなぜか家でもお母さんのことを早苗さんと呼ぶ。
つーっと目線が下まで行って、早苗がスカートなのを見て目を丸くした。
「お、しかもスカートだ、さては花華に一杯食わされたかな?」
「おかえりなさい、お父さん。
ま、まぁそんなとこなんだけど、
昨日、ステファニーちゃんと花華から女の子らしく
しても良いじゃないのって説得されて、プレゼントされちゃって、
あなたを迎えに行くのに着てきたのよ。一張羅ね」
早苗が車を家に向かって発進させる。
「そっかぁ、それでそんなに綺麗なんだ。
ゴブリンさんのお嬢さんに感謝しなきゃならないなぁー。
早苗さん、まだまだそういう恰好もいけるね。
若いし美人だし、何より胸も大きいしさー」
赤信号で止まって、最後の一言に苦笑してから、
「もう、エッチなんだから、
褒めても今日の豪華晩ご飯以外は何にも出ませんからね~だ」
とぺろりと舌を出す。
「おお、豪華晩ご飯!
それを楽しみにしてたんだからさー、それだけで十分十分、
たまの我が家を満喫しないとね!」
「次はいつ頃から出て行くの?」
「うん、それが会社の都合とリフレッシュ休暇を会わせて取ったから
今年は8月15日のお盆明けまでは休みになったんだ、だからそれまでは家に居られるよ」
信号が変わったので発進させるスピードが
ちょっとアクセルを踏み込みすぎて速くなっていた。
「やった! じゃあ、この夏はお父さんも一緒ねー」
「お、早苗さんがそんなに喜ぶのも珍しいじゃないか。
あの子達にも父親してやんないといけないからね~、
機会があれば京都の実家にも行けるといいんだけどね」
「だって嬉しいわ。去年は仕事が忙しくて2週も夏休み取れなかったでしょう?
お
「うん、まぁ震災の復興の目処がだいぶついてきて、
新造する船が減ってきたからだね。
でもこないだテラリアが降ってきた時はどうなるかと思ったけどね、
津波がこなくて何よりだったよ。
津波は来なかったけど、新しい家族は来てくれたみたいだけどね?」
「そうねぇ、お仕事が安定したのは良かったわ。
そうそう、ステファニーちゃん、今もあなたが来るのまだかなーって
お家で待ってくれてるわよ、早くご挨拶しなきゃって思ってるわ。
あ、言ってなかったけど彼女、ゴブリン族の王族の血筋なのよ?
そういうとこあっていろいろしっかりしてて、
花華も忠もいい影響受けてて助かってるのよねぇ~」
早苗がなんとなく爆弾発言をしたので真一が焦る。
「えええ!? 本当かい? 僕も無礼が無いようにしなきゃダメかな」
「ははは、そんなこと無いわよ。
向こうもね、どうぞ気にしないで下さいって方だから、あなたも普通にしてて」
「うん、会うの楽しみになってきたなー」
数分後、二人で自宅に帰り着き、早苗が元気にただいまーと、
玄関を開けるとステファニーさんは膝をついてお辞儀して真一を迎えてくれた。
これには真一も驚いて両手の鞄を地面に落としてその場に平服した。
「あはは、お父さん、堅い挨拶はなしって言ったでしょう?」
「いや、でも、初めまして、父の真一と申します。よろしくお願いします」
「ああ、そんな、頭を上げて下さい、
お父様、ごめんなさい私がやり過ぎましたか?
私お邪魔させていただいている、ステファニーと申します。よろしくお願いします」
パンパンと早苗に膝を払って貰いつつスーツの真一が立ち上がって、
まじまじとステファニーさんを上から下まで眺める。そして一言。
「美しい」
言われたステファニーさんも立ち上がって、まぁ、と口を押さえた。
パチンと早苗が肩を叩いて、
「まったく、だから美人さんだっていったでしょ~?
いつまでも間抜け面してないで、洗濯洗濯。いっぱいあるんだから入った入った」
「ご、ごめん早苗さん。わかったよ。
はは、ステファニーさんかぁ。
君が新しい家族になってくれて嬉しいよ、どうぞゆっくりしていって下さいね」
ゴブリン族は難民で、シェルターや独立自治区も無いから
現在は地球人による保護をされている状態だった、
ステファニーさんのように家族として地球人と一緒に住む者が圧倒的多数だ。
「ふふ、素敵なお父様ですね、忠さんと花華さんが
此方こそどうぞお見知りおきを、あ、お荷物運ぶの手伝います」
と言うなり一番重い鞄を持ち上げるのかと思ってびっくりする真一の横で、
何やら唱えてすいっと鞄が宙に浮いて家の奥の方へと入っていく。
眼鏡をかけ直して、
「おおーこれはすごい! ほんとに魔法だー」と感心してしまった。
その後花華と忠が帰ってくるまでしばらく、
真一とステファニーさんは話す時間が取れた。
リビングでなんとか父の帰宅まで保ってくれたカサブランカを挟んで
ステファニーさんと真一が話している。
「でも、僕が帰ってきたらお風呂とかトイレとか使いにくくなるんじゃないかな?」
こんな美人との同居なんて経験がないので早苗には失礼だが
ドキドキしているのが明らかな真一。
「そんな、私はお邪魔している身ですからお気遣いして下さらなくて結構ですよ」
「いやいや、未婚の女性相手にはそうもいきませんよ!
あ、忠がなんか変なことしませんでしたか!?」
喫緊の心配として忠が上がってしまうのも父親としては情けないのだが。
「いいえ、いいえ、忠さんは紳士的な男性ですし、そんなこと全然ありませんよ。
むしろ好意的なくらいですよ。お父様、心配しすぎです」
ステファニーさんはにこやかに心配顔の真一を制した。
はぁ、美しい、と真一は思っている。
「はい、お茶、大丈夫よ、お父さん、そんな心配しなくて。
二人にお姉さんが出来たんだと思えば~、そういえばあなた、
昔一番最初は女の子がいいなっていってたじゃないの~? 夢が叶ったって事ね」
お茶を飲もうとして早苗がそんな事を言ったので、あちっとなってしまう真一。
「いやいや、僕たちの子と言うには彼女はできすぎでしょ、いやいや失礼をすみません」
ふるふるとにこやかに笑いつつステファニーさんは首を振り、
「いいえ、私が長女なんて言っていただけたらすごい嬉しいですよ。
失礼なんて事ありませんよ」
彼女は本心からそう思っていた。
とそこへ、
「ただいまーっと、お、お父さんの靴だ!」
どどど、っと花華が部屋に駆け込んできて、
「わーいお父さんお帰りなさい! 早かったね!」
と花華が飛びついてくる。真一は立って花華を抱きしめた。
「おー、花華、ただいまーっと、お、また身長伸びたな~
おや、髪型もちょっと変えたのか、女の子らしくなったな~」
「うん、この髪型ね、ステファニーさんのおかげなの。
そうだ、お父さんにドレス姿も見せてあげなきゃなー」
父の首に手を回して大喜びでぎゅうぎゅうくっついている花華を見て、
ステファニーさんも家族っていいなぁーとひとたび昔を思い出して顔を綻ばせた。
数分後に忠も帰宅して、彼は流石に花華ほど甘えはしなかったけど、
父の帰宅を大いに喜んだ。そして夕飯は久々の家族揃ってのディナーパーティーだった。
「うわ、ステーキ。お母さんすごいね」と忠。
「今日は腕によりをかけたわよー、折角お父さんが頑張ってくれてのウチだからねぇ、
私もこんなおめかしまで花華とステファニーちゃんにさせて貰っちゃったし、
お礼も兼ねて、どうぞ召し上がれ」
一同揃っていただきますと元気に言い、夕飯を楽しんだ。
真一は見た目がすらりと細くて美しいステファニーさんが
意外にもいっぱいご飯もたべるのでそこにも驚いていたが、
こんな人が二人の姉になるのかーと考えるとお腹と同時に胸もいっぱいになったのだった。
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