夏休みの初日、忠さんとお遣いです
忠はリビングの
幼児用・子供用の下駄を見ていた。
もちろんステファニーさんに合うのを探している訳だが、
世の中どうも同じ事を考える人が多かったらしく
ネット通販で目につくデザインの下駄は大概
「なるほど、みんなゴブリンさんたち連れてお祭りとか行こうっていうのかぁ」
そんな忠を余所に、花華は今日は父の真一に朝からべったり纏わり付いている、
意外にもお父さん好き、というかただの甘えん坊なんだから。
「お父さん、通知表みて!
私英語また5だったんだー! 凄いでしょう」
「おー、凄いな花華はー」
そんな様子を横目に見つつ、
パソコンを操作する忠の横に立つステファニーさん。
「花華さん、お父さんが大好きなんですね」
「ちょっと大人びたかと思ったのにああいうとこ可愛らしいですよね」
「忠さんは、甘えないんですか?」
「ぼ、僕は、ステファニーさんの手前ちょっといいところ見せようかな、
とはしてますけど、そんなに甘えるほどでもないですっ」
ステファニーさんの前では自分の気持ちを隠す気にもなれず、明け透けに伝えた。
彼女は忠のマウスを操る右手の肘のあたりに優しくてのひらを載せ、
「忠さんは正直者ですね、そうね、私に甘えても良いんですよ?」
と冗談をいって微笑みモニターに映る無数の下駄を見て、
「赤い表示のはみんな売り切れでしょうか?」
「うん、そうみたい。
でもまぁちょっと値段が良いのなら在庫あるみたいだし、
そうだな、お母さんがステファニーさんに浴衣をプレゼントして、
花華とステファニーさんがお母さんに服をプレゼントしたとあっちゃー、
今度は僕の番ってことで、僕からステファニーさんにプレゼントさせて下さいよね」
モニターから目を離し、
右腕にちょこんと手を乗せているステファニーさんに向きなおる。
「え、忠さん、いいんですか?」
彼女は目を丸くしていた。
「ええ、いつもお世話になっているお礼です。
それに今も、こんなに優しくして貰ってるし」
忠はステファニーさんに触れられていることがちょっと恥ずかしいが、
嬉しくもある。肌を通して伝わる熱にさえ優しさを感じる。
「忠さん……」
少し悩むように視線を外して、下を見て胸元に手をやると、
彼女もちょっと恥ずかしがるようにしてから、
「それじゃあ、今回は忠さんに甘えさせていただきます」
と忠の目を見つめて答えた。良い笑顔だった。
「あ、花華さんみたいにもっと積極的に、くっついちゃう位の方が良かった?」
なんていうところが一枚上手だった。
「はは、ステファニーさんには敵わないや、
オススメの下駄は一応目星付けてたんですよね、これなんてどうです?」
忠が画面を何回かクリックして、
赤い鼻緒に桐素材の幼児用としては高級下駄を提示した。
「わぁ、素敵」
ステファニーさんはお金の単位感は解ってないけれど、
ゼロがいくつかは読めるようで、
「忠さん、でもこれ高いんじゃ?」
「いいんです。これがステファニーさんには似合うと思ったから。
今注文すれば8月1日にも間に合うみたいですし。
こうやってクリックして、支払いはコンビニ払いにしてっと、これでOK」
彼女が止めるまでも無く勢いで忠は購入するところまで進めてしまった。
「あっという間なんですね、忠さんホントにありがとうございます」
ぺこりとその場で頭を下げられたので、いやいや大丈夫ですよっ
と彼女の小さい手を取って頭を上げて貰い、目線を合わせて。
「たまにはお兄ちゃんらしいところを見せようと思っただけですから」
と忠は満足気に微笑んだ。
「もう、私のお兄ちゃんにもなるつもりなんですか?」
少し困ったようにいうステファニーさんは特別可愛かった!
そんな様子を真一に絡みつつ見ていたらしい花華が目敏く寄ってきて、
「あー、お兄ちゃんステファニーさん口説こうとしてるんでしょー、
だめよーステファニーさん、そんな毒牙にかかっちゃー」
「な、何いってんだよ花華!
ステファニーさんの下駄選んでただけだって」
「どうだかぁー?
まぁったく油断も隙もないんだから、ね、ステファニーさん?」
「ふふふ、そうですね、私も今は危なかったかも知れません」
などとステファニーさんも返すもんだからやれやれとため息が出た。
見るとお父さんも花華に絡まれ疲れて同じようにため息をついたところで、
互いに目線が合って笑い合ってしまった。
ピコリンとすぐにケータイにメールが届いて、
先ほどの下駄のコンビニ支払いの案内が来ていた、
流石お母さんが登録したプライムサービスだ、早い。
「僕ちょっとコンビニに支払い行ってくるよ、なんか買ってくるものある?」
忠が席を立つと、
「私アイス! チョコのソフトクリームがいい!」
花華が元気に答える、まぁ買ってやろう。
「じゃあ僕もアイス! そうだなぁかき氷みたいなやつがいいなぁ」
お父さんもか、了解。
「あ、忠、待って、あたしにもアイス買ってきて!
今日暑くてダメ。種類何でも良いよ、ハイ、千円あげるからこれで皆の分買ってきて!」
早苗は隣の部屋でステファニーさんと花華の浴衣を縫ってたのだが目敏い。
「なんだ、お母さんもか。了解っと、ステファニーさんはどんなアイスがいいですかー?」
すぐ隣に居るステファニーさんをちょっと見下ろす、彼女はぱっと僕の手を取り、
「私、忠さんと一緒に〝こんびに〟まで行きたいです!」
そういえば彼女はまだコンビニには行ったことが無かったかも。
手をそっと握り返して、
「じゃ、一緒に行きましょ、暑いから気をつけて」
「あーステファニーちゃんも行くのね!? だったらちょい待ち!」
どたどたと洗面所まで走って行ってSPF50+++だかなんだかの日焼け止めを持ってきて、ステファニーさんに塗りつけている。折角繋いだ手が離れちゃったじゃないか。
「ステファニーちゃん白いんだから焼かないようにしないと!
まったく綺麗な肌でうらやましいわんー」
「お母様、くすぐったいです、ありがとうございますー」
彼女はされるがままだ。
ほっぺをむにむにされると笑いをこらえられなくなったらしく大笑いしていた。
「忠、玄関の日傘ってどれだか解るわよね?」
「え、うん」
「ステファニーちゃんに差してって貰って」
「解ったー」
外に出て日傘を差したステファニーさんは絵になった。
クロード・モネの日傘をさす女っていうのがあったけれど、まさにそんな感じだ。
少し日傘が大きい位の方が絵になるもんだ。
外は夏の光で溢れていて、日差しもだけど、
あらゆるものが白く輝いている様に見える。
うちの白い車なんか特に眩しくて直視できないと忠は思った。
「眩しいですね、それに暑いし。蝉が、すごい」
夏の午前真っ盛りの蝉時雨に、忠はふとテラリアに鳴く虫はいたのだろうかと思った。
そもそも虫自体あんまりいないんだったっけ。
「それに、綺麗な空、ほら、あそこのすごい大きな雲なんてまるでテラリアが包まれてしまいそう」
彼女は日傘の下から空を見上げて、
青空に浮かぶ入道雲を見ていた。
今度機会があったら蝉については聞いてみよう。
「テラリアが包まれるって事は無いと思いますけどー、
あ、コンビニ、セブンイレブンの後ろはすぐ海なんですよ、
ちょっとテラリアも観に行きましょっか」
彼女はパッと顔を輝かせ、
「私、地球の海も見たかったんですよ!
良かったら連れて行って下さい、忠さん」
「そっか、海もまだ行ったことなかったっけ、
そだね、アイス買う前にちょっと行ってみよう」
二人で家から10分ほどでコンビニのおなじみの看板が見えてきた。
海に行く道に逸れると、
夏休み一日目とあって地元の人で浜辺は結構な賑わいだったが、
比較的時間が早いこともあってか身動きが出来ないとか、
人が多過ぎるという状況ではなかった。
「砂浜だから足元気をつけてくださいー」
彼女はいつものヒールではなく、
動きやすいからと最近履いているパンプスのようなぺたんこの靴だった、
良かった。でも砂が熱すぎるかも知れない、
急いで波が寄せては返してる辺りまで行くと、海風もあって幾分心地良い。
「た、忠さん待って下さいー。わぁ、これが地球の海ですかー、すごーい!」
砂浜に足を取られぬよう、忠が止まるまで前を見てなかったらしく、
海辺で顔を上げたステファニーさんの第一声はそれだった。
「街の中まで時々香ってくる匂いは海の匂いだったんですね」
彼女は傘を飛ばされないようちょっと力を入れて持ちつつ、
遙か沖まで延々と青々広がる海を見上げ、その奥の母なる星も見上げた。
テラリアは入道雲の遙か奥で、雲から頭を出して輝いている。
「わーテラリアがあんなに遠い! それに雲より大きかったんですね」
ふふふ、と一人笑うステファニーさんが可愛らしくて綺麗で、
なんか暑さ以上にドキドキして暑くなってきたような。
「なんかステファニーさんすごい元気ですね~」
苦し紛れにいってみたが、
「ふふふ、だって私、忠さんと二人でお出かけってしたことなかったんですもの」
あれ、そういえばそうだっけ。
花華とは電車で結構遠くまで行ってたりもしたのに、僕とはまだ無かったか。
「それに地球の海と、テラリアを見たかったんですもの」
海風が優しく彼女の赤い髪をなびかせている、
真夏の空気は暑いけれど、ここでこうしているのはむしろ心地良いかも知れない。
「そっかぁ、僕とは初めてでしたかー、
そういえばそうですよね、まぁ良い機会になりましたね」
「はい。とっても。あ、忠さん、波に触ってみてもいいですか?」
「え、もちろん、濡れないように気をつけて」
ステファニーさんは波打ち際でそっと手を伸ばして、
此方に流れてきた波に手を付ける。
靴が濡れないようにと慌ててちょこちょこと遠ざかる仕草が可愛い。
「わ、海水も暖かいんですね!」
ぺろり。
「それにしょっぱい! テラリアの海水と同じです!」
なるほどそれが確かめたかったのか。
「そうでしたか、今度家族で海に遊びに来たら一緒に泳ぎましょうかねー」
忠も海風を受けて、髪の毛をサーファーさん達がやっているようにちょっと掻き上げて、
かっこつける様にして言ってみたが、
「お、泳ぐんですか!?」
とびっくり、あれ、なんか僕おかしなこと言ったかな。
「ええ、ほら、あっちの方、泳いでる人いるでしょうー、
板に乗ってる人はサーフィンですし、皆泳いでますよ。
僕らも市民プールは有料だし、夏休みは遊びに行くんだったらまずは浜辺なんですよね」
「ああ、いえ、そうですよね、花華さんからお話は伺っていました。
うーん、私達の星では海に入ることは神聖なことなので、
なんらかの儀式の前とかに身を清めるためとかには入ることがあったのですが、
でも、女性が皆さんの前で泳ぐとかは、ちょっと初めてな話なのでびっくりしちゃいました」
「なるほどそうか、まぁお母さんが水着作るのも躍起になって
やってくれるだろうから肌を晒すことの心配とかはしないでも大丈夫だと
思いますけど、でも抵抗があれば最初は僕たちが入るところでも
見るところから始めれば良いと思いますよー」
肩をなで下ろして、
「はい、そうします、でもあちらに居るさーふぁーさん?
女性も居るようですし、この星では普通なことなんですね。私も頑張らなきゃ」
両手でぐっとこぶしを握って気合いを入れるのが癖らしいステファニーさん、
そのポーズもすごい可愛いんだよなぁ。
「さて、と、寄り道もここら辺にしてコンビニ行きましょ。皆のアイス買わなきゃ」
「はい、そうですね行きましょう、あ、下駄のお支払い、ありがとうございます」
「ううんそれは良いって良いってー」
コンビニまでのちょっとの距離だけど、歩き出そうとしたときに、
砂でステファニーさんがよろけたので、
「おっと危ない」
と肩を支えてあげると、
「あ、ありがとうございます、忠さん。
そうだ、コンビニに寄って帰るまでの間、手を繋いでもいいですか?
さっき家を出るとき自然に、繋げるかなって挑戦したんですけど、失敗しちゃって。えへへ」
うわー、そんなことを言っていただけるとは!
むしろ抱きしめたい位ですけど。
もちろん、
「はい、喜んで! じゃ、行きましょう」
手を差し出した。彼女は小さな手で優しく掴み返してくれる。
二人で手を繋いでの買い物と家までの道のりは、
暑かったけれど、楽しかった。
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