幕間①:緩やかに変わりゆく世界と
ステファニーさん今頃何してんのかなー。などと思いつつ、数学の授業の前の休み時間をぼけーっと友達と何気ないやりとりをしながら忠は過ごしていた。
神奈川県立鎌倉高等学校、通称鎌高、二年一組の『平和』な授業風景すら、テラリアの不時着以来少し変わっていた。主に見た目が。
というのもこの高校は海に一番近いからだ。窓から見える太平洋の沖の遙か先、緑の惑星の上部がシルエットで見えていた。
数学の授業の始まりを告げる本鈴がなる。
きりーつ。きょうつけー。れいー。
「はい、授業始めるよー」
数学の教師の
ステファニーさんですらあの大きさなのに、子供のゴブリンも居るとか言ってたからどれほど小さく、どれほど可愛いのだろうかと考えてしまう。
「まず小テストやるよー」
花山先生は美人なのに、いきなり小テストはよくあるパターンだった。
「えー!!」
「先生またかよー」
多少のぼやきはでるだろうことは予想してたらしくにこりとした顔で、
「まぁ簡単だし一問だから! 10分あげるから! よーく考えてー」
まぁ一問ならと思ってプリントを配り始めるクラスメイト。
「あ、ただし、簡単だから間違えたらグラウンド1週ね!」
花山先生は美人なのに、バスケ部の顧問だからこれもよくあるパターンだった。
「マジかよ……」
とごくごく小さく呟きつつ、自分のところに回ってきたプリントを見る。
以下のA、Bを求めよ。
世界の地球人総人口73億人に対し、テラリアのゴブリン族の人口502万人。
日本の人口1億2711万人に対し、国内に難民として流入したと思われるゴブリン族の人口をAとする。
日本の平均世帯人数は2.49人に対し、一戸家庭辺り何人のゴブリン族が割り当てられるかをBとする。
正し、小数点以下第三位を四捨五入すること。
はっはーん。
なんか今朝の新聞に出てたような気がするのに見逃してしまったことを後悔する。
まぁ簡単だし頑張って解こう。
格闘することものの5分。
A=8.74万人
B=1.72人
だぁぁぁぁー!!
出来たー!と隣の席の
「お、芹沢忠、珍しく早い。おまえ川瀬の答えカンニングしてないだろうな」
「そ、そんなするわけないっすよ!!」
先生の声が聞こえた周りの連中と、ついでに川瀬さんまでふふふと笑っている。
「まぁ。よし。ん~?」
先生は答案と式を眺めて、
「グラウンド1週は免除ね」
はぁ、と胸をなで下ろす。
「川瀬さんも合格」
「ありがとうございます! よかったね芹沢君!」
「ええ、はぁ」
川瀬さんの笑顔に救われるのはいつものことなのでまぁ嬉しい。
席にとぼとぼ帰って先生に二重丸をつけられた解答用紙を眺める。
ん~? 一世帯あたり1.72人かぁ……
つまりうちに一人というのは極めて適切なことなようだ。
昼休みになり、川瀬さんが話しかけてくる。
「ねぇ、芹沢君、さっきの数学の小テスト」
「ああ、川瀬さんもあっててよかったね」
「うん、そうだけど、芹沢君のうちにはゴブリンさんが来たんでしょう?」
不遜にも男子連中はゲーム等の影響からゴブリン族のことをさん付けしない悪習が広まりつつあるようだが、女子はそんなこと何処吹く風でちゃんとさん付けする。
「ああ、そういえば川瀬さんの家はおじいさんのうちには来たけど、川瀬さん家には来なかったんだっけ?」
彼女の家は核家族家庭で親子3人暮らしだそうだ。アパートなので来られても困るかとは思ったが。
「そうなの、おじいちゃんの青森の家には二人、若いご夫婦が来たんですって。まぁうちは狭いんだけど、折角宇宙人が来るなんて大イベントなんだから一人くらい来て欲しかったなぁなんて思って。芹沢君のおうちに来たゴブリンさんはどんな方?」
川瀬さんは図書委員で、比較的クラスの中では落ち着いている方だ、まぁ文系男子な僕にもちゃんと優しい言葉遣いで話しかけてくれるし。嫌な感じもない。普通の友達だ。でもちょっと普通の友達にしておくには勿体ないかも知れないんだけど。
「ああ、うちに来たのはー、その……」
なんとなくしかクラスの連中とは話してないから、いざきちんと紹介するとなったらビビるし。そうだよなぁ、
「若い独身女性の人なんだ。ステファニーって名前で、祠祭クラスの魔導師」
若い独身女性ってところはひそひそ声で言った。
川瀬さんが顔を近づけて、ひそひそ声に合わせてくれる、顔が近すぎてドキドキする。
「祠祭クラス! ってことは、アプリなしでお話しできたの?」
「ああ、そういえばそうだね。妹が連れてきたんだけど、うちに来たときにはもう日本語で喋ってたから」
一般クラス、という区分は無いが、500万人のゴブリンのうちおそらく300万人くらいとは会話するのにアプリ、つまり翻訳が必要だ。
「ええーいいなぁ、おじいちゃんのうちに来たのは一般の方だったみたいだから、スマホのアプリがあるよ! って教えてあげるまで身振り手振りで大変だったらしいのよー」
そうだろうなぁ、そう言う意味でもうちは珍しいパターンだったのかも。
「でも、最近は一般家庭に魔法通訳も普及してるってニュースでいってなかったっけ?」
最近はというがここ二、三日のトピックである。ゴブリンがある程度コミューンに集まってきたからなせる技で、それまで一般層には普及してなかった魔法による翻訳を一般層に上級層、つまり祠祭クラスなんかの人々が教えるようになったそうだ。
もともとテラリアのゴブリン族は星全体で一個民族、一大国家だったようで、他民族との接触というか触れあい(もちろん不時着によって強制的に生じた)が発生するまで、その言語の翻訳の魔法とかが重要視されたことはなかったらしい。地球に来て必要だと解って流布しだしたと言うことのようだ。
「そうなんだよねー、青森の田舎までそれが早く来て欲しいんだけどなぁ。で、どんな人?」
クラスではうちは来た、うちは来てない、みたいな話はある程度あるんだけど、それ以上突っ込んだ話はなかなかする機会がなかった。
川瀬さんは興味津々といった感じだ。
「それがさぁ。もんのすごい高貴な出身だったらしくて、それに赤い髪に金色の眼でめちゃくちゃ美人なんだよ、普段着ドレスだし」
と、忠から見ての見た目のままを伝えた。
「えー、素敵! 忠君も好きになっちゃうくらいの美人さん?」
周りのがやがやである程度かき消されているが、親しげに忠君なんて川瀬さんに呼ばれると流石にちょっと照れる。が、女子として気になる点はやはりそういう所か。
「えーあーうーん」
返答に困る。だって好きになっちゃうくらいの美人って答えたら川瀬さん傷つかないか? いやでも他の種族だし?
「まぁ、ゴブリンの男だったらイチコロだろうね」
こう言ってみた。
「へぇ~」
どこか、思わし気な表情で返事をされて目線を外されてしまった。この回答でも失敗か。
「こんど写真一緒に撮ってくるよ。まぁ母さんが地球らしい服作ってるみたいだから、もうドレスじゃなくなってるかも知れないけどね」
ゴブリン族は別に見世物じゃ無いから写真に撮って見せびらかすのもどうかと思う、一緒に撮れば本人も嫌な思いはしまい。
「うん、見たい! 見たい! いいなー祠祭さんで、美人さんかー。人間とゴブリンでおつきあいする人とかも今後出てくるのかなぁ~。ちょっと素敵だなぁ~」
川瀬さんは夢見がちな乙女のような眼でいろいろ想像してるようだ。
人間とゴブリンでおつきあいか……なきにしもあらずなのか? いやー、まだまだ相互理解期間だろ。と独りごちた。
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