どうしてそうなったのか/とその生物の生態その②
三日前の中学校からの帰り道。
いつも通る鎌倉の海岸線で、花華は遙か太平洋沖にそれが舞い降りるのを観た。
月はどちらかと言えば黄色か白っぽい色に対して、海に降りてきていたその星は青と緑のまさに宇宙から観た地球そのものだった。
星が降りてきたのである。
数時間前からスマートフォンの緊急速報が鳴りっぱなしだし。授業は中断されて先生がつけたテレビの緊急放送も的を射ず『なにかが、地球に迫っている、しかもそれがぶつかったらただ事じゃ済まない!』と言うことだったが……、
まさかそれが星だったとは……
「うわー!!!!」
まぁそれくらいしか反応は出来ないだろう。
そして周りで海岸線に出てきて観ている見物客の皆さんも一様にそう声を上げていた。
あまりにも大きすぎ、沖すぎたので、それが"落ちた"のかどうかの判断は付かなかった、降りてきているようには見えたのだが。
津波は来るんだろうか。とほぼ全ての人が気にして、ケータイやラジオを握りしめたが潮位に変化なしと言うことで日本の沿岸の平和は守られたのだった。
そして次の瞬間。太平洋遙か沖に降りてきた星から無数の白い筋が全世界に向かって飛び去った。
流れ星のように、流星群のようにそれは全世界に散って行った。
そしてその流れ星の一つが、花華の前に落ちたのだった。
「うわー!!!?」
白く光って見えた筋は近くで見ると青い繭のような光の塊で、パリンと音がして繭がはじけたと思ったらその中からは人が……ちいさな女の子が現れたのだった。
「――!!」
なにやら訳のわからない言語でこちらをみて瞳を驚かせている。
「わ、私!?」
海岸線には人が大勢居たが、その少女が見つめたのは最寄りに居た花華だった。
「――?」
わぁ、なんて綺麗な女の子? こびとさんみたいだわ。そう、白雪姫の世界にでてくる七人のこびとみたい。
「あの、貴女、あそこから来たの?」
遙か沖に緑のシルエットを浮かべている星を指さした。
少女は振り向いて星の方を向き。一瞬耳をそばだててから、こくりと頷いた。
「あの。ことば……」
話しかけると、小さい女の子は、隣にあった銀の鞄を開けてなにやら地球儀、宇宙儀のような物を取り出し。花華に向けた後で、くるくると回し始めた。
「――? ――んーと、 ――えー、あー、こほん」
驚く花華をよそにその子はさっきまでの聞き慣れない言語ではなく日本語で話し始めた。
「あの、私の言葉、解りますか? これで」
ちょっとカタコトの外人さんのような話し方だが、
「はい、解ります! あの、あの、ようこそ地球へ!」
それしかかける言葉が思い浮かばなかった。花華はどちらかと言うと夢見がちなタイプなのかも知れない、兄の影響で宇宙人が地球に襲いかかってくる映画とかゲームとかは観るけど、でも、ファンタジー小説とかが好きだし。折角こんな綺麗な少女なら仲良くなれるんじゃ無いだろうかという打算の方が先にたったのだ。
「よかったー、ここ、この星、地球っていうのね! 大きい星! 大きい人! あなたたちの星なのね! お邪魔します、で、良いのかな。私スティファヌゥイ・エッレ・ファエドレシアと申します! あの星、テラリアから来ました、ゴブリンという種族よ」
名前の発音がきわめて難儀で聞き取れなかった、
「す、ステファニーさん? あ、私は
しかもゴブリンと言ったか?
その小さな女の子は修道女のような服を纏っていた、白い羽織に、端々に鮮やかな緑色の刺繍で植物の絵柄が縫ってある。彼女の身長は花華よりかなり小さい。
花華の中学校の制服姿を一通り上から下まで見て、
「私の恰好、変かしら?」
と問うた。
胸を押さえた手も小さい。首を傾げると赤い綺麗な長い髪がサラサラと音を立てて風にたなびいている。
「い、いえそんな、なんか正当な衣装? なんでしょうか?」
花華がそう答えると、彼女の耳がぴんと立ち、
「そう見えるかしら? 良かった。そう、正装なの、星がどんな星に落ちても、そこにどんな人々が居ても、みっともなくないようにって、今日は全国民がこの服なのよ」
どんな星に落ちても?
「私達、宇宙で漂流していたようなものなの、この地球、のような星をずーっと探していた。長い長い旅の最後にたどり着けて良かったわ」
ふとその大きな瞳に悲しみの色が浮かんだように見えた、彼女の瞳の虹彩は金色に輝いている。
「あの、ステファニーさん、貴女行くところあるんですか?」
花華は気になったことをすぐに口に出してしまうタイプだ。
「いいえ、私は独身だし。家族も、もう居ないわ」
彼女は淡々とした口調で答えた、聞いたらまずいことだったかも知れない。
「私のうちに来ますか?」
こんな可愛い少女の宇宙人が宇宙の片隅でひとりぼっちだったら、
放っておけるわけが無い。
彼女は驚いた顔をして花華の顔を見つめ微笑み
「え!! いいのっ?」
と驚きの声を上げた、彼女の声音はその見た目に違うことなく、綺麗な花のような優しい声だった。
それから三日。
彼女は、地球に来た他のゴブリン達と経緯は同様、日本の一般家庭で一緒に住むことになった。まず、トイレに落ちないようにとか、お風呂の入り方とか、解らないところを教えてあげるところからだったし、食べ物の勝手も海外旅行の比ではないだろう、彼女が何が好きだろうと家族で頭を捻らせて食事を用意したりした。
いろんな事を話し、これまでの経緯を話し、やっと少し落ち着いてきたところだった、政府や地球は落ち着いてないようだが。
忠が階段を降りて、リビングに行くと、花華とステファニーさんがお話をしていた。
「それでね、花華さん、私の世界に居た動物たちもたぶんこっちの世界に飛び散ってしまったと思うの。植物はさすがにまだあの星に居るのよ、でもこっちの世界の動物って大きいじゃない? 凶暴な生き物もいるでしょうし、保護される前に居なくなってしまう生き物が居たら寂しいわね」
花華相手にステファニーさんはすっごい丁寧な口調で喋る。もしかしたら魔法で日本語に翻訳しているからそう聞こえているだけなのかも知れないが、彼女の日本語は最初こそカタコトだったが今や綺麗だしなめらかだし、それに良い声なのだ。聞いているとうっとりしてしまうような。
「テラリアの生き物かー、星が滅んでしまいそうな状態だったら、そこに住む民族のゴブリンも、生き物達も絶滅寸前だったんですよね? ほんとなんとか地球にたどり着くのが間に合って良かったけど、向こうの生き物の保護もいそいで欲しいなぁ」
花華も影響を受けてか、友達と喋る言葉よりは丁寧な口調だった。
「あ、忠さん」
ステファニーさんが僕が降りてきたことに気付き声をかけてくれる。
「お兄ちゃん、うーん、やっぱまーだ、ステファニーさんのこと苦手?」
ぎくりとしてしまう。
「い、いやいや、そんなことは無いよ、ステファニーさんがうちに来てくれたことは嬉しかったし、花華が連れてきたのだって正解だったんじゃないかって思ってる」
と首を振りつつも、ステファニーさんの目線を眼で捉えることははばかられる。
「でしょう? こんなに美人さんのゴブリンさんだもん、変なおうちとか男とかに声かけられる前で幸いしたわー、そっかーお兄ちゃんステファニーさんが綺麗すぎるから直視できないんだー」
ニヤニヤとした顔でそう指摘され、はいそうですとは言えない。
「そ、そんなことは……」
ぴょこと花華の隣に座っていたステファニーさんがソファを降りて、すたすたと忠の前に来て、背伸びするようにして下から忠の顔を見る。
目を逸らしてはいられず、顔を見つめて赤くなってしまう。
「忠さん、あのー、私、そんなに綺麗とか、そんなこと無いと思いますけどー」
近くで見る彼女の顔は明らかにこびととしては整いすぎてるし、お人形というには失礼だし、やっぱりその歳に見合った美しい女性の魅力があるような、
「えっ、いや、そんな、ステファニーさんすっごい美人なんで、僕、緊張しちゃって、その、すみません」
じっと見つめられたらそう答えるしかない。
「ふふ、ありがとうございます」
ふわり、と彼女は笑顔で言い。
「私ははやく、忠さんとも仲良しになりたいです」
と今度はちょっとひがみ気味に言う。
「は、はいっ!」
なんか良いように手のひらの上で踊らされている風ではある。
「お兄ちゃん、全然"地球の"女の子にモテないからそういう経験無いのよ、ステファニーさん、お手柔らかにしてあげて下さいね」
笑いをこらえて花華が突っ込む。
「もう、花華さん、茶化しちゃダメです。私は本当に忠さんと早く仲良くなりたいんです!」
ぷくっと膨らんで言うところがまた可愛らしい。
「はぁ、ステファニーさんは可愛いなぁ」
花華が破顔してニヤニヤしてソファーにひっくり返る。
「うむむ、ゴブリンってまさかこんなだとは思っても居なかったからなぁ――」
ぼそりと忠が言うとステファニーさんの耳がぴょこりと一度動く。嬉しい方の合図だ。
「――恥ずかしいけど、がんばります」
何を頑張るというのか、忠はステファニーさんに向かいガッツポーズをした。
「うん! がんばって!」
ステファニーも笑顔で応じて両手でガッツポーズをとる。ガッツポーズの意味はたぶん解ってない。
ステファニーは家に来てから三日間、当初着ていた正当な衣装の魔導ローブは流石に着なくなったが、それでも家に居ながらにしてドレス姿であった。
今日のドレスはシルクっぽい素材の黒のドレス。母曰くビスチェドレスとかいう社交界等に着ていくような衣装であるらしい。
忠はそんな恰好のステファニーを凝視することはやはりはばかられる。
くるりとターンして花華の方に歩いて行く優雅な所作を見ただけでうっとりしてしまうのだ。鼻の下が伸びてやしないかとヒヤヒヤする。
ゴブリンっていっても皆が皆ステファニーのような美女では無いらしいが、どうしてうちに来たのがステファニーのような美女だったのかが全くの謎であった。
「……はぁ」
密かにため息をつき、いや、ため息と言うよりは桃色吐息だったのかも。ステファニーのお尻から眼を外す。
「お兄ちゃん駄目そうだなぁ……」
「えぇ? やっぱり仲良くなれないかしら?」
「いやー、その、うーん、地球の普通の恰好になったらまだ大丈夫かも知れませんケド。ドレスとかが眩しすぎるみたい」
自分の服に眼を落とし、ステファニーは首を左右に振り、
「眩し、すぎる」
「うん、地球じゃね、そんなの、いや、日本じゃあんまり着ないからかなぁ」
「そうなのね~」
「でもね、ステファニーさん、西洋のお姫様みたいよ。地球でもそういう服を着る国もあるの、そこだったらそんなに違和感なかったかも」
「そうなのねぇ」
「あ、落ち込んでる? 私は、ステファニーさんのドレス姿、すっごい好きなんですけど。ね。だって私みたいなちんちくりんじゃそんな恰好出来やしないし」
「え、花華さんこういう服着てみたいのかしら?」
「そ、そりゃー女の子だったら誰でも憧れちゃいます! ディズニーランドのお姫様とかすごい羨ましいですもの!」
ぴょこりとステファニーの耳が動く。
「ディズニーランドはよく解りませんけど、もし良かったら、おばさまが私の服を作ってくれたら、今度はこの服を花華さんが着られるように作り直していただきましょうか?」
「え!? な、なんてことを!! 私なんかにはもったいないよ!!」
「えーでも、日本では滅多にこんな恰好になることは無いんでしょう? サイズ的にも、花華さん用に作り治すなら簡単なんじゃ無いかしら? そうね、おばさまに頼むのも悪いし、私が魔法で――」
「いやいやいや。嬉しいですけど、それじゃ、ステファニーさんの服がなくなっちゃうし、いいですよー」
半分嬉しい花華はぶんぶん首を横に振るも声は喜んで居る。
「ドレスならまだ何着もあるから平気よ? それと、花華さんは私をこのおうちに招いてくれたじゃない、だからそのお礼。ね、いいでしょ?」
にこにことそう言うステファニーには敵いそうも無い。
「そ、そこまで言うなら、でも、黒のドレスなんて私」
頬を赤らませて花華が言う。
「そんなことないわ、黒は女を引き立たせるのよ。きっと花華さんにもよく似合う」
「そ、そうかなぁ……ありがとうございます。ステファニーさん」
「ふふふ、良いのよ、でもこれくらいじゃ、まだまだご恩は返しきれませんけどね?」
なーんて女の子同士のやりとりを小耳に挟んで居た忠は、妹がステファニーさんのような黒いドレス姿になったところを少しだけ、ほんの少しだけ想像したが、
「豚に真珠」
と決め込み、お勝手で麦茶を飲んだ。
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