うちの妹はゴブリンと仲が良い。

Hetero (へてろ)

どうしてそうなったのか/とその生物の生態その①

 どうしてそんなことになったのか解らないんだが、いつの間にか妹がゴブリンを連れてきたんだ。それが三日前。

 ゴブリンというのがどういう生き物なのか。そりゃー、映画とかゲームとか、本とかに出てきてるんだからああいうもんだろ? って決めつけてたのに全然違うじゃんか。が、第一印象。


「ただいまー」

 高校から帰ってきて家に上がる。玄関には見慣れない赤い小さいエナメルの靴がある。人間サイズではない。20㎝にも満たないのにピンヒールだ。

 そうだ、いらっしゃるんだったなと思い出す。

「お兄ちゃんおかえりー」

 奥から妹の花華はなかが顔を出す。中学二年で身長小さい方身長140センチだ。前から二番目だ。まぁ、可愛い方だとは思う。

「あら、ただしさんおかえりなさい」

 花華の横から花華より更に小さい身長約100㎝のその生物が、というか人が、というか美女が現れる。

「ああ、ただいま、です」

 ゴブリンだと自分で名乗ったんだからそうなんだろうけど、その容姿は今まで自分が想像してた物とは全然違った。

 背丈意外は一切普通の、『美女』だったのだ。

 なんといって説明すればいいのだろうか、ファンタジーに出てくる『こびと族』のそれ? いやいや、普通にハリウッド映画でこびと役をやる小人症の人な感じ? いやそれは差別的だろうな。要は小さい人で、子供っぽい人なのだ、なのに。長い綺麗な癖のない赤い髪(今日はツインテールにしている)とか、うっすら顔にしているお化粧(桃色のリップグロスはとっても大人っぽい)とか、黒いロングのドレス(おそらく絹のような素材だ)を身に纏っている姿はなんとも美しいのだ。

 どうやっても、何度見ても、上から下まで観察してしまう。

「なにかしら? なにか私の顔に付いてる?」

 その人は視線を感じたらしく胸に優雅に手を当てて僕の顔を見返す。

 手を当てた胸には立派な膨らみも有り、妹のそれとは大違いだ。

「あ、いえ、すみません」

 つい赤くなってしまうような感じがするが、そんなことは無いはずだ。

 と自分に言い聞かせる。だって相手はゴブリンなんだぞ。

「お兄ちゃん、花華とステファニーさんはテレビを観てるからねー。お母さんまだ帰ってきてないよー」

「ああ、うん。僕二階に居るから」

 階段を上がるとき、ステファニーさんと眼が合う、彼女はにこりと微笑んだ。

「ねぇ、花華さん、忠さんはまだ私に慣れないのかしらね」

 ステファニーが花華のスカートの裾をちょいとひっぱり愚痴をこぼす。

「お兄ちゃん、照れてるんだよね-。ステファニーさんが美人だからだよ」

 花華はステファニーに向き直り膝を折ってその場に座って、ステファニーの目線で話す。

「花華さんは私のこと、特に恐がりも、驚きもせず迎え入れてくれたのにね?」

「だって、さんざんニュースで異次元境界面衝突崩壊(Different dimension boundary surface collision collapse)のことやってるもん。折角"他の世界からのお客さん"が来てくれたのに失礼じゃないね?」

 ちなみに花華の英語の発音はネイティブ並みに良い。中二なのにだ。

 ステファニーはちょっと視線を落とし花華の脚を見つめ、

「はぁ、崩壊(Collapse)かぁ、私達の世界には帰れなくなっちゃったのよねぇ」

 しょんぼりと言う。

 それが三日前、突然2016年の地球、と、陰歴3486年の惑星テラリアに起こった出来事だった。

 突然NASAがなにかとんでもない宇宙的な異常事態を発表したと思ったら、空に月と同じサイズの星が一個丸ごと現れて、地球にぶつかってなにもかも終わりかと思ったら、向こうの科学力と魔力でもって、"太平洋に不時着"したのだった。

 先に向かってとがっている長い耳は肌色で、しょんぼりしてるときはそれがしなだれるので、ステファニーの感情はわかりやすい。

「ステファニーさん、元気出して。死者は出なかったんだから、それにウチに来てくれたことは感謝してるんですよ。こーんなに綺麗なゴブリンさんなら大歓迎だもん」

 ぴょこと耳が持ち上がって、

「ありがとう花華さん。私、お兄さんとも早く仲良くなりたいわ」

「うん」

「でも、まずこの恰好よね、こちらの世界ではカジュアルじゃぁ無いようなのは解ってきたから」

「お母さんが必死にお洋服作るって言ってるしもうちょっと待ってみたら?」

「そうするわ、ちょっと楽しみ。おばさまも優しい方で良かったわ、ふふふ」

 笑顔で笑うとぴょこぴょこ耳が揺れるのが、ちょっと可愛いと花華は思った。

「あの、耳かわいいですね?」

 赤い髪の間から伸びる耳に触れないように指を伸ばしつつ、花華が言うと。

「そうかな? ありがと」

 と返してくれる。この、ゴブリン、ステファニーさんは、聞いたところでは"地球の時間に直すと"370歳くらいなのらしいが。見た目は二十歳か? もうちょいいってるか位の女性である。

「ニュースの続き観てよ」

 花華がそういうと、うんと頷いてステファニーもついて行く。テレビのニュースはその"不時着"と、"難民受け入れ"の話が主だった。


 異世界、異宇宙の惑星が丸ごと地球に"不時着"したのは、実際衝突して地球が割れてしまうよりは遙かに良かっただろう。それに、好戦的な宇宙人が居たり、破滅的な病原菌が降りてきた星に居なかったことも幸いした。だが、その小さな星に居た住人にとっては、まさに世界の終わりだったのだ。教皇やら大魔導師やらが全力を尽くして衝突を避けて不時着を選び、重力で潰されないよう、国連とNASAの出した試算では500万人の住人をテレポーテーションさせ、地球の海じゃ無いところに飛ばした、までは良かったのだが。突如現れた彼らに地球でも先進国じゃない国の住人はパニックに陥ったし、何せ、北極やら南極やら、山間部といった長く居たら死んでしまう地域にまで飛び散ってしまったのだからさぁ大変。結局G7と諸大国は宇宙人受け入れを早々に発表してその救助に乗り出し。現在に至っている。アフガンや、シリアでの内戦も、彼らの知識や技術によって戦況が大きく変わってしまう可能性が浮上してしまったので、一時強制休戦状態に陥ってるし、某北がつく国には、たまたま、彼らが飛ばなかったことに早々に文句をつけ出す始末の人たちが居るし(彼らには魔力があるんだから危機的なところは危機的な状況の中でも避けることをえらんだらしい)で。

 三日たっても地球全土がてんやわんやだった。

 日本ではどうだったかというと、災害慣れした何時もの癖か、相手方が神話等でもよくある『こびと』な見た目だったためか、早々に受け入れを発表。難民受け入れ体制をまさに今構築中である。


 ――『と、いうことで国連の最新の発表ではテラリアから流入したゴブリン族の総人口は502万人と推定されており、地球では現在難民の受け入れ体制の構築が急務となっております』――


 とテレビではコメンテーターが焦って早口でまくし立てている。

 この事態にCMはACジャパンの友達が出来るとイイネっていうやつ一色になっている。

「はぁ、しばらくは落ち着かないわね」

 ぽつりとステファニーが言う。

「宇宙人だし、ゴブリンだっていうから、ほんと地球の人はどんな人たちが来たのかと思って戦々恐々だんたんだろうね。っていうか未だそうなのかな~?」

 テレビを観ながらお菓子容れに入れたマシュマロを食べつつ花華は気楽に言う。

「花華さん、その食べ物は?」

「ああ、マシュマロっていうんだよ、ステファニーさんも遠慮無くどうぞ」

 器を彼女の手が届くところに引き寄せてさしあげる。

「ありがとう。おもしろい、ふにふにね」

「でしょ、甘くて美味しいのよ」

「いただきます、だっけ。あむ」

 そう、言葉は魔法で何とかなったのだ。意外にも言語体系は日本語に酷似していた。それにまずはコミュニケーションだとNASAも米国防総省も躍起になったらしい。iPhoneの自動翻訳アプリももう無料でダウンロードできる、が、彼女は"祠祭クラス"の魔法が使えるようなので不要だった。

「おいしい! 地球って素敵な食べ物がいっぱいあるのね」

「ありがとうっ、そういえば、特に、日本は多いかもね~? そういう意味じゃ当たりだったかも~」

「そうなの!? よかったーここに飛ばされて」

 テレビではやたら厳しい口調のニュースが続いているが、なんとまぁゴブリン達は柔和な種族で、やれ星間戦争になるんじゃ無いかと神経をとがらせていた米ロなんぞは肩透かしを食らい、お茶の間で女子トークをしているこんなところも他にもあるかも知れなかった。


 自室でラジオの緊急放送を聞いて転がってた忠は、ステファニーに未だ慣れてなかった、慣れてと言うか……。

「あんな可愛い人が宇宙人としていきなりポンときて、どうかしないほうが、どうかしてるよなぁー」

 とごにょごにょ言っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る