一路京都へ里帰り~

 8月7日の日曜の夜、新東名では事故は無いようで、出発前にFMラジオを車内で聴いていた真一は一安心。名古屋方面も順調に流れている様子。日付が変わる頃にでれば、ちょうど実家に着くのは朝の6時頃になるだろうか。

 真一の実家は京都の東山区音羽町という清水寺にほど近い東山にある古い住宅街だ。五人は車で今晩そこを目指すことになる。

 7人乗りのエスティマは5人で乗るなら十分に広い。しかも一人はステファニーさんであるし、彼女の工夫とちょっとの魔法のおかげでで皆の荷物は十分に後部座席の後ろに収まっているし。快適に旅ができそうである。

 運転席から荷物を積んでいるみなを振り返り、真一が花華に声を掛ける、

「花華、今日は長いから途中寝ちゃうと思うけど、一応酔い止めももんだ方が良いぞー」

 真一と忠は船釣りなどにも行くのもあって車酔いはほとんどしないが、花華はからきし駄目ですぐ酔ってしまう。休憩はなるべく多く取るつもりでいるが念のためと。

 ステファニーさんの銀の鞄とお母さんの特製のお料理のタッパを積み終えた花華は、

「うん、でる直前に飲むよー。切れちゃうと怖いし。気持ち悪くなるとやだしー」

 花華の後ろに立って、荷物を積む様子を見ていたステファニーさんは、

「そうかぁ、車酔い。うーん、6時間ですか。私は大丈夫かなぁ?」

 と頭を傾げている。

 サイドのドアを開けてリアシートに毛布とかを積んでいた早苗は、

「そういえばステファニーちゃんも車での長時間移動は初めてよねー、うーん。半分に割って飲んでおいた方がいいかしら? そういえばお昼のお医者様は基本的には人間に使う市販薬でも大丈夫ですって言ってたわね。体重分には気をつけてーっていってたけど。ステファニーちゃんは乗り物酔いするほう?」

「どうなんでしょうか。でも星が不安定で地震が多かった時とかはよくめまいがしてましたけどー」

「ま、念のため飲んでおいた方がいいかもね。花華飲み方教えてあげてね」

「はーい」

 夏の虫が鳴いている涼やかな夜に、一同は出発準備中である。

 忠も家の戸締まりを確認してから出てきて、玄関で薬飲んでくるーという二人とすれ違ってなるほどと頷いてから。運転席の後ろの席に着いた。

「車酔いかー、ステファニーさん大丈夫かなぁ」

「まぁ、旧東名とちがって大分道も良くなったから花華も彼女も大丈夫だと思うよ」

「そうね。それに寝ちゃえば問題ないし、忠も無理しないで寝ちゃって良いからね」

「うん、お父さんとお母さんは交代で運転してくの?」

「どうしましょっかしらね? お父さんお昼寝してたものね」

「うん、だからほとんど僕が行きは運転してくから大丈夫だよ。早苗さんは助手席にいて」

「はいはい了解ー、ま、深夜といえど夏休みだし運転は気をつけてね」

「はい」

 早苗もその後最後の戸締まりと、ガス栓を閉めつつ、娘二人を連れてきて、

いよいよ五人が車に乗り込んだ。

「忘れ物無いかなー? それではしゅっぱーつ」

 玄関のトトとリリの水槽に取り付けた自動餌やり機の出来は上々だったらしく、真一も思い残すところ無く上機嫌に号令をとった。

 時刻はちょうど8月8日の0時過ぎである。

「今日は海老名から高速に乗るから最初の休憩は1時間後の中井PAかなー」

 海沿いの国道を走りつつ、設定してあるカーナビを見やって真一が言った。

「夜だから全然見えないけど、お昼だったら海がこの辺はたまに見えるのよねー、帰りは明るい時間に通れるかな。ステファニーちゃんに見せてあげたいなー」

 寝ろといわれてもまだまだ頑張るつもりな花華は後部座席に花華、ステファニーさん、忠と順に座って潮騒の音だけが聞こえる海側の空を見つめる。

 自宅から海沿いに出て江ノ島の当たりを過ぎてずーっと海沿いの道を行くこの辺りは防波林が途切れたところから見える海が綺麗だ。真夜中とあっては車列と信号機と街灯しか見えないけれど。

「そうなんですねー、ふふ、私車で皆さんと何処かに旅行するなんてだけでも楽しいんですけどね」

 ころころと笑いながら、彼女には広い車の中ですら面白い。

 忠が気を利かせて昼時のこの辺りのお昼の写真を携帯で調べて見せると、

「わー」と彼女も喜んでいた。

「お兄ちゃんスマホいじってばっかりいると酔うよ!」

 花華が言うと、

「そういえば僕は酔い止め飲まなかったからなぁ、うん、ほどほどにしとこ。ステファニーさん、スマホとか近いところばかり見てると酔うらしいので気をつけてくださいね」

「はい、遠く、遠くですかー、うーん星はあまり見えませんね」

 花華の膝の上に身を乗り出して窓の外を眺めるがあまり星は見えていない。

「まだこの辺りは市街地だからねぇー、静岡辺りまでいけば見られるようになるよ。でもその頃には皆寝ちゃうかなー」と、真一。

「そうねー、皆無理しないでね、忠も、寝ていいからね」と早苗。

「はーい」と三人は声を揃えた。


 至って順調に高速に乗って最初の休憩地点のパーキングエリアで車を駐める。

「よーし順調順調、ガソリンもほとんど減ってないなーまだ皆起きてるか、トイレでも行ってきてー。20分くらいしたら出発しよう」

 パーキングエリアと言えば変わった自販機とか、スナックの売店があったりで、子供達はすぐに車を降りて買い物に向かって行ったようだ。トイレから一足先に戻った真一は、

「なんだみんな元気だなー」と屈伸運動しながら呟いた。

「夏休みだからねぇ~、それに、忠と花華はああ見えておじいちゃんとおばあちゃんの家に行くのすごい楽しみなのよ。はい、コーヒー」

 水筒からコーヒーを注いで早苗が真一にコーヒーを渡す。

「ありがとー早苗さん、コーヒーのほかに食べ物もあるんだっけ?」

「うん、いろいろ持ってきたわよ、お菓子にバナナにおにぎりに、食べたくなったら言ってね、長旅だからー」

「ありがとう、よし、乗って待ってるか」

 ピコピコと、カーナビをセッティングしていると渋滞情報を見る限りでは名古屋が少々混んでるくらいでそれ以外は混んでいないようだった。自身も数年ぶりの里帰りな真一はコーヒーを飲みつつ、先日電話したときに戻るといったらがらにも無く大喜びしていた父の事を思い出し頬を緩めた。

 程なく子供達三人が戻ってきて、手には何やら袋を抱えている。

「招福門の大フカヒレまんだってー、お父さんとお母さんに差し入れ」

 忠がステファニーさんと花華に良いところを見せようとして買ってきてくれたらしい。もちろん自分たちの分も抜かりなくゲットしているようだけれど、真一は嬉しかった。

「お。サンキュー、それじゃ一口いただいたら出発しますかね」

「忠、お金後で払うからレシートとっといてよー?」

「え、いいよーこのくらい。道中長いんだからおごりおごり。頼みますよ、お父さん様」

 それに併せて、私たちもよろしくお願いします。と娘二人に言われてしまい、ステファニーさんにまで言われてしまうとたじたじで、

「はは。ありがたく頂戴しておきます、ね、早苗さん」と受け取るのだった。


 中華まんをかじりつつ、深夜の高速を一路西へ。その後も至って順調で、2,3カ所のパーキングエリアに駐まりつつ名古屋の中心部にさしかかり、少しだけ渋滞に捕まる。後部座席の花華は早々に寝てしまって、早苗が毛布を掛けてあげていて、忠もうつらうつらと眠気と戦っている様子。昼寝てないにも拘わらず、真ん中のステファニーさんだけが目を開けていて、名古屋の街の様子を眺めている。

「そういえばステファニーちゃんは、大都市見るのもはじめてなんだっけぇー?」

 早苗が大人だけになったからーと緩い口調で話しかけると、

「そうなんですよね。まだ東京にも行ったことありませんでしたから、夜なのにこんなに明るいんですねー!」

 ちょうど中心部で高速の両脇に聳えるビル群に目を輝かせている。

 忠は半分眠たかったのだが起きて、

「そうかーステファニーさん初めてなんですね。ビルとか僕たちにとってはたいしたことないけどーふーむ。テラリアには高い建物はあまりなかったんでしょうか?」

 眠気で変に敬語な忠に、にこやかに笑いながら、

「はい、王宮は確かに高かったですけれどね、こちらの世界のお城と同じくらいしかありませんから、高層ビルとかとは違いますよねー」

「そうかー、お父さん、ちょっと道混んでるし、いまなら席替えても大丈夫だよね?」

「ん? ああ、シートベルトはちゃんとしてなー」

「ステファニーさん席替えしましょ。僕真ん中いくんで、ステファニーさんこっちに、外が見られますからー」

「わ、ありがとうございますー」

 てっきり立って移動するものかとも思っていたのだが、シートベルトを外したステファニーさんはよいしょと忠の膝の上を通って移動したので、近さと彼女の髪の匂いに思いっきりドキリとして目が完全に覚めた忠だった。

「あ、忠さんごめんなさい、私ったら、ふふ、近かったですか?」

 と小声で言われてしまい、

「えっ!? いえ、だ、大丈夫です」

 と気にしないふりを装って、花華を起こさないよう声は抑えて真ん中の席に移動し息を吐いた。

 窓際の席に移動したステファニーさんは名古屋の夜景を見上げてまるで魔法のようだという。確かに人間の文明の利器が生み出した物はまだまだ幼いけれど、これもまた魔法のような物なのかもしれないと思った忠だった。


 5時くらいに少し混み合った名古屋は抜けて、明るくなり始める空の中車は順調に京都方面に向かう。すっかり明るくなった6時に着いた、京都まで最後のサービスエリアの滋賀の琵琶湖にほど近い大津SAでは花華も起きてきて家族そろって早苗が作ってきたお弁当で朝食を済ませる。

「はー、寝ないつもりだったのにすっかり寝ちゃった。酔わなかったのは良かったけど、夜ステファニーさんとお話したかったんだけどなぁ~」

「おまえはたまに一緒に寝てるんだからいいだろー?」

「えーそんなでもないよーう、ステファニーさん眠くなりませんでしたか? お父さんとお母さんとお兄ちゃんとお話してたんですか?」

「ええ、大丈夫でした。お薬のおかげで気持ち悪くもなりませんでしたし花華さんのおかげです。そうですね、お話もできましたけれど、名古屋の夜景にびっくりしてましたよ。大きなビルが多くて~」

「なるほどー」

 水筒の味噌汁を飲みつつ花華もステファニーさんが大都会は初めてだったんだーと改めて思う。おにぎりをかじってから、

「京都も比較的都会なところもありますから、期待できますね!」

 というと、

「そうなんですか。楽しみです。あ、花華さんおべんとさん付いてますよ」

 ほっぺたからご飯粒を取ってぺろりと食べる仕草に、お姉ちゃんだなぁーと寝ぼけた頭で嬉しくなる花華。

「えへへ、ありがとうございます」

「さてとっ。残りはもう1時間もかからないからノンストップで行くよー」

「お父さんご苦労様」

「なに、今日は順調だったから全然疲れてないな、そうだ、もう起きてるだろうから父さん達に電話しとくよー」

「そうね、着くのは7時前かしらね」

 夏の琵琶湖の辺りは鎌倉と同じくらいの暑さだが、京都はもう少し暑いだろう、

 それにちょうど着くのが暑くなり始める時間なので、忠はステファニーさんに暑さの話とかもして置いた。


 ゆっくりめに朝食を取ったにもかかわらず、高速を降りて目的地の音羽町に着いたのは6時50分頃、縦横に走る京都特有の道路に国道から逸れて入ると、忠の祖父母はもう家の前に出て待ってくれていたようだ。花華が一番に気づく。

「あ、おじいちゃんとおばあちゃん! 待っててくれたんだー」

「到着予想時間も電話しといたからねー」

 清水寺からほど近いこの辺りは新興住宅街では無いが、比較的古い建物からの建て替えが進んでいる地域で、隣は3階建ての鉄筋コンクリの現代風の建物だが、真一の実家は京都の町家風の縦に長い土地に建つ、木造の黒茶けた木々の縦縞が見える家だった。忠と花華が来るのは数年ぶりである。

 駐車場は付近の空き地にあるので家の前には駐車スペースは無いが、車を脇に寄せて停車する。

「とうちゃーく。父さん、母さん出迎えありがとー」

 窓を開けて手を上げる、

「真一、よく帰ってきたなー! 長旅おつかれー」

 バンと後ろのドアを開けて花華が飛び出て行って、

「おばあちゃーん! 久しぶり~!!」

 と祖母にしがみついた。

 祖母は京都人らしく和装である。

「あらあら花華よくきたねー、忠も、そしてそちらがお客様ね!」

 後部座席から花華に続いて降りてきて、忠は頭を下げ、

 ステファニーさんは丁寧に腰を折って、挨拶する。

「どうも皆様初めまして、私芹沢様のお宅でお世話になっております、

 スティファヌゥイ・エッレ・ファエドレシア――

 ステファニーとお呼びください。

 よろしくお願い致しますー」

 今日のステファニーさんは薄青のブラウスとスカートで、赤い髪を見ておじいちゃんが目を丸くしてるのを忠は見逃さなかった。

「あらあら、あなたがゴブリンさんなのねー、ほかの星からいらっしゃったのに、こんなに丁寧で、こちらこそよろしくお願い致します。真一の母の香枝と申します」

「いやはや、宇宙人とは、まぁ生きてるうちに会えるなんて思ってもみなかったからびっくりですよ。私は真一の父の慎一郎と申します。どうぞ京都でゆっくりしていってくださいなー」

「はは、父さん、京都にもいっぱい彼らは来てるだろう?」

「いやいやこの辺は少ないらしくてね、お話するのは初めてだよ。ましてこんな、こんな、美人さんだとはびっくりだね」

 こんな、のところで溜を作る、忠の祖父の慎一郎、ちょうど忠と同じくらいの身長で、白い鬚に白髪だが生やしているが老けてもおらず、矍鑠としている男性だ。

「まぁ、ありがとうございます」

「お義父さん、お義母さん、お久しぶりです。今日からしばらくお邪魔しますね」

「はいはい、早苗さんもお帰りなさい、あなたのおうちと思ってゆっくりしてってねぇ、こんなかわいらしいお客様まで連れてきてくれて感謝よー」

「ははは、あーっと今日はお土産がいっぱいあるんですよ。いま持ってきますね~」

「ゆっくりでいいわよー、さあ、忠も花華もステファニー様も、上がってくださいな。疲れたでしょう」

 香枝に先導されて一同は真一の実家に入っていく。

 そしてこれから一週間の京都での生活が始まる――。


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