彼と迎える優しい朝の目覚め

 忠さんと一緒に寝たその日。

 実は私もものすごく緊張していた。

 気持ちが先走りすぎて、結果的にキスまでしちゃったのだけれど、

 これからの忠さんとの関係も、良いものになると良いなと思って眠りにつき。

 とても暖かい夢を見た気がした。

 翌朝、私が目を覚ますと、

 忠さんは私の肩に手を置いて、優しく抱くような体制で寝ていた。

「忠さん、おはようございます」

 起こさないようにそっと声を出すと、彼は肩を抱く手を少し強めて、

 私の背に手を回して抱き寄せてくれる。

 忠さんって寝てるとこんなに積極的なのね。

 窓からは夏の朝の燦々とした日差しが入ってきている。

 今日も良い朝のようだ。

 忠さんの寝顔はすごい近いところにあって、

 寝顔もちょっと素敵で、見惚れてしまう。

「忠さん……、まだ起きませんよね」

 ちょっとした悪戯いたずら心で、昨日よりも優しく、

 大人っぽくを心がけて彼の顔に近づいて、

 唇を彼の唇へ重ねる。

 背中に回された彼の大きな手が少しきつく抱きしめてくれ、

 私も少し甘い雰囲気になってしまう。

 が、そのとき忠さんはぼんやりと眼を開け、

 私の行為に気付いて驚いた様子ながら、

 無理に口は離したりはせず、待っていてくれた。

 お互いの唇を自然に離してから、

「忠さんおはようございます」

 と、私が少し上気しながら言うと。彼は、

「あ、あのステファニーさん――」

 慌てて肩に回していた手もそっと持ち上げて、

「――おはようございます。今の、その、夢じゃ無いですよね」

 と緊張した笑顔で尋ねてくる。

「ふふふ、夢じゃないです。ゴメンなさい、私ちょっと、

 忠さんが抱き締めてくれて、嬉しくなっちゃって、……昨日の続きです」

 もっと続いてたら、続きがあるとしたら、と考えて私も赤面してしまう。

 忠さんもそうだったようで、真っ赤になってから、

「あの、昨日も、その、嬉しかったですけど、今も、ありがとうございますって言ったら良いのかな」

 焦りながらも、横になった顔は近いところにあり、

 笑顔を心がけて話してくれている、

 こんな男性がすぐ近くに居る以上、私は将来を期待せずには居られない。

 でもそんな気持ちは抑えて、

 ゆっくりとベッドの上で上体を起こして。

「私も、ありがとうございます」

 と笑顔で頭を下げ、

「少し、新婚さんみたいですね」と続けると。

 彼は笑顔でベッドが揺れないようそっと起き上がってくれ、

「そうですね。なんか、僕、すごい良い夢みてて、それの続きなのかと思いました……」

 と照れ笑いしながら癖の付いた短い黒髪を撫でつけていた。


 枕を持って忠さんの部屋から出るとき、

 また、次の機会があると良いなと少し思ってしまったが、

 それは彼も同じだったようで、

「あの、ステファニーさん」

「はい」

「あの、ステファニーさんが良ければですけど、こんな事いうのも変なんですけど」

「なんでしょう?」

「その、また、一緒に寝られたらいいなって、これじゃ変な誘いになっちゃうかな」

 彼はぎこちなく笑うが、同じ想いだったことが嬉しくて。

「そんな、私もまた忠さんと一緒に寝たいです」

 と言った。すると、

「良かった。あ、そうだ、そのキスのことは花華にはナイショで」

 とすごい困った様な顔をしている。

「はい、私と貴方だけのヒミツです」

 そう言うと彼はほっとした表情で送ってくれた。

 彼の部屋を出て、階段を下りていくと、リビングでは花華さんが待ち構えていて、

「ステファニーさんおはよう!」

「おはようございます」

 言うなり飛びつくような勢いで近づいて来て、

「あの、その、昨日、お兄ちゃんと寝て、何か。っていったら変だな。その大丈夫でしたか!?」

 中学生にしては訳知り顔の花華さんはすごい照れつつ、そう訊いてくれる。

 私のことが心配なのもあるだろうが、お兄ちゃんのことも心配なのね。

「はい、大丈夫です。そうですね。むしろ私から仕掛けちゃいましたけどね」

 その様子が楽しくて、悪戯にそういうと、目を白黒させて、

「な、ななな!」

「冗談です。安心して下さいね。花華さん可愛いなぁ」

「なな!」

 と言って真っ赤になっていた。

 お母様はもう起きて、キッチンに居たらしく、花華さんのその様子を聴いて、

 こちらに顔を出してくれ、

「ステファニーちゃん、おはよ!

 花華、あなたはまだまだお子様ねぇ、大丈夫よ、ステファニーちゃんは大人なんだからぁー」

 と花華さんを窘めてくれるが、

 私は、私もお母様が褒めてくれるほど、大人ではないですよね。

 その、忠さんのこと気になってますし。と思いながら。

「お母様、おはようございます」

 と何処か照れた感じでの御挨拶になってしまった。

 お母様はその返答に何か勘づいていたに違いないのだけど、ゆっくり元気よく頷いて、

「さ、ご飯の用意しなきゃね」

 と笑ってくれた。


 部屋で着替えて、下着を着ける時少しだけ昨日と今朝の忠さんの表情が過ぎってしまって、

 恥ずかしさがこみ上げる。

 続きがあるとしたら、かぁ。でもダメよステファニー。そんなに焦らないの。

 彼とは、きっと良い未来が待ってるんだから、焦らなくて良いの。

 自分で自分に言い聞かせ、お母様に作って頂いた服に袖を通す。

 今日はピンクのワンピースにした。

 お母様の服は、身体になじむ感じや、着心地がとても好き。

 部屋を出て、洗面台へ向かう。

 私用の台の上に乗り、髪を整え、顔を洗ってから少しだけ化粧をする。

 紅を引く時に、忠さんの唇と触れたことが少しだけ過ぎる。

 彼とのキスはとても優しい、まるでお父さんとしたキスのような感じがしたかな。

 鏡に映る自分の顔が幼い頃の自分のように見えて、可笑しくなってしまう。

 ステファニー、あなたはこんな大人になったのよ。

 そう投げかけると、幼い自分も笑ってくれていた。

 洗面所を出ると、階段から下りてきた忠さんと偶然出くわしてしまった。

 今日はもうおはようは言ったから、もう一度言うのは変かな。

 忠さんは私の姿を見てから、

「ステファニーさん、その、今日も綺麗ですね」

 と声を掛けてくれた。

 私は嬉しくなり。

「まぁ、忠さん、ありがとうございます」

 と答える。彼はすごい自分で言ってしまった言葉に照れていたようだ。

 高校生らしいところが見られて、私は余計嬉しくなってしまう。

 そうか、階段を下りながら、なんて声を掛けるか必死に考えていてくれたのね。

「忠さん、私ご飯の用意手伝ってきますね」

 そう言って食卓の方へ向かうときの心はとても弾んでいた。


 皆さんとご飯を食べてから食器を片付けていると、お母様が、

「ステファニーちゃん、今日は何故かすごいいい笑顔ねー」

 と、私は彼との遣り取りとキスと、朝のことを思い返して。

「そうですか?

 あの、忠さんにさっき、今日も綺麗ですねって言われちゃったのが嬉しかったからかな」

 と返すと。お母様は微笑んで。

「あら、あの子もそんなことが言えるようになったのかぁ。

 いつまでも子供ってワケでもないのねぇ」

 先日の私を助けてくれたことも、そのやりとりのことも、含めて言ってくれているようだった。

「お母様、忠さんは素敵な男性ですよ」

 私は心からそう思っていた。

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