花火大会当日の巻:1 見送る父母の様子

 子供達は楽しみにしていた七里ヶ浜の花火大会にさんざん騒ぎながら出掛けていった。

 忠はきっと可愛いだろうクラスの女の子と待ち合わせでしょうし、

 さらにステファニーさんと一緒だし。

 花華もあの様子だときっと男の子と待ち合わせしてるに違いないだろう。

 お母さんにはなんだってお見通しなんだからっ。

 居残りの夫婦の私達二人は、晩ご飯を早めに済ませて、

 二階の窓からビールを二人で呑んで、

 ゆっくり若者達の喧噪に照らされる海をバックに花火を眺めるんだっ。

 と早苗はお盆に冷え冷えになったビールジョッキ二つと、

 瓶ビールを二本取り出して、自分の浴衣を見る。

「ねぇ、お父さん! 私もまだまだイケてるでしょう?」

 真一にしなをつくって見せびらかすと。

「ははは。早苗さん、イケてるっていうのがもう死語だよ」

 と笑われてしまう。

「あら、そうかしら。もうっ。あの子達楽しめると良いわね~」

「ああ、そうだね。ステファニーさんも一緒な初めての夏かぁ。

 きっと良い思い出になるだろうね。

 家族がこんな歳になって増えるとは思ってなかったし。

 あの子達にも良い影響があるだろうなぁ」

「あら。今日は詩人さんなのね。ちょっとステキ。さ。二階に行きましょ。

 忠の部屋が特等席なのよね。席だけお昼の内にセッティングしておいてもらったし

 んっと、花火が上がるのは7時からだったっけ。もうすぐもうすぐ」

「そうだね行こうか、ビール持つよ。

 ああ、あと、早苗さんの浴衣姿、十分イケてるよっ」

「ん、ありがとっ」

 二人で微笑み合って階段を上がる。

 早苗は浴衣だし、それにあわせて真一も甚平姿だ。

 先に登る早苗のお尻を見て、ぽつりと真一が、

「ふむ、やはり浴衣は魅力的すぎるな……」

「やだ、あなた何処見ていってるのよ、エッチねぇ。花華には言わないでよ」

「やだなぁ、僕は早苗さんにしか言わないよう」

「どーだかね、怪しいもんだわ」

 首をふりふりお尻もふりふり忠の部屋に入り、部屋の電気は敢えて点けずに、

 ベランダに通ずる窓を解放する。

 日中はむっとしていたが少し離れた海から運ばれてくる夜風は心地良い。

「良い風だね、今日は花火びよりみたいだ」

「そうね、さ、ビール注いだげる。いつもお疲れ様です、旦那様」

 席について、ととと、と真一が持つジョッキにビールを注ぐ。

「じゃ僕も、いつも一人で家族皆のことをを任せちゃってますし。

 家も守って貰っちゃってるし。お疲れ様です。早苗さん」

 ととと、と早苗のジョッキにもビールが注がれる。

 二人して「カンパーイ」と声を揃えて一口飲んでから。

「ふはー! 美味しい! お父さんと呑むビールはまた格別ねっ!」

「はは、僕も早苗さんと呑むビールはすごく美味しいよ!」

「あ、花火までもうちょっとだけ時間あるわねぇー枝豆もってくるわ。

 ちょっと待っててね」

 ランランラーン♪ と鼻唄を歌いながら早苗は階段を下りていく。


 静かな忠の部屋をちょっと見渡して真一は

 忠もまたちょっと大人びたか、

 と思いつつ、震災以降でたぶん一番ゆっくりできるだろう今年の夏に

 思いを馳せた。

「今年はいろいろ楽しみがあって良いなぁ。ステファニーさんもいるしな」

 ビールを一口飲みながら、顔から笑顔が溢れた。

 たんたんと階段を登る足音が聞こえて、早苗が部屋に戻る。

「なぁに、あなた、笑っちゃって。

 きっとこの夏のことが楽しみで仕方ないんでしょう?

 はい、おつまみもどうぞ」

 枝豆とキュウリと茄子の漬け物が添えられた器を忠の部屋の即席花火会場特等席に

 早苗が置く。

「その通り、ありがとう、早苗さん。片付けるときは僕が持ってゆくからね」

「ええ、頼むわ」

 二人が微笑み合う、ちょっと顔を見つめ合って良い雰囲気になってしまい。

 もうちょっと微笑み合ったところで、丁度タイミング良く窓の外から、

 ピュー

 という花火の打ち上がる音が聞こえ始めた。

「お、始まったか」

 真一は少し良い雰囲気になりすぎてたかなと思い眼を伏せてから、外をみつめた。

 ドパーン

 と黄色い大輪の花火が夏の夜空に広がった。

「わ、綺麗! たっまやー! ね」

 ベランダに小走りで出て行き、突っ掛けを履いて小さく手を叩いて喜ぶ妻に、

 久しく逢ってなかった感謝の気持ちと共に、

 今年の夏は存分に家族とステファニーさんと楽しむぞ!

 と人知れず心に決めるお父さんこと真一だった。

「綺麗だなー、花火も、早苗さんも」

「あら、お上手なんだから」

 そんな早苗の笑顔も嬉しくて、ここは思い切りだと膝を打って立って。

 早苗の隣に行き手を叩く彼女の片手を取る。

「手を繋ぐ位なら、子供達にも怒られないよね?」

 目線より少し高い丸めがねの奥の真一の瞳は怒られるのを怖がる子供のようで、

「ええ。大丈夫よー、奮発してキスくらいしちゃおっか!」

 と早苗が言うと大慌てになって。

「もう、早苗さんてば」

 あははと二人で笑い合う。

 すると丁度タイミング良く二発目が打ち上がり、

 ピュー ドパーン

 と今度は赤い綺麗な花火が打ち上がった。

「よーし、ほんとに、良い夏にしようっと!」

 真一は声に出して宣言した。 

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